第2話【外出も旅の一つ】


 その日、ノアとエレアはリナと一緒に村の仕事を手伝った

 彼女たちは村の畑で野菜を収穫し、薪を割り、自然と共に生きることの意味を肌で感じた

 リナは、少しずつノアたちとの時間を通じて心を開いていった


 夜になると、三人は再びリナの家に戻り、食事を囲みながら外の世界の話を続けた

 ノアは旅で見た風景や出会った人々のことを語り、エレアは崩壊後の世界で生き抜くための知識を提供した


 リナは次第にその話に引き込まれ、外の世界への興味が増していった

 しかし、同時に村の掟や自分の恐怖心に対しての葛藤も深まっていくのが、ノアにも分かった


 最後に、ノアは静かにリナに語りかけた

「リナ、外の世界は簡単な場所じゃない。でも、それでも進む価値があると私は信じている。もしあなたが本当に望むなら、私たちと一緒に来て。どんな道でも、あなたは自分で選ぶことができる」


 リナは深い呼吸を一つし、ノアの目を真剣に見つめた

「私も…外の世界を見てみたい」


 その言葉には、彼女の中での大きな決意が込められていた


リナは「外の世界を見てみたい」と言った後、ノアとエレアは静かに彼女の言葉を受け止めた。村の中で安全に過ごしてきた彼女が、外の世界に対する恐れを抱きながらも、一歩踏み出そうとしているその姿に、ノアは強い共感を覚えた。


「じゃあ、まずは明日の朝、近くの外を少しだけ見に行ってみない?」

ノアはリナの様子を伺いながら、提案した。「急に遠くに行く必要はない。村の境界の少し外まで行って、外の世界の空気を吸ってみるだけでもいい」


エレアも無言で頷き、賛同していることを示した。リナはしばらく考え込んでいたが、やがてゆっくりと頷いた。「そうね…少しだけなら、大丈夫かもしれない」


その夜、三人はリナの家で一晩過ごすことにした。外は風が冷たく、夜の静けさが村を包んでいたが、リナの家の中は暖かな火が揺らめき、心地よい静寂が続いた。リナは少し緊張しているようだったが、ノアとエレアの穏やかな会話に少しずつ落ち着いていった。


「リナ、大丈夫だよ」

ノアはリナの肩に軽く手を置き、優しい声で語りかけた。「明日はちょっとした冒険だけど、私たちが一緒にいるから。怖がる必要はないよ」


リナは静かに微笑み、ノアに感謝の気持ちを伝えるように小さく頷いた。


朝が来ると、太陽が村の木々の間から差し込み、清々しい空気が家の中に流れ込んできた。三人は静かに朝食を済ませ、準備を整えた。リナは少し緊張した様子だったが、その決意は変わらず、外へ向かう準備が整っていた。


「さあ、行こう」

ノアはリナの手を取り、外に出るよう促した。エレアはリナの後ろで静かに浮かび進め、その一挙一動を見守っていた。


村の出口に近づくと、リナの歩みは少し重くなり、心の中にある葛藤が現れているのが明らかだった。しかし、彼女は止まらなかった。ノアとエレアに支えられながら、一歩一歩進んでいく。


「大丈夫、リナ。少しだけ、外の空気を感じてみよう」

ノアは励ましの言葉をかけ続けた。リナもまた、深く息を吸い込み、緊張を和らげようとしている。


そして、ついに村の境界線を越えようとしたその瞬間——リナの体が突然ふらつき、足元が揺らぐように感じた。

まるで自分の意志が奪われたかのように、彼女はその場で立ち止まり、無意識のように動かなくなった。


「リナ?」

ノアが心配そうに声をかけるが、リナはまるで眠っているかのように反応しなかった。

「どうしたんだろう?」

 ノアは戸惑い、エレアに問いかけた。


「やはり、こうなりましたか」

 エレアは冷静な表情で、まるで事前に知っていたかのように答えた。


「どういうこと?」

 ノアが不安そうに問い返す。


 エレアは村の外れに広がる風景を見つめながら、無機質な声で答えた。

「彼女は人間ではありません。村の他の住人たちも同様です。」


「えっ?」

 ノアは驚愕し、その言葉を信じられないようにリナを見つめた。


「この村で唯一の人間は村長だけです。他の村人たちはすべて機械人形、つまりアンドロイドです」


 エレアの言葉に、ノアは驚きを隠せなかった。


「でも、みんな食事をしていたじゃないか?本物の人間みたいに振る舞っていたよ」

 ノアは前日の食卓を思い出し、疑問を投げかけた。


 エレアは一瞬黙った後、淡々と説明を続けた。「彼らは人間の生活を再現するために設計されたアンドロイドです。食事をする動作や会話は、過去の人間の習慣に基づいてプログラムされています。彼らは実際に栄養を摂取しているわけではなく、食事を必要としません。食べ物は口に運ばれた後、内部で微細な処理システムによって分解され、消化されているかのように見えるだけです」


