後編
殺人カリキュラム以降、オレたち育成対象者は元の施設の地下にある施設へと移された。
規模は多少小さくなったくらいで、見た目は特に変わりはない。
あるとすれば、中央に一つ、巨大な白い建物が存在している点くらいだ。
ランクごとに分けられた塔も以前とほとんど同じ作りになっている。
生きると決めた日から何度同じ天井を見ただろうか、朝起きて目が覚めると最初に視界に飛び込んでくるのは、綺麗な白い天井。
その度に思う、オレは後何日で救世主になれるのかと。
日々会いたいが強くなる。
だけどその前に一つ、片付けておくべきことがある。
1438をこの世から消すこと。
殺人カリキュラムから三日が経過した今日、全てのカリキュラムが再開されると同時に、オレの正式なAランク昇格となる。
オレは普段と同じく、天哉、蘭と食堂で朝食を食べている最中。
「なぁ天月、あれから三峰さんはどうなったんだ?」
「まだ牢屋の中だ」
殺人カリキュラム終了後、三峰は一度管理者の下へ連れていかれたきり戻って来てない。
三峰が牢屋の中にいると知ったのはつい昨日のことだ、部屋に訪ねて来たルーメンが知らせてくれた。
殺人役として招いた管理者自身が、牢屋に閉じ込めるとはとんだ仕打ちだ。
だがおそらくは施設に残る選択をとったための措置。
つまり、危険分子ではないと判断されさえすれば牢屋から出られる可能性がある。まぁ、育成対象者達に歓迎されるかは別問題だけどな。
「けれど、彼女は誰一人として手をかけてはいないんでしょう?」
「みたいだな、だからまぁ時間の問題だろうな」
今日のカリキュラムは全体的に九時から開始される。
時刻はまだ六時十五分、少しルーメンに話を聞いてみるか。
「だけどまぁ、施設側がそのこと分かってないわけがないんだしよぉ、牢屋に閉じ込めるとか酷でぇことするなぁ、あんなに可愛いのに」
「それは今関係ないわ」
確かに蘭の言う通り、全く持って不要な一言。
天哉はつい出てしまったのだと、発言を謝罪する。
「おしっ、とりあえず今日はカリキュラムまで時間あるんだしよぉ、俺の部屋に来て時間潰すか」
基本的に他のランクの者がランクの異なる塔に入ることは禁止されている。
今までオレは、天哉と蘭とは違う塔だったが、昨日の夜からA塔へと移住した。
同じ塔内での部屋移動は禁止されていないため、天哉の提案は実行可能なものである。だが、ここは学校ではなく育成施設なため、そのような考えに至る者は滅多にいないのが事実。
「私は時間になるまで自分の部屋にいるわ」
「オレも少し行くところがある」
「こんな時間から一体どこに行くってんだ?」
「三峰のところだ。正確には、そこらにいるルーメンに牢屋に案内してもらえるか聞こうかと思ってる」
こちらから管理者へのアンションはかけられないため、まずはルーメンを頼るしかない。
「なんかお前って、冷たそうに見えて案外優しいとこあるよな」
「一応、オレにとって三峰は特別な存在だからな」
おっと、今の発言はあまりよくなかった気がする。
「んだよそれっ、詳しく聞かせてもらうぜ、なぁ?天月!」
ほら、こうなると思った。
めんどくさくなる前に修正しておこう。
「勘違いすんなよ、好きとかそういうのじゃないからな」
「ほんとかぁ?」
「まぁ別に信じなくてもいい、それより、オレ一人で行ってもいいんだが、二人も来るか?」
「そういうことなら手伝おうかしら」
「だな、暇だしよ」
その後オレたちはあっさりルーメンに牢屋へと案内してもらうことができた。
正直これはカケにもなっていない、ダメ元での考えだったんだがな、まるでオレが三峰に会いに行くことを読まれていたかのような事の進み。
「コチラデス」
連れて来られた場所は、壁にかけられたランプの灯火だけが照らす薄暗い場所。先には、幾つもの鉄格子で区切られた空間が用意されており、その内の一つへと案内された。
「なんだい?ああ、あんたたちか」
まだ三日だが、頬が多少こけている。
まともな食事を口にできていないということか。
「なぁ、こいつが危険分子じゃないことはもう分かってるはずだ。いつまで牢屋に閉じ込めておく気だ」
オレはその場にいるオレ以外の三人と一体の誰でもない存在に話しかける。
特に確証があるわけじゃないが、常に見られている自信がある。
『貴方の言う通りだ1500』
思った通り施設の管理者はオレたち育成対象者を常に見ている。
始めからこの手段でコンタクトを取る方法もあったが、他の育成対象者がいるかもしれない場所で無闇にやることじゃない。
それに案内してくれたルーメンの態度を目にしたことで、より自信を持って強く出れる。
『彼女が一人も殺していない、そのつもりがなかったことは始めから分かっていた』
「綺麗な矛盾ね、それなら一体どういう理由で牢屋に閉じ込めているの?」
オレよりも先に蘭が問いかける。
『私の心は遊び心が絶えない子供のようなものだ。今回のカリキュラムはあまり私の満足のいくものではなかったので、その代償を生き残った殺人役である彼女に今日まで払ってもらった』
「んだよ、つまりはただの八つ当たりってことか・・・・・う、うそだろ?」
天哉は、三峰が牢屋に閉じ込められていた耳を疑いたくなるような理由に、分かりやすく動揺する。
オレを含め、この場の全員が天哉と同じことを思っているだろう。もちろん三峰自身も含めて。
「てか、殺人役ってんなら、1438には何にもなしかよ」
『1438にはたいして効果がないため私の気を晴らすのには不適格だ。それに元々育成対象者の1438を、私の命令に従ったにすぎないだけで牢屋に閉じ込める必要はない』
つまり、元々育成対象者ではない上、そうなりたいと願う三峰なら都合がよかったということだ。
『けれど、今日から彼女、1503には新しい育成対象者になってもらう。実力をみるならCランクからスタートしてもらうところが妥当だが、あいにくとCとDは全滅。なので1500、貴方に任せよう』
「任せるって何を?」
『1503をBかA、どちらからスタートさせるかを選べ。この選択は貴方へのささやかな報酬だ。もしAを選んだとして実力が見合っていないと判断すれば、Bに落とすことになるだけだ』
オレと三峰がなんらかの関係にあることは気が付いての発言だ。
そうでなければ、三峰のランク分けの選択がオレの報酬になるはずがない。
「オレが選んだランクからスタートさせるってことで合ってるか?」
『その通りだ』
オレの側で見守ることを思えば、Aランクを選択するべきなんだが、ここはBランクを選択した方が三峰の安全を確保する確率は上がる。
オレたちは同じ目的を持つことを約束したが、三峰の能力ではそれは厳しいだろう。無論、Bランクにおいては十分通用する実力を持っている。
後はオレが危険分子を消し去るだけ。
守るのならば、外の世界よりも施設の方が安全だ。
「なら、Bラン——-」
「私はAランクに行きたいね」
オレの言葉が、三峰の発言によって止められる。
「Bランクにした方が、お前にとってもオレにとっても都合がいいんだけどな」
「私との約束をもう忘れたの?早く強くなるのなら高いランクがいいに決まってる」
約束とは、ともに救世主となり第七宇宙を目指すこと。
「忘れてないけど、オレはお前のペースに合わせる気はない」
無理にオレのペースに合わせ、危険な目に遭われては本末転倒だ。
ここはあくまでも、個人で果たす必要があることを分からせておく必要がある。
「そんなこと百も承知だよ、それにあんたは私を護る気でいるのかもしれないけど、自分の身くらい自分で護れるさ。強くなるための道を自分から捨てる愚か者にはなりたくないね私は」
「おい天月、三峰さんの人生なんだ、彼女の言う通りにしてやれよ」
そう言って、天哉がオレの肩にポンッと手を置いてきた。
「ああ、そうだな」
ここで話し合うのは時間の無駄、三峰の成長を信じてみることにしよう。
三峰はおそらく救世主にはなれない、だけど、オレが救世主になるその日までに実力をつけてくれるのならAから始めようとBから始めようと大した問題じゃないからな。
「1503をAランクスタートにさせてくれ」
『では今日の九時から始まるAランクカリキュラムには新しく、1500と1503の二名が参加することとする』
その後オレたち四人はA塔へと戻り、蘭と三峰は蘭の部屋へ、オレと天哉は天哉の部屋でカリキュラムまでの時間を潰すことにした。
「なぁ天月、なんであそこでBランクを選ぼうとしたんだ?」
「まぁ単純にAよりBの方が安全だからな」
「あー、確かにそうだな、1438は危険なんてレベルじゃないからな。オレも気を引き締めてカリキュラムにのぞまねーと」
天哉は気合を入れるためか、一度自分の頬を両手で叩く。
Aランクには1438の存在もあれば、カリキュラムの難易度だってBランクとはだんちの差のはず、単純に安全度で見ればBランクと誰もが解答するだろう。
だけど、オレは見せたくなかったんだ、オレのこれからしようとしていることを。
例え、既に殺人カリキュラムでたくさんの死を目の当たりにしていたとしても、見られたくはなかった。
「もう止まれないけどな」
それは、オレがAランクで最初になさねばならないことだから。
「ん?何か言ったか?」
「いや、独り言だ」
「もうそろ向かうか、カリキュラムの時間だぜ」
オレと天哉は一度蘭の部屋を訪ねて、四人でAランクカリキュラムの場所へと移動する。
今日一つ目のカリキュラムは地下施設中央の巨大な建物の中にある一つの空間で行われる。
巨大な建物は、その内装も白一色で染められており、巨大な扉が幾つも奥の方まで立ち並んでいる。
その内の一つの扉の前に見覚えのある女性が立っていた。
「やぁ、久しぶり〜だよね?」
「雪代?どうしてここに?」
「相変わらずのタメ口だね〜、う〜んとそうだな〜、私がAランクのカリキュラムを担当することになったからって言ったら分かるかな?」
「学校みたいだな」
「そりゃあ、まぁね。1438の影響で前の指導者が担当替えを希望してきた結果がこれってこと〜。全く、私も昔Aランクだったから分かるけどさぁ、これからのこと想像するだけでダル楽しみだよねぇ」
相変わらずテンションはおかしいが、1438、やはりその異端さを通常のカリキュラムでも隠す気はないのか。
「それに今日は1500のAランク初カリキュラムなんでしょ?話によると新入りがもう一人とか、Bランクに君が来た時のことをなんだか思い出すよねぇ」
あの時は三峰ではなく、オレと1488ともう一人の三人だった。
「1488のことは残念だったけどさっ!今日の君の活躍はすごく期待しちゃうよ、絶対強くなってると思うし」
雪代のことだ、オレの実力を確かめるためだけに単純な戦闘だけではないにしても、それに近いカリキュラムを用意しているはず。
「別に残念だとは思ってないな、1488は弱かった、それだけだろ」
「冷たいね〜いや、前からそんな感じだったね1500は、うん。じゃあ早速全員が集まったことだし、時間は少し早いけど始めちゃおっか」
