第32話 谷葉和豊 生活設計

 中央区から異世界キリバライキへ、魔術のある世界に転送させられた。

 アピュロン星人と名のる怪しいヤツの仕業しわざだ。

 現地で使用するサバイバルツールとして転送されるときに渡されたシステムを現地で使ってみたら、ボクにも魔術が使えるようになった。


 新しく得た魔術の力を試したら、こっちの世界で絡んできた魔術師たちをカンタンに倒せた。ボクは実力のある魔術師らしい。良いね。

 これで異世界生活も楽勝だなと、安心して転送させられたときに取っていた食料を口にしてみたのだけど────




「ど、どうしてだッ! なんでこんなに準備されていた食料が不味いんだッ?」


 地面には吐き戻したミール・ユニットの残がいが広がっている。

 ダメだ、嘔吐おうとがおさまらない。


 自然と涙がにじむ。あのゼリー・バーッ!

 不味いなんてレベルを超えているってッ。


 薄暗い空間から持ってきたミール・ユニットは、とてもじゃないが人間に食べられる代物じゃない。

 アピュロン星人は、味覚か頭がおかしいのか、その両方がおかしいのか? それとも、単なる嫌がらせか?


 はっきりいえることは、転送された人間で、あのミール・バーを食べられるヤツは誰もいないってことだ。

 なんでアピュロン星人は、こんな不手際をしでかすかな。


 うわぁ。まだ口のなかが、気持ち悪い。

 水だ。ミール・ユニットに確か水があったはずだ。まさか水まで不味いとかは、ないよな。

 ああ助かった水は普通の味だ。

 意図せずに口をぬぐうと、顔から脂汗あぶらあせまで出ていた。

 まだ息も整わない。


「あ、頭にくるッ! 異世界に来て食料の問題だって? 食べ物がなくて生きるか死ぬかって苦労をするのか? なにが安全にすごせるだ」


 いや。アピュロン星人の不手際ふてぎわに怒っている場合じゃない。

 これからどうするかだ。


 たまたま使えるようになった魔術では、食べ物は生みだせない。

 魔術が起こす現象は、ほとんどが攻撃や防御のためのものである。魔術とは、つまるところ争いのためだけの技術だ。食べ物を作る魔術なんてない。

 そうなると、これはかなり深刻な事態だぞ。


「どうする。このままじゃ飢え死にするぞ」


 魔術で野性動物は狩れるだろうが、未知の動物の持つ毒や伝染する病気への対応ができない。

 コミュユニットのレポートでは、この世界には、かなりお粗末そまつな医療技術しかない。

 絶対に病気になんかなれない。


「なによりボクは、不衛生な食べ物なんて口にできないってッ!」


 どうする? これは、そうとうピンチだぞ。

 こんな未開の土地で食べものと医療関連の不安を抱えたままでは、暮らしていけないって。


 はやく食べ物を確保しないと。

 あと誰でもいいからメディックのユニットを持った転移者と協力関係を結ばないと、不衛生で野蛮で危険な異世界生活なんて、安心して過ごせないよッ。


「まてよ、協力だろ。なら現地人でもいいか。食べ物に関しては、協力してもらえばいいじゃん」


 そうだな。ここは闘争がいくつも起こっている野蛮な世界だ。

 そして、ボクには絶大な魔術の力がある。

 こんな逸材いつざいがどこにも所属していなければ、どの陣営であっても仲間にしたいにちがいない。

 例えば、そうだな。

 敵方に負けそうになって撤退している勢力なんかどうだろう。

 絶体絶命のピンチへ現れて、超強力な魔術で援護したら、助けた側へおんを売れるよな。

 それと、打ち負かした側からは金品や食べ物を奪うことも容易なはずだ。


 いいぞ。簡単でいい考えじゃないか。

 試す価値があるぞ。

 さっそく、マップで周囲の紛争ふんそうを探す。

 小競り合いでもいい、人間が集まっている場所、紛争状態の地点はどこだ?

 いいぞ、あった。


 最短の場所は────

 約207キロ先の地点が候補地にあげられた。

 よし、すぐに移動して戦いに介入しよう。

 追撃しているのは、シシート王国軍の546人。

 このシシートって国は、もう敵対しているから、その国の部隊を潰してかまわないな。つごうがいいぞ。


 追われている側は、パトロア教国か。パトロアのレポートも出しておこう。問題ないな。恩を売るのは、この国でいいか。

 それじゃパトロアを助けてみるか。


「あー。ちょっと待てよ。この姿は良くないな。コミュニケーション・ユニットのレポートには、この世界の若い魔術師は、ナメられるとあったぞ」


 さっき使ったコミュニケーション・ユニットの〝幻影げんえい〟を見せる機能を使おう。

 さすがのアピュロン製なので、普通の人間は幻影に触れてもそれが虚像きょぞうだとはバレないほどに深く錯覚させられるようだ。

 それと、ボク自身の姿は認識できないように調整する────これで良し。


「それじゃあ、練習を兼ねて魔術で移動するとしようか」


 飛行で移動は、えーと。第四階梯だいよんかいていの魔術だ。

 この世界で飛んでいる魔術師は、ほとんどいない。

 つまり飛んでいる魔術師は、それだけで実力を証明しているわけだ。


「それじゃ飛行……うわッ!」


 高い位置まで一瞬で飛びあがってビビった。

 身体一つで高い所にいると、安全だとわかっていても怖いよな。

 うわ、これは受ける風圧が強すぎるぞ。別の魔術も併用しよう。


風延かぜのべ〟という空気の流れを操る魔術を同時に発動して、風防の役目をさせる。これだと、空気抵抗も減らせるし。

 魔術と姿勢の制御はコミュユニットでまかなう。


 よし、安定してきた。

 数分ほど飛行の練習をした後、移動した。すると30分で目当ての集団が見えた。

 マップを確認すると間違いない、あれだな。


 追っているのがシシート軍、人数は500人強か。全員なにかの動物に乗っている。騎馬団か。壮観そうかんだな。


 追われているのが、パトロア教団に所属する30人か。11台の馬車を連ねている。御者以外は馬車の中に閉じこもりっきりで反撃もなしか。


 馬車に並走するオオトカゲには護衛らしき14人の騎士風のヤツがいるけどほとんど防戦しているだけだ。

 襲われている教団の馬車はどれも多数の矢が刺さっている。

 ヨレヨレに蛇行だこうしていて、いまにも横転しそうだ。

 進みの遅い馬車は、見る間に進行方向をシシート軍にふさがれ、そして囲まれた。

 四方から馬車の箱に矢がバンバンと射たれる。

 馬車に軽く火もついている。


 いいぞ、これはまさにだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る