第23話 谷葉和豊 機械じかけの魔術師

「まずはコミュニケーション・ユニットの情報ネットワークを作るかな」


 勝手に異世界へ送られて、ムカついていたんだけどさ。

 だけど、自分の安全は確保しなきゃダメじゃん。

 なにをするにも、まずはこの世界を知らないと始まらないよ。


 情報ネットワークの作成はコミュニケーション・ユニットの基本機能だ。

 ユニットが自動で作ってくれる。


 ボクを中心に上空の空間と空間を連ねて網目あみめのようにむ。

 こうするといろんな情報を取ってくるセンサーたちを、まるで監視衛星みたいに使えるらしい。

 周囲の状況の管理がしやすくなったわけだ。


 空間の接続を複数回くりかえしているうちに、世界全体をカバーする情報収集のネットワークができる。

 5分もかからずに、この世界の動きが視聴できるようになった。

 いろんな街や人々をコミュユニットの解説つきで眺める。


「なんだよ。異世界の原住民といっても、地球の人間とあまり変わらないな。これならここでの暮らしも楽に過ごせそうだ」



 作業中、他の転移者のツール・ユニットが何回かボクの情報網に接触してきた。

 でもすぐ切れた? なんだよ。冷やかしかよ。


「どうせここでの暮らしで協力したいとかだろ? 用があったらまた呼びかけてくるだろうし。いまはまず自分の生活基盤を作らないとな」


 熱中して作業していると、足元でギチギチと嫌な音がする。

 なんだ? これ……


「うわあ!」


 足にたかっているのは、芋虫にイボが無数に生えた虫だッ。

 あわてて足を振って飛ばす。


「な、なんだこれはッ! 見たこともないキモい虫がッうわ!」


 嫌だ嫌だ。こんな虫がいる土地なのか。

 こんなところで暮らすのなんて、生理的にムリだぞ。

 ああ、清潔な日本のマンションに早く戻りたい。

 いつまでこんな未開の地に閉じこめられるのだろう。

 アピュロン星人め、なんてことしてくれたんだよ。


「いやまて、冷静にならないとな。こんな世界でも、街の中なら少しはマシな衛生環境なはずだよな」


 近くに街といっていい規模の集落があるのは、情報ネットワークで確認している。

 暮らすのなら最低限、都市部だよな。

 人のなかで日本へ帰れるようになるまでは、この世界にいる原住民を、うまく利用したほうがいい。


「人と関わるなら、まずは言葉だ」


 引きつづき、ユニットが自律してこの惑星の全音声の収集を始める。もちろん自動なので楽だ。

 同時に解析して、日本語への翻訳ほんやくを始める。


「これは、さすがに数分ってわけにはいかないか」


 近くの岩に腰かけようと足を踏みだすと、やけに地面がぬかるんでいる。

 あぁ、すでに靴が泥で汚れているよ。最ッ悪だ。

 履いてすぐ汚れるとか、とことん嫌だ、この世界。

 でまた、岩に座ってもやることがない。

 どうすんだ、このムダな時間は。


「アピュロン星人は、技術レベルが進んでいるのに、スマホくらい異世界でも使えるようにはできなかったのかね? 待ち時間が、やけにツラいんだけど」


 1時間弱で全人口の8億人程のうち500万人以上が使う18の言語と、その人数以下の使用者しかいない2657の言語を相互に変換することが可能になった。


「言葉は通じるけど、それで話は通じるのかな。会話はコミュニケーション・ユニットに丸投げで良いよな」


 ん? アラート? 

 なにを注意するのかな? 


「これは、なんだ?」


 視界の中では、情報ネットワークの線が重なっている。

 コミュニケーション・ユニットが自ら作ったものとは別の、キリバライキを覆うなんらかのネットワークを検出したらしい。


「この世界にも、ネットワークシステムが作れるくらいの科学技術はあるということかな? なに目的のネットワークだろう?」


 解析結果の表示を見て、思わず声が漏れた。

 このシステムの機能としてあげられているのは〝魔術〟の発現だった。


「魔術って……へぇ、ここは魔術のある世界なのか。宇宙人の次は魔術ね。突拍子もないのな。異世界ってさ、魔術あるのに道路はちゃんと敷いてもいないのな。なんか納得できないんだよなあ」


 ユニットが追加で出してきた表示を見て、すこし驚いた。


「該当の独立した別システムへ対する指示を選択してくださいって……選択? どういうこと?」


 コミュニケーション・ユニットは、この異世界の魔術のシステムに干渉かんしょうできるのか?

