第31話 夏の魔物
【ひたちなかダンジョン】上層エリア“四季彩の花園”、春区画を抜けた先に待ち構えていたのは、ここの経験者なら誰でも知っているモンスターであった。
「【ヒタチ・ミノタウロス】かよ……」
牛の頭部に筋骨隆々な人型の身体。五メートルを優に超える自身の半分ほどの長さがある斧を携え、血走った目で辺りを睨んでいるモンスターの名は【ヒタチ・ミノタウロス】。世界各地にいるのと同じくミノタウロスではあるが、絶命した時に遺す肉が日本のブランド牛“
「うーん、これは少々面倒なモンスターが現れてしまいましたね」
白鳥さんが珍しく溜息をつく。俺も同感だ。何せ、ヒタチ・ミノタウロスは相手をするのが非常に億劫なモンスターなのである。理由はその凶暴性。コイツは本来このダンジョンの中層エリアに生息しているのだが、群れでのリーダー争いに敗れると度々上層エリアにやってくる。そして周辺にいるモンスター、探索者問わず襲い掛かり、ひとしきり暴れてから中層に帰還するのである。それなりに経験を積んだ探索者なら単独でもギリ倒せる程度の強さだが、暴れている間はどんなにダメージを与えても攻撃してくるので、例えば「適度に戦って退散!」という手段が取れない。目標にされたら討伐するまで戦う羽目になるその面倒さから、探索者の間で“バーサーカー”と呼ばれるほど嫌われていた。というよりウザがられていた。
「メガチキンたちが春から動けずにいたのはアイツのせいだったんですね。どうします、梓先輩?」
「そうだなぁ。アタシの意見は放置かな。夏区画にいるってことは、中層から上がってきてそれなりに時間が経っているはず。アイツら確か上層に来て一、二ヶ月くらいしたら帰るから、放っておけば年末配信やる頃には丁度いなくなってると思うんだよねー」
「……どうやらそうも言ってられないみたいだぞ」
遠くにいたとはいえ、ちょっと迂闊だったかも。ドライアイかよってくらい充血した目が、バッチリこちらを見つめていた。
オオオオオオオオオオッ!!!
「ああもう、仕方ない!みんな、ここでアイツを倒すよ!優里ちゃん、魔法で足止めお願い!」
「了解!【クレイ・バレット】!」
ダンジョン全体を震わせる唸り声を上げながら突進してくるミノタウロスに対し、優里が魔法で作った巨大な土の弾丸を放つ。弾丸は全て直撃するが、モンスターは僅かに減速しただけで、そのまま突っ込んでくる。
「チッ、足りないか。颯太、一緒に前に出て牛野郎に攻撃するよ!マイマイ、アタシらが走り始めて三秒後に光魔法!アイツの目を眩ませて!」
「応!」
「承知しました!」
梓と頷き合い、二人同時に飛び出す。それに合わせて真衣さんが右手を前に出し、魔法発動の体勢をとろうとしていた。
グオオオオッ!!
野生の勘かただの偶然か。俺たちに向かって走ってきていたミノタウロスが、突然手にしていた斧をぶん投げた。
「マジかよ!?」
ミノタウロスが投げた斧は凄まじい勢いで回転しながら、無防備な白鳥さんに向け飛んでいく。このままじゃマズい!優里が彼女を守ろうと魔法による壁を形成しつつあるが、恐らくあれでは防げない。クソッ、やるしかねぇ!!!
