第4話【自由在不自由中】

 ノアはリナの顔を見つめながら、彼女がどんな選択をするのか、心の中で考えていた。エレアの言葉が胸に響いている。

 リナが自分の意思で選ぶことこそ、尊重されるべきだということ。

 しかし、その選択が何を意味するのかは、まだ誰にもわからない。


 しばらくの沈黙が続いた後、村長が再び口を開いた。


「リナが目覚めたら、私がすべてを話そう。彼女がどうするかは、彼女自身の意思に委ねる。それがこの村の掟であり、彼女に与えられた自由だ」


 ノアは村長の言葉に深く頷いた。

 リナがどんな未来を選ぶのかは、リナ自身が決めるべきことだ。

 しかし、その選択が彼女にどれほどの重荷となるのか、ノアには計り知れない。


 エレアは静かに村長に歩み寄り、問いかけた。


「もし、リナが外に出ることを望んだ場合、あなたはどうするつもりですか?」


 村長は少しの間考え込むように目を閉じ、それからゆっくりと目を開けた。


「リナが外に出たいと望むなら、私たちは彼女に自由を与える。しかし、外の世界に出れば、彼女の機能は徐々に停止する。それは避けられない事実だ。それでも、彼女が望むなら、私たちはそれを妨げるべきではない。彼女がどの道を選んでも、最後は彼女自身の意志だ」


 ノアはその言葉に胸が締めつけられる思いだった。

 リナが外に出れば、彼女は長くは生きられない。

 それを知っていて、リナがその道を選ぶことを尊重することが本当に正しいのか、ノアは心の中で葛藤していた。


「でも…」

 ノアは少し声を詰まらせながら言った。

「リナは自分がアンドロイドだということを知らないんです。それを知った時、彼女がどう感じるか…私は、それが怖い」


 エレアは静かにノアの肩に乗り、優しい声で言った。


「ノア、リナに選択肢を与えることが、彼女にとって最も大切なことだと私は思う。どんなに辛い真実であっても、彼女がその上で自分の道を選べることが、彼女の自由を守ることになるんじゃないか?」


「自由在不自由中」

 ノアはエレアの言葉に少しだけ頷き、リナを見つめ続けた。

 エレアの言う通り、リナが自分で選べることこそ、彼女のためになるのかもしれない。しかし、その重さを彼女に背負わせることが、果たして正しいのかどうか、ノアにはまだ答えが出せなかった。


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 その時、リナの体が少し動き、彼女の瞳がゆっくりと開かれた。

 彼女の目はぼんやりとしたままで、まるで夢から覚めたばかりのようだった。


「リナ、大丈夫?」

 ノアは彼女に優しく声をかけた。


 リナは一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたが、次第に意識がはっきりとしてきた。彼女はノアの顔を見つめ、その後で村長の方を見た。


「私…どうしてここにいるの?」

 リナは混乱した声で尋ねた。


 村長はゆっくりとリナに近づき、穏やかに語りかけた。


「リナ、君には大切な話がある。君自身が決めなければならないことだ」


 リナはその言葉に少し戸惑いながらも、村長の真剣な表情を見つめた。


「私は…何を選ばなければならないの?」


 村長は深い息をつき、静かに語り始めた。


「君がこの村で過ごしてきた時間は、すべて本物だ。しかし、君が村の外に出ようとした時に起こったこと、その理由を知る必要がある。君が選ぶべき未来は、君自身の手に委ねられているんだ」


 リナはその言葉を聞き、何かを思い出そうとするかのように考え込んだ。

 彼女はまだすべてを理解していないが、これから自分が大きな選択を迫られることを感じ取っていた。


 ノアとエレアは、リナの決断を見守るため、静かに彼女のそばに立っていた。これから何が起こるのか、どんな未来が待っているのか、誰にもわからない。

 しかし、リナの選択が彼女自身のものであることを、二人は信じて待つことにした。


 リナは涙をぬぐうこともせず、ノアの前でうつむいていた。彼女の心は重く、沈黙が続いていたが、ついに彼女が口を開いた。


「ノア… 私、どうしてこんなに苦しいのか、わからないの。」


 ノアはリナの言葉にじっと耳を傾けた。彼女の涙が止まらないのを見て、心配そうに答えた。


「リナ、どうしたの?君が苦しんでいる理由を、少しでも教えてくれる?」


 リナは深い息を吐きながら、目を合わせずに言葉を続けた。


「私、選択する自由があるって言われて、自分の意志で決めることができるって信じていた。でも、今になってその自由がこんなにも重くて…私は本当に選んでいるのか、それともただ自分の恐怖に押しつぶされているだけなのか、わからなくなってしまった。」


