第21話 登洞圭三 やることは同じだ

 兜町かぶとちょうあたりでヤクザに車ぶつけられて、気がついたら異世界に転送されていた。

 アピュロン星人ってのに勝手に送られたんだ。

 それで行き着いた土地で、いきなり襲ってきた騎士の格好かっこうをしたヤツらをぶっ殺した。


 だが、どうも実感が薄い。あれで本当に人を殺せたのか?

 これは、倫理的な話じゃない。物理的な難易度の話だ。

 殺害方法が簡単すぎたんだ。



「重さも、貫いた手応えもない……」

「え? アニキこれで終わりか?」


 近づく鎧姿の騎士にむかって、オレらはナイフを伸ばす。

 その動作を6回繰り返した。


 それだけだ。

 ナイフを握った手には、鎧を突く感覚どころか、物にあたった抵抗もなかった。

 しかし、伸ばした刃は騎士の鎧を突き抜けた。遅れて傷口から血が吹き出すようすも見えた。


 つまり確かに斬れてはいるのだが、拍子抜ひょうしぬけするくらい手ごたえがなかったんだ。

 すべてが1分に満たないうちに終わったってことも、実感のなさの要因だろう。


「このナイフ、どんな仕組みだよ。切れすぎだぜ」


 伸びるナイフで貫かれた騎士たちは、なにもなかったかのように10メートルほど馬にのったまま進んで────

 そして、くらの上に載せられていた人形が落ちるようにドサドサと地面に転がった。


「本当にしとめられたか、確かめにいくぞ」


 オレと健人は、地面に倒れている騎士たちへと近づく。

 地面に倒れたヤツらは、誰も動いていない。

 うめき声のひとつもなく横たわり、地面に血を流していた。

 まぎれもなく、ただの死体だ。


「キッチリ死んでたな」

「ざまあねえな。丸腰に見えるオレらなら、簡単に蹴散けちらせると思ったのか……コイツら、ただやみくもに突っこんできやがったもんな」

「騎士のヤツらには、オレらの得物えものが理解不能すぎて、自分らの身体に起きていることもわからなかったろうな」

「前にいる騎士の背中からキラキラな刃が突き出ているのに、後ろからバカみたいに自分から刺さりに行くとか、まぬけすぎだよな」


 とっさに使ってみた武器の威力が予想外に強力すぎた。これはいろんな意味でヤバいぞ。


「しっかし、このナイフ、スゲーな。本当にアメニティ・セットのなかの品物かよ」

「まったくだぜ。だけどな、このナイフの伸び縮みは、回数が決まっている。伸ばして戻して1回。ぜんぶで50回。それで打ち止めだ。リキャストタイムがあって、50回使うとそれから12時間経たなきゃまた刃を出せねぇ。そこんとこを他のヤツに知られないように、気をつけろよ」

「え? りきゃ……なんだって?」

「戦うときに、多くて50発しか使えねえんだ。覚えとけ。それは誰にも言うな。バカスカ伸ばすなってことだ」


 ハイハイと手を振りながら健人が、しゃがみこむ。


「はー、にしても疲れたぜ。タバコ吸いてえー」


 ───そうだな。疲れたな。

 ミール・ユニットから水を取り出してかぶる、身体が熱い。


 オレの手の中にある道具は、切断する機械だ。

 そして、人に差しこむと命を止める装置でもある。

 要は、オレらみたいな半端者はんぱものが、殺人を軽作業に変える道具を手にしたってことだ。


「持て余すな、コイツは。人を殺すことが手軽になりすぎるぞ」

「ああ、つまんねえよな。オレには殴りあいのほうが合ってるぜ」


 もしも使いどころを間違えたら大量殺人者になって、あげくに世界全体の敵ってことにもされかねない。


 こういう武器は軽く扱えるからこそ、軽く扱うとダメな代物だ。

 とはいえ、このナイフが転送先のヤバそうな世界でオレたちが使える唯一の武器だ。イヤでも使うしかないだろうがな。


「ともあれ。オレたち、とうとう殺し……やっちまったな」

「ここは日本じゃなくて別の世界だから、法律とか関係ねぇんだろ? 誰かに見られてもいねえし、べつに良くねぇか」

「法律とかじゃなくてよ。心は痛まねぇのか? って話だよ。鬼かよ、おまえ」


 健人は目をつむって胸に手を当てている。

 ああ、コイツはだいじょうぶそうだな。


「あー、痛まねーわ。殺されかかったから必死だったじゃん。正当防衛じゃね? ためらったら死ぬ世界だし」

「タケは異世界でも長生きしそうで、羨ましいぜ」


 もっともオレ自身、いまさっき初めて殺しをやった。しかも7人だ。

 なのに、ぜんぜん動揺どうようもしていない。

 もともと自分の性根が悪いのは知っていたが、こうまで気にしないものかね?


 アピュロン星人は転送した日本人の身体の状態を常に良好に保つために、なんらかの仕掛けをほどこしたらしい。

 それがオレらの精神活動にも働いているのかもな。

 まぁいい。

 へこんだ心理状態にならなきゃ、それのほうが都合は良いからな。


「じゃぁタケト君、転がっているヤツらから使えそうなモノを剥ぎたまえよ」

「へぇへぇ、遭難していても忙しいねぇ」

「オレは鞍についている袋をあさるからな、おまえは騎士から服と装備品を剥け」


 オレみたいな怪しいのが寄っても、馬は逃げない。

 よく仕こまれているんだろう。

 いやこれ待てよ。これ馬じゃないのか?

