第18話 里右里左 ラシナ氏族1
異世界へ来て、現地人に襲われた。
もちろん、さっさと倒した、というか眠らせた。
ん? 背中側から外国語が聞こえる。
山賊らしきヤツらが引っ張っていた捕虜の集団だ。この人たちは、どうするかなぁ。
えーと。とりあえず話しかけよう。
繋がれた人達へ面と向かってよく見たら─────変な声出た。
「ふあ? エルフじゃない! この人たちの容姿って、お話の中のいわゆるエルフの外見そのままだぁ。キレイだなー」
絵に描いたみたいに美麗なエルフっぽい容姿。肌とかマジ白い。髪はブロンドかプラチナブロンド。耳は、あれ、そんなに長くないか。
そうそう、着ている服の色だって定番のアースカラーだし。
うっとりする。ずっと見ていたい美しさだよねえ。
「そうだった。エルフとか言ってちゃダメだね。先入観は良くないよね」
魔術や弓が得意とか自然を極端に好きとか、そんな地球人の空想の産物と、この世界の原生人類が同じであるはずはないものね。
「だいたい、そんな場合じゃないし」
ほぼエルフ(仮称)を拘束している縄だの鎖だのをストアで取り払うと、急に支えを失った多くの人が地面に倒れた。
「みんな身体の具合が悪そう。悪党どもが、かなりヒドい扱いしたみたい」
まずは緊急の問題である、彼らの健康状態への質問を続けないとだ。
「かなり具合が悪そうだけど、ケガとかした? いつから弱っている感じしてるの?」
「最近、ゴハン食べれてるかな? お水は飲んでいるかな?」
「身体の調子、悪いよね? 前に似た感じのときあったりする?」
答えは返って来る。だけど、とうぜん外国語だ。
話の内容がわかることは期待しないで、どんどん日本語で問いかける。
ほぼエルフ(仮称)もキチンと答えてくれる。
すると視界の隅の数字が、ドンドン増えていく。
「いまのところの変換率は、約6割か」
私の中に常駐するアピュロン星人のふしぎシステムは、捕まっていたほぼエルフたちから私へ向けられた声を集めている。
そして現地の人たちのしゃべる言葉を解析して日本語に変換する作業をしている、らしい。
らしい、というのは視界の端の数字とインジケーターが増えていることからの推察。
この機能って、円盤の上で読めた範囲の取説にはなかったし。
秒で数字がドンドン増えているから
デフォルトで翻訳システムがあるあたりからも、私たち転移者と現地人とを交流させようとしているアピュロン星人の意図が感じられるわ。
自己紹介からはじめて、エルフっぽい現地の人たちが〝ラシナ〟という名前の集団だとわかった。
言葉を拾い始めてからの進捗、早ッ。
スイスイ数字が増える。
2分くらいたったころには、ラシナの使う言葉は、おおよそわかるようになっていた。
処理が早いな、アピュロン星人。まあまあ仕事しているわ。
「病の人、治す? いい?」
身振りをまじえて、訊いてみた。通じているとは思うけど、みんな反応が鈍い。
かなりの疲労なのね。きっといろいろと大変だったんだろうな。病の人を治そうかという提案を、何度もくりかえした。
「……たのむ」
通じた。やった。なんか嬉しい。
「うん。まかせて」
身体の調子の悪い人は、4人ずつ横になってもらう。
範囲を指定してメディック・ユニットで患者のいる空間へ蒸気を発生させる。
「霧ッ! 魔術? 魔女?」
「え? 私のこと? なになに?」
魔女とかじゃないよ。ただの日本人だよ?
