第15話 末吉末吉 現地の子
とつぜん襲ってきた謎の火の玉ぶつけ集団の攻撃は、アピュロン星人から借りたストアの機能で、なんとか防いで難を逃れた。
しかし、身体が痛い。気がつかないうちにいろんな破片が当たっていたらしい。
里右に注意されてもしかたがない。
「たしかに
『ケガ? ああ、そっちは問題ないよ。病原菌とかも心配しないで平気。アピュロン星人が転移者の免疫系を、かなり調整したり強化しているみたいだから。ナノマシンも常駐しているしね。指や耳とかの欠損くらいなら、たぶんそのうち生えるよ』
「生える? ナノマシン? 身体の中身になにか入れられたっていうのか?」
おや、遠くでため息が聞こえる。
『決まっているじゃん。見ている景色に文字や数字が浮き出ているし、機器なしでこうして通信しているし、元の身体であるわけないじゃないのッ』
「ああそうか! えーとそれじゃオレは、もはや〝改造人間〟なのか?」
『改造人間とか、そんなたいした
たいした改造じゃないのか。安心したような、不安なような複雑な気持ちだ。
『怪我や病気の治りが早いのは確かね。あと毒や細菌、ウイルスに対しての防衛反応は起きる。だけど重篤な影響が及ばない身体になった、くらいに考えていたほうがいいよ。アピュロン星人がどこまでを正常の範囲と考えているかは、わからないけどね。だから重傷とか強酸性の薬品を飲むとかしたら、たぶん普通に死ぬよ』
だから安全第一にするべきなの。
戦いはできるだけ避けて、とか
『あー、あと前にも言ったけど、収納した物質や現象は取り出せるから。自分を中心に半径20メートルくらいで描かれた円を想定して。その範囲ならどこでも出せるよ。操作の表示もでるし。末吉のストアした火球も方向を指定して出せるよ』
相手の攻撃を反射するみたいに返せるわけだ。
「わかった。ユニットやストアを過信しないで頑張るよ。それと疲れたから交信、切るな」
『ほんとうにわかっているのかなぁ────』
ダルい。話し終わったら、もう立てない。
まったく、ビックリの連続だ。
まだ口のなかに泥の味がする。複製していた水のペットボトルをアメニティ・ボックスから出して、口を
なんか
「あー、つかれた」
落ち着いて確かめたら、髪も顔も服もベトベトの泥まみれだ。
タオルと、なにか着る物は? ああ、アメニティ・ボックスにあったよな。
パーカーとTシャツか。うわあ、服のロゴ〝アピュロン星人〟て。
なんだコレ。驚くべき芸の細かさと、センスの悪さだ。
ふざけているとしか思えないぞ。
わざわざ仕立てたのかよ、この衣料品。
ともあれ、デザインはアレだけど、着替えたら少しさっぱりした。
安心したら腹が鳴る。そうか、思えばけっこう長い間なにも口にしてなかったからな。腹も減るか。
よし、弁当を食べよう。手持ちの食べ物が異世界まで持ってこられたのは、助かったよな。
そうだ、ビールもあったっけ。これも増やして。実体化させる位置を指定して〝出現〟を押す。
「出た。いいぞ、缶ビールを買っていた過去の自分、でかした」
さっそくプルタブを引くと、プシッと小気味いい音が缶から響く。
間を置かずに缶を傾けて、ングングと喉にビールを通す。
ブハッ、あー、旨ッ!
ひと区切りついた気がして、息が盛大に漏れた。
見るともなく景色を眺めていると、なんか視線を感じる。
頭巾の子どもがそろってオレの膝の上にある弁当を見ている。ほしいのか?
