書斎の死体

 田上からの事情聴取を終えると、「晃君を呼んでくれ。次は現場検証だ。現場を見てみたい」と弓月が言い出した。

「分かりました」と応接間を出て行こうとすると、俺に聞こえるように「思ったより簡単な事件だった。この程度の事件を未だに解決できないなんて、やっぱり警察はダメだな」と呟いた。

「もう事件を解決したのですか⁉」と大仰に驚いて見せれば弓月は喜ぶのだろうが、相手をするのが面倒だったので、聞こえない振りをした。

 こう言っておくと、最初から自分は分かっていた。ほら、あの時、言っただろう、と後付けで言える。弓月の常套手段だ。こういう胡散臭いことをしばしばやる。正直、自分の価値を下げるだけだと思う。尊敬していない訳ではないが、時に付き合いきれない。

 晃を呼びに行く。

 晃、淳子、輝秀、田上の四人は台所で食卓を囲んでいた。俺に気が付くと、「ああ、藤川さん。何か? これからどうしますか? 少し、早いかもしれませんが、食事にしましょうか?」と晃が笑顔を向けてきた。

 事情聴取を行っている内に、夕暮れ時を迎えていたようだ。

「弓月が現場を見たいと言っています。晃さん。案内してもらえませんか?」

「分かりました」と晃が立ち上がる。

「どんな感じですか?」と晃が聞いてきたので、弓月はもう事件は解決したと言っていますと伝えると、「えっ⁉」と戸惑いの表情を浮かべただけだった。

 何だろう? 何故だろう? 晃が一瞬、浮かべた表情に、不安を感じてしまった。

 晃に書斎に案内してもらう。

 応接間を出ると、玄関ロビーに出る。広々としていて、大人が抱えきれない大きさの木彫りの熊が置いてあった。北海道土産だろう。鮭を加えた熊の置物だ。

 玄関ロビーから長い廊下を歩いて行く。

 書斎は屋敷の日当たりの良くない外壁沿いにあった。和室を洋間に改装したもので、板張りの床にマホガニー製の机が部屋の中央にどっかりと据えられてあった。

 井上晴秀は読書家だったようだ。天井まで高さのある本棚が二つ、壁に沿って備え付けられていた。本棚には蔵書が隙間なくびっしりと並べられてある。作者や出版元別に綺麗に整理されて並べられていた。几帳面な性格だったようだ。

 机と本棚以外、空気洗浄機が置いてあるだけで、広々としていた。

 書斎の床に、晴秀は体をくの字折り曲げて横たわっていた。弓月は、ふむと顎に右手を添えると、うろうろと部屋の中を歩き回った。

 邪魔をしないように、俺は入口に立って、弓月の様子を観察していた。

 書斎の窓が胸の高さの位置にあることを確認すると、窓の鍵を動かして見た。そして、なるほど~なるほどと何度も頷いた。

 窓を開けて、外の様子を確かめる。窓には回転式のクレセント錠と呼ばれる鍵があった。半円形の金具を回転させ、窓のフックに引っ掛けて固定する簡単な仕掛けだ。遺体発見時、この鍵が掛かっていなかった。

 広大な屋敷だが、書斎の窓を開けると、隣のアパートが迫って来ていた。屋敷の壁がそのままアパートとの境界線になっている。屋敷と壁の間には一メートル程度の隙間しかない。隙間には砂利が敷き詰められていた。犯人は窓から書斎に侵入したものと考えられているが、地面が砂利だった為、足跡は発見されなかった。

 弓月は窓から首を出して辺りを見渡すと、ふむふむと声を出して頷いた。

「窓に鍵は掛かっていなかったのですね?」

「はい。鍵は掛かっていませんでした」

「ドアにも、この部屋のドアも、鍵が掛かっていなかったのでしたね」

「掛かっていませんでした。何か変でしょうか?」

「犯人は何故、部屋を密室にしなかったんだろうって思いましてね。そうすれば、遺体の発見を遅らせることが出来る」

「日頃、書斎に鍵は掛けませんから、鍵が掛かっていれば、開けたと思います。父を探していましたから、きっと直ぐに開けたでしょう。密室にしてもあまり意味がないからじゃありませんか」と晃が言うと、弓月はむっとした様子で「密室にするメリットは他にもあります。自殺だと勘違いするかもしれない。遺体の発見が遅れれば、逃亡の時間を稼ぐことが出来る。晃君。僕はあらゆる可能性を考えて推理しているです」と言った。