もちろん、そうなんだけど。この人たちには、なんて言おうかなあ。
異世界からの転送者とか、わけわからなさそうだし。
「私は
「サトリサ?」
んー、まあいっかッ。とりあえずサトリサで。
盗賊から助けたからかな、子ども達はすっごいフレンドリー。
でもなんか私が湯気を出すと、やたらに驚くのね。地球と似た環境なんだから蒸気の珍しい世界とかじゃないはずなのにね。
「あー。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
魔術がある世界なのに、火や水もないところから、もくもくと蒸気が沸き立つとふしぎに思うのかな。
メディック・ユニットの機能をまだ不十分な翻訳機能で、現地の人たちに説明できるか自信がないな。
まあそういうのは、後で考えるとしていまは治療に集中しないと。
横になった人達へ霧の塊を近づける。
もうね。水蒸気を出して自在に操る時点でかなり驚かれている。
霧に包まれた後、ほどなく傷病者の体内へエアロゾルにのせたナノマシンが入る。
「どの人の診断結果も、基本は栄養失調ね」
表示の多くが同じで、栄養素の不足と表示されている。
他には3人だけ
ナノマシンで病原を取り除いて、身体状況の改善を促進させる。
「霧が湧きだす魔術、身体を
「この世で癒しの魔術使えるのは、霧の魔女さまだけ」
「霧の魔女さまに感謝」
周りを囲んだ人から、口々にお礼を言われている。
〝霧の魔女〟とか、良くわからない言葉もあるけど、それはまたあとから調べれば良いや。
しかし照れる。治療といっても、ただの借り物の使い回しだし。
単に運が良かっただけだよね。お互いに。
メディック・ユニットでの治療は、この世界の人には魔術に見えるみたい。
じゃあ、もう魔術で良いかな。説明とか、めんどいし。
宇宙人の巻きこまれ事故なんてウソみたいな理由で異世界に転送されて、現地の人にちやほや誉められている。
そんな物語じみた状況なんだから、もうこれは魔女が魔術を使ったってことにしたほうがいろいろと簡単に話がすみそう。
病人への手当ては、一段落した。ではつぎは───
「お水と食べ物を配りまーす」
みんな栄養状態が悪いからね。
とりあえず水と、味覚を調整したミール・バーを配る。
最初に羊モドキに乗っていた子どもたちは、私がミール・バーの
あれ? なんでこの子たちは、小太りなのだろう。
栄養状態が悪いのに。
ラシナの子どもはみんな小太りってわけでもないよね。
このふたりだけ幼児体型より、さらに丸い。
ラシナにも軽度肥満はあるんだ。
でも小太り子どもラシナ氏族は、可愛いなあ。頬っぺたをつつきたいなあ。チョコ・バー、食べるかな?
「これ、食べられるかな?」
1本かじりながら、
「おいしっッあまい!」
「んま、んまいね!」
よし好評だ。ゲロ不味いゼリー・バーを、1度ストアに収納してからメディック・ユニットでチョコレート味に調整したんだもんね。
異世界でもチョコ・バーは人気だ。
でもメディック・ユニットでの再現には、限界もある。
私の記憶の味、印象の味に変えているだけなので、実際のその食品の複雑な風味への変化はできない。
早く末吉と合流して、お菓子とお弁当を分けてもらわないとね。
末吉の現在地を探していると、あれ?
なんか寄って来た。
いつの間にか、丸っこい子どもふたりが、足元にくっついていた。
「ん、なにか用? チョコ・バーが、もっと欲しいの?」
「私たち助けてくれて、ありがとうございます」
「おいしい食べ物も、ありがとうございました」
私の面前には、大人のラシナの人たちが並んで、感謝と自己紹介が延々と続いている。
最後に、足元のふたりが私に名前を告げた。
「ミゼ・トワだよ」
「チャプ・セタです」
ふたりで胸に手をあてておじぎをする。この世界でも挨拶の表現は頭を下げるのかぁ。
おじぎを返して、なんの気なしに再度チョコ・バーを渡すと、また口にした。
食べるようすがむやみに可愛いので、ついつい食べ物をあげてしまう。より太らせて可愛くしたい感すらある。
それにしてもよく食べるのねえ。子どもラシナ。
あ。もしかして、勧められたら残さず食べるのがこの土地の人の礼儀とかだったら、ふたりに悪いことしたかも。
「ごちそうさまでした!」
「お腹いっぱいなので、残りは後で食べますッ」
あ、ムリしてたわけじゃないのね。それならいいのか。
でも食べ終わっても、私から離れないのね。どういうこと?
私はこれまで子どもに好かれた覚えはない。
どちらかというと避けられやすいタイプなのだ。
なのに、異世界に来たら一変してモテている。
はからずも、チョコ・バーの威力で
確かにチョコ・バーは偉大だもんね。
しかし、食べ終わってもずっと子どもらから太ももあたりを握られてる。
意図がわからない。少ししゃがんでみるかな?
おお、なにこれ。いきなり、ふたりが首元に強く抱きついてきた。なんという事でしょう。確実にモテている。感激だわ。
「魔女さま、きれい」
「魔女さま、良いにおい」
絶賛だ。ラシナの子どもに激モテだ。
かわいいなぁ小さき者よのぉ。そーかそーか。
なんで抱きついているのか、わけがわからないけれど。
手触りも、ぷにぷにだな。
仲良くなったから、このまま部族の中に
ふふふ。森にすむ魔女様か。それはそれで憧れのポジションかも。
魔女サトリサ、いい響きじゃないの。
よし、決めた。
「ここで生きてみよう」
声に出すと、しっくりきた。
日本での暮らしが上手くいっていたとは言えないし。
順調ではなかったけれど、死にたいと思ってもいないし、生きるのが楽しくてしかたなかったわけでもない。
ただ、つまらなかったな。
お金もなかったし、関心のない人と関わるのも嫌だった。
この世界へ転送されるってことは、いままでの過去は上書きされた。というかここにいる限りは、元からなくなった。
そうだね。
この状況も悪くはないのかもね。
* コトワ・トワ、ミゼ・トワの画像
(線画)は以下に掲示。
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