第31話 末吉末吉 第二段階

 ラシナの集落では、さっきのパトロアの襲撃で亡くなった人のとむらいが行われている。

 子どもらは、儀式に関われないのか、大きな木の上に集まっていた。

 さすがに元気はないな。

 木の下にいるオレは、里右の報告に耳を傾けている。


「そうか。この世界の魔術って、オレたちには使えないのか」

『うん。でも魔術にはストアやツール・ユニットの能力で対応できるから、問題はないけどね』


 里右は、いつも色んなことをしみなく教えてくれる。良いヤツだ。助かる。


「里右と知り合えたことは、ここに飛ばされたなかで数少ない幸運だったよな」

『はは。末吉は素直な大人だなぁ。それで現地人の襲撃後、変わったことはある?』

「変わったことね。なにかあるかな? そうだ。変わったことといえば、ストアの制御をしてくれる〝コントロール〟ってアプリが生えたな」

『えッ? コントロールって、メンテナンス・ユニットに備えつけのナビみたいなヤツ? コントロール・アプリ?』


 里右は、なんでも良く知っているな。話が早い。


「そうそれ、コントロール・アプリ。いきなり喋りかけるんだ。それで自動で動く。名前つけたんだ。ピクトって」


 通信の向こうで里右が息をのむ音が聞こえる。どうしたのだろう?


『それ、ツール・ユニットの第二段階よ。やったじゃないの。このレベルアップはかなり画期的かっきてきだから。そのアプリが使える時点で、末吉はもう世界最強だからね』

「え? 大げさだな。ただの喋るアプリじゃないのか?」

『ストアはただの出し入れ機能だけど、そのアプリがあれば、意味が変わるの。別物になるの』

「どういうこと?」


 里右は自分とは、記憶力や情報処理能力の差がありすぎて、話を聞いてたじろぐことが多い。

 ストアの意味が変わるってどういうことだ?


『アプリの入っていないスマホは、ただの携帯電話じゃない? それと同じくらいストアもユニットもアプリでガラリと用途が変わるの』

「ストアを制御できると、用途が増えるのか?」

『そういうことね。例えばストアだけをとってみても、格段かくだんにやれることが増えるの。病気になったら、その原因だけをストアで取りのぞける。しかも大まかに指定するだけでコントロール・アプリが勝手に判断して実行するのよ』

「〝風邪の原因を取れ〟とかのボンヤリした指示でも治せるのか?」


 そうだと里右は言う。なるほど、それは大変な機能の向上だ。

 ピクトの精密な制御があれば、ストアで医療的な対応もできるのか。

 スゴすぎだろ。


『うん。そのアプリが動いていたら、末吉にはもう毒とか病原体も効かないの。ガンとか血栓とかの病気もクリアできるし。欠損とかの再生医療の分野以外は、だいたいいけるのね。ほかにも飛んでくる物体、音や振動、温度変化もぜんぶストアに取りこんで、消せる。しかもそれ常駐型だから、末吉は寝ていてもピクト君に守られているってわけ』


 もはや、ほとんど別の能力だと里右は続ける。


『うん。でもストアは盾とかそういう機能じゃなくて、物や現象を保管する機能だから。複数の脅威が向かってきたら対応できないのね』

「対応できないって、どんなふうに?」

『1つの対象を取りこむ動作が終わったあとから、次の対象を取りこむまで隙間時間すきまじかんというか、ほんの少しだけ対応できない時間があるの。それがストアの弱点かも』

「あ、あった。たくさんの火の玉を続けてストアしたときには、はしが取りこめなくて切れていたな」


 どうやらストアも無敵ってわけじゃないようだ。気をつけないとな。


『意識はしたほうがいいけど、基本はアプリに丸投げでいいから楽チンだよ。いまの末吉は、ストアを武器としても道具としても自在に使えるようになっているから』

「でもなんで、オレだけに生えたんだ? 里右も戦闘したのにメディック・ユニットのレベルは、あがっていないんだろう?」


 オレのツール・ユニットだけがレベルアップした理由に、思い当たることがない。

 実体化した場所とか境遇とかが悪すぎて気の毒だから、とか?