そう話す雪代は、嬉しそうに壁に設置されている巨大な扉を開くためのスイッチを押す。
ゴゴゴゴゴと、全身まで伝わる振動を放ちながらゆっくりと目の前の扉が開き、その先にいる数名の育成対象者の姿が視界へと入ってきた。
「やっぱ目立つな・・・お前は」
すぐ近くにいる天哉たちには届かない程度の声量でそう口にする。
視界に映る数名のAランクの中から、まさにオレが今意識を向けている人物がこちらへと歩いて来た。
「おめでとうございます。影宮 天月さん、あのようなクズな実力でよくぞAランクへと上がって来てくれましたね。ふっふっふ」
1438は不気味な笑みを浮かべながら嬉しそうに拍手を送ってくる。
「お、おい天月、あんな挑発なんかに乗るんじゃねーよ」
「影宮?」
「影宮くん?」
オレは無言でゆっくりと1438に近づいていく。
「やめといた方がいいよ〜あいつは尋常じゃな———-ッ!」
オレの腕を掴みその歩みを止めようとした雪代へと冷酷な視線を向ける。
睨みつけるわけではなく、恐怖を植え付ける冷たい視線。
「おやおや、私の言葉だけでなく、お仲間の言葉も聞こえていないとは、それにその無防備な姿・・・愚かですねぇ」
「喋りすぎだ、少しだまれ」
「はい?——————————————おや?視界が——ゴフッ」
オレは1438の頭のみを掴んだ状態で、一瞬にして1438の頭を失った体の背後へと移動する。
残された体は次第に地面に横たわり、奴の命が尽きていく。
オレの復讐は、案外呆気なく幕を閉じた。
普通ならここで悲鳴の一つでも起こる場面だろうが、やはり施設で育成されている者は違うな。
「影宮、あんた、何やって————」
オレはゆっくり手に持っている物体を床へと置く。
「こいつは育成番号1438、お前と同じ殺人役だった男だ」
「それは知ってる。そうじゃなくてさ・・・あんた、今自分が何したか分かってんの?」
「ああ、この状況を見て分からないやつがいたら、そいつはただのバカだな」
三峰はその場から一歩も動かず、続けて言葉を投げてくる。
近づきたくても近づけない、そんな様子。
オレを軽蔑する姿がオレの瞳に映される。こんな姿は見せたくなかったし、見られたくなかった。
「殺人カリキュラムは施設側に命令されて動いていただけ、私と同じようにそいつもね・・・なのにあんた、いきなりそれはないでしょ」
殺人役の各々がどんな気持ちを抱いてカリキュラムに取り組んでいたとしても、結局元を辿れば施設の命令。
「幸せな奴だな、お前は。なぁ、三峰」
真実など何も知らずに、平和でいて欲しかった。
やはりこの光景は見せるべきじゃなかったな、だけどもう遅い。
「何言ってんの?」
「これは復讐だよ。1438、本名「新庄 黒妖」。オレの家族とお前の家族の命を奪った男だ」
「なに———それ」
続け様に向けられていた三峰からの言葉がピタリと止んだ。
「もう終わったんだ、オレが終わらせた」
直後室内に放送が入る。
『育成番号1500、私の下へ来い』
地面に横たわる1438の頭と体はルーメンにより運び出され、その後別のルーメンによって案内される。
オレは巨大な建物から出ると、一度地上の施設へと移動する。
「改めて見ると、余計酷い景色だな」
「コチラデス」
殺人カリキュラムの被害のデカさに意識を奪われつつも、ルーメンの後についていく。
そして更に上の層へとエレベーターのようなもので移動した先に見えたものは、豪華で広大な広場。
例えるなら、ファンタジーの世界などでよく目にする貴族、王族の宴会場。
「よく来た」
いきなりツッコミどころが多いいな。
まず気になるのは目の前にいる少女について、オレが選別の間で聞いた声、常にオレたちを見ていた者の声と一致する。
こんな子供が施設の管理者なのか?
「あまり外見の姿に囚われないことだ。見た目など、ただの道具、私は何千、何万年と時を重ねている」
見た目に触れてはキリがなさそうなので、考えることをやめにしよう。
「1500を私の下へ呼んだ理由は、Sランクへと昇格させるためだ。今日、Aランクになったばかりの者に言うセリフではないが、とりあえずおめでとうと言っておく」
道中、牢屋に入れられる覚悟を一応していたが、その必要はなかったか。
目的に大きく近づくことは嬉しいことだが、まさかAランクへ上がったその日にSランクになるとは思いもしなかった。
「Sランクといえば、今は確か1436だけなんだよな?」
「けれどSランクのカリキュラムは貴方一人で受けてもらうことになる。1436はカリキュラムを既に行う必要がなくなった。最早管理者としての資格を失った私には、1436のこれ以上の実力の引き出し方が分からない」
オレも1436の実力を全て見たわけじゃないが、少なくとも現役の救世主よりも強いのは確かだ。
実際に殺人カリキュラムでその実力を目の当たりにした。
「カリキュラムがない時は1436との仲を深めるといい、救世主になることが許されているのは十八歳をすぎてからだ。これからは気長にその強さを磨いていけ」
オレは今十五歳になったばかり、つまり後三年か。
「長いな」
「1436は貴方よりも長い五年、いえ、四年後でなければならない。救世主となる際、貴方たち育成対象者は、宇宙の次元を超えることになる。その際に超える次元の壁では肉体の発達度合いが影響する」
雪代が言っていたのはそういうことだったのか。
三五歳を過ぎ、実力があるならば育成対象者の指導者として迎えられる。まさにそれが今の雪代だ。
「一つ聞きたい、もし、ここ第十五宇宙の救世主になる場合も同じことになるのか?」
「詳しくは説明できないが、ある耐性を獲得させるために必ず救世主になった際は次元の壁を越えさせる。それは、ここ第十五宇宙に限っても言えることだ」
「オレたちは、育成の目的も知らされずに半ば強制的に育成対象者とされてる。救世主になれば、全てを教えてくれるんだろうな」
「もちろん、むしろその必要がある」
なら今は何も聞かずにいておこう。
「最後に一つお願いしたいんだが——-」
「1438の血液が欲しい・・・か、安心しろ、今ルーメンに全身の血液のみの調達を命じている」
その後しばらくして幾つものガラス瓶に入った血液が届く。
「さぁ、行きますよ———」
そうしてオレは再び、憎き能力ヴァンプへと餌を与え始めた。
「オェッ」
オレはガラス瓶に入った全ての血液を浴び終わった。
「終わったようだな、ルーメン片付けを頼む」
オレは数名のルーメンに囲まれ、いきなり服を脱がされると体の隅々まで洗われる。
おかげで綺麗にはなったが、屈辱的な仕打ちだ。
二度とごめんだな。
「コチラヲ」
下半身をタオルで包んだ状態のオレへと、ルーメンが黒色の服を渡してくる。
「1436とお揃いか」
「気に入らないか?」
「いいや、気に入ったよ」
「いい表情だ。では今日からA塔からアトゥラ・ゼトゥスに移ってもらう」
「アトゥラ・ゼトゥス?」
「ピラミッド状の建物の名称だ」
オレは地下施設に来た初日に、ピラミッド状の建物があることに気がついていた。
なるほど、名前はアトゥラ・ゼトゥスというのか。
まさか引っ越した二日目でまた引っ越すことになるとはな、自分が特別な存在かのように錯覚してしまいそうになる。
悪くない気分だ。いや、むしろ清々しい、今日はいい夢(人格)が見れそうだ。
「次に1500が私と会うのは救世主になった時だ。ではまた」
オレは再びルーメンとともに地上へと降りていき、その後地下施設へと戻ってきた。
「デハ、アトゥラ・ゼトゥスデオ待チシテマス。準備ガ整イマシタラ来テクダサイ」
「ああ、分かった」
ルーメンと別れた後重たい足取りで、三峰のいる先ほどのAランクカリキュラム場所へと歩みを進め始めた。
「おお、天月か」
始めに声をかけてきた天哉の表情には、恐怖が浮かんでいた。
オレの服装に触れる余裕がないほどに。
「引かれる覚悟はしていたが、恐怖を与えるつもりはなかった。悪かったよ天哉」
「いや、俺もお前の立場なら、同じようにしてたはずだ、だから気にすんな。ただなんだ・・・昔のトラウマが蘇ちまってよ、このザマってわけだ」
「そのトラウマって、1436と関係があるのか?」
「まぁ・・・ぶっちゃけバリバリな」
「聞かせてくれないか?今度こそ、オレはもうAランクじゃなくSランクになる。お前とこうして話せる機会もほとんどなくなると思うからな」
「すげぇーじゃねーかよ天月・・・そっか、今までこのトラウマを掘り起こさないようにこの話は禁止していたんだがよ、もう今更だよな。分かった、じゃあ話すとするか」
「影宮、ちょっといい。後であんたの部屋に邪魔していい?話があるんだけど」
三峰は今すぐにでも込み上げてくる様々な思いをオレへとぶつけたいところだろうが、ここは自らが引くことを選び、天哉の話を優先させる。
後でしっかり向き合ってあげないとな。
「分かった」
その後三峰は、天哉の話に耳を傾けるようその場に立ち尽くす。
「聞かせてくれ天哉」
天哉は震える全身を抑制しながら、真剣な表情で語り出す。
「三年前のことだ」
三年前
俺、石上 天哉はまだ十三歳だった。
「おーしっ、今日はお前らに特別に特別なカリキュラムを用意したぞ!」
「んだよ特別な特別にってよ、それで、今度は一体どんな面白いカリキュラムを用意してきたんだ?」
この人の名前は勝見 緑樹。俺たちAランクの指導者だ。
いつも明るく、オレたちAランクのみんなを楽しませてくれる緑樹のことを慕っていた。
「聞いて驚けお前ら〜、何と今日はSランクの一人と一対一の試合をしてもらう」
「おいおい、今の俺たちの実力まさか知らねぇわけじゃねーだろ、マジ殺されちまうってほんとに」
「なんだ天哉、お前まさかビビってるのか?」
「おお、いいぜやってやるよ、見とけよこんにゃろー」
こん時のAランクは、マジで笑顔の絶えないクラスみてぇな団結力があった。
救世主になるためには個人の力で上りつめるしかないが、俺たちは指導者も含めて、いや、指導者のおかげで本当に仲のいい絆が生まれていた。
そしていよいよ、カリキュラムが開始される。
俺たちは今日が初めてのSランクを目にする日となった。
「今日来てくれたのは1436番だ、よくない噂を色々耳にするかも知れないが、お前らそんなこと信じるんじゃねーぞ、この場に来てくれた時点でもう優しい心を持ってると言えるしな!うんっ」
緑樹は自分のセリフに対して納得した反応を見せる。
まったく、どんだけ自分に酔ってんだって話だよ。
「俺は管理者に行くように言われた、だからここに来た」
「だそうだ。逆らわず言うことを聞いてくれるなんてとても優しい心を持っている証拠だ、な」
「俺は管理者には逆らえない、そう育てられたから」
その無感情な一言一言が、緑樹の頑張りをへし折っていく。
俺たちはそれを見ていることしかできないが・・・
ガンバレッ緑樹。
「じゃあ、早速始めるとしようかな、うんっ」
明らかに無理をしてるのが伝わってくるぜ、見てるこっちがつれぇーよ。
そこからの流れは地獄だった。
感情がない奴が手加減なんてできると思うか?
