第3話 登洞圭三 キリバライキ転送1

 突然、眼の前が明るくなった。

 まぶしいな。

 そこには光が────強烈な光が、していた。

 なるほどな。着いたんだな。異世界ってところに。


「だけどな、おいッアピュロン星人ッ。勝手に人を異世界へ飛ばしてんじゃねぇぞッ」


 お? 突然、デカい音が鳴った。雷か? 

 あと冷たい。水がしたたっている。

 いったい、ここはどこだよ?

 えーと。たしかオレは、健人と日本橋にいたよな。

 昭和通しょうわどおりから兜町かぶとちょうへ向かうあたりで車を停めた。

 ────問題は、その後だ。

 オレらは、だだっ広くて薄暗いなかに浮かぶ円盤の上にいた。いたぞ。

 そうだよ。

 オレらをさらったと思われる犯人は、アピュロン星人と名のって────


 ヤバいぞ! 


「おいタケ、おい、起きろ!」

「なんだよアニキ。もう少し寝かせろよ……あ? どこだここ! 冷てえッ、雨か?」

「早く立て、立てって。あの岩棚いわだなの陰まで行くぞ」


 ひでえな。アピュロン星人のヤロウは、オレらを雨の中に放りだしやがったぜ。

 ボヤきながら目についた岩陰へ駆けこむ。


「そうだ。くもの。タオルはアメニティに入っていたよな」


 あった。やっぱりアレは、夢じゃねえな。

 視界の隅のアイコンを指で押す。

 空中からタオルが手のひらの上に落ちてきた。

 わけわからねえが、くものがあるのは助かる。


「タケ、おまえの分もタオルとか、出すぞ」

「え? 出す?」


 横でモタモタしている健人の方のスイッチを押して、タオルを出して渡す。


「お、アニキ、サンキューな」

「タオルを元の場所に戻すのは自分でやれ、練習になる。雨はもうじきにあがるぞ」


 アイコンか。

 たしか、円盤の上にいたときに浮かんでいた取説とりせつにあったな。

〝行動サポート機能〟ってヤツだ。

 しかしどうして、こんなモノが目の前にある? スマホの画面じゃない、裸眼らがんで見ている空中だぞ。


 なるほどな────それはつまり、あの仄明ほのあかるい空間に浮いていた文字は、実際にあの場所に浮いていたわけじゃないのか。

 自分の目か脳にARみたいなヤツを仕込まれて、見ていたわけだ。

 ということはだ。

 アピュロン星人ってヤツは、オレらの身体を勝手にイジったってことだよな?

 宇宙人に誘拐されて、なんか体に埋めこまれるとかよ。定番のアブダクション話じゃねえかよ。笑えるぜ、まったく。


「右手の甲の古傷が消えてる。ケガも治ってるってことは、間違いねぇな。確実に身体に細工されてるな」


 チッ。

 なに勝手に他人の身体を改造していやがる。

 頭にくるぜ。

 だけど、ここでキレていてもしかたない。

 頭を切り換えなきゃな。まずはこの土地で生き残らねえと、先も何もねぇ。


 自分の顔をタオルで拭うと片側に泥がついていた。オレも地面で寝ていたらしい。


「上着は、そんなに濡れてないか。つまり意識が途切とぎれたのは、一瞬ってことだ」

「そうなのか? なんか長い間、寝てたような感じもするぜ。身体も軽ぃし」


 雨音が止むと、すぐに虫の音が湧く。

 目を凝らしても岩屋と荒野、灌木かんぼくが見えるだけだ。

 遠くの山際から空の端がかすかに白むと、あたりは赤い色調に包まれた。


 これがこの土地の夜明らしいな。

 時間は視界に地球時間と併記されているが、この天体の自転周期がわからないと意味がねえし。

 そもそも、ここって自転してるのか? というか、天体なのか?