『危険度? かなあ。死にかけると真の能力に目覚めるとかあるよね〝覚醒かくせいした!〟とかさ。私の状況は、いまのところは楽勝だし。ツール・ユニットは持ち主の命を維持するために働くらしいから。あれは、アピュロン星人が本当に善意でつけてくれたセーフティネットだと私は考えているよ』


 たしかに。アピュロン星人は、本心から空間事故の被害者を守ろうとしているようには思える。

 オレの場合は、たまたま送った先が災害と戦闘が起きていた場所だったから死にかけてはいたけど。

 それだってストアやツール・ユニットをもっとうまく使えていたら問題なかったのかもしれない。


 最初の薄暗がりの広間でアピュロン星人は、ツール・ユニットが異世界で安全に過ごすための手だてだと言っていたものな。


『あ。コントロール・アプリがついているのはメンテナンス・ユニットだけだけど、他のツール・ユニットも進化したら次の段階があるのよ。コミュニケーションは、ディス・コミュニケーションに、メディックは大勢に貸し出しできるようになるの、どれも用途が広がる機能の拡張だよ』

「悪い。もう限界だ。オレには覚えきれない。今度会ってから、またじっくり教えてくれないか」

『うん。詰めこみ過ぎたよね。私って、気分が乗ると早口になるのよね。自覚はあるの。だけどさ、止まらないのね。ごめんね』

「謝ることじゃない。オレの物わかりが悪いだけだ」


 里右は、ツール・ユニットのアプリのかかわる事で、ほかに質問があるかと尋ねた。


「ちょっと待ってくれ、なんか身体が揺れる」


 背中に誰かいる。ああ、コトワが背中を引っ張っていたのか。


「スエヨシー。どうして、ひとりでお話しているの?」

「あ、そうか。えーとな。これは、遠くの人と話す魔術みたいなものだ」


 オレは説明能力があやしいので、悪いが困ったらぜんぶ魔術ってことで片づけている。


「魔術。スゴい」


 感心している。少し罪悪感あるな。


「ねースエヨシ、あの岩にみんなが入れる穴を開けたりできる?」


 雨上がりで、地面がどこもぬかるんでいる。

 たしかにこんな地面に腰を下ろしたくない。屋根とか壁がほしいよな。


「できるか、ピクト?」

『簡単。すぐにくり抜きますです』


 高さ5メートル、幅と奥行12メートルの空間を瞬時に開けた。


 開口した岩屋に子どもと女性たちが、集まってくる。ここで今晩は休むらしい。

 石で寝台をつくり、毛布をコピーして配る。

 昨日のカレースープも登録してあるので、ナンといっしょにコピーして、紙皿と一緒に置いた。

 みんなしんみりしているので、オレは誰にも話しかけないで、入り口近くに腰を下ろした。


「そういえば、ピクトを動かすときにVP《バーサタイルポイント》を使ったけど、あれって帰るときに使うモノなのだろう? なんでツール・ユニットに使えるんだ?」


 あ、ついまた質問してしまった。手持ちぶさただったし。

 里右は、即答でまたガンガン話しはじめた。

 本人が言っていたように、里右は話し始めると止まらないらしい。


『末吉だと、原料なしで品物をコピーするときにVP使えるし。私だとナノマシンの増殖や活性化のときに使うかな』


 危険ばかりの異世界だと他にも使う場面が多そうだ。


『あとそのVPは、他の転移者へ譲り渡せるから。無理やり取るとかはできないけど、気をつけて。襲われるかも。ツール・ユニット的には末吉は最強の構成だけど、中身はただの人のいいおじさんだから』

「オレに対する表現に抵抗はあるけど、なるほどわかった。注意する」


 とは言ったものの、里右以外の転送された人間には会っていないわけだし。どう気をつけていいか、わからないんだけどな。


  

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