答えはできやしねぇ、俺たちは次々と1436の強烈な一撃で重傷を負わされていった。
誰も死んでないこの状況が、ある意味奇跡と言えるほどだった。
「なぁ1436番、もう少し手加減してくれないか?これじゃこいつらのためにならないんだよ」
「この程度で壊れるならここから消えたほうがいい、いつか死ぬ」
その時は緑樹はただ言われるがままで何も言い返せず引き下がった。
だけど・・・あそこで無理にでも手加減してもらえるよう頼み込んでいればよかったのかもしれない。
そんなことをしても結果は変わらなかったかもしれねぇーが。
1436は、次の相手にも同じように何の躊躇いもなしに拳を振るった、殴られたそいつはいつまで経っても起きようとしなかった。
死んでたんだ。
俺たちは勘違いしてた、1436は既に手加減してくれてたんだ。ただ強すぎた、それだけのこと。
「流石に見過ごせないな、1436!」
こんなにも怒った緑樹は見たことがない。
だけどこれで少しは頭を冷やしてくれるだろう。
————淡い期待だった。
俺たち全員の目の前で、大好きだった人の命が奪われた。
「緑樹‼︎」
俺は喉から血反吐が出そうなほど悲鳴にも似た声を上げる。
「俺は君たちのカリキュラムを手伝うように命令されただけなのに、どうして関係ない人に攻撃されるの?」
1436がこちらへ振り向き、俺と目が合う。
「俺は殺せなんて命令されてない、どうしたらいい?」
んなこと、俺が分かるわけねぇーだろ。
頭の中パニックだっつーんだよ。
「聞いてる?」
「お前・・・ふざけんじゃねーぞ!」
俺は何を言ってんだ?
ダメだろ、それは———死ぬのか、俺。
「天哉!」
急に後ろから思い切り腕を引っ張られて我に帰る。
「正気を保ちなさい!貴方は、自分の命を何だと思ってるの!」
「わ、悪かった、冷静じゃなかった」
心臓の音が強く耳に響く、呼吸が乱れ、頭が割れそうなほどに痛い。
「みんなっ、ダメよ!」
次の瞬間、蘭の叫び声が聞こえ視線を上げる。
「だ、ダメだみんな・・・やめろ、やめてくれ———————-」
声にもならない悲鳴を上げる。
俺の祈りなど意味なく、あっという間に白かった床が赤く染まっていく。
そんな静まり返った室内に突然の放送が入った。
『アトゥラ・ゼトゥスへと戻れ1436』
「これはどうするの?」
『一先ず戻れ』
「分かった」
そうして1436は俺の横を当たり前のように通り過ぎると、そのまま扉から出て姿を消した。
嵐は突然現れ、突然消えた。
俺は、俺たちは何にもできなかった。
それが正解だったと言われても、後悔と恐怖が消えるわけじゃねー。
死ぬ選択肢?そんなもん考えるまでもねぇ、死ぬのが怖くて拾った命を捨てる真似なんかできるかよ。
「これが、俺たちAランクが1436を悪魔だと呼ぶようになった理由だ。俺たちはあの日、三〇人近くいた仲間の半分を失った」
オレにも共感できる部分がある。
オレは家族の命を奪った犯人が1438だと言うことを知った時、怒りが込み上げてくると同時に恐怖した。
幼い頃見た景色を思い出し、あの時の光景に全身が震えた。
だけど殺さなくちゃいけないと思った、三峰を護るため、この憎しみを消し去るためにはやるしかないと、そう思った。
「復讐したいとは思わないのか?」
「できる相手ならとっくにしてるさ、そう思うことも許されないほどに俺たちは弱かった・・・そしてあいつが強すぎた。お前が羨ましくてしょうがねぇーよ天月」
「だろうな」
目の前でオレのとった1438への行動を見ていれば自然な感情だ。
オレは自分の思うように復讐を果たし、天哉たちAランクにそれは叶わない。
「もしかして、雪代もその場にいたのか?」
天哉が1436の話をしている最中のあの青ざめた絶望する表情を見せられては触れずにはいられない。
「ああ、三年前、雪代はまだAランクの育成対象者だったんだ。あいつも惨めに生き残っちまった一人ってことだ」
共感できる、だけどそれまで、あまり思い入れをしすぎると1436に対してやりにくい感情を抱きかねない。
オレは、オレの目的のためだけに感情を動かし、行動する。
「悪い、天哉。オレはお前のために何もしてあげられない」
「んなこと期待してねぇーよ、頑張れよSランク。簡単に追いつくなんて言えねーが、精一杯お前の目標を応援してやるからよ」
「悪い」
これは何に対しての言葉だ?天哉の前でトラウマを蘇らせたこと?話を聞くだけ聞いて何もしてあげられないこと?
どうしてオレはこんなにも後ろめたい気持ちでいっぱいなんだ?
「謝りすぎだバカ、オレたちは友達超えてもう親友だろ?自分の過去は自分で乗り越える、お前が乗り越えたようにな」
「友達か」
そうか、オレと天哉はもう友達だったのか。
そんなもの上辺だけだと思っていた。
作れるんだな、オレにも友達と呼べる存在を。
この後ろめたさは、友達を助けてあげられない、何もしてあげられない、そんな感情から生まれるもの。
「オレは、友達・・・親友のお前のことを信じることしかできない」
「ふっ信じるってのはすげぇーことだ。ありがとな天月」
天哉、お前はすごい奴だよ。
過去の恐怖を抱えながらも、他人を認めることができる才能を持ってる。
オレにはないものだ。
「天哉、お前なら大丈夫だ。蘭も、雪代も、お前と一緒なら乗り越えられる」
「なんかお前らしくない言葉だな。くせぇーぞ、そのセリフ」
「うるせぇよ」
オレは自身の口角が上がっていくのを感じた。
久しぶりに笑ったな。
「じゃあな天月、いつでも俺たちに会いにこいよ」
「時間があればな」
オレは一度三峰へと視線をやると、その視線をすぐに逸らし、その場を後にA塔へと向かった。
その後オレは部屋の荷物をまとめ、アトゥラ・ゼトゥスへ と引越しの準備を済ませた後、カリキュラムが終わる丁度午後六時にA塔の蘭の部屋の前で三峰を待つことにした。
「寒いな」
外はもう冬だろうか?
