〚カクヨムコン10〛 およそ82億と7つの世界 − 異星人が異世界へ転送させた日本人たちは超科学アイテムを……え? そんな使い方します? −

木山喬鳥

第一章 異世界転送

第1話 末吉末吉 異なる世界へ行く

 目の前で夜空がくだけた。


「キレイだな」


 明らかな異常事態を、のんきに見とれていた自分に少し笑った。


 くずれた景色の後ろには、暮色ぼしょくに包まれた空間が見わたすかぎり、どこまでも広がっている。


「なんでこんなことになったんだ? また夕暮れどきに戻っているよな。さっきスマホ見たら21時だったのに?」


 どうやら超常現象に巻きこまれたらしい。

 いまオレは22人と一緒に、広い円の中にすわっている。

 だけど、実際に一緒に座っているのは若い男が、ひとりだけだ。


 他の21人(?)は、半透明の人の形の薄い板、立て看板かんばんの形になって並んでいる。

 頭上に各人の名前が浮かんだ板は、みんなバラバラに動いていた。


「現実だよな。これ」


 完全に異常事態、ではある。

 だけど息はできるし、身体には痛いところもない。寒くも暑くもない。明かりもある。

 いまこの場で生きるのに問題はない。

 というわけで、危機感はない。


 だけどこの後は、どうなる?

 ここにいるオレたちの先行さきゆきが、楽しく明るいものになるとは思えない。


 横の若者は、うずくまって盛んに肩を震わせている。


「どうしてつながんないんだッ!」


 彼はずっとスマートフォンを叩いている。

 警察署や消防所へ連絡しているが、どこにも繋がらないとなげいている。


「残念だけど、ここへ助けを呼ぶのは、不可能だと思う」

「ど、どうしてですかッ!」


 黙って周りを見ていると、彼も気がついたのだろう。肩を落として頭を抱えた。


「いったいなんだよ。この場所は……」


 オレたちのいる奇妙な場所へ救助が来られる方法はないと思う。

 そして、オレがこの場所から自力で帰る手立ても、まったく浮かばない。

 死ぬかもしれないほどの危機的な状況だと、理解はできている。


 でも自分のなかには、あせりも恐怖もなかった。

 精神がきたえられているとか、サバイバル経験が豊富ってことじゃない。

 たんに、そういう人間なんだ。困ったことだが、変わりようもない。


「とりあえず自己紹介しようか。オレは末吉末吉すえよしまつきち、39歳、独身。会社員だ。特に持病もないし、いまのところはどこもケガしていない」

「ボ、ボクは、花地本利文かじもととしふみです。大学生で18です……持病もないし、ケガもないです。でもいまここで自己紹介とかすることに、どんな意味があるんですか?」

「そうだな。もしも救助されたとして、被災中に会った人物を伝えるときに必要だと思う。万が一、オレたちのどちらかが死んだら遺族いぞくを探す手がかりになる」

「し、死んだら……」


 花地本が、もうすでに死にそうな顔色になった。

 悪かった。嫌なことを自覚させて。

 わかるよ、オレも人生の終わりなんて意識したことはなかった。

 ついさっきまで、ほんの1時間前までは────────



「もう、21時なのか」


 帰宅途中だった。

 遅い時間でも気に入っている夕食が買えて助かった。

 東京の日本橋近くに職場がある良い点は、夜でも美味い料理のテイクアウトが買えることだ。

 ついつい、明朝の分の弁当や惣菜そうざいまでよけいに買ってしまうのが難点だけど。


「ん?」


 大きな音を聞いた。


「非常ベルか?」


 ビルの谷間に昇る黒い煙が見える。


「火事だ、大変だ」


 音の鳴る方へ行くと、刺激臭と煙でせきがとまらなくなった。

 ポケットを探り、手にしたハンカチで口を覆う。

 ビルから漏れでた黒煙は、手前の道路まで濃く立ちこめていた。

 渦を巻いた煙がみて、目が開かない。

 ムリに目をすがめると、2台の車が建物のエントランスに突っこんでいるのが見えた。


「交通事故か? あれは人の影、だよな?」


 とにかく早く車外へ引っ張り出さなくては。

 黒煙が充満じゅうまんする車内から手探りで人らしきものをつかみ、何度となく腕を引くが、ムリだ。引き出せない。


 もう火がそばまで迫っていて、熱い。

 引いているうちに手だけが隙間から抜けた。

 とっさに握っているモノを見たら、中の人の上着だった。


「もう近づけない。火の勢いが強いッ」


 服が地面に落ちてゴトッと硬いモノがたてる音がする。

 ん。ポケットの中から、なにかが転がり出た。

 え? なんだ、工具か?  違うこれは……

 拳銃だ。

 まさか、本物か?

 そう思ったとたんに、救急車の光と夜空がヒビ割れた。


「空に無数の光が、ジグザグに走っている?」


 燃えていた車が爆発したのか?

