第4話 登洞圭三 装備の確認

 弟の健人と集金していたら、日本橋にほんばしで車をぶつけられた。

 奇妙なことだが、そのあと気がつけば、アピュロン星人って名のるヤツに異世界へ放り出された。手ぶらでだ。



 うわ。目の前は、なにもない荒れ地だ。生き物もロクにいない。

 ああ、クソ。マジで頭にくる。


「さて、これからどぉすっかな……」


 オレが座っている大岩は、さっきからずっと揺れ続けている。だけどまあ、がんばればどうにか立てるな。


「地震? だよな、これ」

「ああ。乗っている岩とか、このまま転がって行きそうだぜ」


 実際、オレらのまわりではデカい石がゴロゴロと転がっている。

 まったく奇妙な土地だぜ。

 こんな場所で元いた日本橋に帰還できるまで、暮らすのかよ。マジで頭いてえなあ。


「ここ、やたらと揺れっぞ。むこうのデカイ岩に移ろうぜ、アニキ」

「気ぃつけろ。ここから落ちたら岩と岩の間に挟まれて潰されるぞ」


 一段高い岩に乗り、あたりを見回すが、どこにも人影はない。

 生き物は鳥と虫くらいだ。


「オレらも他の転送者と同じ場所へ送られたはずだが────誰もいねぇな」


 視界の端に表示されている地図を確認しても、オレらの近くに他の転送者なんていない。

 というか、現地人はおろか、動物がいない。

 周囲で動く生き物を感知するセンサーに反応がない。

 表示されるのは、オレらを表す2つの点だけだ。


 他のヤツらとオレらの転送された場所は、地図の表示だと見えないくらい離れているのかもな。

 少なくとも、1辺500ートルの地図上に動物はいないと出ている。


「いないものは、いねぇんだ。他の用事からすませるぞ」


 視界には地図のほかにも、アピュロン星人の用意した見えないアメニティ・ボックスの内容物の表示と、それらの出し入れのためのスイッチが浮かんでいる。


 ようするに、目の前には、地図とアイコンが並んでいる。

 改造されたのは、ここだけか?

 後で細かく探らないとだな。


「タケ、おまえの目の前にも地図が浮かんでいるか?」

「あー、あるな。なんだこれ? 前にいた場所にあった字みたいにプカプカ浮かんでるぜ。でもって、マップはスマホみたいに指で広げるとデカくなるな」

「広げようと思うだけでも拡大されるし、伸ばそうと思うだけでも延長されていくぞ」

「あー、できた。なるほど、へぇ、こりゃ良いや」


 健人は気にしていないが、それでかまわない。

 あれこれ考えるより、使える物を使って手っ取り早く暮らしを成り立たせるほうが優先だ。


「おーい現地人! 誰かいるかー、いたら返事しろー! 出てこーい」


「だから呼びかけはムダだって。地図の表示だと近くには猫よりデカイ生き物はいねぇよ」

「マジかよ。スゲーど田舎だな、ここ」


 それに現地人が近くにいたとしても、日本語が通じるのかも怪しい。

 現地の言葉も喋れない外国人の人相の悪い男たちが大声あげていたらヤバいだろ。

 最悪の場合、捕まるぞ。


 手持ちぶさたなのか、健人は石を投げている。

 ムダに元気なヤツだ。

 こいつは、どこででも生きていけそうだな。


「しばらくは、この場所で暮らすしかねぇからな。今日はこの辺にねぐらを作るぞ」

「しばらくって、いつまでだよ?」

「半年くらいは、かかるだろうな。アピュロン星人のヤツらが食料をたんまりよこしたんだ。ここじゃ手軽にメシは手に入らなそうだから、ヤツらも配慮したんだろうさ」

「えー。半年とか長ぇよ。そりゃマズいって。モタモタしてっと、西葛せいかつのヤツらからかすった上納金を取り返されるぞ」


 いまかよ? こんなときにまで金の心配とはな。

 ブレないヤツだ。感心するぜ。


「いまは考えるだけムダだ。元の世界のことは放っておけ。いま重要なのは、この場所で生き残る手立てだ。どうしようもねぇことを考えても時間のムダだ。切り替えろ」

「そりゃそうだけどよ。どこまでも追いこみかけてくるヤツらだぜ。」

「追いこみはねぇな。西葛連合も警察もここまでは追ってこれねえ」

「あ、そりゃそうだな!」


 健人が、笑いだす。つられてオレも笑う。

 笑い疲れた健人は、ため息をついて手を挙げて見せる。


「なあ。アニキさ。話は変わるけどこれ見ろよ。いつの間にかオレの小指の先っぽが生えているんだけど、ガキのころツメたろ? あれが生えてんだよな。どういうことだ……」


 健人のほうも再生されていたか。転送の前に各人の視覚を改造するだけじゃなくて身体の欠損も復元させたってわけか。親切なことだ


「サービスだろ。目の前に出る地図と同じアピュロン星人のくれたオマケだ。後、タケおまえ、指の他に前歯も生えてるぜ」

「おー。生えてるわ。歯も生えてたぜ。アピュロン星人、気前が良いじゃんか! ハハッ久しぶりだな、小指と前歯! てか、タトゥーがねぇ! オレの左肩のてっぺんに行くっていう意味の上向き矢印と、右手のかっけーミサイルのタトゥーが消えてるッ」

「クソダサかったからじゃね? それもサービスだろ」

「チクショオ! アピュロン星人のヤローには芸術的なセンスがねえなッ」


 芸術的なセンスかどうかは知らねえが、健人の髪の色は金のままか。

 タトゥーはアウトで、金髪はセーフって、どんな線引きだ? 意味あるのか。

 毛髪の部分は死んだ細胞だからか?


 とりあえず、身体は動くからいいか。

 いま必要なのは、この場所の情報だ。


 ん? 視点の高さを変えていると、視界の隅の地図に光る点が出た。それが、やたらと速く動いている。ふーん。これは、オレらに向かってきているな。


「タケ、気ぃつけろ。なんかこっちに近づいているぞ」

「え? どうして、そんなことわかんだよ、アニキ」

「よく見ろ。地図に点が増えて、動いてるだろ?」


 光る点は前までなかったものだ。急に地図に出てきやがった。

 地図は地表の500メートル四方の様子を示している。

 ということは、地図上の光点はもう200メートル切るところまで、オレらに近づいているらしい。


「お? 画像の拡大が、できるぞ」


 大写しにしても、景色の中にその対象は見えない。

 あい変わらずデカい岩だらけで、隙間に少しだけ灌木の生えた薄茶色の荒野が見えているだけだ。

 だが、地図の光点はジグザグに動いてこっちに近づいている。


 オレにむかって移動しているヤツがいるのに、見えていない。

 だとしたら、地面を掘り進めているか、迷路みたいな岩の狭い溝の隙間をぬってオレらに近づいているに違いない。


 そう思って溝に視線を落とすと────ほら、いた。

 今度は画像にも捉えた。

 拡大すると、大きさは大型犬よりひと回りデカい。体長がかなり長い黒い犬っぽい動物。

 そいつは、大きな岩陰で止まり、こちらをうかがっている。

 襲う気、ありありじゃねえか。



「は? 安全な場所へ転送すんじゃねぇのかよ、アピュロン星人よお」

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