オレがまだ中学の生徒だった頃、確か制服は半袖だったからな。
それにしても心地いい感じがする。
今のオレのこの状態を分かりやすく言うなら、お風呂上がりの頭の中がぽわんっとした状態。
そんな状態に数分浸っていると、蘭と三峰が部屋へと戻ってきた。
「影宮くん」
「悪い蘭、少し三峰のこと借りてもいいか?」
「ええ、構わないわよ」
そう言って、蘭と三峰は互いに手のひらを向けあって挨拶を交わす。
実に女子らしい行動だな。
「少し付き合ってくれ」
オレは三峰を連れてバスケットコートへとやってきた。
確か天哉と初めて言葉を交わした場所もバスケットコートだった。
「へぇ、施設にはバスケができる空間もあるんだね」
「今なら使いたい放題だ」
オレはそれっぽい動きをしながら慣れない手つきでドリブルをつく。
「へったくそだねー、貸してごらん」
オレは三峰へとボールをパスする。すると、綺麗なフォームでスリーポイントシュートを決めた。
「やっぱりそういうところは姉妹なんだな」
「そういうところって?」
「桜も昔からボール遊びが上手かったんだ。だけど、オレときたらボールにきらわれまくっててさ」
「ふふっ、笑わせないでよ、それって幼い頃の話でしょ?だけど、そっかお姉ちゃんもボール遊び上手かったんだね」
おかしそうに、されど嬉しそうにそう話す三峰。
そうして転がってきたボールを再度手に取った後、またもやスリーポイントを決める。
「すごいな、バスケ習ってたのか?」
「小中合わせて二年間だけね。まぁ後は才能だろうね」
そんなたわいもない会話を繰り返しながら、二人の時間を過ごしていく。
「何も、聞かないんだな」
「聞いて欲しかった?」
「てっきりそのための話しかと思ってたからな」
「まぁ、始めは色々聞こうと思ってたんだけどね・・・あんたのとった行動に驚きはしたけど、感謝してるんだよ私は」
オレはそっとベンチに腰掛ける。
「オレは、小さい頃からずっと同じ夢を見てたんだ」
「どんな夢?」
「目の前で繰り返し大切な人たちの命が奪われてく、そんな夢だ」
オレは今、自分のことを誰かに話して受け止めて欲しい、そんな感情に駆られている。
例え見なくなっても、頭にこびりついた悪夢は永遠に離れてくれない。
「毎日、毎日、オレは四歳から同じ悪夢を見てた。その度に胸が張り裂けそうで、何度死にたいと思ったか数え切れない」
「・・・それはすごく、辛いね」
三峰はオレの横へと座ると、それ以上は何も言わずに耳を傾けてくれた。
「殺人カリキュラムの日、半年ぶりにあの悪夢を見たんだ。もう慣れたと思ってたけど、心が引き裂かれそうに痛かった・・・辛かった。そしてオレは知ったんだ、家族を殺した犯人が1438だってことを」
「もし、あいつがまだ生きてた時にこの話を聞いてたらさ、私は冷静じゃいられなかっただろうね。あんたと私は結局同じなんだと思う。だけど、元々死ぬつもりだったってことは復讐は望んじゃいなかったんだよね?」
「そのはずだった。だけど実際は、オレ自身も驚くほどの復讐心が込み上げてきた。今はすごく心地がいいんだ、だからかな、こんなに自分のことを話したのは三峰が初めてだ」
「嬉しいね、なんだか影宮の特別になった気がするよ」
人を手にかけた後だというのに、すごく心地がいい。体に伝わるベンチの感触、三峰の声、施設の照明、その全てが心地いい。
そうだオレは、自分でも気が付かない内に生きると決めた時から復讐を望んでいたのかもしれない。
「だけどあんたは本物の特別だよ。他の誰がどう見たってね。私はついて行けないかもしれないけど、あんた一人でも頑張りなよ。元々そのつもりだろうけど」
「確かにな、だけど、オレたちにはチャンスが後十年以上ある。もしオレが先にオレとお前の家族を見つけたら、三峰の席を空けて待っとくよ」
「じゃあ、そうしてもらおうかな」
オレは立ち上がると、地面に置いてあるボールを手に取り、三峰を前にしてドリブルの姿勢を作る。
「あんたの素人に毛の生えたドリブルで私が抜けるわけないでしょ、戦いでは強いくせに、スポーツで負けたら台無しだね」
「いいから、ほら」
三峰にディフェンスの姿勢を作るように促す。
「まったく、負けても知らないよ」
戦闘においては何の役にも立たない人格、プロフェッサーと呼ばれるストリートバスケ業界の神童、レオナルド・バウチャー。
オレは三峰のディフェンスを華麗なドリブル捌きで抜き去ると、ゴールがきしむほどのダンクを叩き込んだ。
「容赦ないねー、私も一応女子なんだけど」
「だけど、平和な人格だろ?」
「まぁ確かにね、人を傷つける人格よりもよっぽどいいと思うよ」
オレと三峰はしばらくの間、バスケとたわいもない話を繰り返した。
「へぇ、今日からここがあんたの家ってことね、アトゥラ・ゼトゥスか。なんかカッコいい名前だね」
「最初オレも同じこと思ったよ」
オレたちは意識がシンクロしたように同じタイミングで笑みをこぼす。
「じゃあまたね」
「ああ、またな」
三峰から挨拶がわりの手のひらを向けられたことで無意識に向け返してしまった。
「ふっあんた、似合わないねー」
「うるさいな、またな」
「うん」
しばらく遠ざかっていく三峰の背中をアトゥラの入り口で見送った後、中へと入った。
アトゥラの中は、一面真っ白な巨大な空間となっている。天井が地面と水平だと言うことは、いくつかの階に別れてピラミッド状の形が形成されているということだ。
そうして少しの間あたりを見回していると、こちらに人影が近づいてくるのが見えた。
「待っていたぞ、久しぶりのSランク誕生だ歓迎しよう」
「あんたは確か、救世主の。まだいたんだな」
「会ってそうそう、酷い言われようだな。俺がここにいたら悪いか?」
「悪いっていうか、戻らなくていいのか?」
中学でも時々OBの先輩などが母校を訪ね、在校生相手に優越感に浸っている場面を何度か見かけたことがある。
こちらからすれば、卒業したのなら大人しく新しい環境で生きていてほしいものだ。
「第十五宇宙にいる救世主はなにも俺だけじゃない、安心しろ。それにしても敬語は使えるようにしておいた方がいい、何かと役に立つ」
「別に使えないわけじゃない、ただここでは使う必要がないと思ってるだけだ」
「強い奴ってのは、どいつも生意気だな。まったく困ったものだ。だがまぁ案外お前たちは気が合うかもしれないな」
そのお前たちというのは、1436とオレを指しているのだろう。
そういえば1436の姿が見えないな。
「1436はどこにいるんだ?」
「ここのてっぺんだ」
オレは救世主に連れられて、アトゥラのてっぺんへと長いエレベーターを経由して向かった。
「うそだろ、なんだここ・・・」
「ここは施設の運営者が王のためだけに生み出した擬似宇宙、王は一日の大半をああして宇宙を眺めることに使っている。俺が施設に戻って来てからは、毎日同じ姿の繰り返しだ」
オレはゆっくりと床に座り、宇宙を見上げる王に近づいていく。
そして歩くと同時に実感する。この空間には特筆重力の変化などはない普通の空間だということ。。
ただ見た目が無限に広がる暗闇の中、巨大な星を間近で感じる体験ができる。
「ここは別次元か何かなのか?」
質問した直後一度視線が合うが、即座に逸らされてしまった。
「分からない、施設が用意してくれた場所だから。だけどここは唯一、全力を出せる場所」
もしかしたらこの宇宙の景色のどこかに、オレの目指す第七宇宙があるかもしれない。
「なぁ、お前には行きたい宇宙とかあるか?」
「ある」
1436の解答は、オレの思っていた考えとは真逆だったため、何気なく発した質問だったが興味を抱いてしまう。
「意外な答えだな」
「俺はここしか知らない。外を知りたいと思うのは普通でしょ?」
天哉たちAランクと1436の過去についての話やこれまで1436と交わした会話から、オレは勝手に施設の命令は何でも聞く機械のような存在だと思っていた。
だから少しだけだが、感情の見える発言を聞いて驚いてしまった。
「見てみたい、俺を産んだ親という生き物がどういうものなのか」
その瞬間、オレと1436との間に何か近しいものを感じた。
「親を知らないのか?」
質問の直後、1436の言葉よりもルーメンのオレを呼ぶ声が耳に届く。
「1500、オ部屋ノ準備ガ出来マシタ」
「またね、いつか強くなったら俺と戦おう」
1436との勝負はオレの目的において何一つメリットのないことだ。
「機会があったらな」
そんな機会は一生訪れないことを祈ろう。
その後ルーメンに案内された部屋はオレが見てきたAからC塔のどの部屋よりも広く、軽く見積もってもその五、六倍はありそうだ。
しかも豪華な壁模様に見たこともない大きさのベットやバスルームが用意されており、おまけにキッチンまで備え付けられている。
「Sランクニハ一人ズツニ、専用ノルーメンガ付ク決マリトナッテイマス。ソノルーメンガ1500ノ生活ニ関スル全テノ家事ヲシテクレマス。デハ入リナサイ」
すると部屋の入り口から一人の女性が姿を現す。
「挨拶ヲ」
「こ、こんにちはです!私は貴方のルーメンでしゅ!いえ、です」
えらい癖の強い奴が現れたな。
「彼女ハ、今サッキ管理者ニヨリ作ラレタ1500専用ノルーメントナリマス。デハコレカラノコトハ彼女ニ聞イテクダサイ、デハ」
「いや、ちょっ」
オレが止める暇もなく、案内してくれた方のルーメンは消えてしまった。
色々と分からないことだらけだ。
今オレの目の前にいるルーメンは今さっき作られた?
それに何でこのルーメンは他のルーメンとは違って人の姿をしているのか、謎は深まる一方だ。
「一つ聞きたいんだけど、何で他のルーメンとは見た目が違うんだ?」
「は、はい。私は、管理者によって貴方の好みのタイプに作られた人型ルーメンです。お気に召さなかったでしょうか?」
お気に召すもなにも、オレを裸にするわ勝手に好みのタイプを決められるわめちゃくちゃだな。
まぁでも裸の件は仕方ないとしても、オレの好みは三峰みたいな————。
「あー、まぁ別に役に立ってくれるなら何でもいいよ。それより何て呼べばいい?」
「何でも、好きなように呼んで構いませんよ」
「じゃあ、赤い見た目をしているから・・・スカーレットなんてどうだ?」
「はい!気に入りましたスカーレット。では私は何とお呼びすれば?」
「オレのことは———」
「天月くん」
「いや、1500と呼んでくれ」
「いえ、天月くんと呼ばさせてもらいますね!天月くん」
こんな姿天哉に見せたら羨ましがられるどころじゃないな。
恨まれるかもな。
「何かおかしなことでもありましたか?」
「いや、何でもない」
オレも随分自然と笑顔が作れるようになったな。
死んでいたら、こういう感情を思い出すこともなかったのか。
オレはこの日、不思議な夢を見た。
いつもなら一回の夢につき一つの人格が手に入るところだが、今回の夢は、昼間に1436がいたアトゥラのてっぺんで見た宇宙空間と似たような景色に包まれた空間の中、顔の見えない存在二名が何か楽しそうに会話をしているそんな夢。
顔を見て存在が分からなければ人格は得られない。
夢は次第に途切れ、瞳に光が差してきた。
人格ガチャを手にして初めて、人格を手に入れることができなかった。
「おはようございます。天月くん」
なるほど、女子に見つめられて目を覚ます。悪くない感覚だ。
「ようやく目が覚めたか」
「何であんたがここにいるんだ?」
「俺の名はヴェール・アルキミスタだ」
「はぁ、どうしてヴェールがここにいるんだ?ていうかどうやって入ったんだよ」
「なに、そこのルーメンが親切に開けてくれた」
オレは少しスカーレットに睨みを効かせる。
「オレがいない時、起きてない時は勝手に開けなくていいから」
「しゅみま、すみません〜」
「で、ヴェールはオレに何の用だ?」
ていうかいつまでこの施設にいるつもりなんだ?
