第2話 末吉末吉 アピュロン星人のユニット

 

 帰宅途中で交通事故にあった。

 加害者はアピュロン星人。

 宇宙規模の空間事故くうかんじこ、だそうだ。


 事故はいまも進行中だ。

 これからオレたちは、未知の世界へ飛ばされるらしい。


《 行キ先デノ 基本的ナ 安全ハ 我レラガ機器ユニットになウ 》


 オレたちが未知の異世界へ飛ばされるのは止められない。

 飛ばされる最中は、このまま亜空間こういうところにいる。

 ここにいれば、死ぬことはない。


 地球人が生きられる環境でなければ、亜空間こういうところからその世界へ到着はさせない。

 だから、異世界に着いてすぐ死にはしない。

 宇宙人の便利グッズも配る。

 なので安心してほしい。

 ────という話をアピュロン星人はり返している。


『アナタね、それは加害者として勝手な言い分よ』


 不測ふそくすぎる事態と、予想もつかない対応の方法について、円盤の上では不満の声が続いている。

 たしかにアピュロン星人は、事故の加害者側だ。

 でも、その加害者が地球人でないとなると、どんな法律でさばけるのだろうか?


 異星人だと自称する存在が、本当に地球外生命体なのだとする。

 その場合、地球人と同じ法律や人権の認識が異星人にあるのかもあやしいぞ。

 異星人の加害者が、事故に巻きこんだ地球人の命を助けて元の世界に帰す。

 そういう考えがあっただけでも、不幸中の幸いだったと思う。


『アピュロン星人に文句を言っても、いまの私たちに得はないの。なにより、ごねている時間、それ自体がないから。残り時間に注意して』


 パネルの中のひとつから女性の声が響く。

 なるほど、そのとおりだよな。

 オレも異世界に飛ばされるまでのタイムリミットを確認する。

 残りは……ほぼ6分か。ずいぶん減ったな。


『おいおい、残り6分だって?』

いそぎすぎだろ!』

『準備が間に合わねえよ』


 また、方々ほうぼうのパネルから声があがる。

 時間がないと知らせてもらったばかりだというのにりないな。

 文句よりも、いまはとにかくアピュロン星人の機器ユニットを取るべきだ。


 だけど、それはどれでどこにあるんだ?

 自分の周りの空間には、ごちゃごちゃに文字やら図形やらがたくさん浮いている。なにがどれだか、まったくわからない。


「ちくしょう! 文章どうしが、文脈でつながっていないじゃないか。きちんと並べてくれよッ」


 花地本が空間をかき回している。

 かなりあせっているようだ。だいじょうぶかな。


《 使用ハ 視界ニ 浮カブ 4種の円形ヲ 選ビ 手持チノ 四角イ 枠 マス3ツガ 連ナル 図形ノ中ヘ 入レョ 》


「その〝カタカナ表示〟は読みにくいから〝ひらがな〟にしてくれないか?」


 思わず声に出したら、文字は一瞬で〝ひらがな〟へと変わった。


《 あと4分後 または 各人の持つ枠に3つあるマス目が すべてまったら 転送が始まる 》


 みんなが持ってる枠の3つのマス目? 

 める? 

 ああ。目の前にあった、これね。

 枠の形をしたアイコンの格子こうしのことか。

 へぇ、これも触れるんだな。


 さまざまなユニットをあらわす4色の丸を選んで、手持ちの3つに区切られた枠の中につまんで入れる、

 そうすると、そのユニットを取得しゅとくしたことになるのか。


 考えたら、当然のシステムだ。

〝異空間に設置された異星人の機器ユニットを受け取る〟

 なんて突拍子とっぴょうしもないことに、実感はないよな。

 他人から見たら幻覚を見ている人と、変わらないもんな。

 せめて、アイコンとかでユニットの取得状況が表示されていないと、わからない。

 現状の把握はあくもままならない。


 さてそれで、ユニットを表す丸いアイコンは、どこに置かれているんだろう?

 文字をかき分けると、丸いヤツの集まりがあった。これか?

