第22話 谷葉和豊 キリバライキ転送4

 目が覚めてから時計を見た。

 あー。ヤバいな。あわてたけど、もう遅いよな。

 寝すごした。バイトは遅刻だ。

 そうなると、今月の出勤日は半分以上が遅刻だ。もう解雇くびかもな。


「あぁ、だっる。もうバイトはこっちからめるかなぁ。遅れて行くのもダルいし」


 覚悟をきめて、とりあえず起きあがろうとしたら────動けない。


 そういえばいつの間に、ボクは寝たのだろう。

 その前に、どこだよ。ここ?


 ボクは、薄暗いなかにぼんやりと光る円盤の上にいた。

 周りにあるのは、人型のパネルだけ。

 ヤバッ。なにこれヤバいって!


《 谷葉和豊サン コノ度ハ 失礼シマシタ 》


 目の前の空間に文字が浮かぶ。

 どういうこと?

 なんでボクの名前が空間に浮かんでいるんだ?


 周りに浮く文章も読んでみると、おぼろげながらいまの状況がわかりかける。

 アピュロン星人の事故で、ここからまたどこかに飛ばされる? 


 ────ああ! ようやく思い出した。

 どうして、この薄暗い空間にいるのか。


 昨日の夜。そうだ、9時頃だった。

 部屋のソファーで転がっていたら、身体がはね飛ばされたように宙に浮いたんだ。

 それから穴とか溝とかに落ちた感覚があって。

 それからの記憶は……なくて、もういま現在だな。


《我ラ アピュロン星人ハ 汝ラへ 謝罪スル》


 うわあ、驚くなあ。

 なにが自分にぶつかったかも、わからなかったけど、アレは宇宙人の怪しいメカだったのか。

 自室で宇宙人に追突されるとか、そんなの、誰も予想もできないって。


「そうだ。ちょっと待てよ……」


 ぶつかったと聞いて、痛くはないけど念のために自分の身体を触ってみた。

 ケガはない。痛いところもない。

 服も汚れてないし、破れてない。

 部屋着のロンTとスエットのままだ。


 スマホと財布は? ない。

 ないけど、持っていたとしても意味はないか。SF映画的な空間にいるんだ、助けが呼べる場所じゃない。


 うわぁ、状況を整理するうちになんかドキドキしてきた。これって、宇宙人による誘拐じゃんか。

 じゃあ、いま載っているこの円盤ってUFOなのか?


 うわ……汗が止まらない。リアルな動揺だ。

 どうする? どうやらこれは現実らしいぞ。


《 汝ラノ 生存ノ為ニハ 我ラノ 壊レタ船カラ 分割シタ部分ヲ 用イヨ 》


 与えられた道具かなにかを持って、異世界へいくのか。

 それと、異世界へ飛ばされるまで、残り時間はあと7分間しかない? 

 それまでに各自が勝手に準備しろとか、不親切すぎるだろ。

 アピュロン星人は、加害者のくせに手を抜きすぎているぞ。こっちはまだ状況さえちゃんと把握できてないっていうのに。


 そらみろ、他のヤツらだって騒ぎだしている。

 ボクは関わらないけどね。ヘタに騒いでも時間を浪費するだけだ。


 浮かぶ文字をきわけていて、たまたま手にとった立体文字がツール・ユニット。それもコミュニケーション・ユニットの説明だった。

 読んで、思わず声が出た。


「重要じゃないか、これ!」


 自分の大声に押されるように、コミュニケーション・ユニットを急いで手持ちの枠の内に入れた。

 ユニットを置いたとたんに、索引さくいん検索けんさくが生えた。

 それに時間ごとに情報が整理されている。


 ほらね、やっぱりだ。

 危機的な状況では、情報を持つ者が有利になるに決まっている。

 取説も、一気にわかりやすくなったし。


 へぇ。この空の枠に、そんな使いかたがあるのか。

 取り扱い説明書に書かれたユニットの構成をよく考えたうえで、食料のユニットを1つだけとって、枠は1つ開けたままにする。

 その状態で、さっさと転送を選択した。

 足手まといについてこられたら困るからな。




 実体化した場所は────暑いな。

 夕暮れなのに、日差しが強い。


「うわっ、裸足じゃん。えぇ?」


 アメニティ・ボックスに靴があったよな? 

 あった。良かった。サイズもピッタリだ。


「うわ、なんだこのロゴ〝アピュロン星人〟って書いてあるぞ」


 デザインは、お察しだけど、裸足よりはマシだ。

 さて、ここはどういう場所かな?

 視覚にマップとかの情報を重ねる。


「目の前には赤茶けた土と変な形の石ね」


 茶と灰色のマーブル模様の地面には見慣れない植物が生い茂り、空気には土の匂いが充満している。


 ここは、まったくの原野だ。人家なんてない。道すらない。


「はあ……なんとも気が重くなる景色だな」


 大ざっぱにいって、外国の荒野の景色だ。

 空気も変な匂いがしてやたらと乾いている。


僻地へきちにも程度ってものがあるだろうよぉ……」


 視界のマップで一番デカいのが、えーとキリバライキ大陸って書いてあるな。

 あとは……カルプトクルキト大森林と記された他は、現地人も転送された日本人も表示されていない。


 デフォルトで表示に設定されている重量5キログラム以上ある動物を表すドットがひとつもない。

 拡大して探すと────ここから3キロ先に人の形をした構造物がある。

 人の形、だって?


 イルクベルクバルク? なんだこれは、銅像じゃないのか。

 マップの説明を見ると、自立行動するって書いてある。あのデカいのは動くのか。


「はぁ? 機械仕掛けの巨人とかいるのか、ファンタジー世界だな」


 この場所がどんな世界でも、日本に帰れるまではここで暮らしていくしかないんだよな。

 とりあえず、状況の把握をするか。


「さあコミュニケーション・ユニットの出番だ。ちゃんと動いてくれよ」


 視界に浮かぶコミュニケーション・ユニットのアイコンを押す。

 あ? 裏にもう1つ空白の四角がある。

 未開放の機能か? ゲームみたいだな。

 これは後々の楽しみかもな。


 まずはコミュニケーション・ユニットを通して視界のマップを開き、ゆっくり拡大していく。

 300キロ四方から、おおまかな海岸線の形が見える。やがて海洋から大陸の全体像が表示された。

 カンタンに言うと、大陸は丁字を逆さにしたような形状だ。


 さらに広げたら、この世界の形や天体の外までみえた。


「え? ここ、地球みたいに丸い球みたいな惑星じゃねえじゃん。もしかしてデカい人工物なのか?」


 なんか、平たい球みたいな形の?

 ボクはこんなところにいるのか。

 実感わかないなあ。

 それで、だいじょうぶなのかよ、ここ。崩れたりしないよな? 


 レポート、出たな。なるほどね。この天体は、これまで、4億年くらい安定してるのか。で、この後少なくとも8000万年は安定し続けるらしい。

 じゃあ、いいか。

 この世界に長くるつもりはないし。






* 谷葉和豊、ピンズノテーテドートの

  (線画)は以下に掲示。


https://kakuyomu.jp/users/0kiyama/news/16818093086433484666

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