中秋の名月から満月へ

藤泉都理

中秋の名月から満月へ




 ひとつふたつみっつよっついつつむっつ。

 ひとつふたつみっつよっついつつ。

 ひとつふたつみっつ。

 ひとつ。


 十五夜にちなみまして、高く積み上げまするは、月の満ちた姿をした丸い団子を十五個。

 一番上の団子は霊界に通じまする。


 するするするつるつるつる。

 霊界から垂れ下りてきますは、地上から這い上がってきますは、葡萄の蔓でございます。

 今宵しか出現せぬ、月界と人間界を繋ぐ導。

 萩、葛、藤袴、桔梗、薄、女郎花、撫子。

 この葡萄の蔓に秋の七草を。

 あ~~~ららひょひょいのひょいで巻きつけていきまして、導をより確固たるものへと変身させまする。


 うんこらひっひうんこらひっひ。

 そしてそして、邪気を払う薄を背負いましては、必死になって登っていきまする。


 え、何ですってい。

 緋毛氈に飾り付けている薄に月の女神様が降り立つのを黙って、いえ、舞い踊って待っていろってんですって。

 いえいえいえいえ。

 あっしは辛抱のない人間でして。


「あなた様を待てず、こうして登って来たわけでございまする」

「………」


 舞踊人は愛しきの方の前で跪き、無言で見上げてくるその方の口が開く前に言葉を発した。


「ああ。いいんでげす。いいんでげす。口を開かずとも。あっしにはあなた様が何を言いたいのかをわかっていやす。ええ。あっしが月界に来て感激していらっしゃるのございやしょう。ええ、ええ。わかっていやす。あっしには、わかっていやす。ええええ。ささ。お腰に付けたきびだんご。いえいえ。蒸した里芋と薩摩芋と南瓜を、月見団子を、この素晴らしき中秋の名月に腰をかけていただきやしょう」

「もう、中秋の名月ではない。満月ぞ」

「………あらららら。ひどい御方だ。あっしと愛しき方との逢瀬を邪魔するなんて」

「月の女神である妾に挨拶を先に済ませぬそちのほうがひどい御方だと思うが?」


 舞踊人は跪いたまま、愛しき方の背後に神々しく立つ月の女神へと視線を移した。


「申し訳ございやせん。愛しき方の事しか頭になくて」

「妾が降り立つまで舞い踊って待てばよかったものを。およそ一日もかけてここまで登り続けるとは」

「愛の力でございまする。導が消えなかったのも。ここまで登り続けられたのも。あ。御心配しなくとも、ちゃあんと、葡萄と秋の七草を編み込んだ導で休憩は取りやした」

「知っておる。途中でよくもまあ、熟睡できるものぞ」

「お褒め頂きやして光栄でございまする」

「………その無駄な努力に免じて、妾への挨拶を怠った事はゆるそう。そして、満月の間だけは、妾の眷属と共に過ごす事をな」

「月の女神様」

「無論、妾への供物も用意しておろうな」

「………てへっ」

「………来年はそちの導渡りを禁じる。いや。来年と言わず、そちが任に就いている間は一生じゃ。妾が人間界に降り立つまで、静かに舞い踊って待っていよ」

「あはは。へい。もう、今回だけでございやす。あっしももう二度はできませぬ」

「相も変わらず、食えぬ男ぞ」

「いえ。一生に一度は無茶をしないとそっぽを向かれちゃうかなーと思いやして。一念発起しやした!」

「すでにそっぽを向かれておるようじゃが?」

「ああっ。お待ちになってくだせえ!」

「そも、出会った時から今の今までそっぽを向かれ続けておるというに、」


 ふふっ。

 月の女神は微笑を溢してのち、ぴょんぴょんぴょんぴょん華麗に愛らしく飛び跳ねる、おのが眷属である月兎の一体を必死に追いかける舞踊人の背中を一瞥しては、降り立った人間界で手にした供物を食すべく、地球に背を向けて庵へと戻ったのであった。




「ほんに、莫迦なやつぞ」











(2024.9.9)




【注記 参考文献 : 『SKYWARD スカイワードプラス』というHPの「2024/8/19 旅の+one 中秋の名月とは?2024年はいつ?意味や由来、過ごし方を紹介(https://skywardplus.jal.co.jp/plus_one/calendar/harvestmoon/)」記事内】


以下が引用した箇所になります!


「お月見のお供え物といえば、いの一番に思い浮かべるのが多い「月見団子」。供え物をするのは中秋の名月とともに、平安時代に中国から伝わった風習といわれている。中国では伝統菓子である月餅を供える風習があるが、日本では芋類や豆類を供え、形を変え今の月見団子になったそうだ。

その昔、農民たちは月の満ち欠けで時の流れを計り、季節の変化を感じ取って農作業をしていた。そんな農民たちにとって、秋は作物の収穫期。月が満ちた姿を模した丸い団子は、豊作への祈りや感謝はもちろん、物事の結実や幸福の象徴ともされ、供えた後の団子を食べることで健康と幸福を得られると考えられている。

月がよく見える場所に台を置き、十五夜にちなみ15個の団子を大皿にうず高く盛るのが昔ながらの伝統的な供え方。山のような形に団子を積むのは、一番上の団子が霊界に通じると信じられていたからともいわれている」


「秋の果物の代表格でもある、ブドウ。中秋の名月のイメージはあまりないかもしれないが、収穫祈願を込めて農作物として、ブドウを供えることもある。理由は、ブドウなどのツル植物は月と人との結びつきを強める縁起のよい食べ物だと考えられているからだ」


「団子と並んで中秋の名月のお供え物の定番は、ススキだろう。日本全国に広く分布しており、身近な植物でもあるススキ。ススキをお月見に飾るのには、身近だからというだけではなく歴とした理由がある。

古来日本では、背の高い稲穂は神様が降り立つ「依り代(よりしろ)」だと信じられてきた。そのため神様へのお供え物として米や稲穂をよく用いたが、中秋の名月の時期はまだ穂が実る前である。それで、形が似ているススキを稲穂の代わりに供えたことが風習の起源だといわれている。

またススキには邪気を払う力があると考えられており、中秋の名月のススキには、災いなどから収穫物を守り、次の年の豊作を願うという意味も込められている。

地域によっては、その1年を災いなく過ごすことができるように、お供えしたススキを捨てずに庭や水田に立てたり軒先に吊ったりする風習がある」



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中秋の名月から満月へ 藤泉都理 @fujitori

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