第9話 末吉末吉  帰れるまで

 異世界へ転送させられた直後、オレと同様にここへ送られた里右里左という女性から通信が入り、アピュロン星人のユニットについていろいろ教えてもらっている。


 里右はトコトン前むきだ。

 日本で暮らす日常から、かなり外れている危機的な状況なのに、現在の状況の解決方法を探ることしか考えていない。


 声を聴くと年齢も若そうなのに、落ちついている。メンタルが強いのだと思う。

 むしろ強すぎて、違和感すらある。

 もうほとんど問題を解決するマシンだ。

 こんな人間も、いるんだな。


『もしも末吉がミール・ユニットを1つでも取っていれば、それをいくつでもコピーできたわけだよね』

「そうか。たしかミール・ユニットは、10日分の食料が入っているんだよな。それを、ユニットで複製品を作ったら転送された全員に配れたわけか」

『え、違うよ。その数字の10は、それは10日分が入っているという意味じゃなくて───10年分なんだよ?』


 10年ッ。年? 


「え? どうして、そんな大量に? え?」


 どういうことだ。


「まさか、元いた世界に戻るまで、ここで10年は待つと、もう決まっているのか?」

『さあ? 違うと思うけど。心配しすぎじゃない? 安全マージン的なものじゃないかな。それにしては、多すぎだけど』

「そうだったのか。いろいろな情報があったから、よく覚えてないんだ」

『じゃあ、日本に帰るまでの説明を、もう少しするよ』



 元の場所へ帰るためには、空間を移動する機械のエネルギーが自動で充填されるまで待たなければならないと、里右は言う。


『そのエネルギーのことをアピュロン星人は〝バーサタイル・ポイント〟と書いてたの。あと長いからVPって呼ぶよ』


 思い出した。

 そうだ。VPはツール・ユニット全般に使える燃料のようなモノの量を表すんだ。


『VPは1日で1ポイント貯まる。視界に表示されているゲージの端まで満杯になったら、日本に戻れる。アピュロン星人がウソ言ってなかったら、だけどね』


 満杯か。それって、どれくらい待てば貯まるんだっけ? 


『転送できるのは、確か300ポイントくらいからだったよ』

「そうだったか。1日に1ポイントで、300ポイントたまると帰れるのか。それだと1年もかからないな」

『でも1年っていうのも、怪しいところかな。この土地でトラブルが起きないという保証はないし。異世界の昼夜の時間や、1年の日数はわからないしね』


 そうだな。他の転送された人たちも、手持ちのツール・ユニットにVPを使う状況だってあるだろう。

 異世界なんて、なにがあるかわからないよな。


 しかし、どうして1日が過ぎると、エネルギーが貯まるんだ? どこからか補給されているのか? 


『それは、もちろん定かじゃないわ。私の想像だけど、アピュロン星人は時間そのものをエネルギーに変える技術があるっぽいんだよね』

「……それは、想像を絶する科学技術すぎるな」

『だよね。ありえないよね。でも最初の円盤で浮かんでいた文章にはそうとしか読み取れない文章がいくつもあったのね。〝変換した時間は、バーサタイル・ポイントとして共有される〟とかさ』


 変な汗でるな。聞くほどに恐ろしくなる。

 自分が異世界に転送させられた、という実感はあまりないが、アピュロン星人がそのレベルの訳わからないくらい高度なテクノロジーをもっているなら、転送されたことは事実だろう。


「そんな意味のわからない内容を、あんな短時間で読みとっている里右も、かなりありえないんだけどな」

『そうなのかな。たまたま読んで覚えているだけだけど』


 アピュロン星人は地球の人類すべてが里右くらいに賢いと思って、あの伝達方法を取ったのかもしれない。

 だとしたら、かなり大変なことになるぞ。


 あの場にいた、ほとんどの者は自分のツール・ユニットについてよく知らずに、この異世界にいることになる。

 早めに合流して、情報交換しないとだ。


『ちなみに食料は、全部が同じ味のゼリーだって書いてあったよ。もしかするとアピュロン星人には味覚がないのかもね』


 食料の味は、10年分がみんな同じなのか。

 それは、すごく飽きそうだ。


『またはアピュロン星人って、味覚はあっても食べ物に対する嗜好がないとか? 食べられたらいいだけの人って感じで』

「それは、イヤだ。ミール・ユニットを3個とった人は、30年分は毎日食べるモノには困らないことになるけど、オレは羨ましくないかな」


 異世界で飢え死にするよりはマシだから、ゼイタクは言えないけど。


『ねえ、それで末吉がこの世界に持ってきたものは、お弁当とサンドイッチくらい?』

「えーと、あとは……缶ビールと、ペットボトルのお茶と缶コーヒーとチョコの菓子、くらいだな」


 拳銃のことを話すと、いろいろ疑われそうだからな。しばらくは黙っていよう。


『チョコレート! 甘味! 末吉! ちょっとこっちにも分けてよッ、あとさっきのサンドイッチも。コピーでまた増やせるでしょう』

「ああ、分けるのはかまわないが、どうすれば良い?」

『ありがと! それじゃええっと、もうすでにアピュロン星人の空間移動機械と繋がっていないから……あー、残された手段は現地での手わたしか。うわ。時間かかりそうだなあ』


 おや? 里右との通信に突然ノイズが入った。


『末吉□、こ□ちに来てよ、後□□ップ──』

「後で地図を? 何と言ったんだ? オレのほうの通信状態が、かなり悪くなっているんだ」

『だから□□森で待って□□』

「もしもし……ダメだ。里右との通信が切れている。これは困ったな」



 ────どうやら前途は、多難そうだ。

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