 でも。音もしなかったし、炎も爆風もない。

 見渡す限りの夜空が、ガラスみたいにパリンパリンと砕けて────





 気がつけばここ。

 大きな円盤の上だ。

 そうしていまは、眼の前に並んだ人型のパネルを見ている。


「末吉さんって、ずっと落ちついていますけど、この状況についてなにかわかっているのですか?」

「いや。なにもわからない、すまないな」


 オレは、子どものころからこうだ。

 他人からは、冷静な人間に見えているらしい。実際には、怖さを感じていないだけなのにな。

 危ないときに危険を少しもわかってないことが、逆に危機に対応しているように思われるなんて、皮肉な話だ。


 花地本は小刻みに震えて、大量の汗をかいている。呼吸も荒い。

 ケガはしてないというから、精神に強いストレスを感じているのだろう。

 それも、そうとうマズいレベルのようだ。


「なあ、どこからか音がしているよな?」


 花地本が、あわてて周りを見まわす。

 薄闇の空間に変化はない。上の方でとても小さな音が鳴っているだけだ。


「言われてみたらかすかにだけど確かに音がします。音の悪い古い録音みたいな……」

「そうだよな。あとべつに敬語とか使わなくても良いぞ。こんな場合だし」

「あ、いえ。ボクはこのほうがしゃべりやすいんで。末吉さんは、楽な話しかたでどうぞ」


 やがてはっきりと、ホルンみたいな低い響きがあたりに降りてきた。音が人の声らしきものに変わる。


《 我ラ アピュロン星人ハ 汝ラへ 謝罪しゃざいスル 》


 くり返された音声と同時に、文字が空間に浮かぶ。

 厚みのある立体の文字が、目の高さに浮かんで並び、その連なりが文章を作っていた。


 これは、いよいよありえないぞ。

 アピュロン星人? ほんとうに宇宙人なのか?

 空間に響く音声は続けて、状況説明をした。


 アピュロン星人の持つ、空間を移動する機械が事故って多くの地球人たちに衝突しょうとつしたのだと言う。

 つまり、この場所にいるのは事故の被害者なのか。

 音声を聞いて他の人たちは、すぐに反応した。

 同時にたくさんの人型のパネルが震えている。


『は? アピュロン星人? なによ、それ』

『おいおいッふざけんなってッどこだよ、ここはッ』

『なにしてくれてんだテメェ! すぐ元の場所に戻せッ』

『連絡させて! とりあえず連絡ッ!』


 いくつも並んだ店頭ポップみたいな薄いパネルからは、さまざまな声が激しく鳴っている。


《 我ラ アピュロン星人ハ 汝ラへ 謝罪しゃざいスル 》


「は? あやまってどうするんだよ! この状況で意味ないだろ。元に戻せよ」


 花地本も声をらげている。

 まあ、ふつう怒るよな。

 それが、とうぜんの反応だろう。


 声のげる話だと、アピュロン星人の科学力で、いまのところオレたちをこの薄闇の空間にどうにか固定している。

 だけど、それもやがてできなくなるらしい。


 いまから、20分後。

 オレたちはアピュロン星人も干渉かんしょうできない、どこか別の空間に飛ばされる。

 それはもうどうしようもないことだ、とか言っている。

 もちろん、まったく理解が追いつかない。でも、不穏ふおんな空気は感じている。


「ヤバいよな、これ」


〝どこか別の空間〟とかいう言葉の響きだけで、ほぼ生きて帰るのはムリそうな印象がある。

 生き残りをかけた、なんらかのデスゲームとかをやらされそうな雰囲気すら感じる。


 いつの間にか残り時間を示す数字が、各々の名前を示す立体の文字の横に浮かんでいた。

 20分から1分ごとにカウントダウンしている。


「にしても、20分って。残り時間が少ないって」


 説明文によると、飛ばされた場所から元の世界へ帰るためのエネルギーが充填じゅうてんされるまでは、その世界で生きびなければならないそうだ。

 エネルギーが帰還できるまで貯まったかどうかの目安は〝バーサタイル・ポイント〟という名称の数量で、視界に表示される。表示は〝VPバーサタイルポイント〟だ。


「数値が300ポイントになると、元いた場所へ自動的に帰されるのか」


 書いてあるけど、理解も納得もできない。

 この場のすべてが受け入れがたいからだ。


『無責任だぞ! どうにかして止めろよッ』


 同じ内容を訴える声が、いろいろなパネルからあがる。

 無理もない意見だが、聞き届けられるのかといえば、たぶん無理だろう。


『どこかに流されるしかないのかよ! アピュロン星人は、ちゃんと責任をとれ、すぐに元の場所に戻せよ』

『おまえらも知らない場所だと? ふざけるなッ。そんな劣悪な待応たいおうで納得できるか!』

『そのバーサタイル・ポイントってのが貯まるのはいつまでかかるのか、どれほど待つかも、わからないだろうって話だッ! 異世界でどうやって、救助まで生きていくんだよ!』


 そんな抗議の声への回答が、次々に浮かぶ。


《 汝ラノ 生存ノ為ニハ 我ラノ 壊レタ運送機械カラ 分割シタ部分ヲ もちイヨ 》


 え? オレたちにぶつかったっていう機械を使えと言っているのか。

 意味がわからず、その機械について書かれた説明文を探して読んだ。

 装置は、いくつかの部分が空間的な制約をこえて連結しているブロック玩具みたいな構造らしい。


「便利な機能のある宇宙人の機械を各々の被害者に配るから、異世界へ持って行けってことか?」


 ユニットを配るって、渡された機械をどうやって運ぶんだ? 背負せおうのか?

 自力で運ぶとなると、機械が重いとムリだろう。


 異星人のメカの機能は、飛ばされた場所での生存の役に立つとアピュロン星人は続ける。

 まさかそれは、異星人の機械がないと暮らしに困るような過酷な環境にオレたちが飛ばされる、という意味か?

 なにより、宇宙人の機械設備を、普通の地球人が説明を聞いてすぐに使えるようになるのだろうか?


『きちんとした説明も練習もなしに、宇宙人の道具をいきなり使えるわけないだろッ!』

『てめえらが、飛ばされる行き先までついてこいよッ』


 同じような懸念けねんは誰でも持ったようで、若者たちが上に向って怒鳴っていた。


「そうなるよな、普通は」


 やはり他人事みたいな感情しか浮かばない。困ったな。






 * 末吉末吉、花地本利文の画像(線画)

  は、以下に掲示。


 https://kakuyomu.jp/users/0kiyama/news/16818093085738382717

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