第20話 登洞圭三 宇宙人のナイフ

 弟と一緒に異世界に送られて、ダルい思いしていたら馬に乗った一団が近づいてきた。

 でもってコイツらが、まったく友好的な雰囲気ふんいきじゃねえ。

 危険な所だせ。異世界はよお。

 馬に乗ったヤツらは、とつぜん片手に握ったつえを高々と上げた。


「キャオォラァ!」


 よくわからない大声をあげて手を下ろすと同時に、空中から火の玉が湧いて、こっちに向かって飛んでくる。


「おいおい、アイツら火の玉ぁ出したぜッ!」


 うるせえ。見りゃわかる。

 オレらのすぐ傍で赤い光が次々に弾けた。

 破裂音を追って煙の柱が立ち、爆発の後から吹きつけるチリチリとした熱風がほおを擦る。


「おお! 火の玉ッ、爆発した! すッげ!」


 警告とか名乗りとかもない。どこの誰かも知らないヤツがオレらをりにきている。


 これは、緊急事態だ。

 健人の頬からは、血が流れている。

 だがヤツはまったく気にしたようすもない。目の前で踊る火の粉を払っては、楽しそうに笑っていた。


「ははは、痛え。破片で切ったぜ。気分がぶち上がるな」

「ファイヤーボールかよ。SFの次はファンタジーときたな、こっち来いタケ」


 近くにある灌木の林のなかへ飛びこんで、伏せた。

 騎士たちは大きく弧を描いて、オレらのほうへ進んでいる。


「で、なんだアニキ? この火の玉はなんだ? 手品か」

「みたいなもんだ。けどな、当たると死ぬぞ。けろよタケ」

「うは、おっかねぇ」


 なにがおかしいのか、健人はケタケタ笑っていやがる。

 コイツは常時じょうじ、緊張感がねえな。いつものことだがよッ。


 あの騎士たちの撃つ火の玉の落ちる場所が、だんだんとオレらに近づく。


「ヤベえなアニキ。ハハハ、もうすぐにも、オレらにぶち当たりそうだぜ」

「おまえの笑う基準って、気味悪いぞ。タケ」


 馬に乗ったヤツに囲まれているからな。

 逃げるとか、隠れてやり過ごすとかは、できなそうだ。


「理由はわからねぇが、馬に乗ったヤツらはオレらを狙って殺ろうとしているぜ。逃げても追われるだけだな、こりゃ」

「ならよ、あのクソ野郎どもはよ、オレらを殺れると思ってるってことだよな? それじゃあ、考えるまでもねぇな」


 健人がしきりに片方の頬をあげている。

 あーあ、こいつは健人の頭に血がのぼっているときに出る癖だ。


「つまりは、みくびられてんだぜ。オレら登洞兄弟が丸腰でふたりしかいねぇから、アイツらにナメられてんだぜ、アニキ」


 良いのかよ、と健人は真顔になる。

 そうだな。単純に考えればいいだけのことだ。


 オレら登洞兄弟がケンカを売られた────いつものことだ。

 ああ、わかった。いいだろう。そのケンカ、買ってやる。


「良いわけねえだろ。見くびられたら終わりだぜ」

「あぁ見すごせねぇ。これはダメだ」


 異世界に送られても、兜町にいたときとやることは同じだ。やられる前にやる。それだけだ。


「向こうの幹の陰に移動するぞ」


 話している間も、ファイヤーボールがビュンビュンとオレらのそばを通りすぎる。

 近くで火柱があがるたびに耳が痛む。火の玉のまわりは気圧でも変わるのかよ。


「アニキさ、ヤツらなんで近づいてこねぇと思う? 当たらねー火の玉ぶつけるより槍もってんだから、寄って来てオレらを刺せばすむ話じゃねえのかよ?」

「警戒してるんだろうな。むこうからしたらオレらは得体が知れねえ外人だ」

「けッなんだよ、しまらねえな。ヤツらビビってんのかよ?」


 敵が足踏みしてくれているうちに、こっちも得物えものを用意だ。

 転送された全員が持っているアメニティ・ボックス。日常生活を送るのに必要な用品セットのなかの、ナイフがオレらの武器だ。


 視界の品目から選んで、手のひらに出す。

 初めて使う状況が実戦とはな。


「タケ、アメニティ・ボックスを開けろ。一覧が出たら、そこにあるナイフを手の平の上に出せ」

「アメニティ? ホテルに置いてある歯ブラシとかのアレか? 待てよ、そういやあったな。宇宙人のくれた謎のしくみがよ。でもそんな物が、武器になんのかよ?」

「ああ、宇宙人のアメニティは並みじゃねぇんだよ」


 しぶしぶながらも、健人は手の平のうえにナイフを出した。


「で、なんだこれ? 銀色の棒? 扇子せんすか?」

