インフィニティの物語

 これは、インフィニティがまだ三〇ある宇宙、あるいは世界の管理者であった頃の話。

 そして、施設が誕生する前の、前章では描かれていない施設が誕生した後の物語。

 神は天地を作り、人以外の生命をつくり、人をつくった。

 これは、地球でのアダムとイブをつくったとされる神の行動だが、実際には異なる。

 神は世界そのものを形成する存在である。

 神はまず世界を分ける次元の壁(エターナル)をつくり、それから環境や生命を形成していった。

 そうして作られた世界は全部で三〇あり、その全てを、自身が生み出したインフィニティと名付けた管理者によって管理させた。

 管理者インフィニティは計二人(分かりやすく女性型と男性型と区別する)でありその役割は単純明快、それぞれの世界をバランスよく永久に崩壊させることなどなく保つこと。

 そう、決してそのバランスを崩すことなど許されない。宇宙同士は相互作用する関係では決してなく、次元の壁(エターナル)で塞がれた干渉のない個々の世界として存在するものだからだ。

 だがもし、次元の壁(エターナル)が崩れてしまうようなことになれば、世界はエターナルにより壊され、宇宙同士の衝突によって全てが消滅してしまうことになるだろう。

 そして世界の管理は、神が別に生み出した異空間で行われる。

 そこはまるで透明な球体のカプセルに包まれた、夜空の星々のような景色が三六〇度全体に広がる空間を形成している。その空間内の全てが足場となり、作業スペースとなる。

 男性型インフィニティは、カプセルの空間内に何やら文字のような模様のような、多重に重なる線を描いている。

 そこへ女性型インフィニティが近づく。

「見たことがない管理イメージだ、これは世界の管理には反映させない試作のもの?」

「まぁ、少し面白いことを思いついてしまってね、少し試していたところさ」

「面白いこと、とは?」

 男性型インフィニティは動かしている手を止めることなく、話す。

「ボクたちインフィニティを創造してくれた神はかつて、今ボクたちが管理を任されている三〇個の宇宙、あるいは世界の創造主だ。そこに生きる生命、環境の全てを創造した。まったく、素晴らしくて涙がでるよ。だけど、今ボクたちがやっているのは何だい?それを管理することだけさ」

「それが私たちの使命であり、存在理由だ」

「だけど、神に作られし存在のボクたちが宇宙の管理のみに収まってていいと思うかい?宇宙に生きる生命は、小さいながらも多様な物や環境を自ら創造し始めているというのに」

「貴方は先ほどから何を言っている?私たちは過去も、そしてこれからも宇宙の管理者だ。他の何者でもない」

 男性型インフィニティは自らの意思が思うように伝わらないもどかしさを行動で表すかのように、女性型インフィニティの方へとふり向き大きく両手を広げる。

「ボクたちは、創造主となるべきなのさ!」

 これまで二人は、神から授けられた宇宙の管理者という役割に何の疑問も抱かずに、ただただ機械のようにその使命をこなしてきた。

 管理者となって約五億年が経過した今、各宇宙には人という生命が新たに誕生し、自らの文明を自らが築き上げている。

 その光景を目の当たりにした男性型インフィニティは、自身も何かを創造することへの夢を抱き始めた。

「ボクたちは人という生命が誕生するまで、神が創造した宇宙を維持することだけにまっとうしてきた」

 例えばそれは、神が人を創造するにあたって第十五宇宙の地球へと星の軌道を管理して隕石を落とすなど。

 常に神の創造を手助けしてきた。

 だがもうその神はいない。

 人という最後の生命体を創造し終わった後、後の創造は人へと任せて、インフィニティ二人をその監視役へと回させた。

 要するに神がいた時、同時に人が生きる宇宙を作り上げたため、極端にインフィニティの仕事が減ったのだ。

「人は、自らを創造する存在を神と崇めるだろ?だからボクたちでなってやるのさ、人の神に」

「私たちの使命は宇宙の管理、そのための創造以外は許されていない・・・だが、今の私たちにすることがないのも事実だ。神は、人という生命を誕生させるという目標を成し得るために私たちを作り出したのかもしれない。どうしようもなくそう考えてしまう」

