第10話 里右里左 キリバライキ転送3

 私、里右里左はアピュロン星人に異世界へ送られることになった。

 言葉にすると笑えるし、訳がわからない。

 けど、現実なの。


 そうあきらめて異世界に送られる直前に、薄暗がりの円盤で聞こえた悲鳴は、ミール・ユニットの設置場所からだった。


 たいへんシュールなことに、薄いパネル同士が罵りあってた。

 ミール・ユニット。つまり食べ物の取りあいが始まっていたんだ。

 いちおう止めるよう言ったけど、みんな私の言うことは無視してた。そうだと思ったけどね。


 争いの様子を、マップでも確認していたらビックリだ。

 人物パネルの上の名前は消したけど、

 マップ上のドットに、まだ私の名前が出ているよ。


「うわ、里右里左って、個人情報だよ」


 急いで表示をオフる。

 その場にいた人は、パネルもマップも名前の表示を出したままだ。

 ミール・ユニットの取り合いに集中しているから、気がつかないのかな。


『あれ? この数だと人数で割りきれないよね?』

『バカ! 黙ってなよッ』

『おいまて! 1人1個までは均等に分けられるだろ』

『しらね』


 はあー。殺伐さつばつとしているわー。

 危機におちいっての食料の奪いあいとか定番すぎるし。

 とつぜん非現実的な事態に置かれた人間たちの前に、食べ物なんてわかりやすいものが示されたから、飛びつくわけだよね。


 でも食料は───ミール・ユニットを取るのは、たぶんひとつで充分だと思う。

 アピュロン星人は生存可能域でしか実体化が成り立たないと言っていたからね。

 それなら、人類に食べられる動植物のいる異世界に送られるって考えたほうが自然よね。

 だから用意された食料、ミール・ユニットは必ずしも生存に欠かせない物ってわけじゃない。


 重要なのは四角形を3つ並べて表された枠。

 これが、キーポイント。

 枠の仕切りは、私たちが異世界へ持っていけるユニットの数を表している。でもそれじゃないの。

 この3つの仕切りは〝別の空間に物を保管できる容積〟も示している。


 私たちは、だれもが視界にあるモノを指定して別の空間に保管する〝ストア〟という能力をアピュロン星人から与えられている。


 ただし、いずれかのユニットで3つの仕切りをすべて埋めてしまうと、アメニティ・ボックスへの物品の出し入れにしか、ストアは使えなくなる。


 少なくとも、1つは仕切りを空のままにしておくことが大切。

 だから、貴重なスペースに必須でもないミール・ユニットなんか詰めこんでストア機能を失くしてしまうのは、もったいない。


 空けた枠の数の分だけ〝ストア〟機能で収納できる範囲は10倍に、保持していられる容量は100倍になる。


 ちなみに1つの枠で界域指定できる

 範囲は半径2メートル程度、容量は約30立方メートル。

 だいたい、20フィートの鉄道コンテナくらいは詰めこめる。


 2つの枠では、おおよそ半径20メートル、容量で3000立方メートル。

 3つの枠で半径200メートル、容量は300000立方メートル。


 収納の能力に直結するだけに、この枠についての選択は、よく考えないとダメだよね。


 実体化した後からでは、ミール・ユニットは取り外せないし、例外はあるけど、ツール・ユニットを誰かに譲ることもできない。

 だから、最初に枠を埋めてしまうなんて、ありえない。

 ぜったいに、ダメ。


 ストア機能は、ほんっとにスゴいんだよ。

 物質だけじゃない、事象を丸ごと収納できるし、取り出せる。

 取りこむモノの種類を指定して、多数をまとめて収納することだってできる。

 それでいて、保管中の物や事には、時間の経過はない。

 例外なのは、生き物。

 生きている物もストアには入れられるけど、ストアのなかで生命活動を停止したりはしない。普通に生きている。つまり生き物の時間は止まらない。

 ストアのシステムがどこまでを生き物とみなすかは不明。

 食べ物が腐敗しないのなら菌類とかは範囲外かも。


 アピュロン星人って空間を転送する技術だけじゃなく、世界と完全に隔離した別の自然法則を持つ空間を操作できる科学技術も持っている。

 アピュロン、驚異のテクノロジーじゃん。

 私は、転送と収納は同じか、ごく近い技術だと思っているのだけど、残念ながら確かめる方法はないのよね。


 ともあれ、このユニットの枠さえあれば、異世界での身の安全なんて、保証されたも同然。

 でも、誰も彼もまずは食料から持っていくのね。ダメな選択する人は、意外に多いのよねぇ。


「ちょっと待って。ミール・ユニットばかりで、手持ちの枠を埋めちゃダメだって。食料より優先するものがあるから!」


 いちおうは、注意したのだけれど────


『うるせぇんだって! 早いもん勝ちだろが』

『分けろッ! 分けろよぉ。ひとり占めは止めろッ!』

『ヤバいんだって、どうしてわかんないのよッ協力しなきゃ生き残れないからッ』


 あーあ。

 少しは他人の意見にも耳をかたむけたらいいのになぁ。

 異常な状況におちいった者どうしだから、特別サービスの親切なアドバイスなのに。


「本当にいいの? この母船を離れたらアピュロン星人の助けは、もうないのよ?」


 返事もないし。

 パニックで他人の言葉なんて聞かないかぁ。やっぱりかぁ。後で困ると思うなぁ。しかたないですな。


 みんなミール・ユニットをかき集めているけど、わかっているのかな? これ1つに10年分の食料が入っているんだよ。

 3つも取ったら30年分だよ? 

 みんな同じ味だよ? そんな食生活にガマンできるのかな。


 ユニットは大きく分けると、ミールとツールの2つの種類がある。

 食料の詰まった倉庫であるミール・ユニットは1個で1枠を使うから、1人は最大で3個まで取れる。

 ツール・ユニットも1個で1枠なのだけど、各人が1つだけしか取れない。そういう仕組みなのね。


 ツール・ユニットの種類は3つ──

 メンテナンス、メディック、コミュニケーション。


 各人が持っている枠の数は3つ。

 ユニットを1つも取らないとしたら、最大で3つまで枠を空けていられる。


 でもなあ、役に立ちそうだからといって、収納能力の一点張りで異世界に渡るのも、やっぱりリスクがありすぎる。

 常識的な判断なら、食料であるミール・ユニットと特殊な能力を使えるツール・ユニットも必要だと思う。


 ぜんぶの説明を読んでいる時間はないから、読めた説明の中から判断したら───私がとるべきツール・ユニットはメディック・ユニットだ。


 これって、どんな状況でも生命を維持させる機能のヤツなのね。

 ただし、治療したり保全できるのは本人だけ。ほかの生命体はムリ。

 軽い治療なら、自分の属する種族の身体に限定だけど、わりとケアできるかな。

 縛りはあるけど、生きるためには必要な機能が揃っているから、そう外した選択じゃないと思う。


 あとは食べ物。ミール・ユニットね。

 食べ物と同じく水も10年分がセットになっている。

 水あるなら、取るよね。

 平凡な選択だけど、命がかかっているから冒険はできないよ。


 それで水は───ああッ。やっぱり予想通り、最悪。

 飲み水しか用意されていない。サバイバルだから?

 それともアピュロン星人は身体とか洗わないのかな。

 こうなると、浴びる用の水は、現地調達だね。


 あ。周囲からパネルが消えた。

 転送が始まったね。さあ、もう残り時間も少ない。


「じゃ異世界、いってみるかぁ」

  

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