 おそらくこの色分けされた丸が、アピュロン星人の事故った移動機械にあるそれぞれのユニットを表している図形だ。


 まずは、黄色いのを掴んで……お、表示が出た〝ミール・ユニット〟食料だな。取るか。


 丸いアイコンをつまんで引いているうちに、あちこちで悲鳴があがる。

 花地本も大声を上げている。苦心しているようだ。


「もう時間がない! ダメだ、ユニットが見つからないッ」


 オレには危機感ってものが、元からない。だからあせりはしない。

 だけどさ。単純にこういうこまかい作業をするスピードが遅いんだよなあ。

 間に合うかな?


「えーと。丸を四角いマス目まで持ってきた後は、ただ置くだけで良かったのか?」

『ユニットの取得しゅとくについての説明は、丸の集まっていた所の近くに置いてあるよ』


 つい漏れたひとり言に、返答があった。

 助かる。

 誰か知らないけど、教えてくれてありがとうな。


「それで。ユニットをあらわす円いのを各人の前にある四角い枠の仕切られたマス目のなかに置いたら、ユニットを取得したことになるんだな」


 やっぱり置くだけだ。よし取れた。


 マスに入った丸からは〝ピコンッ〟と確認音がした。

 見ていると、自分から動く丸もある。

 共有のユニット置き場だから、誰か他の人が丸をつまんで動かしているのだろう。


 人型の薄いパネルの上の名前の横には、取り入れたユニットの名前が表示されている。


『おい、この丸いシールみたいなのが食料を表しているのかよッ、わかりづれえなぁ』

『食べ物はこれね! この黄色い丸がそのアイコンなのよねッ確かよねッ?』

『これはアピュロン星人の食べ物なのか? 人間に食える物だろうな?』

『地球人に食べられる仕様よ。身体の健康のために必要な栄養がぜんぶ入った食品。でもよく考えて取った方がいい』


 そうか。飛ばされた環境で、すぐに食べ物が手に入ると決まっているわけじゃない。

 アピュロン星人が言う生存可能な環境というのは、がんばればギリで生きていられるということだろう。

 なにもしなくても、必ず暮らしていけるということじゃないなら、運が悪ければ死ぬこともありえる。

 だとしたら、食べ物を取れるだけ取るのも、かもな?


『あれ? この数だと人数で割りきれないよね?』

『バカ! 黙ってなよッ』


 食べ物のユニットは、全員が枠いっぱいまで均等きんとうに分けられるだけの個数がない。

 そうと知って、ユニットの取り合いがさらに白熱する。


『おいまてよ! 1人1個までは、均等に分けられるだろッ』

『しらね』


 眼の前に浮かぶミール・ユニットを表すいくつもの黄色い丸が、四方へ飛び散っては消えていく。


『みんな、ちょっと待って。ミール・ユニットばかりで、手持ちの枠をめちゃダメだって。食料より優先するものがあるから!』


 声は、冷静な判断でアドバイスをしてくれているけど、誰も聞きはしない。


『うるせぇんだって!』

『分けろッ、分けろよお』

『おい、オレまだ1個も取れてないんだって』


 あちこちの人型パネルから、争う声がする。

 大勢が、我先われさきにと食料を表す黄色い丸を枠の中にめているようだ。

 21個の人型パネルの上は〝ミールユニット〟の表示で、どんどん埋まっていく。


「ダメだッ! 取れない。どうしよう、どうすればいいんだよッ!」

「どうした? 花地本。ミール・ユニットが取れなかったのか?」

「苦手なんですよ! どうして他のヤツら、身勝手みがってなことばっかりするんだよ、ちゃんと分けろよ……」


 泣いている花地本に、手持ちの四角い枠を差し出した。オレは、なんとかミール・ユニットを2つとれたんだ。


「あ、あのこれ、もらっちゃっても良いんですか?」

「うん。半分ずつ使おう」


 花地本は枠を受け取ると、あわててかかえこんだ。

 なるほどね。花地本がユニットを操作する速度は遅いかもな。

 食料争奪戦の大騒ぎの中でも、女の人の声は、まだ解説を続けている。


『自分が必要だと思う種類のユニットをよく考えて取って。ユニットを表す円形を格子の枠の3マスぜんぶに入れたらスイッチが出てくるから、自分のタイミングで転送ができるよ。転送を開始した時間が違うと、たどり着く場所が同じにはならない可能性があるから気をつけて』