「だから創造してやろうじゃないか、神にいいように使われて終わるんじゃなく、次の神にボクたちがなるんだ」

「今初めて、一人でないことに感謝をした」

「ボクも同じ気持ちさ、てことで手始めに人を創造する」

 それはかつて神が成し得た終着点、そのために宇宙の環境をインフィニティに変えさせ、その舞台を作らせた。

 女性型インフィニティは、そんな大それた考えに一瞬度肝を抜かれてしまう。

「それは、真剣に言っているのか?それともたまに出るおふざけの類か?」

「真剣も真剣さ、けれど一から創造するわけじゃないぜ。宇宙は全部で三〇ある。だから二つの宇宙でそれぞれペアをつくり、そのペア同士にそれぞれ同じ存在を誕生させる」

「つまりは、ペアを組んだ宇宙同士が双子のような存在になると、そういうことか?」

「まさにその通りだよ!」

 男性型インフィニティはとても嬉しそうに拍手を送る。

「そうすれば、創造された生命はボクたちを神と崇め、結果的には管理もその分楽になるだろ?」

「失敗すれば大変なことになる。最悪の場合、全ての世界が崩壊してしまうことにもなりかねない」

「口ではそう言いつつ、体の方は正直だ」

 女性型インフィニティは、その好奇心を抑えられず、絶えず空間内をウロウロしている。

「これはボクたちにとっては、単なるお遊びの一つだ。暇な時間を有意義に使う単なる娯楽だよ」

「単なる遊びに、宇宙の崩壊の可能性をかけると・・・そうなれば私たちはお終いだな。けれどこれほどまでの高揚感にかられたのは初めてだ」

「今、ボクたちの気持ちは真の意味でシンクロした。それでは始めるとしよう!ボクたちインフィニティによる神様ごっこを」

 かくしてインフィニティによる人類創造が開始された。

 だが、いくつもの宇宙ではその創造が失敗に終わり、無謀だったと言わざるおえない結果を迎えた。

 そして結末は最悪の結果に。

 悲劇は、第十二宇宙の人類を第十一宇宙へと創造する最中に起こってしまった。

 全ての世界はそれぞれが個々の宇宙として存在しているが、全ては一つの器の中でインフィニティたちに管理されていた。

 第十一宇宙への人類創造への失敗により、小さなヒビが器に生じる。そのヒビの正体は、宇宙のバランスが崩れたことによる恒星爆発。太陽の三〇倍以上もの質量を持った複数の恒星がぶつかり合った結果起きてしまった。

 そしてその全体で見たときの小さなヒビはブラックホールと化して第十一宇宙を呑み込んだ後、三〇個の宇宙でバランスをとっていた均衡にヒビが蔓延していくという連鎖を生じさせた。

 更に、消滅した第十一宇宙の副産物としてワームホールが発生し、インフィニティの存在する空間丸ごと吸収されてしまった。

 そしてインフィニティが消えてしまったことにより、制御下を離れた次元の壁の崩壊が始まった。次元の壁が崩れてエターナルという存在がそれぞれの宇宙に解き放たれれば、そこに生きる生命や環境は破壊し尽くされる。

 エターナルは、薬の原理と似たようなもので、単体で見れば毒にしかならないが、宇宙を隔てる壁としてはその役割を十分に果たす存在。

 そうして壁を失った宇宙同士が干渉し合い滅びゆくのは既に時間の問題となった。

 この崩壊を導いたのは人類創造の計画が直接影響しているのではなく、それによる失敗によって生じた悲劇。そして幾度もの失敗の内、第十一宇宙での器のヒビは単なる偶然にすぎない。もしかすると、他の宇宙で起きていたのかもしれない。

 だが、まだ希望は残されている。

 ワームホールに吸収されたインフィニティは、唯一人類創造が半分成功した第七と第十五宇宙のペアの内、第十五宇宙の『地球』という惑星に飛ばされた。

「どうやらボクたちは第十五宇宙にある地球という惑星に飛ばされてしまったようだね」

「そのようだ」

 二人が飛ばされたのは地球にある木々が生い茂る森林の中、そこら中から自然の鳴き声が聞こえる。

「ボクは七割くらいの確率でこの創造が成功すると思ってたんだぜ、あーあ、いっそのこと清々しいくらいだ!世界が滅ぶのは時間の問題だ」

「何を悠長なことを言っている?最初からこうなる可能性は見えていた。最早止めることなどできないが、せめて何か一つでも策を考える責任が私たちにはあるはずだ」

 宇宙の崩壊をただ静観しようとする男性型インフィニティと何かの策を講じようとする女性型インフィニティ。言うまでもなく、男性型インフィニティの静観が許されるわけがない。

