第3話【老人の邂逅は長い】
ノアとエレアがリナを連れて村に戻ると、すでに夕方の薄暗さが村を包み込んでいた。風が木々を揺らし、村の中心にある大きな木の下では、村長が静かに座っていた。彼の穏やかな姿は、まるですべてを見通しているかのような落ち着きを持っていた。
「村長、話がしたいんです」
ノアが緊張した面持ちで口を開いた。
リナはまだ混乱している様子だったが、ノアの隣で不安げに立っていた。
「もちろんだ、ノア。それにエレアも、どうしたんだね?」
村長は柔らかな微笑みを浮かべながら、二人を優しく見つめた。
「リナが外の世界に出ようとした時、彼女が突然動かなくなったんです。そして…エレアが言うには、リナや他の村人たちはみんなアンドロイドだって…。村長、それは本当なんですか?」
ノアの声は震え、彼女は真実を知りたいという思いと、その重さを感じ取っている様子だった。
村長はしばらく黙り、ゆっくりと深呼吸をしてから口を開いた。
「そうだ。エレアが言ったことはすべて事実だ。この村の住民は、昔の記憶を持つアンドロイドだ。だが、それは彼ら自身が望んだことだったのだよ」
ノアは驚き、疑問の色を浮かべた。
「選択?どういう意味ですか?」
村長は遠くを見つめながら、重い言葉を紡いだ。
「この村ができた頃、村人たちは自然との共存を選び取った。やがて時間が流れ、老いや病という避けられない現実に直面した時、彼らは自らの存在を永続させる方法を模索し始めたんだ。そして、ある技術にたどり着いた。それは、彼らの記憶や人格をアンドロイドに移し替えるというものだった。だが、その代わりに、彼らは一つの掟を決めた。外の世界に出ることをしない、と」
ノアはその言葉に衝撃を受けながらも、リナに目を向けた。
リナは村長の話を静かに聞いていたが、その顔にはまだ混乱の色が残っていた。
「でも、リナは自分の意志で外に出たいと言った。それが許されないなんて…そんなの…」
村長は静かに頷き、答えた。
「リナの中には、外の世界を渇望する記憶の断片が残っていたのだろう。それは、過去の人々が持っていた自由への願望の一部だ。しかし、外に出れば彼女は機能を停止してしまう。メンテナンスなしでアンドロイドが生き続けることはできない」
「そんな…でも、どうして最初からそんな制限を…」
ノアの声は次第に感情を帯びてきた。
村長はしばらく静かに目を伏せていたが、やがて重々しい声で語り始めた。
「私の祖父は、かつてとある街で遺物の研究をしていた。彼は、街の地下に眠る技術の数々が非常に危険であり、むやみに扱うべきではないと領主に訴え続けていた。しかし、彼の警告は受け入れられず、一家はその街から追放されてしまったんだ」
村長の目に、過去を思い出すような悲しみが浮かんだ。
「そして、長い旅の末にたどり着いたのが、この村だった。自然に囲まれ、静かなこの場所に、私の祖父は希望を見出したんだ。だが、運命はさらに彼に奇妙な出会いを与えた。村の中心にそびえるこの大樹の下、祖父は旧時代のアンドロイド製造施設を発見した」
ノアとエレアは驚いて村長を見つめた。その施設は、長い間忘れ去られた過去の技術の遺産だったのだ。
「祖父はこの施設を解析し、家族とともに生き延びるためにその技術を再起動させた。私たちは施設に残っていた村人のデータを元に、アンドロイドたちに過去の村人の記憶を移植し、彼らに新たな命を与えたんだ。彼らは外に出れば機能が停止する運命にある。それでも、祖父はこれが最善の方法だと信じていた。私もその意思を引き継いできた」
「でも、なぜ…なぜ村長は子を残さないんですか?」
ノアはその理由が気になった。
村長は少し微笑みを浮かべながら答えた。
「それは、この村が他者を拒絶したからだ。かつての街で拒絶された私たちは、ここで孤立することを選んだ。外の世界と関わることを避けてきた代償として、私自身はこの村で子を残すことができなかったんだ。私が亡くなれば、この村は静かに終わりを迎えることになる」
ノアはその言葉に深い衝撃を受けた。
村長の使命と犠牲、そのすべてがこの静かな村に込められていることを理解し始めた。そして、彼の祖父がこの村に希望を見出したことが、どれほど切実なものだったかも感じ取った。
村長は優しくリナに目を向け、静かに言った。
「リナもまた、この村の運命に繋がる存在だ。彼女に選択を与えることができるが、それは彼女自身がどの道を選ぶかによる」
その言葉と共に、リナの瞳がゆっくりと閉じられ、まるで眠るかのようにスリープ状態に入った。ノアは驚き、すぐにリナの元へ駆け寄ろうとしたが、村長の静かな声が彼女を落ち着かせた。
「彼女を目覚めさせるのは簡単だ。しかし、記憶の一部は失われる。それでも、君たちが彼女を連れ出したいのなら、私にできるのは記憶の改変を行い、彼女が外の世界で生きられるようにすることだけだ」
ノアはリナの手を握りしめたまま深く息を吸い込み、考え込んだ。そして、エレアもまた無言のまま、ノアの決断を待っていた。
