第8話 末吉末吉 メンテナンス・ユニットとストア

 現地についたとたんに、いっしょに異世界に転送させられた里右里左という女性から連絡がきた。

 彼女からアピュロン星人のユニットについていろいろ教えてもらっている。


『ツール・ユニットというのは、この世の物事を操作できる機能のある機構メカなの。説明するとね……とりあえず目の前の〝←〟に視線の◎を合わせて動かすか、指先の△で触ってみて』


 言われるままに△を突く。

 指先にフニャッとした感覚が伝わり、四角が拡がった。


ひらけた?』

「ああ〝メンテナンス・ユニット〟って表示が浮かんだ」

『それじゃあ、その広がった文字に、さらに指を当ててみて』


 

 ──────こうやって、里右さんは通信でメンテナンス・ユニットの操作を教えてくれた。

 

「しかし、サトウさんは、どうしてこんなにアピュロン星人のシステムにくわしいんだ?」

『ん? そうなのかな? 私は、あの円盤の場に浮いていた説明文をいくつか読んだだけなのだけど』 


「あんな短い時間に? あの立体文字を読んだだけで?」


 どうやらこの人は、色んな情報を処理する能力が普通じゃないらしい。


『うん。後さ、なんかめんどうだから、里右でいいよ。里芋の里に右って字でサトウ』

「変わった字の並びだな。あ、じゃオレも末吉で、おみくじのスエキチって書いてスエヨシ」

『それも、かなり変わった苗字みょうじだよ』


 話しながら、続けて視線でアイコンを動かすと〝コピー〟と記された四角が浮かぶ。


「カタカナ英語が浮き出てくる。その文字を押すと、単語そのままの説明が書いてある」

『うん。スイッチはそうだね、外来語で表記されているの。それで重なりの順番はホールからパートな並びなのね。他はちがうのに。このことの意味は、私にもわからないから聞かないで』


 里右がなにを言っているかよくわからないが、空いているマスに触って出てきた説明を読む。


「〝ストア〟は────収納と保存のことか」


 あの四角い枠は、中にユニットが入っていないという意味だけじゃなくて、って意味もあったのか。


 これは、わかりづらいよ……

 1つの図像アイコンに2つの意味があるとか、すぐに理解できないって。

 宇宙人には、定番の仕様なのかもだけどさ。


 里右は、よくあの短い時間で空間船のツール・ユニットの操作方法を理解できたものだ。感心しかない。


『ストア見た? この枠は異空間に物質や現象を出し入れできるの。これは重要だから。特に末吉は2つも空きがあるからね、私のストアの機能と比べて、取りこみ範囲が10倍で収納容量は100倍もあるのよ。きっと、とてつもない機能になっているから』


 物の出し入れ? 

 それは、どういう用途に使うんだ? 

 よくわかっていないオレに、里右はていねいに使い方を教えてくれた。

 要は、範囲を決めて実行すればいいらしい。


「ストアを使う場面は、オレにはまだよくわからないけど、教えてくれてありがとう」

『どういたしまして。メンテナンス・ユニットの機能は使って確かめてよ。実際に加工してみたらどうかな。元の世界から持ってきた品物で、使えそうなモノはある?』


「あるな。それじゃまずは、手持ちの弁当をコピーして増やしてみるよ」


 視界に浮かぶ〝コピー〟を押すと効果音と同時に弁当の個数が(2)になった。ええーと、いまこれはアメニティ・ボックスのなかで弁当が2つになったってことだから、それをストア機能で異空間から現実世界に出現場所を指定して〝弁当を出す〟と考える────


 おお、現れた。ビックリだな。マジか。コピー、やるな。


「スゴいな。なにもない空間から、とつぜん弁当が出てきた……」


 もうひとつの弁当も出現させて、こんどは、よく観察してみよう。

 指定した場所に、いきなり細かい泡が噴き出すように小さな歪みが無数に生じた。そうかと思うと、次の瞬間────効果音をともなって弁当が現れた。


「これが、ストアか」


 印象としては、超能力っぽいな。

 表示と効果音がついているところからも、なんらかの機構というか異星の科学の産物らしいけど……全く実感がわかない。


 とりあえず、いまは食欲がないので弁当は元の異空間へ収納し直す。

 あ。収納は一瞬だ。

 現実世界から消えた後に、光る小さな粒が品物のあった空間に湧いていて、それもすぐに消えた。

 実際に目にすると、やっぱりふしぎな現象だな。


『え! 末吉ッ待ってよ。お弁当ッ? なになにッ良いもの持っているじゃないの!』

「うん、インドカレーの弁当。あの夜、インドカレーの専門店で買っていたヤツ。出張中でさ。夕飯と次の日の朝食べる分のサンドイッチを買って宿泊先に帰る途中で、あの事故にあってね」

『不幸中の幸いじゃない。ミール・ユニットも持ってない状況だから、それ増やして食べていれば、ここで生きていけるんじゃない』

「あ、そうか。そうだな。オレにも少しは幸運があったらしいな」


 ずっと同じ弁当ばかりを食べ続けるのも歓迎しないけど、ゼイタク言っていられる状況でもないか。


「それでさ、里右。製作が完了したら、コピーの横にあるなにかの数字が減ったんだけど、それってわかる?」

『うん、もともとツール・ユニットにお試しでついている原料のストックね。これがコピーした品物の原材料になったの』

「弁当を増やすと、その原料が減るのか?」

『うん。これは、とうぜんよね。無から有はできないもの。アピュロン星人も神様じゃないらしいし』


 でも、とためらいがちに里右は続けた。


『ほとんど、神様だよね』


 たしかに。

 事故の一瞬で、ここまでの仕組みを作れるのだからアピュロン星人は、かなり全能に近い存在に違いない。


『コピーの原料になるモノは、身の回りにある品物でかまわないよ。どんなモノでもいいの』


 彼女が読んだ記述では、メンテナンス・ユニットが物品を複製するための原料は、この世界にあるそこらの草とか石を使っても構わないとか書いてあったらしい。


『これで末吉の食料問題は解決よね、原材料は植物採集とか、そうだね。ほかには、狩猟とかで手にいれてよ』


 狩り。狩りかぁ。

 それって動物を殺すということだよな。

 できるのか? オレはやったことないけど。

 里右の話は普通に生き物を殺せるという前提なのが、スゴい。


「オレは狩りをしたことがないんだけど、里右は狩猟しゅりょうが身近な環境で暮らしていたのか?」

『まさか。狩猟を経験した日本人は、少ないと思うよ。まして日本橋付近には、まず歩いていなかったんじゃない? でもやろうと思えば、アピュロン星人のストアの機能でも、メンテナンス・ユニットの機能でも、生き物なんて、楽勝で狩れるから』


 生き物なんて、楽勝で狩れるって……怖いな。

 狩りは、オレにはできそうにないけどなあ。

 勢いっていうか、元気があふれているよな、この人。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る