「策と言ってもねー、壁が崩れエターナルが解き放たれるまで後三〇〇年と言ったところかな。そんな短い間で何ができると言うんだい?最早ボクたちは管理者としての力を失ってしまったのにさ」

「一つ忘れている。エターナルは、私たちの体から作り出されるものだ。つまりは私たちが存在している限り、エターナルは創造することができる」

 元々神が最初に宇宙を隔てた次元の壁であるエターナルは、後に生み出したインフィニティと同じ要素でできている。

 要するにインフィニティの親は神であり、エターナルの親はインフィニティである。

「ボクもそれについては考えたさ、だけど、例え崩れた次元の壁を新たなエターナルで再生しようとも、解き放たれたエターナルは全ての宇宙を破壊し尽くすだろうね」

「なら、旧エターナルを消し去り、そこへ新たなエターナルを次元の壁として再生させれば宇宙同士の干渉を防ぐことができる」

 男性型インフィニティは、女性型インフィニティのこの状況下での判断力の高さ、その速さに驚きつつも多少引く。

「なるほど、確かにいい考えかもしれない。エターナルが解放された後、宇宙同士の干渉まで五年と言ったところだろうね。その五年でエターナルを全ての消し去り、おまけに新たな壁を創造する・・・その作戦に乗ろうじゃないか!」

 男性型インフィニティは手に握った森林の土を自身の頭上に、まるで雪のように撒き散らす。

「しかし、問題はある」

「そうだね。その役目を一体誰が担うのか。ボクたちはエターナルを作り出せるからおそらく何かを異なる次元に送り出すことは可能だろうね。けれどボクたち自身が次元を超えることはおそらく不可能、となると誰かにやってもらうしかなくなる。誰かボクたちの尻拭いをしてくれる愚かな救世主はいるのかな?三〇ある宇宙を救ってくれるヒーローが、いや今はもう二九個しかないんだった」

「地球の人間を使おう」

「その手があったね」

「管理者である頃から思っていたことだが、人は何者かになろうとする生命だ。私たちが力を与え、世界を救う使命を与えてやれば簡単にヒーロー役になってくれる適材資源だ」

「まさに臨機応変ということだね、ボクたちのエターナルの力を人に与える。かつて次元の壁と化したように人と結合させることで何かしらの進化が促せるかもしれない。まさに創造の延長線上じゃないか!」

「これは遊びではなく、私たちの存在理由をも天秤にかけた勝負だ。いい加減緩んだその表情を引き締めるんだ」

 そうしてインフィニティは人の姿へと化け、三年という月日を要して地球についての情報を学んだ後、そこから二年を要して育成をするための施設を用意することに成功した。

 そしてインフィニティ二人はまさに今、その施設の中で今後についての話をしている。

「後はこの施設内に適切な環境を作り上げればいい、それくらいの力は今の私たちにもある」

 インフィニティは例え管理者ではなくなったとしても、人から見れば魔法や呪術と称される類の力はいまだ有している。

「それと、人にエターナルを授ければ特殊な力が発現することも確認できているよ。毒というものは興味深いよね、組み合わせ次第では到底思いもしない結果を生んでしまうんだから」

 地球上には特殊な力を持つとされる魔術師や特殊能力者と言われる者たちが現れ、テレビなどでその力の一端を取り上げられることが多々あるが、その者たちはまさにインフィニティによってエターナルの実験体とされた者かその子孫たちである。

 そしてその実験体となった者の中には、数万もの犠牲になった命も含まれている。

「この施設の運営は君に任せるとしよう」

「何を言っている?また静観などと愚かな言葉を口にするつもりではないだろうな」

「そうじゃないさ、もしかしてこの施設に直接人を招くつもりかい?そんなことをすればいずれ足がついて政府が黙ってはいないだろう。それに、しっかりと人の意思を尊重すべきだぜ」

「・・・確かに、貴方の言う通りだな」

「だろ?だからボクと君とで別々の場所で行動するんだ。ボクは人を招き、説得して力を与える役目を、君はそこからボクが送った人を選別して育成する役目を。どうだい?これなら人の意思は尊重できるし素質のある者だけを育成できる。おまけにボクたちの誘いを断るなら記憶を消せば絶対にバレることはないだろう」

「貴方にしては素晴らしい考えのようだ。では、それでいくとしよう」

「じゃあボクはここから立ち去るとしようかな」

 男性型インフィニティは、施設の出入り口へと歩き出す。

「私たちが次に会うのは、一体何年後になると思う?」

「さぁ、分からないけど、そう遠い未来じゃないだろうね。少なくとも三〇〇年以内さ、ボクたちにとっては一瞬の短い時だよ」

 今この二人は互いの感情が垣間見える会話をしている。

 もしインフィニティに感情があるのだとしたら、一体何のために神は感情を与えたのだろうか?