「じゃあ、食べ物はどうなるの?」

 ノアはさらに問いかけた。


「彼らの体内には特殊な分解装置があります。食べたものはそこに送られ、無害な液体や気体に変換されます。こうして、食べ物はエネルギーとして使われることなく処理されてしまいます。つまり、食事という行為自体が、あくまで人間らしさを維持するための儀式のようなものです」


 ノアはその説明に耳を傾けながら、食事をする姿があまりにも自然だった村人たちを思い浮かべた。その光景がすべて、ただのプログラムされた動作だという事実に、彼女は少なからず衝撃を受けた。


「つまり、彼らが食事をしているのは、過去の人間の記憶や習慣を再現するためで、実際に食べ物をエネルギーとして消化しているわけではないということか…」

 ノアは呟くように言った。


「その通りです」

 エレアは無機質な声で答えた。「彼らの体は人間のように見えるかもしれませんが、内側は私と同じく機械です。人間に近づけるための工夫がされているだけに過ぎません」


 エレアの声には確信があった。

「彼女たちは、過去に実在した人間の人格をインストールされた疑似AI。リナもその一人です。」


 ノアは言葉を失い、リナを見つめた。外の世界に出ようとした時、彼女がスリープ状態になったのは、そのプログラムが彼女に仕組まれていたためなのだろうか?


「どうしてそんなことが…?」

 ノアは信じられないという表情でエレアに尋ねた。


 エレアは少し間を置いてから答えた。「この村には、私と同様のサーバーがあるのです。村の記憶や情報がそこに保存されていて、村のアンドロイドたちはその情報にアクセスしながら日々を過ごしている。私はサーバーに接続し、その事実を確認しました。」


「リナが外に出られないのは、そのサーバーの影響?」

 ノアは質問を続ける。


「そうです。外の世界に出ることは、彼女たちのプログラムにとって許されていない。それを超えると、自動的にシャットダウンする仕組みが組み込まれています。そして、村に戻る時には、記憶の一部が削除されるようにプログラムされています。」

 エレアは淡々と答える。


 その言葉を聞き、ノアは再びリナを見つめた。彼女は何も知らないまま、ただプログラムに従って生きているのだろうか?彼女が外の世界に興味を持っていたのは、本当に彼女自身の意志だったのだろうか?


 その時、リナがゆっくりと目を覚ました。しかし、彼女の表情には混乱が浮かんでいた。


「ここは…どこ?」

 リナは困惑した表情で周囲を見回し、ノアたちに問いかけた。


「リナ、覚えていないの?」

 ノアは優しく声をかけたが、リナは首を振った。


「どうしてここにいるのか、分からないの…」

 リナの目には、恐れと不安が見えた。彼女は自分の行動の理由を忘れてしまっていた。


 エレアが再び口を開いた。「これが彼女のプログラムです。外に出ようとすると、記憶の一部が消されるのです。」


「こんなことって…」

 ノアは言葉を失った。リナが自らの意志で外の世界を見たいと思っていたことが、果たして本当だったのかどうか、その真実さえも消え去ってしまったのだ。


 リナは何も覚えていないまま、ただ不安げにノアたちを見つめていた。


「私たちはどうすればいいの?」

 ノアは、リナを救う方法があるのかどうかを考えながら、エレアに問いかけた。


 エレアは静かに答えた。

「彼女を救うためには、村のサーバーにアクセスし、プログラムを変更する必要があります。ただ、それができるのは…」

 エレアは少し考え込んだ後、村の方向に目を向けた。

「おそらく、村長しか知りません。」


 ノアは決意を固めた。「村長に会いに行こう。リナを救うために。」


 リナは混乱したままだったが、ノアとエレアは彼女を連れて再び村に戻る決意を固めた。

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