「気をつけろ、視界に浮かぶ矢印のスイッチをナイフへあわせて、押したら同時に刃が出る。を強く握っても出る。いいか、まだ押すなよ!」

「飛び出しナイフみてぇなもんか?」

「そうだ、その赤い方の端が先だ。そこから刃が出る。初めの設定だと刃の長さは、8センチくらいだ」


 健人が視界のスイッチを押すと、半透明の刃が一瞬で現れる。


「うは、カッケーな。切れ味も良いんだろ? あれ刃が消えた?」

「刃が外に出ているのは、1秒くらいだ。視界には切れる範囲が出ているだろ? 切れ味としては、この世界に切れないものはないそうだ」

「いいね。変わっているけど、使えそうじゃんか」


 健人はナイフを振って手近な岩を切りつけている。

 なるほど、説明書に書いてあった通りだ。

 木でも岩でもスパスパっとカンタンに切れている。


「だけどな、これで敵に切りこむわけじゃないぞ」

「これ、ナイフなんだろ? 切らずにどうすんだ?」

「この宇宙人のナイフは特別あつらえだ。刃が伸ばせるんだよ。取説には、20メートルくらいまではイケるって書いてある」


 健人は、つまんだ細長い6面体をいぶかしげな顔でみつめている。


「マジで? 20メートルもか。手品かよ。そんな長ぇの使いにくいだろ?」

「重さは変わらないから使うぶんには問題ない。たぶんだが建築用途にも、対応してるんじゃねぇかな」

「ナイフが? 建築? 業者か?」

「ナイフってのは〝切る道具全般〟って意味らしい。アピュロン星人にしたら包丁からチェーンソーまで同じくくりで〝ナイフ〟と表示しているようだ。調理用品も大工道具も同じこのナイフの一振りでまかなうわけだ」


 アピュロン星人が、食事とか建築に類する行為をするのなら、だけどな。


「雑だが、使えりゃ問題ねぇか」

「ああ問題はねえがタケト、よく話を聞け。ここは大事なところだ」


 そう前置きして、言葉を続ける。


「いいか。今回、このナイフでは敵に切りこむのは無しだ。まずは、ナイフの長さを最長に設定して待機。オレが合図したら、この場所から馬のヤツへ向けて、刃を伸ばす。刃が消えたらもう一度合図があるまで待機だ」

「あ? ようするに、離れた場所から刃を目いっぱい伸ばして突けば良いんだろ?」

「そうだ。ここから一歩も動かずに、アイツらを殺る」


 これはナイフだ。切断用具だ。だが銃として使える。

 むしろ銃と考えて使うべきだ。


「相手はコスプレじゃなけりゃ、マジもんの騎士だ。だったら剣術かなんかをやっているはずだ。素人のオレらが刃物を振り回して勝てるとは思えねぇ。離れた場所からアピュロン星人のナイフを繰り返し伸ばすほうが勝ち目はある」

「わかったって。あいかわらず心配性だなッ。伸ばして戻ったら次のヤツを突く。それの繰り返しだろ。簡単な作業だぜ」

「視界に出る数字は、馬にのったヤツまでの距離だ。注意して見ていろ。出てくる数字が20を切ったら刃を伸ばせよ」

「オッケーだ。おぅ! よろいヤロウが、また火の玉をってきたぜ。はッヘタクソか!」


 ヤツらは、自由に火の玉を撃ちこんで、一方的に攻撃している。

 楽しそうだ。調子に乗っているんだろうなあ。

 つまり、オレらにはそういう飛び道具がないとタカをくくっているわけだ。


 だが、予想はハズレだぜ。残念だったな、あるんだよ。飛び道具は。 

 とびきりのがよ。


「さあ、今度はこっちの攻める番だ」


 もうじき、ナイフの射程に入る。

 その時オレの視界には、警告文が浮く。

 なんだ? この忙しい時に? 


『切断効果範囲内に人体あり。切断してよろしいですか?』


 目にしたとたんに、笑ってしまう。

 まさにそうしようとしているんだよ。いいに決まっている。教えてくれて、ありがとよッ。


「タケト、いまだ、やれ」

「おぅ!」


 直方体の棒を騎士へ向けた瞬間、棒の端から騎士の胸へ一筋の銀の線が繋がる。

 音も立てず、オレと騎士の間に突然に張られた銀の糸。

 細く、ちぎれそうだが、たわむこともなく風に揺れることもなく一直線に伸びて鈍く光っている。


 目の前の光景に息を詰めて1秒経つと、刃は消える。

 最初からそこには何もなかったように、一瞬で消えた。

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