「はあ、すいません」

 弓月は部屋の中央で、まるで舞いを舞うように両手をひらひらと動かしながら、立ったりしゃがんだりした。人に見えないものが見えているかのようだ。その芝居がかった仕草を見ていて、ちょっとやり過ぎだと思わずにはいられなかった。

 やがて、「大体、分かりました」と呟くと、「金庫は何処です?」と晃に尋ねた。晃は本棚に歩み寄ると、「ここです」と屈んで戸棚を開けた。

 戸棚の奥に金庫があった。

「ほう。こんなところに金庫があるのですね。戸棚の中。犯人はここに金庫があることを知っていた訳だ」

「うちの店子の中に犯人がいるのでしょうか?」

「ふふ。店子とは限りません。ただ、ここに金庫があることを知っていた人間が犯人だということになりますね」

 弓月は何か掴んでいるのだろうか。

「晃君。事件当夜、金庫の中には、かなりの額の現金が保管されていたんでしたよね?」

「はい。銀行振り込みにしている店子さんがほとんどですけど、中には毎月、現金を持って来る人がいます。家賃と駐車場代を合わせて、百万円くらいの現金が、あの日、金庫の中にあったと思います」

「・・・」弓月は無言で頷きながら金庫を確認した。

 キーパッドから暗証番号を入力するテンキー式の中型金庫だ。十分程度、こじ開け作業を行って金庫が開かない場合、窃盗犯は犯行をあきらめてしまうことがほとんどだという。見るからにこじ開けに強そうな金庫だ。

 現金だけで百万円保管してあった。銀行振り込みが多いだろうから、毎月の家賃収入は現金の数倍だ。一体、どのくらいになるのだろうか。井上家はあくせく働かなくても、家賃収入だけで十分、生きて行けるようだ。うらやましい限りだ。

 わざわざ大阪まで足を伸ばして、調査にやって来たのだ。見事、事件を解決することができれば、弓月探偵事務所にとって、良い宣伝になるし、井上家は大手の顧客となってくれるかもしれない。

 正に弓月が言うメロンだ。金蔓だ。

「借家人の中には、毎月、現金で払う人間がいた。犯人はそのことを知っていた。書斎の金庫に現金があることを知っていた。だから、屋敷に忍び込んだ」

「刑事さんが、店子を一人一人、詳しく調べたようです。ですが、結局、怪しい人物は浮かび上がって来ませんでした」

「警察は相変わらず的外れな捜査をしているようです」

「そうですね・・・」晃は曖昧に頷いた後で、「だから、名探偵の弓月さんに、お越し頂いた訳です。警察からは何の連絡もありません。ちゃんと捜査をしてくれているのか怪しいものです。弓月さん、お願いします。父を殺した犯人を捕まえて――」と言いかけた。その言葉を遮って、「ああ、分かっています。大体、分かりました。もう書斎の調査はこれくらいで結構です」と弓月は現場確認を打ち切った。

 弓月はあおられることが嫌いだ。クドクド言うな。分かっている。そう言いたいのだ。

 書斎を出る。

 廊下で弓月に「犯人は何故、密室にしなかったんでしょうね?」と囁くと、「君だってそう思だろう。これだから素人は困ったものだ」と乗って来た。

「密室と言ったって、人が知恵を絞って作り上げたものだ。実際には人が出入りしたものを、ギミックを使って人が出入りできない状況を偽装しているだけだ。密室を作り上げるのは、高いインテリジェンスが必要なんだよ。要は、犯人にそれだけの知性が無かったと言うことだろうね。犯人との知的な勝負を期待していたんだが、期待外れに終わりそうだ」

