第14話 末吉末吉 火の球をどうにかする


『────で末吉、それでね』


 え? 里右の声だ。通信が回復したのか。


「こんな時に通信が回復したのかッ? 里右と話せるのは良かったけど。いまは、話をしているヒマがないんだ。すまないけど、あと少しだけ待っていてくれ」

『えええ! ちょっとッ末吉ぃッ』


 異世界へ転送されて、ひどい状況におちいっているときに、とつぜん謎の集団が謎の手段で攻撃してきた。

 具体的に言うと、見ず知らずの他人であるオレ(異世界人)へ、いきなり火の玉をぶつけるのだ。

 控えめに言って、頭がおかしい集団だ。


 里右との通信を切って急いで岩陰に身をひそめる。

 これがとびっきり危険な事態だっていうのは、さすがに危機感に乏しいオレでもわかる。


 だけどなんで、あの騎士はオレなんか襲うんだ?

 考えてみても原因が、思いあたらない。

 これは、人違いじゃないのか? 


 話し合いたいが、相手はバカみたいに必死で火の玉をぶつけ続けているから近づけない。

 もちろん、このまま死にたくはない。

 アピュロン星人が貸してくれたメンテナンス・ユニットで、どうにか対処できないものかな。


 火の玉を防ぐバリアみたいなものは……ないか。

 でも、なにか使えそうな機能があるはずだ。現地の危険に対応するために持たされたものなんだから。


 ダメだ、思いつかない。

 騎士の吹く角笛が、ブーブーうるさいし。

 火の玉を分解は……まず先にストアしないとできないし。


 ん? 待てよ。ストアは、できるんじゃないか? 

 それならそれで、用はすむぞ。

 なんだッ、火の玉をストアすれば良いだけじゃないか!


 火の玉を異空間へ収納できたら誰にもあたらないし、爆発もしない。

 これで当面の問題は解決するぞ。


 いやよく考えたら、そんなこと実際にできるか?

 高速で飛んでくる多数の火の玉を、ぜんぶストアの対象に指定するのは、ムリがあるかも。

 考えつつ、なにげなくストアのスイッチアイコンを触っていると、説明が広がった。

 これは、取説か。

 いいぞ、見落としている説明はないかな?


「あった。ストアの対象はってひとまとめで指定できるのか!」

 

 飛んでいる火の玉の一つを、なんとか視線のポインターで追って、ストアする対象のとして登録する。

 その後、自分を中心にして周囲20メートルをぐるりと回して、大まかに界域指定をした。

 すぐストアのスイッチも押して────

 これでストアできると思う。

 あらかじめ指定した範囲に〝火の玉〟とオレが思うものが入れば、何個でもに異空間へ取りこまれるはずだ。

 ぶっつけ本番だけど、ダメでもともとだ。

 やってみよう。


 オレが身をひるがえして火の玉の前に出ると、子どもが悲鳴をあげる。


「危ないッ死んじゃうよッ!」

「あーだいじょうぶだ。死なないよ」


 たぶんだけどな。


「火の玉は、オレが止める」


 言った自分自身が頼りなさ過ぎて、笑ってしまう。


 進む丸い火の塊に退けられた空気が大きくうなり、風圧だけで身体が揺れる。

 空いっぱいに広がる無数の赤い光の玉だ。やけにまぶしい。


「近くで見ると迫力あるぞ、これ」


 界域指定の内に入った瞬間────

 自動でストアが起動し、火の玉は空中で割れて消えた。同時に、まわりの子どもらが大声でなにごとか言っている。


「はは、いいぞ。ストアできるみたいだ」


 よし。アピュロン星人の科学力は通じる。火の玉はストアで消せる。

 続々と飛んでくる火の玉が、次々に異空間へ放りこまれていく。

 ただし、丸ごとぜんぶってわけじゃない。

 ストアしそこねて割れた火球のカケラは、いくつも弾けて地面を転がり、風が渦を巻いて火の粉を吹きちらしている。


 うわ。肩口がげた。飛んできた火の玉のカケラがかすったな。

 火の玉が消えずに割れるのは、オレが火の玉の飛んでくる空間をきちんと界域指定してなかったからだろう。


 これは危ないかもしれない。

 オレには自力で火の玉を避ける運動神経はないからな。

 さて、どうしたものか────

 ん? 火の玉が止まったのか?


「止まったようだな。火の玉は、これで打ち止めか?」


 トカゲにのった騎士たちは二又の杖を下ろして並んだままで、動かない。

 今度はコイツら自身が槍とかで攻めてくるのか?