「はぁ? ここ、野っ原すぎるだろ。ついてねえなあ……あいかわらずよぉ」


 健人の言うとおりだ。

 日本橋で集金に回っていたら、いきなり黒いバンが突っこんできた。

 あれは、たぶん西葛連合せいかつれんごうのヤツの車だろう。


 揉めていた地回じまわりを健人が半殺しにしたから、報復しに来たようだ。

 ヤクザの標的まとになるとは、オレら登洞兄弟も名前が売れてきたものだ。


「あの車が突っこんできた後は、記憶が無い。おまえは覚えているのかよ、タケ?」

「んー。オレも覚えてることは、円盤の上にいたってだけで、他は無ぇよ」


 手がかりは、無しだと確定だ。

 オレらは、気がつくと薄明の空に浮かんだ円盤の上で寝ていたんだよな。

 その場所でも、オレは身体が動かなかった。

 おそらくは、地回りの車が突っこんで来たときに、どこかケガをしたのだろう。

 ふしぎなことに、円盤の上にいたら少しずつ痛みはひいて、10分くらいで動けるようになった。

 健人はずっと起きていたらしいが、アイツに状況を聞いても要領をえないからな。


「金も道具類もねえな。あるのはサイフと鍵と携帯か。」


 身につけていた物だけだ。

 あとは、イカした科学で秘密の場所に隠されているアピュロン星人のミール・ユニットと、アメニティ・ボックスだな。


「アニキ、ここどこだよ? なんだっけ、ヒロポン星人ってヤツがよお、オレらが伊勢界隈いせかいわいに飛ばされるとかなんとか言ってたよな。伊勢って神社とかがあるところだよな?」

「伊勢の界隈じゃねぇ。異世界。地球じゃねえ世界のことだ」


 健人と異世界転送について話をするのは、完ッ全に時間のムダだ。

 話しても通じないに決まっている。頭痛が悪化するだけだ。


「異世界って、なんだよ? 外国の名前か?」

「地球じゃねぇとこだって言っただろッ」

「あーなるほどな」


 これはわかってないパターンだ。

 健人では、この有様ありさまになったことへの理解が追いつかないだろうから、そこはしかたない。オレだって状況を把握はあくしているとは言えねえし。


 周りは────見たことがない地形。

 足元には、ひざくらいの高さの四角い岩がドミノみたいにびっしり並んで地面になっている。自然の地形かよ、これ。


「アニキ見ろよ、ブロック塀が崩れて寄りかかったブロックみたいに、四角い石が重なって集まってるぞ。なんだこれ?」

「異世界から転送されてきた影響で、できる地形かもな。右手の先を見ろよ、タケ。周りの岩だ。ビルや車の残骸と岩が混じって同化しているぜ」


 人間だけじゃなく、日本橋あたりの看板や標識も一緒に転送されたのか。


「へー。八重洲通りって看板が、崖から突き出ているな。にぎやかで面白え。これもヒロポン星人がやったのかよ?」

「アピュロン星人な。さっきからずっと違ってっぞ。最後の〝ン〟しか合ってねえ。んな、ボロい耳は捨てろ」

「バカ言うなよな、アニキさあ人間に耳は必要なんだよ。ないとグラサンかけらんねぇんだよ」

「耳は、グラサンかけるためにあるんじゃねぇわッ」


 看板をよく調べると、岩と看板が溶けて混じりあったみたいな状態だった。

 こんなのは、面白いというか、恐ろしいだろ。

 岩からは看板だけでなく、タクシーらしき車のフロント部分も生えている。

 空間を超えて実体化するって現象は、ヘタをするとこういう状態になるってことかよ。

 ようするに、オレたちは、ずいぶんと危険な状況にあったわけだ。

 ロクでもないな。アピュロン星人。



「それよりタケ、おまえやってくれたなぁ」


 とりあえず健人の頭を殴る。あいかわらず、石頭で手が痛いぜ。


「痛って、なんッだよ! いきなり殴るなやッ。野蛮人か」

「オレが寝ている間に、食いもんばっか取りやがったなッ」


 目が覚めたら身体が動かなかった。意識も朦朧もうろうとしていた。状況把握じょうきょうはあくに必死になっていたら、そのときにはもう健人が自分の枠だけじゃなく、オレの枠まで勝手にミール・ユニットを詰めこんでいた。しかも枠の全部にだ。