 弓月はそう言って笑った。


「是非に――」と請われて、夕食は井上家で取ることになった。

「寿司を取りましたので」と晃が言う。

 井上家で出前を取ったのなら、きっと高給な寿司のはずだ。弓月が「ご馳走になります」と言った時に、やった! と心の中で叫んだ。

 宿泊先は近所のホテルを井上家で手配してもらった。弓月と俺の二人分だ。早朝の新幹線で新大阪駅に着き、平野駅近くにあるホテルにチェックインして晃と連絡を取った。ホテルまで車で迎えに来てもらって屋敷に案内された。

 ホテルから二十分くらいだっただろう。車に乗っていた。

 調査状況によっては二、三日、逗留することを考えていた。宿泊費は勿論、交通費まで井上家の負担だ。ただでさえ至れり尽くせりなのに、その上、今晩は高給寿司だ。遥々、東京からやって来た甲斐があったというものだ。

 書斎から居間に向かっていると、玄関先から大声が聞こえた。誰か尋ねて来たようだ。

「ああ、今日、母の遠い親戚が尋ねて来ることになっています。うちに一泊します。きっと親戚のおじさんだと思います。さあ、食事にしましょう」

 確かに、そんな話を言っていた。居間に着くと、食卓の広いテーブルが隠れるほど、寿司皿が並べてあった。

「弓月さんの好物が分かりませんでしたので、取り敢えず寿司にしました。寿司で良かったでしょうか?」

「ええ、大丈夫です。お気遣いなく」

 常識的なことも言えるのだ。

「良かった。さあ、どうぞ、座って下さい」

 日頃食べている一皿いくらの寿司とは違い、光沢があって美味しそうだ。「恐縮です」と弓月が遠慮する横で、寿司の誘惑に抗いきれずに、さっさと席についてしまった。

 弓月がじろりと睨んで来た。

 弓月はこういうことに煩い。後でちまちま小言を言われることになりそうだ。まあ、今更、後の祭りだ。

 割り箸の袋に加根寿司と書いてあった。カネ寿司⁉井上家らしいと可笑しくなった。

「ああ、こちらは母方の遠縁に当たる青田さんです」

 晃が冴えない風貌の中年の男を紹介してくれた。先ほど、玄関先で話をしていた人物だろう。痩せて手足が長く、頬骨が目立つ顔だ。鄙びた田舎の役場の小役人と言った印象だ。

青田大輝あおたたいきです。有名な弓月さんにお会いできて光栄です。後でサインを頂けませんか?」青田が憧れの眼差しを弓月に向けた。

「ええ、ああ」弓月は生返事を返した。内心、喜んでいるはずだ。

 ビールの栓が抜かれ、「乾杯!」の合図で夕食が始まった。

 井上家の住人、淳子と晃、叔父の輝秀、故人の友人、田上、淳子の親戚の青田、それに弓月と俺の総勢、七名だ。

「車で来ているので、アルコールは飲めない」と言う田上に、「いいじゃないですか。今日は泊まって行けば良い。部屋なら腐る程あるんだから」と輝秀がしきりにビールを勧めていた。

 輝秀は酒好きのようだ。

 実家であっても、厳密には輝秀の家では無い。「泊まって行け」と言う権利はないはずだ。だが、「主人の供養だと思って、ビールを召し上がって下さい。うちに泊まるのが嫌なら、酔いが覚めるまでいていただいて構いませんから」と淳子が勧めると、「そうですか」と田上はビールを口に運び始めた。飲める口のようだ。

 弓月が顔を寄せ、小声で「ペンはあるかい?」と聞いてきた。青田に頼まれたサインをするためだ。やはり喜んでいた。

「あります」ボールペンだけど、持っている。

 酒が入り、宴がたけなわとなってくると、輝秀が弓月に「弓月さん。あの事件の話をしてくれ」と絡み始めた。

「よしましょう。昔の話です。聞いても面白くありません」と弓月が軽くいなす。

 嘘だ。迷惑そうなのは表情だけだ。弓月は当時の話をすることが好きだ。聞かれもしないのに、話し出すことが多い。

「ええやないでっか、弓月さん。あの事件の推理は見事やった。あんたんお陰で、事件を解決することがでけたと言うても過言やない。勿体ぶらんと教えてくれへんか」輝秀がしつこく絡む。いいぞ、もう少しだ。あと一押しだ。

