一緒に眠ろう
(風を切る音と軽い縄跳びで人を打つ音が数度鳴ったあと、止まる)
ふぅ~。たっくさん運動して疲れたね。私もたくさんたくさん動いたから、そろそろおねむで。というわけで、そろそろ、寝ようと思います。
時刻? 太陽の傾きがないからわからない? いいんじゃないかな、別に。外がどうであろうと、今、君と私が眠いっていうのは変わりがないんだし。だから、外が夜でも朝でも、今寝ればいいんじゃないかなと思うんだけど、どうかな。……それとも、ここにいたくなくて、外に出たいからそんなことを言ってるわけ? だったら、また躾けをしないといけないけど。
(風切り音が数度鳴る)
そっかそっか。たしかに陽の光を浴びないのも不健康だね。今は教えてあげないけど、いつか日光浴ができるといいかも。とにかく、今は寝よう。ねっ? ねっ?
(鈍い打撃音。ドサっと生き物が倒れる音)
ごめんね。私ってば非力だから。君の体を倒すってなると、蹴り倒すしかなくてさ。でも、横になってもらわないとおねんねできないから。だから、蹴っちゃってごめん。
(ポンポンと布を叩く音)
お詫び、じゃないけど。膝枕をするよ。重くないのかって? 気遣ってくれてありがとう。でも君の頭くらいの重さだったら平気だし、私もしてあげたいから。ねっ?
よしよし、言うこと聞いてくれたね。それじゃあ、お休み……の前に耳でも掻いてあげようか。ほら、こういうのって定番だし。そ・れ・に……。
(耳のすぐ間近に少女の吐息があたる)
(囁き声で)私が君の耳を掻いてあげたいんだ。ダメかな?
ありがとう。じゃあ、始めるね。
(ずぼずぼずぼ、と耳かきが中を探る音)
なかなか、汚れてるね。最近、耳を掻く時間がなかった感じかな。遣り甲斐があるね。
(以後、継続的に耳の中を擦る音が響き続ける)
眠くなったら、寝ちゃっていいからね。
じゃあ、ちょっと手持無沙汰だし。……もちろん、耳かきはちゃんとやるよ。鼓膜をズボッってやって耳から血がドバァ! みたいなことにはならないから。……ごめん、脅かしちゃったね。だから、お話しながら耳を掻こうと思うんだけど、う~ん。何のお話ししようか。
身の上話、とか? 君にとっては、私とは今日が初対面だと思うし、少しでも私のことを知ってもらわないとね。こんな話しなくても相互理解はばっちりだと思うけど、一応、ね。
正直なところ、人生、退屈だったんだよね。
お母さんとお父さんは、子供の頃から私が間違えると拳で躾けてくれたんだ。外ではやっちゃいけないことだけど、心を鬼にして愛の鞭を振るうんだ、っていうのが決まり文句で。そうやってちゃんと躾けてくれたから、家の外では優等生って呼ばれることが多かったかな。家では時々いけないことをして、殴られたりしたけど、それは私が間違ってたってことだし、仕方がないかなって。
とにかく、親にも恵まれたし、友だちに不自由することもなくて、けっこう幸せに暮らしてたんだよ。だけど、ちゃんとし続けても、まあ、それだけで、特に楽しくなかったんだよね。だけど、私はそれ以外の生き方なんて知らなかったから。どうしたものかなぁ、って思った私は……本でも読んでみることにしたの。国語の授業とか社会の授業、それにクラスメートの話なんかを聞いてても、ちゃんとしていない人生、があるっていうのは疑いようがなかったから、私の知らないところから学習しようって、考えたの。だけど、ウチは両親が漫画とかアニメを禁止にしてて、テレビは大晦日とかお正月にちょっとだけ見せてくれるくらいだった。だから、そういうのは学校の休み時間とか放課後の空き時間に友だちに見せてもらったりして、だいたいは国語の勉強って名目で小説ばっかり読んでた。まあ、ここら辺はありがちだよね。でも、それが私のちゃんとした人生の間に生まれた、ちゃんとしてない人生の始まりだったってわけ。……けっこう、おっきなのとれたよ。まだ……起きてるね。じゃあ、お話の続き。
物語の世界には、私の経験にはない世界がたくさん広がってた。怖いこともどきどきすることも笑えることも。楽しいばかりじゃなくて苦しいこともあったけど、そういうのも含めて、心が豊かになっていく気がした。それで、特に気になったのは、恋とか愛とか。愛は……お母さんやお父さんからたっくさんもらってたけど、たぶん、そういうのじゃなくって。恋ってさ、もっと個人的なやつじゃん。それで物語の中の人たちはどんどんずんどこ、恋していく。それを見守っている時の私の気持ちに一番近いのは……うぅ~ん、なんて言ったらいいのかな……あこがれ、かな。私もできたらな、って気持ちでいっぱいにはなってたけど、ちゃんとした私の世界には、物語の中みたいな出会いなんてどこにもなかったから、黙々と小説ばっかり読みながら、感情だけを膨らましていたの。そんな時に、ね。(あなたの耳元に唇が近付き、吐息があたる)君を、みつけたんだぁ。