「オオオッ!!」
俺は素早く魔力で両脚を強化し、抜刀できるよう親指を鍔に添え、飛来する斧に併せる形で全力で駆ける。
「間に合ええええええ!!!」
斧、白鳥さん、自分の位置を把握し、考え得る限りで最高のタイミングで跳躍。回転する斧に横から迫りながら、刀を抜き放つ。
「【
一太刀で斬れない可能性を考慮した連続剣。一息の間に腕を振るい、太刀筋で雨脚のような軌跡を描いて納刀する。魔力で強化した刃が回転によるエネルギーにも抗い、斧は瞬く間に四つに分かれて地に落ちた。
自身の投擲した武器が分割され、さすがに驚いたのかミノタウロスの足が止まる。その隙をウチのリーダーは見逃さなかった。
「見惚れてんじゃねぇ牛野郎」
「!?!?!?」
気づかれぬ内にモンスターへ接近していた梓。ミノタウロスは慌てて拳を振るうが涼しい顔で躱され、彼女の手が身体に触れるのを許してしまう。
「サイコロステーキの刑だ。【つむじ風】!」
魔法陣から吹き荒れる旋風が、容赦なくミノタウロスを包み込む。魔力の風はモンスターに悲鳴を上げることすら許さず巨体をズタズタに切り裂き、文字通り塵に変えてしまった。
***
「ふぅ、とりあえず何とかなってよかったよかった」
帰りの車内で、しみじみと安堵の言葉を口にする梓。ミノタウロスを撃破し、メガチキンの群れがきちんと夏区画に移動するのを確認した俺たちは、無事にダンジョンを出て帰路についていた。ちなみにヘッドカメラによる映像もしっかり撮れていたので、CM撮影も何とかこなせそうだ。いやぁ、本当によかった。
「それにしても、本当に凄かったね颯太。もちろん動画で見てたから動けるのは知ってたけどさ。直接戦う所を見て、改めて感心しちゃったよ。しかも探索者にありがちな力任せの動きじゃなくて、ちゃんと技術があるというか何というか。もしかして、武道か何か習ってた?」
助手席に座る梓が、何気ないノリで聞いてくる。短時間一緒に戦っただけで技術云々とか、よく見てるなぁ。
「武道とはちょっと違うけど、一応剣術を少しかじってたよ。探索者免許を取りたての頃に出会った爺さんに、色々あって教えてもらったんだ」
帰りは俺がハンドルを手にしているので、運転が疎かにならないよう簡単に答える。あ、そういやこの話優里にはまだ詳しく言えて無かったな。謝ろうと思いルームミラーでチラッと後部座席を確認したら、当の本人は白鳥さんと一緒に眠っていた。それなりの時間探索してたし、疲れちゃったんだな。お父さんの件もあって遠慮していたけど、もうそんな段階でもないしな。今度改めて話さないと。
「なるほど!あの
「Mr.D……」
探索者、いや今の日本において、彼の名を知らない人はいないだろう。Mr.Dとは日本で初めてダンジョン内で配信を行った、迷宮系配信者の先駆けと言うべき人物である。迷宮配信を開始して瞬く間にトップ配信者に成り上がったMr.Dだが、三年前に突如として配信者を引退。ネット上どころか世間からも姿を消してしまった。以後その消息を知る者はおらず、現在でも彼に関する都市伝説がネットに溢れているほどカリスマ的な存在である。
まぁ経歴はともかく、言われて思い出したが、昔見たMr.Dの動画で柔道の技を使っていた気がする。確か「リザードマンから一本取ってみた!」とかそんな感じの企画だったはずだ。当時は何気なく視聴していたが、配信を経験した今なら彼がどれだけ画期的なことをやっていたのか理解できる。“人を楽しませる”点において、間違いなくMr.Dは才能のある人物だったはずだ。そんな人が引退したということは、余程の事情や苦悩があったのだろう。でも、かつての一視聴者として、こう口にせずにはいられなかった。
「ホント、何で配信止めちゃったんだろうなぁ……」
視線の先には山に隠れようとしている夕日が見える。俺は何故か、直接会ったこともないはずの遠い存在に、思いを馳せていた。
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有名ダンジョン配信者の従妹に忘れ物を届けたら、なぜか俺まで有名になってしまった件 渡り鳥いつか @yatagarasumaru
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