「僕も聞きたいな」と晃がとどめの一撃を加えた。

 食卓の視線が、一斉に弓月に集まる。頃合いだ。弓月はイクラの軍艦巻きを口に運び、もぐもぐと焦らせてから言った。「そこまでおっしゃるのなら、あの事件の話をしましょう」

 弓月劇場の開幕だ。

 あの事件とは、六年前に起きた辻花良悦つじはなりょうえつ殺人事件のことだ。

 事件当時、辻花は大学生、親元を離れ、都内にある招知大学に通っていた。ある日、マンションの一室で冷たくなった遺体が発見された。

 遺体を発見したのが弓月だった。

「辻花君は大学の同級生で、ダンス・サークルの仲間でした。学部も一緒で、サークルで一緒になってから直ぐに、意気投合しました。辻花君のマンションは大学から近くて、広々していたので、サークルの仲間のたまり場になっていました。講義の空き時間なんか、サークル・メンバーが時間潰しに辻花君の部屋に集まったりしていました。変な話ですけど、人が多過ぎるって、辻花君が僕のアパートに避難して来たことがありました。自分の部屋なのに」

 弓月は笑顔を浮かべた後で急に顔を曇らせて言った。「大学四年の冬のことです。就職が決まり、サークルからも引退して、後は卒業を待つだけの暇な時期でした。お互い実家に戻ったりして、暫く会えずにいました。東京に戻ったと知らせを受けたので尋ねて行きました。用事があった訳ではありません。顔を見に行っただけです。そして、辻花君の部屋で、彼の遺体を発見したのです」

 弓月からの通報を受け、警察官が駆けつけた。遺体は死後、二日程度、経過していた。1LDKのマンションで、良悦は頭を玄関に向け、部屋から半身を廊下に乗り出すようにして、うつ伏せの状態で倒れていた。

 死因は一目で刺殺と分かった。腹部に大量の出血の跡が見られた。しかも首の右側には凶器の短刀が、根元まで深々と突き刺さったままだった。

 弓月は遺体の第一発見者となった。

 葛西警察署から刑事組織犯罪対策課の矢追という刑事が捜査に当たった。もうじき定年と言うのが口癖で、小柄で腹回りにみっちりと肉がついた樽のような刑事だった。ちりちりパーマの頭髪が薄くなっていて、三白眼が異様に鋭かったと弓月が言う。

「その刑事がね、犯人に心当たりは無いかと言うので、教えてやったんだ。これは顔見知りの犯行だってね。辻花君は誰かを部屋に上げて話をしていた。すると、相手が突然、ナイフを持って襲いかかって来た。彼は犯人に背を向け逃げようとした。玄関に向かったが、追いつかれた。そして、背後から腹部を刺された。腹を刺されて倒れ込む。そこに犯人は馬乗りになると、腹に突き立てたナイフを引き抜いて、深々と首筋に突き刺した。現場の状況はそう物語っていた。辻花君は犯人を部屋に上げたんだ。当然、顔見知りのはずさ。そのことを教えてやると、矢追っていう刑事は三白眼を見開いて、参ったなと驚いていたよ」

 どうだろう。友だちが殺されたと言うのに、そこまで冷静でいられるだろうか?弓月ではなく、刑事が言った話かもしれない。

 食卓に並んだ顔が感心するのを見て、弓月は満足そうに微笑んだ。

「それにね。もうひとつ、刑事に教えてあげたんだ。刑事さん。背後から右の脇腹と首の右側を刺されています。犯人は右利きですねと。そしたら、彼、今度は怒りだしちゃってね。きっとメンツを潰されて腹を立てたのさ。どっちが刑事だか分からないから。はは」

 弓月が愉快そうに笑った。

 もう何度、聞いたか分からない話だ。仲間内だと、もう少し自慢話と刑事の悪口が多い。井上家の人々は尊敬の眼差しで弓月の口元を見守っていた。

 弓月は一息吐くと、ビールを口に運んで喉を潤した。

「部屋は密室だったのですか?」晃が好奇の目を向ける。

「いや。ドアは閉まっていたが、鍵はかかっていなかった。彼のマンションは僕らサークルの人間のたまり場になっていて、家に居る時、彼はいつも鍵をかけなかった。僕らはチャイムを鳴らすだけで、勝手に上がり込んでいた。あの日も、何時も通り、チャイムを鳴らして部屋に入った。そこで、彼の遺体を発見したという訳さ」

 弓月の理論だと、犯人には密室を作り上げるだけの知性が無かったことになる。

 弓月の通報で、救急車が駆けつけて来た。良悦が死亡していることは一目瞭然だった。直ぐに警察が呼ばれた。

 さあ、ここからが本番だ。弓月の名を一躍、全国区にした、あの活躍が始まる。

「どうやって犯人が分かったのですか?」と晃が問うと、「まあまあ、そう焦らずに」と軽くいなしてから、「彼と親しかった分、僕は警察より有利だった。だから警察に先んじることができたのさ。ただ、そのやり方は警察にも想像できないものだっただろうけどね」と小鼻を膨らませた。

 弓月は思いもよらない方法で、事件の謎解きを試みた。

「実はね、珍客があったんだ」

 弓月のもとを、昭和テレビのスタッフが取材に訪れた。ワイド・スクープという平日の午後に放送されている報道番組のスタッフだった。

「彼らは事件のことを聞きたがった。事件のことを話すだけでは物足りないと感じた僕は、辻花君を殺害した人間を知っていますと答えた。すると、彼ら、僕の話に食いついて来た。犯人を知っているのですか? 誰です? 教えて下さい、と飢えたハイエナのように僕を問い詰めた。警察の見解では、犯行は顔見知りの人間の犯行だ。となると、当然、僕が良く知っている人間ということになる。彼とは親しかったからね。誰が犯人なのか推理してみた。その結果、一人の人物が思い浮かんだ」

「それが――」と晃が何か言いかけるのを制して、弓月は話を続けた。「僕の話を聞いて、昭和テレビのスタッフは目の色を変えたよ。で、彼らと相談した。その結果、犯人と思しき人物を急襲してみようということになった。テレビ・スタッフと一緒に不意を突いて家に押しかけ、テレビ・カメラの前で自白を引き出す。そんな手はずだった」

「犯人は弓月さんの同級生だったのですよね」

「ああ、そうだ。僕の同級生で、大学のサークルの仲間だった」

「その人、被害者のことを恨んでいたのですか?」

「いや、ちょっと違うと思う。警察から、辻花君のことを恨んでいた人間に心当たりが無いか聞かれた時、彼の名前を言わなかった。何故なら、彼が辻花君を恨んでいたとは思えなかったから」

 弓月は「実は――」と声を潜めると、

――辻花君には、橋本奈津と言う名の彼女がいた。

 と囁くように言った。

「ダンス・サークルの後輩で二学年下、美人で、ダンスが上手くて、とにかく目立つ子でした。どういう経緯で辻花君と付き合い始めたのか、僕は知らないけど、新入生として入部して来た彼女を狙っていた部員は多かったと思う。それが、ある日突然、辻花君が彼女の恋人になった。サークルのみんな、驚いていた。僕もね」

「弓月さんも、その人を狙っていたのですか?」と晃が尋ねると、「はは。僕は興味が無かった。外見よりも中味が大事だからね」と答えると、「辻花君に、一体、どうやって彼女を口説いたんだって聞いたら、彼女から言い寄られたと答えた。それで、なんとなく付き合い始めたと言うんだ。サークルのマドンナを射止めて得意になっている様に見えたね。ちょっと腹が立った」と言った。

 外見より中身が大事? 外聞に拘る弓月に似合わない台詞だ。

 そろそろだ。何時もの決まり文句が出る頃だ。弓月は話に聞き入っている人たちの顔を見回して言った。

「さあ、ここからだ!」

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