5
紅葉が散り、初雪が降り、もうすぐクリスマスを迎えようとしている頃。
早朝に起きたわたしは冷え切った制服に袖を通して、やや埃っぽいスクールバッグを抱えて家を飛び出した。
あれからわたしは聴力の回復に専念するようになり、和馬が無事学校に復帰したという連絡をもらってからも家と病院で治療を続けた。
その甲斐あって、完全に聞こえるようになったわけではないものの、一対一のコミュニケーションはほぼ問題なく行えるようになったのだ。
入院していたお母さんは、なんとか無事に退院し家に帰ってきてくれた。「心配させてごめんね」なんて、また人のことばかり心配しているお母さんはとても優しい。「もうひとりで思いつめないでよ」と約束した。
そして、わたしはこの間、ついに友達と連絡をとって難聴のことを話した。震える手でなんとか文字を届けた。
すると、友達には引かれるどころかむしろわたしが押されるくらいの勢いで心配された。
『もっと早く言ってくれたら糸電話作ったのに!』
思いがけない言葉にふはっと笑いが溢れる。
『困ってるなら助けるから、頼ってよ』
『学校おいでよー、待ってるから』
その言葉にどれだけ救われたか、きっと友達は知らないだろう。今日会ったら一番にありがとうと大好きを伝えるつもりで、わざわざ朝早くに登校したのだ。
わたしの背中を押してくれた、あいつにも。
2学期最後の登校日・終業式の今日まで登校できなかったわけだけど、今こうして過ごせるようになったのだから文句はない。
久しぶりの校門をくぐり、懐かしさを感じる校舎に入り、足裏がひやりと冷たい下足箱を過ぎる。まだほとんど人がいない校舎は、雪の世界に閉じ込められたようにしんと静まりかえっていた。ぱたぱたと自分の足音だけが響く廊下と階段を早足で過ぎ、教室へ向かう。
教室の扉を開けると、予想外に先客の男子生徒がひとり、窓際に佇んでいた。窓の外を眺めていて顔は見えないけれど、あの雰囲気、あの背格好……すぐに誰かわかった。
わたしは教室へ一歩踏み出した。
「おはよう」
声をかけるとその生徒は振り向き、あの夜と同じ笑顔を浮かべた。
「おかえり」
けやきの夜明け 森谷はなね @minihana
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