「通常ならSランクは管理者直々にカリキュラムの内容を決めるんだが、しばらくは俺がお前の教育係になってやる」
何となくだが理解した。
オレはヴェールのことが苦手だ。
「じゃあ下で待ってる。朝食を食べたら一階の広間に来い、天月くん」
「やめろその呼び方」
「いいじゃないか、気に入ってそのルーメンに呼ばせているんだろ?」
「違うに決まってるだろ」
「じゃあ待っているからな天月くん」
そうしてヴェールはオレの部屋から一先ず出ていった。
「やっぱり苦手だ」
その後オレはスカーレットに作ってもらった朝食を食べ終えると、スカーレットに部屋の家事を任せ、オレは一人で下へと向かった。
「今日は一体何をするんだ?」
「fight with me(俺と戦う)」
「Is that all?(それだけか?)」
「你不满意吗?(不服か?)」
「就算输了也别哭(負けても泣くなよ)」
「Bien sûr(もちろん)」
オレたちはその後第十五宇宙だけではない、様々な宇宙の言語を駆使して会話を続けた後、ヴェールの体が次第に熱を帯びてゆく。
「この短期間でそれほどまでの言語を習得したとは驚きだな」
「歴史に関しても、ほぼ全てが頭に入っている」
「王に負けず劣らずの才能か、育てがいがあるな。それなら早速始めるとするか」
戦闘が開始され、オレは互角にヴェールとぶつかり合っていく。
避けて交わされ、そんな攻防がしばらく続いた。
「能力も使わずに戦闘もほぼ互角か」
「それは勘違いだ、オレの能力は人格を使うことでも発動するが、手に入れ、使用すればするほどその人格の才能がオレ自身に蓄積されていく」
「つまりは、人格を使用しなくてもその力を発揮できるということか」
「そういうことだ」
「なぁ天月くん、疑問なんだが俺に勝てるか?」
不意に放たれたその質問は、何か意図があるようには見えなかった。ただ単純にどちらが上かを示す質問。
「本気を出せば勝てるかもしれない」
「俺も同じ意見だ。手を合わせてみて実感できた。おそらく俺は王同様、天月くんには近い未来勝てなくなる。あの日、戦いの最後に浴びていたマルクスの血が関係しているのか?その成長は」
「見てたのか」
オレは殺人カリキュラムの最後、何やら変な液体を打ち込んだ状態のマルクスの血を浴びた。飛躍的に実力が伸びたのは確かにその時からだ。
「ああ、その通りだな。なぁヴェール一つ聞きたい、あの時マルクスが打ち込んでいた液体は一体何だったんだ?」
「奴はあの液体をエターナルと言っていた。それは、俺たちの能力の元となっている物の正体だ」
「は?」
『以降は私が話そう』
突然、アトゥラの室内へと放送が入る。
『そこの救世主が言ったように、貴方たち育成対象者の力の源はエターナルという要素だ。そしてベリー・マルクスに与えた液体は、人に与えれば死に至る、つまり致死量分のエターナルを液体化したものだ。けれど彼は見事その致死量分にも対応して見せたのだから驚きだ』
つまりは、更に異質な力を手にしたマルクスの実力が今のオレには蓄積されているということだ。
『そして以前貴方たちには話していると思うが、次元の壁を越えるのは、異なる次元へ飛ばすためとある耐性をつけてもらうためだと。つまり次元を隔てるその壁にもエターナルは使われており、ここでいうエターナルは先程の二つとは異なり、独自の意思を持つ個として存在しているものだ。そして壁を越えることで生命体としてのエターナルへの耐性を付けさせる目的がある』
「なるほど、そういうことか」
第十五宇宙の救世主であるヴェールには何か合点がいくことがあったみたいだが、オレからすればだから何だという話だ。
『その目的に関しては、1500が救世主になった時に教えよう』
そうしてまたしても一方的に放送は切られてしまった。
「さぁ、カリキュラムの続きといこうか」
それから早くも一ヶ月という月日が経ち、その間ヴェールとのタイマンカリキュラムや管理者が用意したカリキュラムをいくつもこなす日々が続いた。
そしてヴェールは昨日の夜、救世主の役割に戻ったみたいで、今日からは管理者の用意したカリキュラムのみに専念することになる。
どうやらその内容の中には1436との戦闘が加わっているらしい。
おそらくだが、オレを少しでも1436との戦いから避けるためにヴェールはこの施設に残っていたのかもしれない。
不器用な奴だ。
Sランクカリキュラムは他のカリキュラムとは異なり、一日一つのテーマが与えられる。
例えば、この日は一日中時間になるまで走り続けるものや一日中永遠に腕立てを繰り返すなど、精神的にも肉体的にもシンプルだがしんどいものばかりだ。
その中でも一番しんどかったカリキュラムは、一日中能力を磨くために睡眠をとらされたカリキュラムだ。
おかげでいくつもの人格を手に入れることができ、少しずつ扱うコツも掴めてきたが、もうやりたくはないカリキュラムだ。
そして今日のカリキュラムが管理者によって発表される。
と、その時、オレのいるアトゥラの一階の室内へと数体のルーメンが上の階から降りてきた。
オレは何やらルーメンからB4サイズほどの紙を数百枚渡される。そこには一枚一枚異なる言語で問題文のようなものが記載されている。
『おはよう1500、今貴方に渡したその紙にはそれぞれ、異なる言語で異なるお題が書かれている。例えば、自己紹介や育成対象者になったことへの感想、自身の能力についての説明などだ。つまりこれからやってもらうことは作文や論文、紹介文などを課題の言語に沿って作成してもらうことだ。それをカリキュラム終了時刻の午後六時まで続けて欲しい』
「これは全部正直に書くべきか?」
『それは貴方の自由だ。他人の能力を自分の能力の説明のように書いても構わない。ただ記載されている字数は守ってくれ、今回は貴方の言語力がどの程度まで達しているのかを試すものだ。では始めろ』
これまでも二度とやりたくないと思えるようなカリキュラムばかりだったが、今回のカリキュラムは一段とすごいのが来たな。
「今から十一時間か、しんど」
先を創造しただけで吐き気が襲ってくる量だ。
とりあえず始めるとしよう。
オレはその後十一時間、ひたすらに課題に取り組み続けた。
途中何度か目眩と吐き気に襲われながらも、今日も一日中やり終えた。
「終わっ———た」
『お疲れ様1500、今日のカリキュラムは以上だ。明日は1436との戦闘カリキュラムを用意しているため、ゆくっり休むことだな』
いよいよ明日か、できれば1436とは一度も戦わずに救世主になりたかったが、カリキュラムとして組まれてしまった以上は仕方がない。
1436はオレのことを気に入っているみたいだし、殺されはしないだろう・・・殺されは。
「部屋に戻るか」
オレは一先ずカリキュラムも終わったことだし、部屋へ戻ることにした。
「お帰りなさい、天月くん」
「ああ、ただいま」
ここ一ヶ月は毎日部屋でスカーレットが待っていてくれるため、頻繁に平和だった頃の実家を思い出す。
ただいま、と言える幸せをくれるスカーレットは徐々にオレの居場所になってきている。
「そういえば、これから少し体を動かしてくるから、夕飯の準備よろしくな」
今日は一日中ペンと消しゴムを握りしめ紙との睨めっこに没頭していたため、体を動かしたくてしょうがない。
「はい、分かりました。夕飯作って待ってますね!天月くん」
オレは部屋を出て、再び一階へと降りるとアトゥラの外へ出て何をしようか考えを巡らす。
「久しぶりにバスケでもするか、もしかしたらいるかもしれないしな」
あいつらは今頃何をしてるんだろう。
「おし!これで俺の十二連勝目だな。にしてもリーゼお前、ほんとに弱いな」
「だから前から言っているだろ、僕は君と違って球技はあまり得意じゃないんだ」
バスケットコートに着くと、何やら楽しそうに1on1をしている二人の人物の姿が見えた。
「随分楽しそうだな」
「お?おー!天月じゃねーか、久しぶりだな。まぁ、つってもまだ一ヶ月しか経ってないけどよ」
「相変わらず元気そうでよかった」
「おう!」
「・・・1500か?随分、なんていうか雰囲気が変わったな」
「そういうお前は随分大人しくなったな、リーゼ」
リーゼはどこか恥ずかしそうに後頭部をぽりぽりとかく。
「あの時はすまなかった。今更遅いかもしれないが、自分の惨めさを思い知らされたみたいで悔しかったんだ。許してほしい」
そう言ってリーゼは深く頭を下げた。
「別に気にしてない、今はもうな」
「感謝するよ」
「そういやもうすぐあの二人も来る頃なんだけどな」
「あの二人?」
「ああ、ここで待ち合わせしてんだ。天月がいたら驚くかもな、特にアリスはよ」
「おい天哉、お前、三峰のことを下の名前で呼んでんのか?」
「おお、何か問題あったか?」
問題、はないが、言い表しようのないモヤモヤを感じる。
「まぁ、もうそろ来ると思うからよ、久しぶりに俺の相手してくれよ天月。俺とお前で1on1だ」
「天哉お前、三峰に1on1で勝てるか?」
「どーだろうな、アリスも相当上手いからなー、互角ってところじゃねーか?」
オレは地面に転がるボールを手に持つと、ドリブルをつき始める。
「なら、オレには勝てないな」
丁度ディフェンスの体勢に入った天哉を、オレは一瞬にして抜き去るとゴールの裏からシュートを決める。
「おいおい、んなのありかよ。色んな面でバケモンだな、っと、来たみたいだぞ」
胸が高鳴る。
どうしようもなく、視線が吸い込まれてしまう。
過去にも一度、桜に似たような感情を抱いたことがあった記憶がある。
いや、あれはそういうのとは少し違うか。
「あんたすごいね、今のシュート」
「能力のおかげだ、それよりも元気そうでよかった」
「まだここの生活には慣れないけどね、まぁ蘭と天哉、二人のおかげで何とかやれてるよ」
「そっか・・・」
久しぶりに話すからか、会話が続かない。久しぶりというのなら、殺人カリキュラムで会った時の方が会わない期間は長かった。
それにあの時はほぼ初対面だった。
「貴方たち一体何をそんなに気まずそうにしているの?」
「いや別に、蘭も久しぶりだな」
「ええ、そうね。Sランクのカリキュラムは順調?」
「まぁな」
「おっならよ、夕食食べながら話さねーか?久しぶりに天月も食堂で食べようぜ!色々話聞かせてくれよ」
「悪いな、今オレの夕食を作って待ってる奴がいるんだ」
「ひょっとしてあそこにいるあいつのことか」
天哉は建物の影からそっとこちらを覗く人影を指さしてそう言う。
夕食の準備を頼んだはずだが、どうしてスカーレットがここにいるんだ?
