第13話 末吉末吉 災難と災難と災難
異世界へ転送されてすぐに、通信を受けた。里右という人からだ。
彼女と話していたが、通話が途中で切れてしまった。
いろいろと上手くいかないな。
そのうちに雨脚が強くなったので、浅い岩棚に入って雨宿りしていると、視界にまた文字が出た。きっと里右だろう。
通信が、回復したらしい。
「こちら、末吉」
『つながった! いまは、どこにいるの? 身の回りの景色で見えるものは?』
「大きな河。こっちは雨、大雨だ。雷もなっているし風も強い。気温は、低い。かなり寒い。目の前の大きな河が増水していて洪水が起きるかもしれない。いまから近くの高台へ行こうと思う」
『変ね。こっちは晴れていて、暖かいのに。天気が違うの? 異世界は気候が特殊なのかも。もしくは気候が違うくらい離れた地域に実体化したとか。えーと、末吉の位置は大体わかるかも。5分くらい待っていて』
オレは現在、自分のいる場所すらわからない。
アピュロン星人の機器の扱いが上手い里右なら、オレの現在地を見つけてくれるかもしれない。
「異世界でも、雷はゴロゴロと鳴るんだな」
雨宿りしながら、ザンザンと降る雨の中で光る雷をぼんやり眺めていると、雷鳴に混じって足下が震えた。
これは、地鳴りか?
同時に3つの方向から音が押し寄せる。次に大きな〝揺れ〟が来た。これはマズいな。
「足まで水だ。ドンドン水音も近づいている。デカい音が────」
視界の地図で確認しようとしていたら、いきなり目の前が暗くなる。
水が鼻に入った。息が苦しいッ。
いつの間にか、オレは水中にいた。
そして、流されているッ。上下がわからない。息ができない、ダメだ。意識がとぎれる────
────音だ。近いな。
どうやらオレの胸が叩かれてパンパン鳴っているようだ。
目を開けると、オレを覗いている顔が見えた。
だんだんと、目前の顔にピントがあう。
これは、子どもだ。
とたんに、吐き気に襲われて胃の中のモノを吐いた。
出たのは、ほとんど水だった。大量に吐いては、しばらく咳きこむ。
「ハアハアッハアッ────」
助かったのか。
あの水の流れから抜け出せたのか。
それにしても、すごく寒いな。震えが止まらない。
夜だと思っていたら、ここは河原の傍の洞窟か。
どうやらオレは、平らな一枚岩の上に寝かされていたようだ。
外はすでに雨があがっていて、淡い光の照らす岩場には、蝶っぽい虫が集っている。
のどかだな。さっきまで激しい大雨だったのに、急に穏やかな日和になるものなんだな。
そうだ。ここは、どこだろう?
そうだ、忘れていた。先ずは里右へ連絡だ。
……つながらない。呼びかけても返事がない。
うッ。頭痛ッ。
疲れがいきなり押し寄せたので、また横になった。
あー。まだ状況がのみこめない。えーと。
異世界に飛ばされた場所が渓谷で、そこに地震が起きて谷が崩れて、濁流にのまれたんだよな。
……
せめて身の危険がない場所に転送してくれよ。アピュロン星人。
イタタ。頭巾の子どもが、またオレを棒でつついてやがる。
「起きたから、棒でつつくな。よせって。身体が痺れて、まだよく動けないんだ。こっちは足の骨が折れているかもしれないんだぞ」
オレが声を出すと、子どもは逃げた。
おのれ悪ガキめ。後で泣かせてくれるぞ。
あ。そういえば、アイツら現地の人間だよな。
アイツらがこの世界の人間か。じゃあ地球人と変わらないな。
いや、むしろ変わりがなさ過ぎないか?
姿かたちが、まったく同じに見えるんだが。異世界ってそうなのか?
さすがに人種まで日本人っぽくはないけどさ。
この状況に違和感はあるが、それは生き残るのには都合が良いかもな。
姿も同じようなものだし、助けてくれたし。これなら現地の人たちとも普通に友好的に関わっていけるだろう。
まずは、現地の人にあいさつしてみないとだな。
立ち上がり、壁をつたって洞窟を出た。動かすと身体のあちこちが痛いな。
オレのいる場所は……ここは川岸の辺りだ。洞窟の岩壁が周りを囲んでいる。
あと、辺りの地面の上には、たくさんの小石が散らばっている。
なんだろう? ここの呪(まじな)いか?