 さらに詳しい表示を出した。


「……干渉、できるな。つまりは、ボクも魔術システムを利用できる。かんたんに言うと────」


 魔術を使える。

 なんだか、考えているとバカバカしくなった。


「笑えるよな」


 魔術って、この場合は手品ってことじゃないよな。

 呪文を唱えて、火の玉バーンのあれだろ?

 しかもボクの場合は詠唱なんて、まどろっこしい接続手段じゃない。


 アピュロン星人のツール・ユニットで、直に魔術システムへ直でつなぐ。

 だから使いたいときには、一瞬で魔術が使えるハズだ。

 しかも魔術システムのすべてに接続できるのだから、ボクはこの世界のどんな魔術師よりも高度な魔術を使えるだろう。


「はは、インスタントの魔術師ができあがるってことか」


 乾いた笑いが漏れる。

 でもこの世界で暮らすには、役に立ちそうだ。

 コミュニケーション・ユニットが参考資料として出した魔術のレポートを読んでおくか。


 ───なになに。この世界で魔術を使おうと思うのなら、まずは〝魔術器官まじゅつきかん〟というものが必要なのか。

 魔術器官ね。なんだよ、それは。

 気持ちの悪いことだよな。


 その器官が発達した年少者が、先達せんだつの魔術師に弟子として仕えて学ぶのがこの世界の魔術なのか。

 第一階梯だいいちかいていの魔術が発現するまで、平均で10年。

 生涯をかけても第三階梯だいさんかいていまでおさめるのがやっとという、習得が難しい技術らしい。


 ボクはこの瞬間から、全部の魔術を一番上のレベルの第五階梯だいごかいていまで使える。

 いきなりこの世界の魔術の真理に到達したわけだ。


「お手軽すぎるだろ。そんなんで良いのか? 魔術は」


 粗悪なパチモノの玩具みたいな真理だ。


「ともあれ冗談で使うには、ちょうどいい玩具かな」


 コミュニケーション・ユニットを通して、魔術の一覧を視界に出してみる。


 面白い。

 バカな原住民を言いくるめて安穏な暮らしをするつもりだったが、考えが変わった。

 思いかえすと、ついさっきまで心配していたことが笑えてくる。この世界で生き残る? 

 われながら、みみっちいことを考えていたものだ。


 ボクは、現時点でこの世界の魔術師の頂点にいる。

 きっと面白おかしく生きられるだろう。この貧相で不潔な世界で、だけどな。


 まずは、魔術を使えるかどうかを試そう。

 かんたんなものからだな。


 火球かきゅう────

 そう考えるだけで、なにもない空中に光る細い線が生まれ、絡まって丸まった後に、火がともった。


「へぇ、マジで魔術が使えるな」


 コミュニケーション・ユニットのレポートによると、ボクはこの一帯の魔力が全部使える。

 とすると、ボクがこの場所で使える火球はだいたい500発か。

 ほかの基本的な魔術は、どうだろう? 


 〝風延かせのべ〟は……これも問題ないな。

 風延を使うと考えたら、空中に油膜のような光彩が広がった後に急激な空気の流れが起きた。

 こっちは800発くらい発動させられるようだ。


「しかし魔術ってものは、まるっきり武器だな」


 野蛮なことに、魔術は物理的、直接的な攻撃の手段がほとんどだ。

 幻覚や音響拡大などの、対象の知覚に作用する魔術は少ししかない。

 精神を操作したり身体能力の増減に直接作用する魔術なんてものは、さらに僅かしかない。

 医療というか、物語にあるような大ケガが一瞬で消える回復の魔術なんてものは、まったくない。


「攻撃するだけなら、火薬と鉄砲でかまわないだろうに」


 この世界のそういうところが、ダメなんだよなあ。

 破壊ばっかりで建設的じゃない。

 破壊に関わる部分もホントに雑だしさ。

 たとえば火球なら、対象を燃やしたいのか、当てて壊したいのか、中途半端なやり方なんだよな。


 拳銃みたいに弾をあてて運動エネルギーで敵を撃つのと、火炎放射器みたいに焼くのと、使う用途で魔術をわけた方が運用しやすいだろうに。


 魔術のあり方について考えていると、視界に表示が出た。


「ん? 動物が曳く箱の形の乗り物。これは馬車かな?」

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