「えーと、オマエたちも食べるか?」
顔を見あわせたあと、ヒソヒソ話しあっている。
「知らない人から、食べ物をもらったらダメなんだよ」
「オレは末吉末吉だ、オマエの名前はなんというんだ?」
「コトワ・トワ」
「よし。もう知らない人じゃないから、食べられるな」
とりあえずサンドイッチとペットボトルの水をコピーして近くの岩に置くと、刺すような視線で容器をじと見している。
「食わないのか?」
あ、逃げた。
異世界子どもの考えていることなんてわからないから、接し方がわからない。
もっとも、日本の子どもの接しかただって知らないのだけど。
気にせず食べていると、子どもが5人、押しあいながら近づいてくる。
なるほど。友達といっしょがいいのか。
「私はムンチチ・トワです」
「ボクはパイム・セタ。こいつは弟のモイル」
「タックンだよこの子」
いきなりの自己紹介大会だ。だけど悪いな。疲れすぎてぜんぜん名前をおぼえられない。
とりあえず自分も名前を言いながら頷く。
サンドイッチと水と、ついでにチョコレートバーを配るという即席の
「どうぞ」
わいわいと、歓声があがった。
サンドイッチとチョコ・バーの包装紙を
警戒心とかないのな。田舎の子は、おおらかだ。
んーんーと騒いでいるから気に入っているのだろう。
「チョコ・バーは、異世界の子どもも好きなんだな」
頭巾の子はえーと、あいつは……コトワだな。
子どもは集まってサンドイッチを食べている。
「うまいか?」
「美味しい! ふわふわ」
「んまい! あまーいッ」
様子を見ていた他の子どもや、大人も寄って来た。
「まだあるぞ、欲しい人は並んでくれ」
サンドイッチとチョコ・バーは、わりと好評だ。
並ぶなあ。原材料足りるかな。
珍しいのだろう。
「はい。チョコ・バーは。ここをこう剥いて食べる。いいな」
見ている子どもが、驚いて声をあげた。
「うわあ、びっくりッ! 手から食べ物がドンドン出てくる!」
あ、そうか。こっちか。
異空間から品物を取り出すだけでも、ふしぎな現象だった。
だけど、べつに構わないかな。どうせもう悪目立ちしているし。
「それは魔術なの?」
「違うよ。アピュロン星人の科学」
「え?」
〝アピュロン星人〟というと、子どもがスゴく驚いた。
どういうことだろう。この子どもたちはアピュロン星人の知り合いか? もしや、ここがアピュロン星とか。
「スエヨシは、アピュロンの御使い様なの?」
「アピュロンの御使い様ってなんだ?」
どうしてだろう。
大人たちが真顔でオレを見ている。
遠巻きにする大人の集団から、ひときわ長身の巌しい顔つきの男が出てきた。
「先ほどは助かった。礼をいう。私は、ウイシャという、この集団を
「ああどうも。末吉末吉です」
この人がここのリーダーか。にしては若い。
他の者より着飾っているとか外見上の差も特にはない。
「あなたは、アピュロンの神のつかわした魔術師様か?」
「いや、オレは魔術師じゃないよ」
なぜか大きくうなずいたウイシャは大人たちの輪の中に帰っていった。
話は、通じているのかな。軽く不安になる。
さっきから、この集団の話の中にでてくる〝アピュロンの御使い様〟とは、きっとアピュロン星人に関わることだよな。
ということは、この世界では以前からアピュロン星人が現地の人の暮らしに干渉していたってことだよな。
だとしたら、今回送られたオレたちにも、なにかをやらせるつもりなのか?
……ムリだ。わからないな。
こういう難しいことは、後で里右に尋ねてみよう。
いまは、食事だ。
「もう欲しい人には、みんな行き渡ったよな?」
サンドイッチとチョコ・バーは、大人にもわりと好評だ。あとナンもコピーする端から食べられている。
ところが、ポークカレーとタンドリーチキンはやや不評。
「味濃ゆい、塩辛い」
そうかもな。現代日本の味は確かに甘味や塩味と油が多いよな。
素朴な食生活を送る、この世界の人達からしたら、日本で売られている食べ物は色々過剰だろうな。
「これもう少し調理してもいいか?」
現地の人の好む味に調整することになった。
オレとしては特に思い入れもないので、食べやすいように変えてくれたらそれでいい。
結果として炊きだしになった。
キノコらしきものの浮いたスープを入れた鍋に、カレーソースとご飯と野菜を入れて炊き、蒸したタンドリーチキンのほぐし身をかけた〝カレー味の雑炊〟にして配っている。
これは好評だ。地球産のスパイスが珍しいからかもな。
オレも一碗もらう。薄味だけどなんか知らない風味と旨みが加わって、カレー風味のスープとしていいな。美味い。
「これうまいな」
「良かったスエヨシにも、おいしいんだ」
「ゴハン、わけてくれてありがとう」
「ああ」
お礼をいわれるのも照れ臭い。
コピーしているのは、アピュロン星人の機械だし。
結局スープは現地の人に作ってもらっているし。
「ん?」
食事していると、また文字がぶつかってきた。
このシステム、慣れないな。普通にウザい。
通信の呼び出しは、これ以外にないものだろうか。
『あ、こっちもヤバそうなの来た!』
「え?」
里右のほうにも、乱暴な人間が来たらしい。
この世界は、危険がいっぱいだな。
『こっちは騎士じゃないっぽい。着ているのは板金の鎧でもないし。こっちのヤツが着ているのは革厚手の布と縄だね。どちらかといえば、山賊かも────』
山賊は、大勢の人を縄で括って引き連れていると里右は説明している。
「それは、逃げたほうがいいと思うぞ?」
里右の身の安全を心配したのだけど、返ってきたのは笑い声だった。
このピンチの場面で笑えるのかよ。ちょっとしたヒーローだな。
前から思っていたが、里右はメンタルの強度が強すぎるよ。
『あああ! たしかにやるしかない状況、あるわぁ!』
いやいや。里右は、さっきオレを注意したよね?
自分の言動のチグハグさは、気にしないのか。
ないとは思うけど、里右はわりと好戦的な性格なのかもしれない。
「里右、ムリはせずに、ヤバそうなら逃げろよ」
『状況的にメディック・ユニットが使えるから、たぶん平気』
それっきり、通信が途絶えた。
遠く離れた所にいるオレに、いまできることはない。
それにおそらく里右なら、上手く対処できると思う。
アピュロン星人の持たせてくれた
里右の使うメディック・ユニットに、どういう機能があるか知らないけど、頭の良い里右が選んだユニットだ。
それを使って戦えば、この地域の無法者に負けるとは思えない。
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