第17話 里右里左 メディック・ユニット

 異世界に転送されてすぐ、現地人のならず者に襲われた。

 私、足とか遅いから逃げられそうにないし、頭に来たから迎え撃ってやることにしたんだ。

 手始めにメディック・ユニットの機能で自分の周囲に濃い水蒸気をいた。

 この水蒸気は、ただの水だけど────


「フフフ! この霧の中には、アピュロン製のナノマシンをたっぷり入れたんだぜッ」


 濃い水蒸気で急に視界をふさがれたならず者は、ビックリしたのか、かなり暴れていた。

 つまりは、ヤツらは順調に霧を吸っている。

 よしよし、うまくいってるッ!


 吸わせたナノマシンで調べたら、ならず者の身体の組織や遺伝子は、頭巾の子と同じだった。なんてことはない。コイツらも人類じゃん。

 謎は深まるばかりですな。


 謎はわからないけど、身体が同じという事実から考えると、ならず者はナノマシンで制圧できるってことよね。

 よーし。ならず者たちよー。霧をたんまり吸えばよいよ。ほーら大きく息を吸ってー。


 メディック・ユニットを操作してナノマシンから超強力な麻酔成分を分泌ぶんぴつさせるから、さっさと寝なさいよ。


 あ。なんだコイツ抵抗している。頑張っているなあ。

 言葉はわからないけど────

〝おのれなにをしたッ!〟

 って感じの絶叫をしているっぽい。

 苦しまぎれにあげた手には、握られた金属の環が光っている?

 あれって……


「火の玉っ! ウソウソ、なんでまんまファイヤーボールだし?」

『里右、どうした?』


 挨拶したら突然襲いかかってきた山賊みたいなヒゲの男たち。

 その攻撃方法が、ファイヤーボール。

 魔術師とか魔法使いとかの定番のアレ。宙に浮かべた火の玉を敵にぶつけるの。


『そっちもか! ここのヤツらってそろいもそろって火の玉を飛ばすんだよな、やっぱり魔術か』

「やっぱりマジ魔術かも。センサーにはいきなり熱源が出てきたって記録されていたし。うん。どうやらこの世界には、魔術があるわね」


 魔術って、いったいどんなしかけなのよ? 知りたすぎる。

 あ、ダメだ。好奇心は後まわし。いまは戦闘中だった。

 まずはあのならず者たちを無力化しなきゃだ。


「グアァア!」

「ウオオ!」


 危なッ! 

 でも、そんな火の玉なんか、あたらないよね。

 水蒸気が目隠しになって私がどこにいるかわかってないから、ただ苦しまぎれに火の玉をメチャクチャに放っているだけだもんね。

 こっちはマップがあるからさ。敵の位置はガッチリ把握しているし。

 溝からでて、濃い水蒸気の中を、走り回った。


「もうッ、早く寝なさいよッ!」


 ならず者どもの叫びが止まり、ようやく倒れだした。


 ナノマシンは、使うとスグに効果があることが実際に確認できた。

 実は、ちょっとだけ不安だったんだよねえ。

 なにせ宇宙人の機械だし。

 こんな使い方ができるのか、実地試験でしか確かめられないしさ。


 しかし、ヒゲ男たちは大げさだなあ。

 ただナノマシンで眠らせているだけなのに、大声出して騒いでうるさい。

 どこも痛くないからね。叫ぶのとか、おかしいから。


 あれ? 眠ったからかな。火の玉が消えた。

 この間に魔術を、調べよう。


「解析。メディック・ユニット」


 なんて意味なく声にだしてみたりする。

 気分をあげないと、やってらんない。

 いきなり人を襲う異常人間のいる世界で、これからも生きていくなんて思うと、それだけで気が滅入めいるもんね。


 とか、考えているうちに。すぐに結果はでた。

 ならず者(仮定)の身体の解析かいせきだと、この世界の人が魔術を使える理由は、えーと、なになに────


「魔術はこの世界の人間の身体から異次元空間へ伸びた器官が発生源、なんだって。驚くよね。この世界の人類には異空間に飛出している器官とかあるって書いてあるよッ。しかもそれは、いまいるこの空間からは見えないんだってッ!」