「あー、まぁそうだな」
オレは手招きをしてスカーレットを呼び寄せる。
「女子?」
そう発した三峰の声はどこか冷たさを帯びているように思えたが気のせいだろう。
「彼女はオレ専用のルーメンだ。管理者が用意してくれた。Sランクは専用のルーメンが身の回りの世話をしてくれるらしい」
「へ〜身の回りの世話ね」
「何だよ天哉」
「いや、その身の回りってのは、どっからどこまでを言うのかと思ってな。まぁ単純な疑問だ、あまり気にしないでくれ」
その瞬間、妙に空気が凍りつく。
「影宮、あんたに一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「あ、ああ」
「どうして女子なの?男性でもよかったのにさ」
「いや、それはたまたま・・・」
「まさかお前の好みに合わせてくれたとかか?」
「だまれ天哉」
「へぇーそうなんだね、影宮はこういうタイプが好きなんだね」
「オレが好きなタイプというより、管理者が勝手に———」
どうしてオレはこうも真剣に誤解を解こうとしているんだ?
「まぁ、とりあえず、ご飯でも食べながら話すとするか!」
久しぶりだからか、今日はやけに天哉のテンションに流されている気がする。
「そういうことなら、僕はここで失礼するよ」
「お、おう、また相手してくれよリーゼ」
「二度とごめんだ」
そう言ってリーゼは一人寂しくA塔の方へと歩き出す。
「じゃあ、俺たちも行くとするか」
話はうやむやになりながらオレたち四人と一体は、食堂へと向かった。その後色々と話した結果、三峰の誤解は解けなかったが久しぶりに友人たちとの楽しい時間を過ごすことができた。
「またな、天月。なんかあったらいつでも話聞くからよ、いつでも訪ねてこいよな」
「気が向いたらな」
「じゃあ、またね影宮くん」
「ああ」
天哉と蘭はひと足先に塔の方へと歩き出す。
「またな・・・あッ、三峰」
「うん、またね」
三峰は少し恥ずかしそうに手を振った後、遅れて二人とともに歩き出した。
呼べなかった。
オレだけ下の名前で呼ばれていないし、呼べていないのは釈然としない。
目には見えないダメージがオレを襲う。
「どうしたんですか?天月くん」
天哉たち三人の前で、天月くんなんて呼ばれていたら更に大変なことになったいただろう。
「何でもない。戻るか」
オレはアトゥラの自室へと戻り、シャワーを浴びて一日の肉体的・精神的疲れを流す。
三峰のことは一先ず考えることをやめにしよう。
明日は1436との初めての手合わせ、戦闘カリキュラムだ。単なるカリキュラムだとしてもオレの手足は今から震えが止まらない。
「寝るか」
オレは今日の疲れを少しでも癒すため、髪を乾かし眠りについた。
午前五時半に起床し、スカーレットの作ってくれた朝食を食べる。
そして午前六時二十分を回ったタイミングでスカーレットを部屋に残して、今日は一階の広間ではなく最上階へと上がった。
宇宙空間の広がるその場には、当然1436の姿がある。
遂にその時が来たことにより、オレの全身へと一気に緊張が走る。
「カリキュラムで君と戦えるとは思ってなかったよ1500」
「オレもだ」
『おはよう1436と1500。この戦闘カリキュラムは、貴方たちの好きなように進めてかまわない。私は貴方たち二人の様子を見物させてもらうとする。戦闘は、こちらから出す終了の合図があるまで続けてほしい。では、1500検討を祈る』
施設側も少々このカリキュラムが無理のあることだと分かっている。今の発言が何よりの証拠だ。
「始める前に俺から報告することがある」
改まって一体何を言うつもりなんだ?
「俺は一ヶ月前に十四歳になった」
「・・・そう、なのか?おめでとう」
「うん、ありがとう。それだけ」
なぜ今その話を持ち出したのかは、1436自身にしか分からないことだ。
疑問に思っている時間が無駄なだけ。
「じゃあ始めるか?」
「まずは俺に一撃入れてみてよ、こっちからは何もしないから来ていいよ」
そういうことなら遠慮なく打ち込ませてもらおう。
オレは既に人格を変えることなく、獲得している人格の才能を使用することができる。
いちいち人格を交代するのは何かとめんどくさいため、事前に人格を使用してその経験値をオレ自身の体へと蓄積しておいた。
オレはその場に音を置き去りにするほどの速さで1436へと突っ込み、みぞおちへと拳を打ち込む。
「オレは、お前の脅威になりそうか?」
「分からない・・・けど、こんなにあっさり攻撃をもらったのは初めて」
まるで今の攻撃が効いていないな。
正直オレは1436と戦うことに恐れを抱いている。
「オレはさ、他の奴らと同じようにできるだけお前とは関わりたくないと思ってたんだ」
1436と関わることで目的の弊害となるのなら、関わる必要などなかった。
だけどこうしてカリキュラムの力で強制的に戦う場を設けられたことによって理解した。
恐れを抱き、弊害となりうる相手、そんな相手にどうしてこんな感情を抱いているのか。
きっと人と人とが触れ合う心地よさを知ってしまったせいだな。
「オレと、友達になってみないか?」
1436は天哉、蘭、三峰や今まで出会ってきたどんな人とも異なる。
だから気になる、1436のような存在と関わることでオレ自身に一体どんな感情が生まれるのか。
オレはまだ肉体的にも精神的にも成長の途中、様々なことを学びたいと思うことは自然なことだ。
「友達なんて邪魔なだけだよ」
「オレもこの施設に来る前はそう思ってた」
「そうなんだ、だけど多分君と俺は友達にはなれない」
この結果は想定内だ。時間はある、時間をかけて口説いていこう。
なんだかんだでオレは1436に興味を持ち、この施設の生活を楽しいとさえ思っている。
「君は第七宇宙を目指してるんでしょ?」
「ああ・・・何で知ってる?」
この施設に来た理由は、三峰以外には話していないはず。
「管理者が言ってた、君は死んだ家族に会うために第七宇宙を目指してるって、俺も君と同じ」
「は?同じって何だよ」
「俺も第七宇宙に行きたい」
「だから、なんだよ。行きたいなら行けばいいだろ」
「何が言いたいのか、分からない?」
「・・・・・」
根拠のない、嫌な汗が額から滲み出る。
しばらくの間沈黙が続き、オレは恐る恐る口を開く。
「オレとお前のどちらか一人しか、望む宇宙には行けない———とかか」
『それについては私から話そう』
一瞬、緊張の糸を切ったのは室内に入った突然の放送。
『救世主となり宇宙へと飛ばされる場合、二年以上の間隔が空かなければ、飛ばす宇宙への重複はできない。つまり、1500が第七宇宙へと飛んだ場合、続く1436との間に二年以上の月日が存在していなければ、1436を第七宇宙へ飛ばすことはできないのだ』
「それなら年が上なオレの方が有利なはずだ」
「うん、だから俺と戦おう。それで勝った方が行きたい宇宙に行く」
「なんだよそれ、意味わかんねーよ。1436、そもそもお前は家族に会いたいんじゃないのか?それなら———-」
オレの言葉を遮り1436が話し出す。
「君が言いたいのは、第十五宇宙じゃだめなのか、だよね?俺はどの道親に会える。なぜなら、第七宇宙にも第十五宇宙にも存在しているから」
「なんで・・・なんでこの宇宙じゃダメなんだよ、オレには一つしかないんだ、ないんだよ」
まさか1436がこんな形で邪魔になるなんて思わなかった。
「俺は第七宇宙に行く。君は、俺を殺すくらいしないと目的は果たせないね」
「頼む1436、第七宇宙に行くことはオレの生きる目的なんだ・・・その目的が消えたらオレは」
「消えない、俺が救世主になった三年後、また挑めばいい」
1436は止まらない、止められない。このままじゃオレの目的はこいつに潰されてしまう。
「殺す———それしかないんだよな?ああ、それしかないんだ」
オレはものすごい剣幕で1436を睨みつける。
「君はまだ俺より弱い」
オレは今よりも断然速く、そして重たい一撃を1436の顔面へと繰り出す。
途端、銃声音のような耳に響く音が鳴った。オレの拳と1436の手のひらがぶつかり合った音だ。
「いいパンチだね」
殺意を込めた全力の一撃でさえも簡単に止められてしまう。
「俺の番だ」
「く———-ッ!」
そう発した直後、オレの視界から1436の片腕が一瞬にして消えた。次の瞬間右頬に強烈な衝撃を感じ、オレの体は弾丸のように吹き飛ばされる。
オレは1436の動きを見失わないように瞬きもせず神経を研ぎ澄ましていた。それなのに見失った、Sランクに達するほど強くなった今のオレでも、捉えきれないほどの速さ。
アトゥラの頂上に用意されている擬似宇宙空間は、そこが異空間かのような広さを誇っている。オレの体は壁にぶつかることなく、視界に浮く惑星の一つに衝突する。
「次は君の番だよ」
オレは衝突した惑星を足場にして蹴る。そのまま1436へと再び一直線に突っ込んでいく。
オレは右腕にヴェールが使用していた太陽のエネルギーと、マルクスの雷の力を同時に纏う。
「くらえ!」
それを思い切り1436へ向けて放ち、すぐ近くにあった惑星へと叩きつける。
「ヴェールの人格まで持ってるんだ」
「これでもダメなのかよっ」
「じゃあ次は俺の番」
「カハ————ッ!」
またしても呼吸が止まると同時に上空へとオレの体が投げ飛ばされ、みぞおちへと強烈な痛みが走る。
「い、き———-が・・・」
息ができない。意識が飛ぶ————-。
「お返しだよ」
1436がそう言いながら宙に浮いたオレを先回りして背後へと回り拳を握る。
すると、先ほどオレが纏った太陽のエネルギーと雷の力と同じような力を拳に纏い始める。
「どういう—————」
オレが言葉を発するよりも速く、背中へと死ぬほど痛い衝撃が伝わると、アトゥラの最上階にある擬似宇宙空間を貫通し、最下層にある一階の広間へと勢いよく落とされた。