あの時の衝撃は、月並みだけど、稲妻に打たれたみたいだったよ。私の頭の中で膨らんでいた理想、そのものだった。好きです、付き合ってください。すぐに言おうと思ったけど、固まっちゃって。だって、ねぇ? 急に得体の知れない女に告白されても、君だって困っちゃうでしょ。この時は、いわゆる、運命を感じているのは私だけだし、君のこともなにも知らなかったから、理解を深めないとね、って思った。
だから、初めて会ったその日に、こっそり君の後をつけたの。初めてでどきどきしてたけど、私立探偵業ってこんな感じなのかなって思いながらやってたら、気付かれないまま君の家を知ることができた。けっこう私の家の近くだったから、焦らないでいいかなって思いながら、その日は帰ったの。
そこからの毎日は時が過ぎるのが速かったな。日常のかたわらで君の後をこっそりと尾けて、少しずつ理解を深めていく。途中で、こんなものか、って幻滅するかもしれないって思ったけど、いくら追いかけても、君は私の理想通りだったから、どんどん、好きって気持ちは膨らんでいった。幸せだったし、今も幸せ。
でも。でもね。そうやって、君のことを少しずつ知っていくうちに、ね。不安も膨らんでいったの。だって、こんなに素敵な君が、私だけの目に留まっているわけなんてないから。現に、尾行をしている間も、たくさんの人が私とおんなじような気持ちを君に対して抱いていたのがわかった。このままじゃ、ダメだって思った私は、色々考えて……君と同居することに決めたの。
さっきのクイズの二問目の答え。大学で単位がもらえるくらいの答えだと、恋している君と同居するため、っていう感じになるかな。でも、同居するって言っても、色々と障害は多いでしょ。場所だったり、人間関係だったり、君の気持ちだったり。でも、そういうまどろっこしいのを確認している余裕はなかったから、全部、私の方で済ませることにした。
まず、君に色目を使ってた、私と同じ穴の
次に場所。ここがどこかは……君が知る必要がないから言わないけど、二人きりで同居できる場所を見つけるのは苦労したよ。ほら、お母さんとお父さんをあんまり心配させるわけにはいかないから、空き時間が少なかったんだよね。そっちの問題は……最終的にどっちでも良くなったんだけど、別に話さなくてもいいかな。とにかく、探して探した末に、この愛の巣をみつけたの。どう、とってもいい場所でしょ。なに? もしかして、不満? 耳、ズボってやっちゃう? ……冗談だよ、冗談。耳かきはもうちょっとで終わるから安心して。けっこう綺麗になって、聞こえやすくなったと思うよ。
どこまで話したっけ。場所の話、までか。そうなると、後は君をここに迎えるだけだったね。これが正直、一番、難しかったかなぁ。って言ってもやったことは簡単だけど。隙をついて、後ろから殴る。ただそれだけ。ただそれだけのために、
どうやって君を運んだかっていうと……清掃員のフリをしてリヤカーで、ね。これもサスペンス小説で読んだやり方で、一度やってみたかったんだ。ここに連れてくるまでの間、ドキドキしっぱなしだったよ。
そうそう。君をここに運んでくる前にね、絶対に手に入れる必要があるものがあったんだ。
これ、なんだと思う? 中身は教えられないけど、人がコロリってなっちゃうお薬。もっと、わかりやすく言うと、毒、かな。
さっきのクイズの二問目の答え。完全回答はね、君と同居して心中がしたい、だったの。私が小説で一番惹かれた恋っていうのはね、心中なの。このつまらない世界がその一瞬だけかぎりない光を放つ――そんな愛する人とこの世から一緒にいなくなるって行為に、美しさと憧れをおぼえたの。でもいくら憧れても、相手がいなければどうにもならないでしょう。けど、私は幸運にも君をみつけられた。(耳元に囁くようにして)だから、ね。これから、私と君は一緒に眠るの。長い長い、眠りになるけど、二人、いつまでも一緒だから、恐れることなんてなにもないよ。
随分と長くお話ししちゃったね。そろそろ、お休みの時間、かな。お休み、一緒に寝ようね。
(水を口に含む音がしたあと、唇と唇を押し付ける音とともにフェードアウト)
悪い娘 ムラサキハルカ @harukamurasaki
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