第2話 末吉末吉 アピュロン星人

 花地本という若者に初めて会ったのも、この円盤の上だ。

 彼もたまたま東京駅の八重洲口やえすぐちの近くにいて、空間が割れる現象を見ていたらしい。

 そして次の瞬間には、もうこの円盤の上に座っていたと言う。


「末吉さん、会ってからずっと落ちついていますけど、この状況についてなにか知っているのですか?」

「悪いな。なにも知らないんだ」


 オレは、子どものころからこうだ。

 他人からは、どんなときにも冷静な人間に見えているらしい。

 実際には、怖さを感じないタイプってだけだ。

 危ないときに危険を少しもわかってないことが、逆に危機に対応しているように思われるなんて、皮肉な話だ。


「末吉さん、どうして笑っているんですかッ?」

「なにもわからない自分が、情けなくてさ。あと別に、敬語とか使わなくても良いから。こんな場合だし」

「あ、いえ。ボクはこのほうがしゃべりやすいんで。末吉さんは、楽な話しかたでどうぞ」


 花地本は小刻みに震えていて、大量の汗をかいている。呼吸も荒い。

 ケガはしてないというから、精神に強いストレスを感じているのだろう、それもマズいレベルのようだ。


「えーっと、どこからか音がしているよな?」

「音、ですか?」


 花地本が、あわてて周りを見まわす。

 薄闇の空間に変化はない。とても小さな音が鳴っているだけだ。


「はい。でも言われてみたらかすかに、だけど確かに音がします。音の悪い古い録音みたいな……」


 やがてはっきりと、ホルンみたいな低い響きがあたりに降りてきた。

 耳を傾けていると、音が人の声らしきものに変わる。


《 我ラ アピュロン星人ハ 汝ラへ 謝罪スル 》



 3度繰り返された音声と同時に、文字が空間に浮かんだ。

 おおよそ2センチほどの厚みのある立体の文字が、目の高さに浮かんで並び、その連なりが文章を作っている。

 文の内容は、聞こえた声と同じだ。


 しかし驚く。声もその内容も予想もしないものだった。

 アピュロン星人? 

 宇宙人なのか? 


 空間に響く音声は続けて、アピュロン星人という宇宙人の操る機械が多くの地球人たちに衝突したと説明する。


 オレたちは、偶然に宇宙人の機械とぶつかってしまった、と言っているらしい。

 それじゃ、この場所にいるのは、事故の被害者たちなのか。


 言葉が出ない。

 本当の話なのか? これ。

 他の人たちは、オレと違ってすぐに反応したようだ。

 同時にたくさんの人型のパネルが震えている。


『は? アピュロン星人? なによ、それ』

『おいおいッふざけんなってッどこだよ、ここはッ』

『なにしてくれてんだテメェ! すぐ元の場所に戻せッ』

『連絡させて! とりあえず連絡!』


 いくつも並んだ店頭ポップみたいな薄いパネルからは、さまざまな声が激しく鳴っている。

 もう何度も繰り返し思っているのだけど、ほんとうに現実なのかこれ?


《 我ラ アピュロン星人ハ 汝ラへ 謝罪スル 》


「しゃざい? 謝ってどうするんだよ! この状況で意味ないだろ」


 花地本も声を荒らげている。


 普通はそうだよな。でもオレは危機感が薄いせいか、こういう事態の反応にいまひとつ実感がこもらない。

 どうしていいかわからないから、周囲にポコポコと浮かぶ文字を捕まえては、読むともなく読んでいた。


 でもどうして、アピュロン星人は文字を浮かべて会話をするのだろう。

 こんな手段では、情報が伝わりにくいだろうに。

 異星人独特のマナーなのか?

 いや。考えてもオレには、わかるハズもないか。


 文字を読むうちに、この事態になった原因がわかった。

 アピュロン星人の宇宙船というか、空間を進む機械が起こした事故が、たまたま近くにいたオレたちを巻きこんだ、と書いてある。


 アピュロン星人は立体文字で、オレたち地球人を事故の巻きぞえにしたことを何度も謝っている。

 そして、全員の救出も約束していた。


 ────問題は、ここからだ。


 話の内容だと、いまはとてつもなく進歩した科学力で、オレたちをこの薄闇の空間にどうにか固定している。

 だけど、それもやがてできなくなるらしい。

 空間への固定が外れたとき、オレたちはアピュロン星人も干渉かんしょうできない、どこか別の空間に飛ばされる。

 それはもうどうしようもないことだ、とかアピュロン星人は言っている。


 こりゃダメだ。まったく理解が追いつかない。

 でも、わけがわからないなりに不穏な空気は感じている。

〝どこか別の空間〟とかいう言葉の響きだけで、もう9割近く生きて帰るのはムリそうな印象ある。

 生き残りをかけた、なんらかのデスゲームとかをやらされそうな雰囲気すら感じる。



 どうやら、オレたちがどこかに飛ばされるまでの残り時間は約20分らしい。

 数字が各々の名前を示す立体の文字の横に浮かんでいて、20分から1分ごとにカウントダウンしている。


 浮かんだ説明文によると、飛ばされた場所から元の世界へ帰るためのエネルギーが充填じゅうてんされるまでは、その世界で生き延びなければならないそうだ。

 帰還できるかどうかの目安は〝バーサタイル・ポイント〟という名称のつけられた数量で、視界に表示される。そう書いてある……これか。


 この数値が300ポイントになると、元いた場所へ自動的に帰される。

 ────そう書いてある。

 書いてあるけど、納得はできない。突然すぎて理解が追いつかない。



『無責任だぞ! どうにかして止めろよッ』


 同じ内容を訴える声が、いろいろなパネルからあがる。

 無理もない意見だが、聞き届けられるのかといえば、たぶん無理だろう。


『流されるしかないのかよ! アピュロン星人は、ちゃんと責任をとれ、すぐに元の場所に戻せよ』

『ギリギリ生きていける場所? ふざけるな。そんな劣悪な待遇たいぐうで納得できるか!』

『そのバーサタイル・ポイントってのが貯まるのはいつまでかかるのか、どれほど待つかも、わからないだろうって話だッ! 異世界でどうやって、救助まで生きていくんだよ!』


 オレから見て、円盤の反対側にいる3人の男たちが抗議している。

 アピュロン星人の回答が、次々に湧いては浮かぶ。


《 汝ラノ 生存ノ為ニハ 我ラノ 壊レタ船カラ 分割シタ部分ヲ 用イヨ 》


 船? 

 ああ、さっき言っていた、オレたちにぶつかったっていう異空間を進む船のことか。

 その船の設備を使えと音声が言うし、書いてもある。


 目の前に浮かぶ説明文を読むと───空間船と呼ばれるその移動装置は、いくつかの部分が空間的な制約をこえて連結しているブロック玩具みたいな構造だそうだ。

 いや、よくわからないけど、そう書いてあった。


「宇宙人の船の諸々の機能を使えるユニットっていうのを、各々の被害者に配るから異世界へ持って行けってことか」


 宇宙船の設備を持って、異世界に行くのか。

 ユニットを配るって、渡された機械をどう運ぶんだ? 背負うとかか? 

 自力で運ぶとなると、機械が重いと困るな。


 いま考えても仕方ない。

 というか、ムリだ。考えてもわかりそうにない。

 これは間違いなく、オレの理解を大きく越えている事態だ。

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