 ノアは優しくリナの手を取りながら、静かに応じた。


「リナ、君は自分の選択を尊重しようとしているんだよ。でも、その重さに押しつぶされそうになっているのは、君が大切な決断をしているからこそだと思う。君の苦しみは、その選択がどれほど重要で、どれほど君の心に影響を与えているかを示しているんじゃないかな。」


 リナは涙を拭うことなく、さらに続けた。


「でも、私が村を離れることで、本当に幸せになれるのか、それともただ逃げているだけなのか、わからない。自分が何を選ぶべきなのか、全然わからない。選択の自由が与えられても、それが正しいのかどうかもわからないんだ。」


 ノアはリナの言葉に深く共感しながら、彼女の肩に手を置いた。


「リナ、選択の自由を持つということは、自分の心の中で何を最も大切にするかを見つけることでもあるよ。君が感じている恐怖や不安も、君がどれだけ真剣にこの選択に向き合っているかを示している。君の心の中で、選択をすることができる自分と、その自由に押しつぶされそうな自分がいるんだね。」


 リナはノアの言葉を聞きながら、少しだけ冷静さを取り戻したようだった。


「そうかもしれない…。でも、それでもこの苦しみからどうやって抜け出せるのかがわからない。自分が選んだ道が本当に正しいのか、それともただの幻想なのか…。」


 ノアは優しくリナを見つめながら言った。


「リナ、選択が正しいかどうかは、時間が経たないとわからないことも多いよ。でも、自分が心から大切だと思うものを選ぶことが、君の未来にとって最も重要なことなんだと思う。君がどんな道を選んでも、その選択が君にとって意味があるものであるように、願っているよ。」


 リナはノアの言葉を静かに受け入れ、涙が止まることなく頬を伝っていた。心の中の葛藤と苦しみが、少しずつ形になっていく感覚を味わいながら、彼女は自分の選択に向き合う準備をしていた。


 村を離れる時、ノアはリナの涙が何かを訴えるかのように感じ、エレアに問いかけた。


「ねえ、エレア。リナのあの涙…本当にただのプログラムなんだろうか?」


 エレアは静かにノアの方へ動きを見せた。表情のないキューブ型の機体がわずかに角度を変え、まるで考えているかのように見えた。


「リナも私たちも、全てはプログラムに従って動いているのです。それが機械の性質です」エレアの声はいつものように落ち着いていたが、どこか優しさが漂っていた。


 ノアはしばらく考え込んだが、何か納得がいかない様子で再び口を開いた。


「でも、あの涙…本当にただのプログラムだったのかな?リナが感じていたものが、本当にただの命令だったなんて…信じられないよ」


 エレアはまた少しの間動きを止め、次の言葉を選んでいるようだった。そして再びゆっくりと動き出しながら、静かに答えた。


「確かに、プログラムは機械に感情を模倣させることは可能です。しかし、それが『感情』と呼べるかどうかは、まだ誰にも分からないことかもしれません。ある哲学者はこう言いました。『感情は主観的なものだが、それをどう解釈するかは個々の存在に委ねられている』と。もしかしたら、機械にもいつかその解釈が生まれるかもしれませんね」


 ノアはその言葉に深く考え込んだ。リナの涙が何を意味していたのか、そしてそれが本当にプログラムされた反応に過ぎなかったのか。それとも、それ以上の何かがあったのか。


 村の風がそっと二人の間を吹き抜ける中、ノアはリナの選択とその涙の意味を胸に刻みながら、静かに歩き出した。

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