第7話 末吉末吉 キリバライキ転送2

 会社からの帰り道に、宇宙人の事故に巻きこまれて、異世界へ飛ばされた。


 いろいろあって、よくわからないうちに、予定の行き先に着いたらしい。

 おそるおそる目を開けた。視界が、やけに明るい。


「異世界への転送は、無事にできたらしいな……」


 無事だけど……うまく立てない。脚に力が入らない。立っていても、身体がふらふらと揺れる。

 転送の影響か? だとしたらヤバいな。

 とか思ってしばらくすると、身体の感覚がいつもの感じに落ちついた。転送で障害をったとかじゃなさそうで安心した。


 それで、ここが異世界なのか? 

 事実そうなのかは、わからないけど。

 さっきまでいた場所とも違う所へ来てしまった。


「いよいよ、かあ」


 それで、ここはどんな場所だ?

 地面は、ある。泥濘ぬかるんでいるけど。

 湿った風が流れて、泥の匂いを運んできた。

 雨あがりかな。空はまだ厚い雲がふさいでいて、太陽は見えない。

 薄暗いし、すこし肌寒い。


「生き物の気配がしない。静かだ。風の音しかしない」


 田舎につきものの、虫や鳥の声も聞こえない。

 もしかするとこの異世界には、虫や鳥もいないのかもしれない。


「まいったな。この寒々しい場所から異世界の避難生活を始めるのか」


 広大で寒々しい風景を前にして、思わずため息が漏れる。

 避難生活か。

 それも送られたのは地球じゃない場所だ。

 原野というか、ただ岩しかないような場所で、これから生活するのかあ……


「困ったな。ここで暮らしていけるように、いろいろ整えていくとなると手間というか仕事量が、かなり多そうだぞ」


 盛大にため息が漏れる。

 先々さきざきを思うと、途方とほうに暮れた。暮れますよそれは。

 ほとんどの日本人は、毎日をありきたりで普通な日の連続だと、あたりまえのように思っている。

 だけどオレの現実は違ってしまった。

 異世界の荒野での暮らしが、今日からのオレの日常だ。


「命があるだけ良かった。そう思うしかないかあ」


 声に出すとスッキリする。

 こうなったら、いろいろ考えてもムダだ。

 なるようになるしかないし、イヤでも状況に適応するしかない。


 まずは周囲のようすを、ちゃんと見ないとな。

〝行動サポート機能〟ってツールを使ってみよう。

 視界の隅に表示されている地図をつつく。

 現在地は────ほぼ白いだけの四角い枠だ。


 地図の範囲を拡大する。

 1区画の設定を500メートルから40キロメートルへ変える。

 近くには山、という表示しかない。地名もない。

 地図の隅に、なにかある。

 あの何本も登っている黒い煙のもとは、火山じゃないのな。人工物だよな。

 お。急に名称が出たぞ。


「ギトロツメルガ永久焔獄えいきゅうえんごく────てなんだ? 焔獄って字面が、もうおどろおどろしくてヤバそうなんだが……」


 もちろん、聞いたこともない名称だ。

 画像を意識すると、視界の隅にその対象の名称が浮かぶようだ。

 でもあれ? 情報が少ないぞ。名前だけだ。

 詳細な表示とか出せないのか?

 やってみたけど、ムリっぽい。

 そういえば、最初の空間にあったアピュロン星人のユニットの説明文も、あらかた無くなっている。

 まあいいか。どうせ読まないし。


「痛……」


 文字を辿たどるうちに、目の奥が痛む。


「頭痛い。やっぱり身体の調子は良くないみたいだな」


 ユニットの取説にある文字を読もうとすると、頭がフラフラする。転送されたときの影響が残っているのかもしれない。

 視界の中に浮かぶスイッチのなかで、いま押せるという意味の濃い表示は……

 アメニティ・ボックスのスイッチだけだ。


 押すとレジ袋って文字が浮かんだ。

 表示されているのは、サンドイッチや弁当? 事故のときに、オレが持っていたモノだな。

 他には、なにを持って来られたかな?


 え────マカロフ? 