 それは神にしか分からない。

「そうだ。施設の名前を決めとかないとね」

「私たちの創造が集うこれからの証として、『インフィニティ』というのはどうだろう。私たちの名とは言えない名称と同じだが、しっくりくる」

「素晴らしいネーミングセンスだ。インフィニティ・・・ボクたちの証とも言える名前だ。じゃあ、施設のことは君に任せるとしよう」

「ああ、私も、そちらのことは貴方に任せるとしよう」

 そうして男性型インフィニティと女性型インフィニティはそれぞれが異なる形で救世主を育成する環境を整備し、管理することで施設「インフィニティ」が誕生した。

 

 この先は、施設ができてからの物語。

 

 私たちインフィニティが地球に来てから既に二七七年の月日を経た。

 とても短い歳月だ。

 施設インフィニティの運営は、既に育成対象1435番を迎え入れた段階まで来ていた。

 エターナルが次元の壁から解放されるまで後二十三年、私はこの段階である二つのことに気がついた。

 一つ目は人の寿命は、長くても一〇〇年弱というあまりにも短い時間だということ。

 二つ目は育成した救世主は、今はまだ存在している次元の壁(エターナル)を超えて異なる宇宙に飛ばす必要があり、次元の壁を越えるためにはある条件を満たす必要があるということ。それは、人でいう年齢の十八歳から三五歳未満であること。この条件にはおそらく、人の肉体による成熟と衰退の原理が関係しているのだろう。

 そこで私は、エターナル解放前に寿命が尽きてしまう可能性のある者と二つ目の条件を満たさない者の内、実力のある者たちを次世代への教育係へと任命した。その他の者はもう一人のインフィニティに預け、記憶と能力を消してもらった後、外の世界へ放り出した。