 とりあえず鎧をストア登録していると、目眩めまいがした。頭痛もひどい。

 何度も界域指定を重ねる作業をしたからかな。ヤバいくらい疲れた。


 ストアは、スゴい機能だけど操作が難しい。

 自分を中心にして、周りをぐるりとドームみたいに指定するのだけど、下手に範囲を重ねたから、隙間がかなりできたみたいだ。

 気がつくと割れた火の玉の燃え残りが地面にかれて、点々とくすぶっている。


 視界には火の玉(58)と表示されていた。

 オレはまだ煙のなかで立ちすくんでいる。


「武器と鎧とトカゲをストアでげば、終わるかな? いや、走って殴りにくるかもだな。ストアして即、森へ逃げるか……」


 できれば走りたくないなあ。なんか頭痛だけじゃなく、身体も痛いんだ。


 敵の角笛が低い音に変わった。

 うわ、いよいよ来るか!

 ん?違うようだ。


 音にうながされるように、盾を持つ騎士が回れ右して帰っていく。

 いいぞ。地図の上の光点もここから離れている。


「これは……助かったのか?」


 気を抜いたら、息が漏れた。

 無理して深呼吸をすると、身体のあちこちが痛む。


「あー、頭がズキズキする」


 ん? 岩陰から覗くのは、あの頭巾の子どもたちか。

 こっちを見て動かない。固まっているな。


「もうだいじょうぶだ。敵はいなくなったから、出てきてもいいぞ」


 おそらくあの子どもらは、オレの命の恩人だ。

 濁流にのまれておぼれたオレは、岸に流れ着いて、現地の人に助けられたんだろう。


「それにしても、疲れた……」


 力を抜いたらヒザから崩れ落ちた。

 事故にあって異世界に送られてから、なにも良いことがない。


 どしゃぶりの雨のなかに放り出されて洪水に流されて溺れて、助かったと思ったら、いきなり襲ってきたトカゲに乗った騎士たちは火の玉を放り投げてきた。

 ひどい話だ。


「やたらと、眠いな……」


 疲れて、半分眠っていたら────


「痛い痛いッ」


 文字が、ガシガシぶつかった。

 これは、呼びだしか? 

 てことは……そうだった!


 戦闘中だったから、里右からの通信の呼びだしを、受けたまま待たせていたんだった。


 名前の文字が震えた。

 里右との通信ができるようになった合図だ。

 でも疲れすぎて、話す気力は、残っていないのだけどなぁ。


『もういいかなッ末吉! いままでなにしていたのッ?』


 頭の整理が追いつかない。どう話したらいいか考えあぐねながら口を開いた。

 あ。またとぎれとぎれに繋がっている。


『うん。こっちは元気でやっているよ。アピュロン星人のミール・ユニットが食べられないとわかったね。違うよ。不味いの。不味すぎて吐くの。うんムリ。そっちはどう?』


 ミール・ユニットって不味いのか。ハズレだったんだな。

 しかし、まだ通信環境が悪いな。音声が揺らいでる。


「あー、うん。こっちもちょっとな。異世界の騎士っぽい鎧を着ているヤツらに襲われてさ、ちょっとだけ撃退していた」

『え? なんて言ったの? 現地人と戦った? 戦ったの? ツール・ユニットをつかった? ストアで?』


 口調とか声が、マズい調子だ。これは、里右が怒ってる?


『マジか、この人?』


 里右との接続を切った後のことについて、詳しく話したんだけど。

 それからずっと、里右からの怒られが発生している。


『軽く戦っていたってなに? おかしくないですか? 危ないよね? 私たちただの遭難者だからね。異世界無双とかできないからね。末吉は自衛隊とかにいたわけじゃないんでしょ?』

「うん。そうなんだけどさ。わかっているけど戦うしかなかった、というか正当防衛というか」

『末吉は危険とか危機とか感じない人? 親譲りの無鉄砲で損ばかりしている人なの?』

「そ、そんな感じだな。危険を感じる神経がないってよく言われていた。あ、違う。反省しています」


 通信アイコンで叩くのは、やめてほしい。

 こっちはケガ人だぞ。


『ほんとうに危ないよ。その火球は、たぶん手品じゃないから』

「なにかの兵器なのか?」

『人が殺せる威力があって、その目的で使われたのなら、ふつうに武器だし。まだ不確かだけど、本当に魔術なのかも』

「あー、まーそうだな。宇宙人がいたんだから、リアルに魔術があっても別に驚かないか」


 ウソ話の詰め合わせみたいな現状に、ため息しか出ない。

 里右は、なんか笑っている。

 ああ、そうだな。

 まったくもってここは、面白い世界だよ。

  

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