第19話 登洞圭三 小洒落たイベント

 アピュロン星人に異世界へ飛ばされる前に、オレらは持てる制限いっぱいまで食料を取った。

 オレの分まで弟の健人が勝手に枠に入れやがったんだ。

 薄暮はくぼの空間じゃ、オレは頭フラフラで身体もろくに動かせなくてな。

 止めようが、なかったわけだ。


 とはいえ。やっちまったものはしかたない。

 それでいま、健人がアピュロン星人のよこした食い物の味をためしている。

 宇宙人の飯とか、オレらの口に合うのかよ────


「ぼげぇぶろぶぶ」


 ほら、いわんこっちゃねぇ。合ってねえじゃねぇかッ!


「おい、だいじょうぶかよ、タケ?」

「うえぇ……なんだこのゼリーはよ! 生ゴミにシンナーかけたみたいな味だ。あーだめだこりゃ。う、飢え死にしかかったって、ぐぼッ……食えたもんじゃねーぞ、これ」


 完全なゴミクズを山ほど持たせたってわけかよ。

 やってくれるな、アピュロン星人。


「あー、ひでえ。胃液まで吐いちまったぜ。あー、ひでえめにあった」


 口にしたアピュロン製のゼリー・バーを吐きもどした健人は、同じユニットに入っていたペットボトルの水をラッパのみしている。


「バカヤロウがッ、クソ不味いメシを取れるだけ取りやがってどうすんだよ。タケ」

「こんな味だって知るはずねぇじゃんかよ!」

「てめえは、味覚なんかないくせにカッコつけんじゃねえぞ」

「あるわ! あるから食えねえって言ってんだろ!」


 クソ不味い食い物なんかのために、有用なツール・ユニットや枠の解放を止めたのがやまれる。

 1人あたり30年分の生ゴミだぞ。どうするんだ、これ。

 ミール・ユニットは、もう手持ちの枠からは外せないぞ。


「あー。へこんでもしかたねえ。やめだやめだ。過ぎたことより先のことを考えよーぜ、アニキ」


 やらかした当人のおまえが言うな。

 だが、まあ、そのとおりか。


「水は使えるな。メシはダメだ、現地で調達だな」


 この場で手に入れると言いはしたが、現状では木の実を取るくらいしか思いつく手だてがない。

 そもそも、このあたりに食べられそうな動物がいないようだ。


「なーアニキよ。歩いても歩いても、人も家もみつからねーし。小雨も降ってくるし。さんざんだな」


 健人はさっきから、手当りしだいに木になっている、えたいの知れない実を、もいでは口にしている。

 おまえは神農しんのうかよ。


「おいタケ。拾い食いは、やめとけ。ここは地球じゃねぇんだ。生モノには注意しろ。オレらの身体に、この世界の毒や病原体への耐性はないと思え。アピュロン星人が転送したヤツの免疫系を強化しているみたいだが、安心はできねえぞ」

「え、ここ地球じゃねえの?」


 いまか? いまなのか?

 やっぱり、わかってなかったのかよ。


「地球じゃねえのなら、人は住んでいないのか?」

「人はいる」


 馬車らしきものがあったのだから。この世界に人は住んでいる。それは確実だ。

 だがこの土地の知的生命体が地球人とそっくりな容姿ようしである保証はないがな。


「歩いている方向にいるかは、賭けだがな」

「はあー、ワクワクがとまらないぜ……」


 地図を見ながら、カルプトクルキト大森林の縁のあたりで樹木のまばらな空き地を選んで歩いているが、地面の起伏が激しくて、ガタガタの状態だ。

 盛んに伸びる木々の隙間すきまは狭くて、歩きにくい。


「歩けども歩けども、見えるのは森と岩場だけだな」

「じーさん家の田舎よりド田舎だぜ。アニキ、これはムリだ。都会育ちのオレらは、こんな田舎じゃ暮らしていけないって。狩りとかもできねえし。どうするよ」


 人の生活圏が近くにあるのは、川でみた馬車らしきものの残骸からわかっている。

 だが視界の地図を回しても、いまだにカルプトクルキト大森林という名前のほかにはなんの記載もない。


 人の居住地域が現在地からは遠すぎて、表示できる範囲の外なのか。

 ───5分くらい前から地図に出ている表示はあるが、街や集落じゃない。動くモノだ。


「オレらを、どこに落としてくれてんだ、アピュロン星人よお」

「少し黙ってろ。こっちになにかが、近づいている……」


 動いている点の数は14。

 拡大できるか?


「アニキ、まだかよ。まだ黙んのか? オレ、しゃべらずにじっとしてると眠くなってくるんだよなぁ」

「タケ、おまえもあの山のすそあたり、右側の方向を拡大して見てみろ」


 教えられた方向へ目をすがめる健人が、感嘆の声をあげる。

 近づいているのは────


「馬に乗った人間だな。見える、14人いるぜ!」

「そうだ。良かったな。この土地にも人間がいたぞ」


 健人は親指と人差し指をつけて手のひらを筒の形に丸めて、穴から見える遠くの人影にむけて歓声をあげている。


 原生人類が地球の人間に見える外見のヤツで助かったぜ。

 共通の物事が多けりゃ生存の役に立つからな。


「アニキよー。あれは乗馬クラブって雰囲気じゃねぇな。旗ぁ立てているし、尖った棒を持ってるしな」


 騎馬が扮装ふんそうではなく、マジもんで現行の戦力だと仮定すると。

 尖った棒はランスで、この世界の戦闘にかかわる技術レベルは中世あたりか。

 基本ラインとしては、なんとか地元のヤツと友好関係を作って、現地でのシノギをこしらえたいものだ。


「アニキさ。なんかブアーンとか音まで鳴ってんぞ」


 角笛?

 確かに、音を鳴らしてこっちに近づいて来ている。周囲には、オレらしかいない。

 つまりは───


「オレらが獲物、なんじゃね?」


 健人が笑いだす。

 おまえ、それたぶん正解だぞ。笑っている場合かよ。

 こりゃ友好関係は無しだな。


 さて、じゃあどうするか、だよな。戦うか、逃げるか。

 ゆっくり考える時間もないらしい。


「は? マジか。このクソ田舎、小洒落こじゃれたイベント用意してんじゃんか」


 しかし。どうして楽しそうなんだ? コイツは。

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