 なんだこれ? 横に画像が出たけど。

 拳銃だ。


 あ。そうだった。交通事故の現場で拾ったんだよな、拳銃。

 日本橋の事故のときについ持っていたから、オレの持ち物と判断されたようだ。


 不幸中の幸いかもな。

 異世界だと護身用に使えるかもしれない。

 撃ったことはないし、ちゃんとした使い方も知らないけど、引き金を引けば、たぶん弾は出るだろう。

 これは、危なくなったら使おう。


 レジ袋の枠をさらに押してみる。

 異世界に持って来られたのは、身につけていたか持っていたモノらしいけど。

 取り出すスイッチは、どれだ?

 えーと。

 考えていると、視界に文字が湧いて、ぶつかってくる。


 文字が身体に当たる? 

 どういうことだ?

〝呼び出し中〟という文字を押す。


『もしもしッ! あーもしもしッ!』


 声、デカッ。

 これ、着信か? 通信と表示あるし。

 視界に浮かぶアプリで、遭難者どうしで直に話せるのか?

 通話を押して────


『出た。お疲れ。話したいのだけど、いまだいじょうぶかな?』


 この声は、聞き覚えがある。

 転送前の空間でいろいろなことを解説してくれた女性だよな。


『ツール・ユニットを取った人よね? はじめまして、私は里右里左さとうりさ』 

「あ、どうも。こっちは末吉末吉すえよしまつきちだ。ああ、そのユニットは取った。他にとるモノがなくて、取っただけだけど」


 ちゃんと選んでないから、よく覚えてないけど。たしか、メンテナンス・ユニットという名前のヤツを取ったはずだ。


『あれ? スエヨシさんも、ミール・ユニットで手持ち枠の全部をめなかったってこと?』 

「も? それじゃサトウさんも取り損なったのか?」

『違うよ、取り損なってはいないよ。ちゃんと考えて枠内は構成したし。え、まさかスエヨシさんは、取るのが遅れたからミール・ユニットは取れなかったの?』

「あー、取った。だけど同じ円盤の上にいた若者が食料を取れずに、へこんでいたから譲ってやったんだ」


 通信先から、息を飲む気配がする。


『わ、渡したんだぁ……元々の知り合いなの? 親友とか?』

「いや。初対面だ」

『マジかーマジでかー。あー、それじゃ空の仕切り、あと1個はあるのね?』

「2個ある」


 また。間が空く。


『2個ぉ! ええなに、それじゃミール・ユニットをひとつも取らなかったの? 戦略? ずいぶん思いきったのね』

「……いや。言いながら情けなくなってきたけど、考えてやった行動じゃないんだ。なりゆきだよ。サトウさんの言うとおり、枠のマス目は2つとも空だったよ。ヤバいと思っては、いたけど……ミール・ユニットは、もう1つも残っていなかったし。残っていたツール・ユニットは、2個持てない仕様だったからさ。しかたなかったんだ」


 サトウさんが、息を飲む気配が伝わる。


『食料が全部なくなったのに、なにその余裕! 危機感とかないの?』

「なんかごめん」

『謝るとかじゃなくて、しっかりしないと。異世界なんだし』


 サトウさんが、呆れている。

 いつもこうなんだよなオレ。


 危機感ないのかと聞かれたら、ないとしか言えないんだ。

 生まれてこのかた危ないとか怖いとかの感覚は、持ったことがないし。

 あと、ツール・ユニットはなんとなく枠を埋めたほうが良い気がして取ったけど、あれは入れていて正解だったらしい。そこは幸運だった。


「でもさ、なんなんだろうなツール・ユニットって? オレは、どこにもなにも持っていないんだけどさ?」

『ツール・ユニットに形はないよ。この世界には置いてないから。ツール・ユニットは、異空間にあるアピュロン星人の空間移動装置の一部なの。機能だけが、この世界に現れるのよ』

「あー、すまない。取説に、そう書いてはあったかも。でも、オレには理解できそうにない。雲をつかむような話だし」

『ま、そうかな。でもさ、道具はとりあえず使えればいいじゃない? なんであれ、使えて暮らしに役立てられれば、問題ないよね』

「……だね」


 現状に迷いしかないオレは、サトウさんの実用性しかない意見に思わずうなずいていた。

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