 以前奴は与えた力を消すことなどできなかったが、できるようになったらしい。

 それにより効率よく育成者を選別できるようになった。

 そして私は今、1436番目の訪れを待っている最中。この世代の人ならば、より救世主を輩出しやすくなる。

 例え赤子であっても、立派な救世主へと育てて見せよう。

 ・・・すまない、少し調子に乗りすぎてしまったようだ。施設の運営が順調すぎて感情が高まってしまったな。

 人の赤子など、経験もないのに育てられるわけがない。

 救世主育成以前の問題だな。

「気を引き締めよう」

 私は言葉に表して弛んだ気を引き締める。

 そんな時だった、施設の扉が開かれたのは。

 施設の操作は私にしかできないはずだ、唯一他に操作できるとすれば創設者として施設の権限を持った奴のみだ。

「やぁ、やぁ聞こえるかな?君に見せたい面白いモノがあるんだ、降りてきてくれるかな?」

 育成対象になり得るかを判断する選別の間を抜けて入り口から姿を見せたのは、もう一人のインフィニティ。

 私は奴が腕に抱えている何かの正体に気が付き、奴の下へ急ぐ。

「久しぶりだね〜元気だったかい?」

 私たちはテレパシーのようなもので意思疎通をとっていたため、言葉を交わすのは久しぶりではないが、直接対面するのは二〇〇年ぶり以上だ。

「そんなことよりも何だそれは、人の赤子か?」

「その通りさ、見たところこの赤子は生まれてまだ間もない、育ててやってくれないかい?」

「私がか、人の赤子の育て方など知るわけがないだろ!第一貴方は育成対象となる者を適当に招きすぎなのだ」

「仕方ないだろ、まだ招く対象までは選べないんだから。それに、後処理をするのはボクなんだぜ、君にとやかく言われたくはないね」

 何とも自由な奴だ。この自由さに私も乗ってしまったばっかりに地球に飛ばされることになってしまったんだがな。

「では、とりあえずは預かるとしよう。もし、素質がないと判断すればそちらへ送り返すからな」

「はいはい、てことで要件はこれだけだ。店に戻るとするよ、案外骨董品というのはあまり売れないものなんだな。じゃっまた来るよ〜」

 そう言って奴はこちらに背を向けた状態で手を振り、扉が閉まると同時に姿が見えなくなった。

「さて、この子供をどうしたものか・・・」

 赤子へと目線を落とすと、くりくりの目をぱっちりと開きこちらを凝視している。

 いつからだ?まるで先ほどの私たちの会話の内容が全て理解できていたかのようだ。

 全てを見透かしているような、そんな瞳。

 私は思わずこの赤子の瞳の輝きに見惚れてしまい、育成番号1436を与えることにした。

 それから三年が経ち、1436は三歳となった。

 この人間は、一度教え込んだものは勉学、体術関係なしに記憶し身に付けてしまう。

 おまけに他人の持つ能力をもコピーしてしまうなど、多様な力をこの三年間で目にすることができた。

「素晴らしい存在だ」

 1436は、歴代のどの育成対象よりも優れており、今後救世主になる頃には誰も到達しえない新たな次元の強さを得るだろう。

 その後、1436は年を重ねるごとにみるみる実力を伸ばしていき、時にはAランクの大半を殺してしまうなどの事件も起きてしまった。

 もうこれ以上地球で得た私の知識だけでは、1436に新たな強さを教えてあげることはできない。

 そう思い今後の管理はルーメンに任せ、私は他の育成対象者にもその興味の矛先を向けることにした。

 1436はまだ十三歳、たったの十三年で私が教えられることは何もなくなってしまった。

 かつて私たちの想像しえない、予想を超越する存在は神のみだった。まさか小さな存在である人間にまで私の想像を上回られるとは。

 私は1436を密かに神の生まれ変わりであると讃え、『現人神』そう名付けた。

「五年後が楽しみだ」

 

 ここでもう一人の育成対象者1438についても少し語るとしよう。

 月日を十三年前、つまり1436が施設にやってきた半年後まで遡る。

 彼が育成対象者となったのは、十五歳の時だ。

 1438はとても気弱で思いやりのある優しい青年だった。

 だが、手にした能力は「ヴァンプ」という血を浴びれば浴びただけ強くなっていくという、性格には似合わない真逆の力。

 ヴァンプはもう一人のインフィニティの意思により授けられたものであるため、私は一度奴に問うてみた。

 

 なぜ、1438にあのような非道な力を授けたのかと。

 奴はこう答えた「その方が面白いからさ」と。

 

 けれどインフィニティの期待とは裏腹に、1438は一年、二年と経過しようとも自身の能力を一向に使う気配がなかった。

 可能性がある者が、その力を使わないことはここでは許されない。

 だが丁度いい機会だ。どの道1438の力は救世主としては向かないもの、それならば、この機会に役に立ってもらうとしよう。

 私は1438を私がいる施設の最上層へと呼び出した。

「このような素晴らしいお部屋を拝見できるとは、生きていてよかったと思います。ですがどうして私はここへ呼ばれたのでしょう」

「1438、貴方の能力を見込んで一つお願いしたいことがある」

「何でしょう」

 汚れのない澄み切った善意の笑顔を私へと向けてくる。

 もしかするとこの笑顔を見れるのは最後かもしれないが。

「暗殺を頼みたい」

「ど、どうして私がそんなことを!例え施設を運営している人の頼み事でも絶対に聞くことはできません。失礼します」

「これを見てくれ」

 1438は今Aランクであり、私はAランクの育成対象者のカリキュラムのオンライン映像を天井へと映し出す。

「これは命令だ1438、もし嫌だと言うのなら彼らはみんな処分する。もちろん貴方も例外なくだ」

「処分とは、殺してしまうと言うことですか?」

「好きに受け取ってもらって構わない」

 私は身近に人を感じることで、人が何を思い何を考えるのか、どのような刺激を与えればどういった反応を見せるかなど、学習することができた。

 1438のような者にはこの手の戦略は効果てきめんだ。

「・・・分かりました。引き受けましょう」

「では早速、この資料に目を通してもらおう」

 私は1438へ何重にも重なった資料を手渡す。

「これは暗殺対象をリストアップした物だ。詳細はあまり語れないが、ここ第十五宇宙と双子のような宇宙がど存在している」

「それがどうかしたんですか?」

「宇宙のバランスが取れなくなったことの影響で、互いの宇宙に存在しているどちらかの生命を消し去らねばならなくなってしまったのだ」

「もう少し分かるように説明を———」

「貴方に話したところでこれ以上は意味のないことだ。明日の早朝には任務を開始してもらう。では、今日はもう休むことだ」

 私は強引に1438へ命令を下し、退出するように促した。

 人類計画の唯一の成功例である第七と第十五宇宙の存在が、全体の崩壊の波を早く進行させる原因と化している。

 理由としては、全体より少ない数で類似する第七と第十五宇宙という異物が混ざってしまっているから。そのため、どちらか一方の宇宙の似ている要素を取り除く必要がある。

 そして幸運なことに私たちインフィニティが今いる場所は人類を創造した第十五宇宙、人類計画で創造した生命は、第七から第十五宇宙へ千人。第十五から第七宇宙へ千人をそれぞれ創造した。