 平たい角、あるよな? よく見ると、耳の形とか顔つきとかも違うか。鹿でもねえし。


 まあ、異世界だから、こんなもんか。

 とにかく人にはれていて、騒がなきゃそれでいい。


「動くなよ。すぐに軽くしてやるからな」


 目当ての雑嚢ざつのうは、それぞれの馬もどきの鞍の後ろに結わえつけてある。

 意外にちゃんとした革製品だな。

 へぇ、細工とかも整っているぜ。この世界でも皮革の加工技術は発達しているのか。


「重ッ、アニキ、鎧は持って行けねぇな。剣もかさばるよな。そもそもあのナイフがあれば剣は、いらねえか」

「だいたい、オマエ鎧って、着かたも知らねぇだろうが」


 そうだったと笑って、持っていた剣を倒れた騎士の側に戻す。


「あれ、アニキ。それって馬だろ。乗らねえの?」

「オレは馬とか乗れねぇよ。タケもだろ?」


 自分の足で歩くしかない旅は、かなり疲れるだろう。

 徒歩だと持ち運べる物も限られる。だが、そうするしかないってのが現状だ。

 日用品はアピュロン星人のアメニティグッズで事たりるが、人の集落で食料を調達するときに交換するための現地の品物は欲しいところだ。


 携行するのは、カモフラージュの意味も含めて、現地人の服や靴、使える金、書付の類いだ。

 とはいえ、まず必要なのは今日の食料だ。

 塩と何かの粉と束になった葉っぱ。後は────


「アニキ、こいつらなんでカピカピのパンを持ってんだ? バカなのか?」

「さあな。コイツはおそらく……パン種か酒種じゃねぇか?」


 どの食い物も口に入れるのをためらう衛生状況だな。

 しかたねえけどよ。


「あ? なんか食いモンあったぞ、タケ。ほらッ」

「やったな。ん、ビーフジャーキー的なのと、なんだこれ、お菓子か?」


 多分だが、異世界のシリアルバーだろう。

 この世界の、えん麦みたいな穀物を油脂と蜜で固めた食べ物に見える。ネイティヴアメリカンの作るペミカンみたいなもんだろうな。


「あ! うめえッ。アニキ旨いぞ、これ!」

「この世界の食いもんは、意外と食えるな。むしろかなり美味い部類だ」


 警戒心が無さすぎだとは、わかってはいるが、ふたりとも手にした食い物をすぐに口に入れた。

 手持ちの食料は食えたもんじゃないからな。

 だったら結局のところ、この土地の食べ物を食うか飢え死にするしかない。

 となるとだ、少しばかり分が悪くても賭けに出るしか無いわけだ。


 もっとも、現地人が食べ物として口にしているモノくらいは、オレたちの身体に入れられているアピュロン製の健康維持のしくみが、解毒とか殺菌とかは、上手くやるだろうさ。


「おー見ろよアニキ、この剣のつばの飾り。裸の女が鍔に絡みついてるデザインだぜ、カッケーえな」

「ダセェ。捨てろ」


 飾りにしてはデカすぎんだろう。悪趣味だし。

 なんでもかんでも拾うんじゃねぇよ。


「しっかし、おっさんが揃いのアクセつけてんのは、気持ち悪ぃな」

「仲間の目印にしているんだろ? どこの団体の者か誰にでもわかるように身につけているんじゃねぇか?」

「ああ、組の代紋だいもんとかみてぇな感じか?」


 確かめたら思いの外、指輪やら首飾りやらをジャラジャラ着けている。これは一財産ありそうだ。


「それは……持って行くと足がつきそうだな。揃いのデザインのは止めとけ。集めるのは宝石つきの指輪とか、飾りの部分の宝石にしとけ」

「うほ。宝石がやたらあるぜ。金持ち騎士様万歳だ」

「巻物とか木札とか字が書いてあるのも取っとけ。なにかの手形、通札かもしれないからな。この世界の事情が知りたい」


 殺してまで奪うのは人生初だが、やっていることは新橋や兜町にいたころと変わらない。

 金目のものは人を傷つけてから、手に入れる。

 それは異世界でも同じだ。


「持って行くものはアメニティ・ボックスにいれておけ。触って見ていると〝収納しますか?〟って字が出るから指で押せ」

「へえ、押したら消えたな。便利じゃん」

「アメニティ・ボックスには手さげカバン1個ぶんしか入らねえからな。持てるだけ集めたら行くぞ。とりあえずここを離れる」

「だな。いつまでも死体の側にいて、誰かにみられたらマズいことになりそうだもんな」


 人もそうだが、血の匂いはこの土地の肉食の獣も引き寄せるだろうからな。危険は避けたい。


 お、視界の地図にカルプトクルキト大森林以外の地名が増えているな。


「タケ見ろ、視界にある地図が埋まってきたぞ」

「あーなんだか、絵文字みたいのも浮かんでんな」


 地図記号は現代日本のやつだな。

 約30キロ西に砦があるな。名前は、フズル砦か。まずはそこを目ざすか。


「アニキ。歩くのはあきたぜ。徒歩にはおもしろみがなさすぎるんだ。徒歩の楽しさがわからねえ」

「ぶつくさいうな。こりゃ楽しいハイキングじゃねえーんだよ。とりあえずは川沿いにいくぞ。日暮れ前までは休まねえからな」


 オレらのやることは変わらない。場所がどこに変わっても同じだ。

 どんな場所のどんな状況でも、オレら兄弟は生き残る。

 大事なことは、それだけだ。

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