 残り時間内に出発しないと、他の人と同じ場所に転送されない。これは重要な情報だ。


《 この場所を離れたら 我々はもう 君たちに関与できない よく考え 協力して 帰還を 目指してほしい 》


 ひときわ大きな文字が浮かぶ。

 強調されたアピュロン星人のメッセージだ。


 花地本は何度も空間を叩いている。かなりあせっているな。


「まだ時間はあるから、焦らなくてもだいじょうぶだぞ」

「すいませんッすいません」


 花地本は謝りながら消えた。

 それほど大急ぎで転送スイッチを押さなくても、まだ時間はあるのにな。

 花地本は、食料をちゃんと取れたのか?

 残されたオレの四角い枠は、放りだされたまま宙にプカプカ浮いている。


「なにか、問題でもあったのか?」


 花地本に渡した枠を取ってみてわかった。

 なるほど。あわてて出発したわけだ。

 残されたオレの枠は、空っぽだった。

 オレの分の食料は残っていなかったんだ。

 花地本は、オレの分までミール・ユニットを全部持って行ったようだ。


「そうきたかあ」


 ないものは、しかたがない。

 これから未知の世界へ行くというのに、自分のことながら危機感がないとは思う。だけど────


「こういうの、よくあるんだよな」


 よく知っている事態なんだ。

 オレは、子どものころから危機への意識が薄かったからな。

 ケガをするのと同じくらい、だまされることも多かったんだ。


 親に連れられて行った病院で、いろんな検査もしたけど。

 それは身体の器官の問題でもなかったようだ。


 危険の予測はできても、自然な心の動きとして〝怖い〟という実感がない。

 ビルの屋上から下を見たら、落下の可能性は思い浮かぶ。

 落ちて負うケガの度合いは、さぞ重いだろうと理解もしている。


 だけど、望まない状況から自然にわきあがるはずの〝怖さ〟が起きない。

 人間関係でもそうだ。自分に不利益な事態になりそうだとか、便利に利用されているという実感がかない。

 もちろん、つらいのも損なのも嫌だという感情はある。

 負傷や、寒暖の苦痛だって知っている。


 怖気おじけづかないからといって、身体が強いわけでもない。

 生まれてから、ほんとうの意味で怖いと感じたことがないってだけだ。


「暮らすのには、ホント不便な性質だよな」


 ケガしやすいとかだまされやすかったりする性質は、事態の危険度が増すごとに、より被害の程度も上がる。

 自分は最悪にサバイバルにむかないタイプだという自覚はあるんだ。


「もっとも、いま直面しているほどの緊急事態きんきゅうじたいは、これまで経験していないんだけど」


 空っぽの枠を握っていると、アナウンスが響き、乗っている平面の淡い灯りも赤く明滅しだした。



《 急ぐ必要あり 残り時間は 1分 》



 時間に追われて焦った他のパネルの人らが、大声をあげている。

 ミール・ユニットだけで枠の3つのマス全部埋めた人を非難する者。

 緊急避難だの適者生存だのを声高こわだかに言い返している者。

 ずっと悲鳴じみた声をあげている者。

 誰もが、大騒ぎだ。


「あー、とにかくだ。オレも、なにかで枠をめよう」


 残ったユニットは、緑と青と赤か。

 ええーと、緑がメンテナンスで青がメディック。赤はコミュニ……


《 急ぐ必要あり 残りは 30秒 》


 声に押されて、よく意味を考える間もなく手近にあった〝メンテナンス〟と表示された緑の丸いアイコンを、枠内に入れた。


 と同時に、画面上に転送と表示された四角いスイッチが表れて、自動的に押された。


《 転送します 幸運を 》


 そのとたんに───景色は音をたてて線になり、砕けて様々な方向へ流れた。


「スゴいな、これは」


 風の圧が強い。首がガクガクと揺らされる。方向感覚が消えた? 

 もう前も後ろも上も下もわからない。

 オレは、落ちているのか?

 それとも上がっているのか?


 重さとか温感とか圧感とかの身体の感覚が、よくわからない。

 戸惑とまどっていると、足が硬いものの上に立っていた。

 土。地面だよな?


「着いた、のか?」


 夜が明けたばかりだろうか? 弱い光が、辺りを包んでいた。

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