 つまり、この第十五宇宙には創造された創造した者たちが計二千人存在していることになる。

 その二千人のある程度をここ第十五宇宙から間引くことができれば、崩壊を早める原因を取り除くことができる。

 1438に命じたことは単なる大量虐殺。遂行し始めれば政府に捕まるのは時間の問題、だが、半数以上を消すまでは保ってほしいものだ。

 

 私が1438に任務を与えてから一年が経過した。

「開けてください、こんな姿でいつまでも外にいては捕まってしまいますからねぇ」

 久しぶりに聞く、1438の声。ようやく命じた任務を終え戻ってきたか。

 施設の扉を開け、全身血まみれの1438をルーメンたちに迎えさせる。

 すると次の瞬間、いきなり1438が他の育成対象者へと襲いかかり、次々と手にかけていく。

 私は施設全体に響き渡る声で1438の愚行を収めようとする。

「1438、私はこんなことは命令していない。今すぐやめるんだ。聞いているのか、1438」

 けれど私の声など届くはずもなく、Sランク育成対象者である1430のヴェール・アルキミスタによって取り押さえられ、その後牢屋へとしばらくの間収容することとなった。

 

 それから十年、1436が十三歳となり、1438が二八歳となるこの年、私はもう一人のインフィニティである奴から久しぶりに面白い話というものを聞かされている。

「元気かい?」

「毎回聞かなければならないのか?その質問は」

「冷たいね〜ただの挨拶代わりさ、今日は早速本題に入らせてもらうよ」

 頭に響く奴の声が多少の緊張を帯びているように聞こえる。

「ついさっき施設に一人送ったところなんだけど、もしかすると彼は、第二の1436になれる可能性を秘めているかもしれない。一目見た瞬間、ボクは彼の虜になってしまったよ」

「貴方がそこまで気に入る存在は1436以来だな」

「いいや、それ以上さ・・・てことで手っ取り早く彼の実力を試して見るといいよ」

 仮にも私と同じインフィニティである奴にここまで気に入られる存在か・・・面白い。

 そうして選別の間に現れた男、影宮 天月を見て、私も底知れない感情の高鳴りを感じた。

 影宮・・・確かそのような名前が十一年前、1438に渡した暗殺対象リストに載っていた。

 私はすぐに牢屋との回線を繋ぐ。

「あの時の少年がこの施設に来た」

『そうですか、そうですか。渡された資料に彼の名前がなかったので生かしておきましたが、私に復讐でもしに来たのですかねぇ。ふっふっふ』

 1438はまるで小さな子供のように笑顔を浮かべていた。

『彼の名前は何て言うんです?』

「影宮 天月という」

 元管理者として宇宙に存在する生命の情報を把握しているのは当然のこと。

『なるほど、いいお名前じゃないですか。会えるのが楽しみで仕方ありませんよ』

「1438、近い未来貴方には牢屋から出てもらうことになる。私が現在計画しているあるカリキュラムの殺人役となってもらいたい、そのカリキュラムでは、どんなに育成対象者を殺そうとも、再び牢屋へ戻すことはない」

『歪んでいますねぇ、私のことを変えてしまったのも貴方ですしね。ですが、それはそれ、これはこれです。施設に戻ってきた甲斐があったというものです。ふっふっふ、楽しみですねぇ』

 1438が壊れてしまったのは私のせいだ。

 私は牢屋へ繋いでいた回線を切り、施設全体に響くように放送を入れる。

「もう間もなく、この施設へ新たな育成対象者がやってくる。育成番号は1500、彼は特別な存在であることをまず初めに伝えておく。私から貴方たちに一つ命令を下す、DからAランクに属する全ての育成対象者は、一堂に集まり1500を迎えるカリキュラムを開け」

 私はそうして一方的に回線を切った。

 1436と1500、これから先、この二人の成長が私の楽しみとなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る