その静かな沈黙の中、ノアは深いため息をつき、決断を口にした。
「リナの人生を私が決めるのは違う気がする…どんなに彼女を助けたいと思っても、それは私の考えだ。彼女自身の意志ではない」
エレアはノアの言葉に少しの間沈黙し、優しい声で口を開いた。
「カントはこう言っているわ。『人は他者を手段としてではなく、目的として扱うべきだ』と。リナはアンドロイドであっても、一つの人格を持っている存在だ。彼女が選べないなら、私たちは手助けするべきだ」
「でも…それは本当にリナにとって幸せなの?」
ノアは困惑の色を深め、エレアに問いかけた。
「幸せが何かは、誰にも決められない」
エレアの言葉は穏やかで、優しさに満ちていた。「彼女に選択を与えることこそ、彼女にとっての自由かもしれない。でも、最終的な決断をするのはリナ自身よ。それを見守ることが私たちの役目じゃないかな?」
村長はそのやりとりを黙って見守り、やがてゆっくりと立ち上がった。「リナが目を覚ましたら、彼女にすべてを伝える。それから彼女自身に選ばせよう。それが、この村の掟であり、彼女の自由だ」
ノアはその言葉に深く頷き、リナの静かな顔を見つめ続けた。
ノアはリナの顔を見つめながら、彼女がどんな選択をするのか、心の中で考えていた。エレアの言葉が胸に響いている。
リナが自分の意思で選ぶことこそ、尊重されるべきだということ。
しかし、その選択が何を意味するのかは、まだ誰にもわからない。
しばらくの沈黙が続いた後、村長が再び口を開いた。
「リナが目覚めたら、私がすべてを話そう。
彼女がどうするかは、彼女自身の意思に委ねる。それがこの村の掟であり、彼女に与えられた自由だ」
ノアは村長の言葉に深く頷いた。
リナがどんな未来を選ぶのかは、リナ自身が決めるべきことだ。
しかし、その選択が彼女にどれほどの重荷となるのか、ノアには計り知れない。
エレアは静かに村長に歩み寄り、問いかけた。
「もし、リナが外に出ることを望んだ場合、あなたはどうするつもりですか?」
村長は少しの間考え込むように目を閉じ、それからゆっくりと目を開けた。
「リナが外に出たいと望むなら、私たちは彼女に自由を与える。しかし、外の世界に出れば、彼女の機能は徐々に停止する。それは避けられない事実だ。それでも、彼女が望むなら、私たちはそれを妨げるべきではない。彼女がどの道を選んでも、最後は彼女自身の意志だ」
ノアはその言葉に胸が締めつけられる思いだった。
リナが外に出れば、彼女は長くは生きられない。
それを知っていて、リナがその道を選ぶことを尊重することが本当に正しいのか、ノアは心の中で葛藤していた。
「でも…」
ノアは少し声を詰まらせながら言った。
「リナは自分がアンドロイドだということを知らないんです。それを知った時、彼女がどう感じるか…私は、それが怖い」
エレアは静かにノアの肩に手を置き、優しい声で言った。
「ノア、リナに選択肢を与えることが、彼女にとって最も大切なことだと私は思う。どんなに辛い真実であっても、彼女がその上で自分の道を選べることが、彼女の自由を守ることになるんじゃないか?」
ノアはエレアの言葉に少しだけ頷き、リナを見つめ続けた。
エレアの言う通り、リナが自分で選べることこそ、彼女のためになるのかもしれない。
しかし、その重さを彼女に背負わせることが、果たして正しいのかどうか、ノアにはまだ答えが出せなかった。
その時、リナの体が少し動き、彼女の瞳がゆっくりと開かれた。
彼女の目はぼんやりとしたままで、まるで夢から覚めたばかりのようだった。
「リナ、大丈夫?」
ノアは彼女に優しく声をかけた。
リナは一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたが、次第に意識がはっきりとしてきた。彼女はノアの顔を見つめ、その後で村長の方を見た。
「私…どうしてここにいるの?」
リナは混乱した声で尋ねた。
村長はゆっくりとリナに近づき、穏やかに語りかけた。
「リナ、君には大切な話がある。君自身が決めなければならないことだ」
リナはその言葉に少し戸惑いながらも、村長の真剣な表情を見つめた。
「私は…何を選ばなければならないの?」
村長は深い息をつき、静かに語り始めた。
「君がこの村で過ごしてきた時間は、すべて本物だ。しかし、君が村の外に出ようとした時に起こったこと、その理由を知る必要がある。君が選ぶべき未来は、君自身の手に委ねられているんだ」
リナはその言葉を聞き、何かを思い出そうとするかのように考え込んだ。
彼女はまだすべてを理解していないが、これから自分が大きな選択を迫られることを感じ取っていた。
ノアとエレアは、リナの決断を見守るため、静かに彼女のそばに立っていた。
これから何が起こるのか、どんな未来が待っているのか、誰にもわからない。
しかし、リナの選択が彼女自身のものであることを、二人は信じて待つことにした。
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