とにかく、オレは助けられたみたいだな。助けたのは、あの子どもたちだろう。
まずは、お礼を言わないとだ。
視界の隅の地図だと30人の光点が鈍く光り、集まっている。
光の粒の塊に焦点を合わせて歩いていると、跳ねた文字が近づいてぶつかる。
ああ、これは通信だ。つまり呼ばれているのか。なら里右か。
「返答できなくて悪かった。ついさっきまで濁流にのまれていて、応答できなかったんだ」
『えー。なにそれ! だいじょうぶなの? 私と話している最中に遭難するとか、ビックリなんだけど?』
「そう、だな。オレも驚いた。初めての体験だ」
別の世界に転送されるという事態の驚きが強すぎて、洪水に流されたショックが薄れていたのかも。
そしていまも、オレはまだ自然災害のただ中にいる。
注意しないとな。
なんだ? まだ身体が細かく震えているのか。寒くはないはずだが……
いやこれは、オレじゃない。地震だ。
そう気がついたら、地鳴りが地面を走った。
同時に里右との通信が不安定になる。
『そんなのは、メンテナンスの□□』
「メンテナンスの、なに? 通信が聞きとりづらくなっているんだ」
『あ、ダメ□も。通信の接続□切れるッ』
「おい。里右のほうでは、なにが起きているんだ?」
これから異世界でどうやって過ごすのか、なにもこれから先の
必要の度合いから考えて、里右と連絡がとぎれるのは避けなきゃならない。
『ちょっと連絡……とだ□るかも。通信□害が起□□る。なにか□阻害□□て□るの』
「アピュロン星人の通信を妨害しているヤツがいるのか?」
『わか□ない。たんなる□しょう□も。事故を□こした機械□使って□るわけだから』
里右にもわからない未知の要素なのか?
だとしたら、オレじゃ対応できそうにない。
『異世界だか□ね。知らないこと□多くてあたりまえだよ□疑問しか□いよ。アピュロン□□だけでも理解しがた□□だもの。じゃあ私のほうにも現地人の集団が見えているから、接触してみる』
プツリと音が鳴り、それっきり音声がとだえた。
「おーい。里右、おーい」
切れ切れの音声が
これ、通信が切れた状態だよな。
さあ困ったぞ。
通信を回復しようと視界の表示を探していると、地図の上でオレに近づいている光点が見えた。
空のいろんな方向が明るくなる。
え、なんの明かりだ?
「火が、空を飛んでいる?」
方々からあがる叫び声のなか、空中に浮かぶ火の玉が、無数に飛んでくる。
いくつもいくつも宙を焦がしてビュンビュン飛んで、地面にぶつかり空気を震わせた。
砕けて割れた火の玉のカケラは、赤く細かい火の粉を撒き散らしながら跳ねて、あちこちに転がっている。
「こっちを攻撃しているのか。どんな手段だよ。火の玉を飛ばすなんて。ああ、そうか投石機か?」
破裂音が腹に響くし、耳も痛い。
襲ってきたヤツを視界の機能で拡大した。
なんだ、この格好は────西洋の騎士の格好か?
オレが見ているのは2足歩行のトカゲに乗った全身を金属の鎧で覆う騎士が────27人。
そんな格好のヤツが4列になって進む。
どの騎士も体のあちこちに矢が刺さっていて、血を流している。見るからに重いケガだと思うけど、騎士たちはオレたちのいる場所へ迫る。
騎士が手にした二又の棒を突き出すと、端から光の線が立ち上がった。
「あれは、火の玉か? え? そうやって出していたのか?」
光る線が絡まり、火の玉となって飛んできた。
待て待て。
火の玉出せるのか? ここの人。
そしていきなり他人へ火の玉ぶつけるのか?
挨拶、というわけじゃないよな。
まずは、攻撃する理由を説明してくれ。
あと自己紹介しろよな。アンタらどこの誰だよ?
閃光と共に近くにあった荷車が、ロバみたいな動物といっしょに弾けとんだ。
「火の玉、爆発するんだな……もうこれ、ミサイルみたいなもんじゃんか」
何語かわからない叫び声が、騎士の集団からあがる。
誰もが、かなり興奮している。
元いた
「どんな世界とか関係ない。
殺される理由さえもわからないまま死ねるかよ」
殺される理由がわかっても、死にたくないけどな。
危機感がないぶんだけ、よく確認して危険を避けないとだ。
「岩の陰に隠れて!」
地元民が叫んでいる。
あれ、日本語? 音声が変わった?
そうか。オレに現地の言葉の意味が理解できるようになったんだ。
つまりは自動で翻訳されたってことだ。
オレに仕こまれたアピュロン製のふしぎなシステムは、やたらと良い仕事している。
「右の岩へ。伏せて! 火球の魔術だよッ」
ヒュウッという風を切る音の直後に、視界が白くなる。
本当の魔術なのか?
「溺れたあとは火の玉の魔術かよ。送り先は安全だったハズじゃないのかッ、アピュロン星人!」
爆音で耳が痺れ、
飛んできた火の玉が弾けたらしい。
あれは、もうほとんど爆弾だぞ。爆風だけでも死にそうな勢いだ。
異世界の手品、殺傷力高すぎるぞ。
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