 この世界の人類の遺伝子は、ほとんど地球の人類と変わらないのに、魔術を使える器官があるなんて。

 末吉も驚いていた。


『そうなんだ。スゴイなッ。いやでもそんなのがわかる里右ってスゴイよな』

「メディック・ユニットの機能だよ。あれって、生物の身体を細かく解析できるからね」


 とはいえ別の次元にある器官とか、あまりに予想外すぎる。

 この世界の人類って、特殊な進化をしているのだねぇ。


 そんな魔術器官なんて私たちにはないから、地球の人間に魔術は使えないわけだ。

 これは残念。


 だけどアピュロンのツール・ユニットは、魔術にも対抗できる、ということもわかった。

 これは安心。


 足元で音がするから目を向けると、襲ってきた男たちが、地面でまだ少し動いていた。

 うわ怖ぁ。

 地球人類が眠るくらいの量の麻酔には、あいつらは耐えちゃえるのか。わかった。さっそく薬物の量を倍に増やそう。


 ナノマシンに指示すると、とたんに盗賊からは寝息というかイビキが漏れる。

 よし。簡単に処理できる。この世界の戦力は脅威じゃないかも。


「眠った。バイタルのチェックをしたら、深い眠りって状態だから、これで安心」


 男たちは、動かなくなったけど、もちろん殺してはいない。

 置いていかれた馬は、倒れたままの主がいる周りを歩いている。

 何頭かの馬は、その場に止まり乗り手へ鼻先を伸ばす。

 困惑するよね。ごめんね。馬に罪はないしね。

 馬に近づくとおとなしいから、でてみた。


「そいつらは、明後日までは起きないよ、こっちにおいで」


 山賊の乗っていた馬たちが、私のそばに集まってくる。撫でられるチャンスだ

 よしよし良い子だなー。馬は放置していて良いかな。

 それより、盗賊が寝ているあいだに、ヤツらの持っていた武器を没収しておこう。


『無事か? 里右?』

「うん。だいじょうぶ。しかし最初に見かけた人たちへ話しかけたら、いきなり襲われるとかね。異世界って怖いよね」


 襲われても、メディック・ユニットの機能でサクッと返り討ちにできたけど。


「とりあえず武器なんかは、取りあげておかないと危険だわ。忙しくなるからいったん通信は切るね」


 末吉と連絡を終えて、地面に寝ている盗賊らしき者たちへむき直る。

 回収にはストアが便利に使えるはずだ。

 末吉と違ってユニットの空きの枠が1つだと、半径が2メートルくらいの円の範囲でしか収納ができない。

 アピュロン星人の取説に、そう書いてあった。

 だから、当然2メートルを越える大きなものは取り込めないのよね。

 でもそれより小さいものなら20フィートのコンテナくらいの容積は入るもんね。

 普通に暮らす分には足りるでしょう。


「さて、がんばろう」


 テクテクと倒れている大男たちの周囲を歩いて回る。

 地面がデコボコで歩きにくいな。

 武器と鎧を取りあげたいのだけどさ、よく見ると、どれもかなり汚れているんだよね。


「ああ。イヤだイヤだ。鎧が見るからにクサそうだもんなぁ」


 メディック・ユニットで殺菌や臭い消しもできるので。ストア内で消臭殺菌しなくちゃ。

 異空間って匂いがうつったりは、しないだろうけどさ。こういうのは、気分の問題なのよね。


 悪党たちの体から武具や防具が、次々に消える。

 地面には下穿したばきだけのヒゲ面たちが転がっている。


「自業自得だからなッ。人を襲うやからは、パンツ1つで荒れ野に寝ていればいいのよ。虫とかにドンドン刺されていなさいよ」


 でもコイツらどうして、私なんか襲ったのかな。

 盗賊たちは粗末な身なりなので、物盗りの可能性が高いよね。

 この地域では日本人の普段着が金持ちそうに見えるとか?

 とりあえず女だから、反射的に強姦目的で襲撃したとか?


 本来は、このならず者たちを締めあげて、この世界に転送されてきた人たちの情報とかも知りたいけど、私には尋問なんてできないものな。

 面倒事がおきないように、あと3日は眠らせておこう。

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