 枠をぜんぶをめ終えたら、もう取り外せねえし。

 むしろ枠はけておいた方が、まだ使い勝手が良かったのによッ。


「どうしてだよッ、まずは食い物だろうが!」

「もっとる物があったんだよ! ツール・ユニットとかよ! アレがないと、異世界でやっていけねえぞ」


 あー。そうだった。この言い争いはオレが不利だ。

 健人に〝ユニットには、それぞれ取得できる個数がある〟とかから説明するの、スッゲー面倒だな。と言うか、できない。

 もう良いか。いま持っているものを活かすしかない。切り替えて行く方が、タイパが良いぜ。


「タケ、おまえがいま持っているモノで役に立ちそうなモノあるか?」

「なにもねーけど?」


 ポケットを探っている。


「なわけねーんだよ。あのな────」


 アピュロン星人と事故ったときに身に着けていたか、持っていた品物は、アメニティ・ボックスという異空間に自動で収納されたことを説明した。

 それだけで5分くらいかかった。

 もうすでにクタクタだ。健人に所持品を表示させて確認すると────

 コイツ、マジであんずアメとスーパーボールしか持ってねえ!


「なんなんだ。おまえは、いっつもあんずアメを食ってんな? 毎日なにかしらの祭り参加してんのかよ。どうなってんだよ?」

「つきあっている女にもらったんだよッ」

「でも、まぁそうか。そうだな……責められねえか。役に立たねえモノしか持ってなかったところは、オレも同じだな。しかしこりゃ、オレらの暮らしは苦労しそうだぞ」


 ふたりそろって、手ぶらで異世界だ。

 用心のために持っていた拳銃どうぐを、脱いだ上着のポケットに突っこんでいたのがやまれるな。丸腰で異世界は厳しい。


 まてよ、あったな。目録っぽいものに、刃物って字があったのを見たぞ。

 そうだ。身のまわりの品はアメニティ・ボックスにまとめて支給されていたはずだ。


 やっぱりあった。

 ナイフはある、使えるな。

 衣類、テント、毛布、寝袋、洗面用具、食器と容器、着火具、トレペと布とロープ後は、傘か。

 薬はないのか? どうやら、無いようだな。

 ナイフを、異空間にあるアメニティ・ボックスから、手のひらへ転送する。

〝出ろ〟と思うと一瞬でハシ箱みたいな形のモノが宙から湧いた。


 コイツは、飛び出しナイフかよ。懐かしいぜ。

 いや、待てよ。これはちょっと違うな。へぇ、なるほどね。意外にすぐれ物じゃねえか。


「宇宙人のヤツ。意外に良いモノ、入れてくれているじゃねぇか」


 試しに近場の灌木を切ってみる。

 刃らしき箇所の切れ味が尋常じんじょうじゃない。

 異星人の切断機械って感じだな。

 これは使える。


「おい、アメニティ・ボックスに服とかの当面の生活用品あるから見とけよ」

「うーい」


 当面の生活とは言ったものの、この場所で生きていくのは厳しそうだぜ。未知の環境だからな。

 あたりの岩は細かく振動して、飛沫みたいな光の粒を吹き上げている。

 遠くには幾筋もの煙を上げている台形の黒い建物が見えた。建物から出て揺らめく黒い煙には、雷光がひらめいている。


 異世界。異世界だよな。確かに見るからに、ここは地球じゃない。


「チクショウ、マジで頭痛えな」

  

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