「あ・・・あ、くっ!」
オレは既に満身創痍だが、ここで倒れるわけにはいかない。
その意思の強さが再びオレを立ち上がらせる。
「まだ君は終わらないんだ。いいね、やっぱり君を気に入って正解だった」
「あいにくと、負けるわけにはいかねんだよ」
「なら、手加減はいらないね」
その後、オレと1436の戦いはアトゥラの外へと広がり、地下施設全体へと波及していく。
その際、オレの攻撃は一度も当たらずかすりもしない。オレもなんとか1436の攻撃を避けてはいるが、三回に一度のペースで攻撃をくらっている。
『やめるんだ1436、1500。私はそこまでやれとは命令していない』
管理者の中断を促す放送を無視してオレたちの攻防戦は勢いを増し続ける。
この状況に気が付いたカリキュラム中の他の育成対象者たちが、中央に建つ巨大な建物から続々と姿を現し始める。
「よそ見はダメだよ」
ほんの一瞬視線を離したのが命取り、またしても強烈な一撃をもろにくらってしまい、育成対象者が多く集まる巨大な建物へと勢いよく衝突し、そのまま室内のどこかの壁へと激突した。
「あ・・・クソッ!」
「天月か?」
「?」
オレは倒れ、床へと向けている視線を声のする上へと上げる。
「天哉、それに蘭と三峰も・・・そうか、ここは今Aランクカリキュラムで使ってるのか」
「影宮あんた、何でそんなに傷だらけなのさ」
「悪いな、説明してる時間はないんだ」
オレは腕と足に力を込めて再び立ち上がる。
「影宮くん、私たちは貴方のことを友達だと思っているの、だから流石に見過ごせないわ」
「そうだぜ、一体何がどうしてそんなにボロボロなんだよ?」
「え?」
少し遠くから、恐怖に染まった声が聞こえる。
視線をやると、雪代が何かに怯えたような表情をしている。
「おいおい、嘘だろ、何の冗談だこりゃ!」
どうやらオレを追って1436が姿を見せた。
「まぁ、そういうことだ」
「んだよそういうことって・・・なぁ天月、おい!お前まさか・・・1436と戦ってんのか?」
「それってこの前話してたあの———」
三峰が何かを察したように少なからず恐怖の表情を浮かべている。
「もっと本気出してよ」
「は?」
1436の突然の挑発にオレの怒りは増していく。
「俺と戦えるのは君だけなんだ、だから見せてよ君の強さ」
「離れてろ」
オレは天哉、三峰、蘭に向けて自分から離れるように指示を出す。
「けどよ天月、お前———」
「大丈夫だ」
「大丈夫って何?あんなのと戦ったらあんた死んじゃうでしょ?私、そんなの絶対嫌だからね」
三峰の真剣なまなざしがオレの心に響く。
だけど引けない。1436はオレの生きる目的には邪魔なんだ。
「うるさい、俺たちの戦いに口を出さないでよ。邪魔するなら君たちを片付けなくちゃ」
「そんなことさせるわけねーだろ」
オレは音もなく1436の懐へと入り込む。先ほどとは違い、1436の繰り出す攻撃が見える。
懐へと潜り込んだオレの顔面へと、カウンターをくらわすつもりで繰り出した1436の拳を目と鼻の先で交わす。
その後がら空きになった1436の顔面へと、オレの拳を打ち込んだ。
ドゴォーンという巨大な振動と音を立て、巨大な建物の壁を内側から破壊し、1436の小さな体は遠くへと吹っ飛んでいった。
「・・・マジかよお前」
「ええ、今のは流石に驚いたわ」
天哉と蘭は、目を丸くしてオレを見つめている。
オレは雪代へと近づく。
「オレはここまで来ましたよ」
雪代に対して初めて使う敬語。
「本当にすごい奴だったんだね君は、おかげで恐怖が消えちゃったよー。それと、似合わないねー敬語」
「オレもそう思う」
さて、1436の後を追うか。
「影宮・・・」
三峰は、恐怖でも驚きでもない、何とも言えない表情を浮かべている。
強いて言うなら悲しみを含んだ表情に見える。
「あんたなら、絶対叶えられるよ」
「ああ」
そう一言言い残し、オレは1436の後を追った。
「俺に傷をつけたのは君が初めてだよ1500」
「それが傷?まじなめんなよ」
確かに服はボロボロだが、ところどころにかすり傷程度のものしか見受けられない。
「とりあえずここじゃ本気出せないし、上に行こう」
そう言って、突然オレは蹴り上げられると、天井を突き破って地上の施設へと出た。
「カハッ」
地上施設の修繕は、かなり進んでいる様子だ。だが、今からまたここは荒地になることになる。
「ここなら思う存分戦えるね、さっきのパンチもう一度打ってきてよ」
「オレの全力をくらわしてやるよ」
1436の口角が多少上がるのを感じた。
「お前、笑えんだな」
「笑う?何がおかしくて笑ったんだろう?」
1436は、本当に謎の多い存在だ。
今のオレではどう足掻いても勝てない。散々殴られ続けて流石に頭が冷えてきた。
だけど今のオレのやることは1436を倒すこと、だから今ここで全力をぶつけるしかできることがない。
「そっか、俺は笑えるんだ」
「いくぞ」
オレは全身に最大限の雷のエネルギーを蓄積すると、電光石火の勢いで1436へと突進する。
残りの体力を全て振り絞るつもりで拳に力を込め、鋭く1436の顔面へと捻りこむ。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
声を出し更に勢いを増していく。
「ありがとう1500、俺に感情を教えてくれて」
そう言って、またしても1436が笑みをこぼした瞬間、頬に生じる強烈な痛みとともに後方へと、巨大な竜巻に乗せられて飛ばされる。
「ゴフッ」
気が付くとオレは、あの時のマルクスと同じように施設の隅の壁へともたれかかっていた。
「ハァ・・・ハァ」
今にも消えてしまいそうな呼吸を繰り返す。
次第に意識は薄れ、一度は目にしたことのある映像が頭の中へと流れ始める。
三六〇度全体に広がる暗い、星空の景色。
以前は暗くて見えなかったその空間に佇む二名の存在が徐々に明らかになってきた。
「ボクたちは、創造主となるべきなのさ!」
声高らかに話す男性の声、だけどオレが見ている映像の焦点が向かうのはもう一人の存在。
「私たちの使命は宇宙の管理、そのための創造以外は許されていない・・・」
声が発せられている発信源の正体、それは、全身が光で包まれている何か。顔も分からない、性別など分かるはずもない。
だが、聞き覚えのある両者の声とその口調。
「それでは始めるとしよう!ボクたちインフィニティによる神様ごっこを」
次の瞬間、両者が一体何者で何を企んでいるのか。その結果、どのような経緯で施設インフィニティが設立されたのか、その目的まで人格を通して知ることになった。
オレたち育成対象者は、救世主となればどこかの宇宙へと飛ばされる。そしてその際、必ず次元の壁を越える必要がある。
なぜなら、オレたちは次元の壁と化したエターナルという宇宙を破壊する存在を倒さなくてはならないから。施設インフィニティはそのための育成施設であり、次元の壁を越えさせる理由は壁と化したエターナルに対する耐性を獲得するため。
そして真実を知った今、この人格が誰のものかも把握している。
元全宇宙の管理者、その名を———
「インフィニティ」
オレは意識を突然取り戻し、思わず声に出してしまう。
なぜ今、この人格の夢を見たのかは分からないが、ほぼ無意味。
どうやら宇宙を管理する力を持っているらしいが、1436との戦いでは役には立たない。
「オレは・・・もう一度家族に会うんだ、会いに行くんだ、会いたいんだ」
1436に手も足も出なかった悔しさ、目的を果たせないかもしれない恐怖が混ざり合い、感情が一気に押し寄せてきた。
「どうして泣いてるの?」
オレのそんな惨めな姿を見てただ純粋に疑問をぶつけてくる1436。
「頼む———-第七宇宙を、譲ってくれ」
一瞬の沈黙が生じ、少しでも希望を持ちたくなるが、そんなものは呆気なく消え去ってしまう。
「ダメだよ、君は俺には勝てなかった。負けたんだ、君は」
「いやだ・・・頼むよ1436、頼む」
オレは動かない体を必死に動かし、1436の下まで地面を這っていく。
「俺は君を気に入っているんだ。俺はこの全身で感じたことを一瞬で身に付けることができる能力を使って、これまで色々なことを学習してきた。勉強も格闘術もスポーツも、そして他の人の能力も。学習できないことなんて存在しなかったんだ。だけど君の力は学習できなかった、多分、俺と似たような力を持っているからだと思う。だから俺は君を気に入ってるんだ1500———見たくなかった君のそんな姿は」
次の瞬間、オレへと向かってくる1436の拳が突如、ピタリと止まった。
「それ以上はダメだぜ、1436番。あまりボクのお気に入りを虐めないでくれよ」
「お、お前は」
「久しぶりだね1500番、元気だったかい?ボクは元気だったさ」
オレの目の前へと現れたのは、元全宇宙の管理者であるインフィニティ。要するに、今は骨董屋の店主をやっている存在。
「やはりボクの思った通り、君には素質があったようだ。見事その第一段階をクリアしてくれたね!」
店主は嬉しそうにオレに向け、両腕を大きく広げて見せる。
「一体、何のことだ」
「後でしっかり説明するから安心してくれよ。今は片付けておかなきゃいけない案件があるのさ、顔を見せてくれよ!どこかでボクのことを見ているんだろ?」
店主は、一つの方向というより全体を見回しながらそう発言する。
すると、天井から光の柱が降りてきて一人の少女が姿を見せる。もう一人のインフィニティだ。
「どうして貴方がここにいる?また何か面白いものでも持ってきたのか?」
「残念ながらハズレだよ。今日は君に一つ確認しておきたいことがあって来たんだ」
「何だ?」
「もし、次元の壁としてのエターナルを全て消滅させた後、再び全ての宇宙のバランスが保てるようになったら、またボクと神の領域を目指してみる気はあるかい?」
