好きな人の好きな人

「ねえ、コウサカくんはさ、好きな人とかいないの?」


勉強を教えてもらっている途中、少し休憩時間がてきたので聞いてみた。

なるべくなんてことない風を装って聞いたのだが、少し上ずっているのが自分でもわかる。だってこんなこと、久しぶりにしたんだもん。こんなの中学生ぶりかも。甘酸っぱい恋ってこういうことを言うのかな。


「好きな人…かあ」


神坂慎也は天井を見てうーんと唸った。

そして、そう時間もかからずすぐに視線を戻して、


「いるよ」


そう、答えた。



「い…いるんだ!」

これも、なるべく平静を装って。

でもやっぱり少し声が震えてしまう。

このまま流されてしまう前に相手を聞かなきゃ。


「誰?このクラス?」

ナイスあたし。これはかなり自然に言えた。ちょっと落ち着いてきたのかもしれない。


神坂慎也が頷いた。


手汗が止まらない。心臓がどくどくいってる。


神坂慎也はあたしの名前を言うかな、いやそんなわけないか。じゃあ、誰なのかな。神坂慎也が日常的に話してる人なんて…


「酒田さんって知ってる?」


神坂慎也がそう言ったとき、あたしの脳内はハテナで埋め尽くされた。

さかた?酒田って誰?そんなやついたっけ。


いや……いた。



酒田ひずみ。



あたしはこの女と一度も言葉を交わしたことがない。だから顔がなかなか思い出せなかった。

一つだけ覚えてるのは、酒田ひずみは根暗な芋女だってことだけ。


いつも一人ぼっちの垢抜けない子。そんな印象しか持っていなかった。



え?神坂慎也ってあの女のことが好きなの?

話してたことあったっけ?そんな素振り全く無かったじゃん。

どこがいいの、あんな………




「豊田さん?」


神坂慎也の声で我に返った。

あたしは多分、ちょっとだけ取り乱してたらしい。今ので好きバレしちゃったかな…。いや、そんなことより。


「どこが好きなの?酒田さんの」


精一杯笑顔を作ったつもりだが、唇の端が歪に吊り上がっただけになってしまった。と思う。


神坂慎也はそんなあたしのことを特に心配することもなく、恥ずかしそうに酒田ひずみの好きなところを話し始めた。


酒田さんはまず綺麗でしょ、優しいし、しっかりしてるしね、あと声が可愛いんだよ。少し高くて透明感があって、それに滅多に笑わないんだけど笑うとその時は本当に可愛いんだ。控えめなとこがいいんだよ、それに…


まるで、あたしのことなんて見えてないみたいだった。


「それにね、酒田さん、幽霊がみえるんだって」


コイツはおかしくなってしまったのだろうか。

目こそあたしを見ていたものの、目があっている感じは一切しなかった。まるで一人だけ別の世界にいるみたいだ。頬は紅潮して声にはハリがあり、うっとりしたように酒田ひずみについて話す神坂慎也は、なんだかとても不気味だった。


「霊がみえるなんて羨ましいよ。僕はみたくてもみれないから」


「ねえ、コウサカくん…?」


「やっぱり彼女は選ばれた人だと思うんだよね。でも僕なんかじゃ酒田さんとつり合わないかな」


「ねえ」


「ひずみっていう名前もなんだかいいよね。非凡な人はやっぱり名前も非凡じゃないと」


「…」


「この前話しかけた時は…」


「…神坂慎也!!!」


あたしが怒鳴ると、神坂慎也はまるでたった今初めてあたしの存在を認識したかのようにあたしを一瞥して、きょとんとした顔で「どうしたの」と尋ねた。


「ごめん。やっぱ勉強教えてもらうって話ナシにしてほしい」


こんなヤツ、こんな気持ち悪い奴と一緒にいられるか。あたしの恋心はすっかり消えていた。


「別にいいけど…」


続きを聞かず、あたしは荷物をまとめてすぐに教室を出た。

何アイツ。ほんとキモイ。

幽霊って何?キモいんだけど。


教室の方から、低い笑い声が聞こえた。


…気がした。

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