第6話 里右里左 緊急避難
「夜はもう寒いね」
大学にも行かずにネカフェを転々としていたけど、そろそろ限界かな。
家には帰りたくないけど、しかたないか。
ふいにため息が漏れた。
もういろいろ面倒。
人生がずっと続いているのが疲れる。
起きたらまた同じ毎日の始まり。食べて出して寝ての繰り返し。
第1とか第2シーズンとか、区分けされていたらいいのに。いいかげん
「今夜は、やたらと流れ星を見ているなぁ」
行くあてなんてなかった。たまたま日本橋にいた。ビルの
そうしたら────
あ、景色がズレた。
気のせいかな? ま、良いけど。
その奇異な現象をキレイだと思って、ぼんやり見つめていたの。
「あれ。これって、なに?」
やがて光の線の間から薄暗がりがジワジワと広がって、私を包んでいく。
「超常現象かあ。運が悪いと、こんなのにまで遭っちゃうのかぁ」
ため息と同時に今晩泊まるところは探さなくて良いらしいな、とは思っていた。
景色が変わる瞬間も気絶はしてなかったと思うけど、次に立っていた場所の目の前にあったのは────
淡く輝く円盤。
は?
円盤の上には22個の等身大パネル。
え?
そうか、そうかぁ。まさしくこれは超常現象なんだな。
ぱっと見は、なにかの展示会場みたいね。
「光源はわからない。えーと、薄くリンゴみたいな匂いがする場所だな」
スゴく静かだから、耳鳴りが聴こえる。
異常な体験に、動悸が激しくなっているんだ。
えーと、この異常な空間に瞬間移動したわけだよね、私。
身体は無事っぽい。ここは暑くも寒くもない。
明るくも暗くもない。
「感覚が、変になっているのかも?」
そして、いつの間にか目の前に文字が浮かんでいる。
幻覚かと手を出すと、触れた。へえ、実感があるね。これ。
怖いなぁ。
「いつの間に? これって、とんでもない事態だ……」
目の前には、文章が
拡張現実なのかな。でもそれ用の機器は、どこにもないのだけど。
文字を触ると────うん、感触がある。奇妙だわ。
気がつけば、ホルンみたいな低い響きが鳴っていた。
耳を傾けていると、音が人の声らしきものに変わる。
《 我ラ アピュロン星人ハ 汝ラへ 謝罪スル 》
声が説明していた。
この現象はアピュロン星人と名のる存在が、異空間から起こした交通事故だって。
目の前に浮かぶ文字も、同じ内容を示している。
「大事なことだから、2種類の手段で伝えたってわけ、かな?」
謝罪の音声と空中の文字中に、見つけちゃった。
《
私の名前だ。空間に浮かんでた。
あの一瞬で個人情報を
それで加害者であり誘拐犯である者の名前は〝アピュロン星人〟ね。
へー。
星人? 今どきそんな呼び方する?
むしろ、ウソっぽくなるのに。
マジの異星の生き物だとしても、地球の言語を話せるほどの知識があって、あえて古くさい言いかたで表示するのに、違和感あるわけなの。
むしろ異星人じゃないのかもね。
この状況で名称が内容を示すなんて、信じる根拠がないし。
まして
だいたい、当人が姿も見せてないもんね。
音声と目の前に湧いた説明文によると、 この事態は、特殊な空間事故の結果だって。
ぶつけられた私たちは、どこかまた別の異空間に弾き飛ばされて行く途中らしい。
それを、アピュロン星人がこの特殊な空間へ一時的に繋ぎ止めて、お話していると言う。
でも、ここにいられるのもあとわずかで、どこかまた別の場所へ飛ばされるとか言っている。
地球に帰るエネルギーが貯まるまでの期間は、飛ばされた場所で生きていろってわけ。
自分の力だけで暮らすんだ。大変だね。
……もうね。信じるもなにも、想像を超える話すぎて、理解がおよばないわ。
「宇宙人の空間移動機械にぶつかって異世界に行くのね。奇抜な遭難だわ。これじゃあ、救助は来るわけないかあ」
こういう異世界に行く話の導入の定番は、たしかトラックにぶつかるんじゃなかったっけ? あと過労死とか。
宇宙人に轢かれるってパターンも、あったんだね。
まあ。いいや。
いまの状況がある種の幻覚とか、すでに死後の世界に入っているとかでないと仮定すると、確かなのは────
私を連れ去った犯人が使っている科学技術は、人類のそれを大きく上回るということ。これだけだ。
自称アピュロン星人の技術には違和感も多い。
めちゃくちゃ進んだ科学技術なのに、アピュロン星人の情報伝達が主に文字なことや、音声案内が
音それ自体というか、アピュロン星人の棲息する環境に大気があったとして、その中を伝わる振動の伝達率が地球のとまるで違うとか?
アピュロン星人は水棲生物、という線まであるかも。
でも音を使う生き物なら、使う周波数や音量は合わせてくるよね。
音を意志疎通の手段には使ってない可能性の方があり、かな。
はッ。のんびり考えている場合じゃなかったッ。
分析や考察は、後でいい。
いまは、この場でできる情報の収集と判断をしないとダメ。
もうすぐでも、異世界へ転送されるのだから。
考えていて、気がついた。
これって、いわゆる異世界転移なんだよね。じゃあ取りあえず……
「ステータス! ステータスオープン!」
とか言ってみたりしても、なにも表示されない。
残念ながら、そういう世界観じゃないらしい。
ええ、わかっていました。わかっていて、やりましたとも。
ワンチャン開くって場合もあるから。やってみたくなるのよ。
さてと、気を取り直して。情報収集だ。
文字を捕まえては読んでいるけど、この作業がどうにもすすまない。
文字をつかむ感触は低反発素材みたいで、文字どうしは間隔を開けて磁力的な力でつながっている感じ。
つかむのはカンタン。
読むのは得意。速読もね。でもさすがにめんどうな量よね。
文字をつまんで読んだ経験も、ないしさ。
あとこれ、アピュロン星人の一連の記述がひどい。
索引もないし、単元が先に出てないけど。ミスっているのかな?
雑然と立体文字が並んでいるだけなのよね。
各部や各項目が、ホールからパートな並びでも優先度順でもない。
索引や章立てすらない、箇条書きがバラバラに寄せあつまっているだけなのよ。
読みにくいったらないから。
意図があって、説明をズラリと
それともアピュロン星人の本来の言語は、文章の内容を理解する際に
前後の単語の並びで意味を作らない言語?
考えると、そもそも〝わかりやすくする〟という原則そのものが、人類の固定観念なのかもしれないし。
「うーん。意味のわかんない星人だなぁ」
インフォメーションがウソじゃないのなら、アピュロン星人は事故ってから、この救難システムを構築したわけだよね。
それだと数秒ってことになる。これってあり得ない速さなのだけど。
瞬時に異星人へ対応した情報環境をこしらえるなんて、マジで超高度な技術だ。
なのに、インターフェイスは立体文字を読ませて伝えるという素朴さ。
ちぐはぐなインフォメーションテクノロジーだわ。
自分たちの告知方法に、地球人が違和感を持つという反応は予想できなかったのかな?
いっそ、もう脳へ直に情報を入れてくれたら楽なのになぁ。
いやいや。また意識が逸れているし。
浮かぶ文字を読まないと、もうほんとうに時間ないから。
すぐにどこかへ飛ばされるって言っているし。
集中集中。
え? なにキャーって!
悲鳴?
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