神の領域、それは、オレが生まれる遥か昔、二人のインフィニティが人類を創造することで達しようとした領域。
「貴方は一体何を言っている?かつて私たちが犯した大罪で、今宇宙にどんな影響を及ぼしているのか忘れたわけじゃないはず・・・同じことをまた繰り返そうと、そう誘っているのか?」
「分かりやすく言えばその通りだね、全てが片付いた後、ただ管理者としての役目をまっとうしたくはないのさ。今回は失敗に終わってしまったけど、次も失敗するかは分からないだろ?第十五宇宙の言葉を借りれば、失敗は成功のもとというやつだぜ」
施設を管理しているインフィニティの顔つきが徐々に怒りを帯びていく。
「貴方を止めなければならないようだ」
「やっぱり君とは意見が合わないみたいで残念だよ」
「やるんだ1436、その男を全力で攻撃しろ」
1436は出された命令に躊躇なく従い、突如店主へ襲いかかった。
「この世界での私たちは自身の身を守る術を何も持たない貧弱な存在そのものだ。今の貴方にその攻撃は防げない」
「どうかな?」
店主は、余裕の表情を浮かべ1436の攻撃を易々と避ける。
「うそ———だ、ろ」
オレはその光景に驚きを隠せない。
店主が1436の攻撃を避けたのにも驚きだが、それよりも1436の動きが急に遅くなり、バランスを崩した状態で店主へと攻撃が放たれたこと。
まるで能力を使わずに攻撃したかのように見えた。
「一体どういうことだ?」
「簡単な話さ、君が育成している者たちは全員、ボクのエターナルを取り込んでいる。それを少しいじってあげる、または取り除いてあげればいいだけのことさ。つまり1436番は今をもって無能力者となったわけだ」
「今すぐ1436に力を戻すんだ、彼が救世主とならなければ私たちは次元の壁から解放されるエターナルに対抗するための戦力を大きく失うことになる」
「それなら安心さ、もう既に何人もの救世主を輩出していることだしそれに、そこの地面に醜く寝そべっている彼がいるじゃないか。1500番にはこれから君の代わりになってもらう」
「私の代わり?なれるわけがないだろ、私は神に創造されたインフィニティだ」
「ボクが1500に人格ガチャを与えた理由はそれだ。あの力は感情の振れ幅が大きければ大きいほど、得られる人格の幅も広くなってゆくんだ」
店主からオレの知り得ない能力に関する秘密が明かされた。
だが、オレはそれほど感情の振れ幅が大きくはないと思うんだが————。
「いいや、君は死にたくなったり、楽しくなったり、怒ったり、充分すぎるほど感情が揺れまくっているさ」
頭の中で考えているつもりが口に出ていたようで、オレは感情の振れ幅が大きいことを教えられる。
「話を戻すとしよう。1500は今、君の人格も手に入れた。インフィニティの人格をね、だからボクにとってもう君はいてもいなくてもどっちでもいい存在なんだよ。それに君のせいなんだぜ、今回の失敗は」
「全ての責任を私に押し付ける気か?」
「そうだとも、君がもう少し役に立っていれば失敗する確率は低かっただろう」
「貴方は最低な存在だ」
「ボクは自分のことが気に入っているんだ、ボクの中でボクは最高評価さ。次は成功させてみせるよ、だから君はボクの中でボクの創造劇を見守っていてくれよ」
そう言った直後、店主は施設の管理者であるインフィニティへと手のひらを向ける。
「何のつもりだ!」
「施設の運営で忙しかった君と違って、ボクにはだいぶ時間があってね、ボクたちインフィニティの体を研究していた。さよならだ」
次の瞬間、店主の手のひらに少女の体が引き寄せられていく。
「やめろ、やめろ!私がいなければ、施設は運営できない、この先貴方は後悔する」
「いいや、施設にもう人は呼ばない。ボクの骨董屋としての役目は終わったんだ。だからこれからはボクが君に変わって施設を運営するさ」
「———はなから私を消すつもりだったというわけか?」
「その通り、君がもう一度人類の創造をすることを嫌がることは予測がついていたからね。邪魔になる君には退場してもらうつもりだった」
「長い付き合いだというのに、こうもあっさり裏切られるとはな・・・」
その言葉を最後に、店主の手のひらへと全身が吸収されてしまった。
「裏切りとは人聞きが悪いよ、ボクは君のことが好きだったのさ、だから会う度君が元気がどうかを確かめたかった。いずれ自らの手で消してしまうこの日まで、元気な姿をできるだけ目に焼き付けておきたかったから」
店主の悲しみを含んだ横顔から、オレは目を離せなかった。
悲しむのならなぜ消すのか理解できなかった。
オレが今、目的の邪魔になるから三峰を消さなければならなくなった時、オレは店主と同じ選択が取れるだろうか。
「さて、君はいつまで地べたで寝ているつもりだい?そろそろ体も回復してきただろう」
「無茶を言うな」
「手間のかかるコマだ」
「おいっちょっ、降ろせ」
店主はオレを肩に乗せ担いだ状態で歩き出す。
「今君に死なれるのは困るからね〜、大人しく担がれていてくれるかい?」
どの道この怪我ではまともに一人では歩けないしな、ここは我慢しよう。
「ていうかコマってどういうことだよ」
「言葉の通りさ、君はインフィニティの人格を得たんだ。コトの全ては理解しているだろう?」
「まぁ、そうだな」
「ボクは全ての宇宙が元通りになった後、もう一度人類を創造しようと思っているんだ。だからそれを君にも手伝ってもらうわけさ」
「は?そんなことするわけ———-」
「君に選択肢はないことぐらい分かるだろ?君の人格ガチャは、ボクの体を構成しているエターナルが源だ。エターナルは与えすぎると毒にもなるんだぜ、だから断れば君は死ぬ。それでもいいのかい?嫌だろ、なら手伝ってくれたまえ」
一方的に話は進んでいくが、話を聞く限り拒否権はない。
「つまり、家族に会えたとしても、全てが終わればお前のくだらない創造ごっこを手伝うためにオレは、家族と離れなきゃいけないのか?」
「何もすぐに創造しようだなんて思っちゃいないさ、思う存分家族との時間を楽しむといい。けれど、時が来たら手伝ってもらう、それだけのことだよ」
オレの目的の邪魔になるようなことはしないか。
「それにその創造が成功すれば、君の家族が第七宇宙だけでなく、再び第十五宇宙に存在する可能性だってあり得るんだぜ」
「そ、それは、どのくらいの確率なんだ」
第七宇宙に行ってしまえばこの第十五宇宙のことなどオレには関係のないことだが、ここに残す三峰の存在がある。
もし本当に店主の言うような未来を実現できるのだとしたら、三峰は例え第七宇宙に来られなくても再び家族に会える可能性がある。
「成功すればほぼ一〇〇%さ」
オレは一度唾を飲み、喉を鳴らす。
「・・・分かった。協力するよ、その人類創造ってやつに」
「やはり君とボクは相性最高のようだね」
オレは店主に担がれたまま、アトゥラの自室へと運ばれた。
その間、天哉たちにこの姿を見られなかったことが救いだな。
店主いや、元店主が施設インフィニティの管理者になってから三日が経ち、早いことにオレの怪我はあっという間に完治した。
オレはSランクから救世主となり、今日、第七宇宙へと旅立つ日となる。
そのためオレは、全ての支度と部屋の片付けを終えスカーレットに別れを告げた後、インフィニティのいる施設の最上層へと赴いていた。
「やぁ、いよいよだね」
「ああ、いよいよだ」
「1469、1470、1503への別れは良かったのかい?」
蘭と天哉と三峰のことだ。
オレは目の前にいるこいつに担がれて部屋に運ばれたその日から今日まで一度も、三人と顔を合わせていない。
「大丈夫だ」
オレの中にあいつらを大切に思う心が生まれなければ、顔を合わせていたかもしれない。もっとも、その必要がなかったとは思うが。
別れを告げれば相手だけではなく、オレ自身も辛くなる。そのことについては、オレも経験している。
「感情一つで、オレの目的の邪魔になってほしくないんだ」
もしまた会うことがあれば、その時は今日のことをひどく怒られるだろうな。
それも悪くはないな。
「おしっ、オレを飛ばしてくれ、第七宇宙に」
「しばらくはボクともお別れだ、寂しくなるね」
「それはないな」
「心が痛むねぇ〜」
おふざけのつもりなのか、自身の胸に手を当て、そんなことを言う。
こいつとのこのやりとりはただの時間の無駄だ。
「次に会うのはおそらく十年以上先のことさ、全てが片付いた後で、存分に家族との幸せな日々をエンジョイしたまえ、では準備はいいかい?」
インフィニティはオレの肩へとそっと触れると、オレの全身が眩しい光に包まれていく。
「ああ、あっちょっと待ってくれ」
「どうかしたのかい?」
「一つ聞き忘れていたことがあった」
この質問は、オレが安心して第七宇宙へ向かうための保険のようなもの。
「何でも聞いてくれたまえ」
「もし、救世主になれなかった育成対象者は、外での生活に戻れるんだよな?」
「そうだね、記憶は消させてもらうけど、施設に来る前と同じ生活に戻ってもらうだけさ。それと、施設が運営している間は君の大切な者たちを死なすことはしないと約束しよう。これで君も安心して行けるだろう?」
全て心の内が読まれているかの返答だ。
「ああ、ありがとう」
インフィニティは再びオレの肩へと手を置き、全身が光で包まれる。
「ボクもいつか、君に感謝する日が来るかもしれない。その時、君のこの感謝の気持ちをボクから返すとしよう」
施設に来て七ヶ月弱、オレは全部で二九ある宇宙の内、第七宇宙の救世主として新たな舞台へと旅立った。
「さて、神様ごっこの第二幕といこうじゃないか!」
完結。
インフィニティ 融合 @BURNTHEWITCH600
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます