届かぬ思い

夕玻露

届かぬ思い

主人に春が訪れた


主人が中学校に上がる頃、私は主人に仕えることなった。ここは、ごく普通の一般家庭だが、主人は私のことを肌身離さずに持ち歩いてくれた。私もそんな主人といれるだけで満足だった。主人は写真を撮るのが好きで、何かあった時には必ず撮っている。そんな主人にも春が訪れた。主人は、内気で女性との関わりがほとんどなかったのだが、私が仕え始めてから2年目の春に転機が訪れた。主人がクラスの女子に告白をされたようだ。それからの検索履歴には

『女性 告白 なぜ』

『女性 告白 答え方』

『女性 告白 その後』など

数え切れないほどの告白に関する話題が増えていた。主人がこんなにも検索をするなんて珍しいため、私もできる限り主人にとっていい情報を伝えようとした。

「女性が告白するのは、その人に対して好意を持っているからです。そのため、振られてしまった女性は深く悲しみます。しっかり、考えてお互いのためになる行動をとりましょう」


後日、主人はクラスの女子と付き合うこととなった。それからの主人の様子は、人が変わったかのように明るくなり、毎日が楽しそうだった。そして、私の検索履歴には、必然と女性のことや記念日などの検索も増えていった。僕はそれに答えるので必死だったが、そんな日々でも楽しかった。

「女性はサプライズが好きで・・・」

「記念日には、付き合ってから何ヶ月記念や誕生日などがあり・・・」

そして、付き合ってから写真フォルダにも、変化が現れた。彼女と思われる人物の写真が保存されるようになったのだ。教室での写真や自撮り、何気ない帰り道の写真、どれも主人らしい写真だったが、それと同時に加工写真も増えてきた。私には、加工の良さがわからないが、これも彼女の影響だろうか。完全に主人の心は彼女に染まりきっていた。


付き合って1ヶ月後、ついにデートをする時が来たようだ。検索履歴にも

『デート おすすめスポット』

『デート ルート 決め方』

『デート 失敗しない』

このような、デートに関するものだけで100件は検索している。これは、私も身を削る思いで取り組まないといけない。

「デートのおすすめスポットは、水族館であり、理由は・・・」

「デートのルートは、集合した後に・・・」

「デートに失敗しない方法 10選」

このデートの結果は、これからの人生に大きく関わるだろう。僕と主人は生まれてきて、1番努力しているのかもしれない。僕と主人は、できる限り様々な情報を共有しあって、初デートへの準備を進めていった。


デート当日

主人は、かなり気合が入っていた。いつもなら着ないような服装にワックスで固められたヘアスタイル、新品同様のスニーカー、この主人の前に敵はなし。

集合場所、彼女と会った。彼女の姿も写真の制服姿とは違う可愛らしい私服だった。主人は会ってすぐに記念として、お互いの写真を撮った。それから、水族館に行き、レストランで食事を終え、デパートへと訪れた。今のところ、私たちの作戦通りである。あとは、このまま押し切れば、、そう思っていた矢先

「ごめんね、あの日の告白、実は罰ゲームだったの。けど、君との日々は、楽しかったし、後悔はしてないから、お願いだから悲しまないで。優しいし、努力家だからきっと罰ゲームを断り切れない私なんかよりもいい人が見つかるよ」

彼女はそのまま、逃げるように場を離れた。主人はその場で立ち尽くし、状況を理解するので必死だった。あー、全て私のせいだ。検索結果を毎回、いい情報だけを流し、悪い情報を出さないようにした私の。もし、最初に罰ゲームの可能性があると伝えていれば、主人は一旦冷静になって考え直したかもしれない。


家に帰ってから、主人は現実を受け止め切れず、見たことのないような絶望感に襲われていた。それから、主人はベッドへと倒れ込み、寝込んでしまった。目が覚めたのは、デートの日から数日後の夜でだった。主人は、急に起き上がったと思ったら、私を手に取り、今までの写真を消し始めた。デートの写真や無駄に加工されまくった写真、彼女との初めての写真。それから、主人の感情はヒートアップしていき、友達とのツーショットや入学式の写真、私と初めて会った時の写真など、今までの思い出を泡を割るように消してしまった。


その時、主人は何か思い出したかのように検索をし始めた。

『恋愛 復縁』

これの結果次第では、主人のこれからの人生を変えることができるかもしれない。私は急いで検索をし始めた。ただ、データは残酷であった。何一ついいデータがない。

「別れてしまったカップルの復縁の可能性は極めて低いです。諦めて・・・」

ただ、私は諦めてほしくなかった。可能性が極めて低いだけで、可能性がないわけじゃない。そう伝えたかった。だが、そんな思いが伝わるはずもなく、主人は私をベッドに投げつけた。こんな主人を私は初めて見た。また、私が主人を絶望に叩きつけてしまった。

主人は、それから少し考え事をした後に僕を持って出かけていった。


主人は、深夜の学校を訪れた。そこで、検索したのは

『自殺 飛び降り やり方』

主人は自ら命を絶とうとしているらしい。今こそ、都合のいい情報を流すべきだ。けど、所詮は主人の従僕、やり方と検索されてしまっては、飛び降りの方法しか教えることができない。

「飛び降りでは、一般的な学校の屋上から、頭から落ちれば、死ぬことができます」

他に何か止める方法はないのか。私は、これから先もずっと主人の側に居たい。そうだ、広告を出そう。カウンセリングの広告を出せば、少しは思いとどまってくれるかもしれない。だが、そんな私の思いも虚しく、主人はサイトの広告なんて目もくれないで、急いで読んでは、スクロールしての繰り返しだ。そのまま、刻一刻と屋上へ近づいていく。


主人は記念日には、写真を撮る。主人の最後の記念日に撮った写真は落下していく体と疲れ切った笑みだった。静寂に包まれた街に響き渡る、『バンッ』という鈍い音。数分後、警察と救急隊が到着した。主人の見るに耐えない姿に少し戸惑っていたが、しっかり遺体は回収された。私もそのまま、回収されたが、最後に主人が私を抱え込んでくれたことで目立った外傷はなかった。私は、まだ主人に愛されていたのだ。


それから数日後、主人の部屋で私は持ち上げられた。主人が実は生きていたと思いたいが、私に写ったのは、主人の母だった。そして、最後の検索を始めた。

『遺品整理』

そうか、やはり主人は死んでしまったのか。

「遺品整理時に気をつけることは・・・」


そうして、主人の葬式の日となった。私は、主人の大切だったものとして、同じ棺の中に入れられた。小さな式ではあったが、棺の中からも主人のために泣いている声が聞こえてくる。こんなに多くも、主人のために泣いている人がいるというのに、主人にこの声は届かない。葬式も終わり、最後の別れの時がやってきた。家族に見守られながら、私達は地面に埋められた。


最後に私、スマホのレンズが写した光景は、棺の中の真っ暗な空間に浮かぶ、主人の砕けた遺骨のみ。私は、最後の時まで主人の側にいることができて幸せだった。

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