第8話 女神
『ポッポッポッ』
静寂に包まれる病室に機械的な音だけが響き渡る。一度目を覚ましたものの再び昏睡状態に陥ってしまった
「おや、まだいらっしゃったらんですか。」
突然声をかけられた。
「あぁ、すいません。そろそろ帰ります。」
「いえ、いてあげてください。ご家族やご友人に寄り添われるのが一番効くんです。投薬より手術より。」
そう言って
「光は、助かるんでしょうか。」
「一命は取り留めました。ですが、意識の戻りが鈍い状態です。体には何の問題もないのに昏睡を繰り返すというのが不思議で。」
「助けて下さい…光を。お願いします。」
後悔。してもしきれない後悔。その暗い渦のどん底で、もがき苦しむ健人。
『俺…のせいで。光は…クソっ…。あんなに側にいたのに。何でだ…何で。』
「えぇ。手は尽くします。」
「お願い…します。」
健人は自宅のある三皿神社の境内に立っていた。
『ここで。光は。』
呼び起こされる事件の記憶。叫び声。血の温度。犯人の薄ら笑い。
あの事件が、健人から光を奪っていった。
『くっ…げほっ…げほっ…。』
急に激しい吐き気と目眩に襲われる。血の気が引いていくのがわかった。
その場に倒れ込み、涙で地面を濡らす。
『光を…返して下さい。おねがいします。お願いします!!』
願った。とにかく願った。もうその願いを叶えてくれれば、神だろうが仏だろうが。何でも良かった。
境内に嗚咽が虚しく響き渡る。
刹那、
『シャン』
鈴の音がした。神事で使うような、鈴。
健人は身体を起こし周囲を見渡す。だが、稽古場に灯りは点いておらず、それらしいものも見当たらない。
『シャン』
今度はもう少し近いところで音がした。
『シャン』
真後ろ。すかざず振り返る。
「……!」
真っ白な装束に身を包んだ『女性』がそこに立っていた。
「…ウカノミタマ。」
無意識にその名を口にする。呼応するように『女性』は話を始めた。
「青年。何か困っている様子だな。」
「あ、えと。」
「どうした。神でも目の当たりにしたような顔じゃないか。」
「え、えぇ。」
「ふふ。いかにも、私はウカノミタマ。」
目の前に『ウカノミタマ』を名乗る神様が立っている。一瞬誰かが
「ウカ様。どうして。」
「お主が助けを求めたのであろう。神楽も見させてもらったぞ。素晴らしかった。ま、
あっけらかんとした雰囲気は、神というより人間に近い。
「……青年よ。大切な人を、取り戻したいか。」
急に厳しい目つきになり、健人に告げる。
「はい。」
「その者はお主にとっても、皆にとっても、大切か?」
「はい。」
「その者を失ったことを、後悔しておるか?」
「はい。」
問答が始まった。光のことであったり、健人自身のことであったり。いくつ聞かれたか定かではない。とにかく、全て『はい』と答えていく。
「では最後の質問だ。お主は生涯、その者と添い遂げることを誓うか?」
添い遂げる。
だが、それも光となら乗り越えられる。確信している。
だからこそ。光の居ないこの世界は健人にとって意味を成さない。
「はい。」
短く答えると、また優しい顔に戻るウカ。
「辛く険しい旅路になるやもしれぬ。だが、これを持っていればきっと助けになるはずだ。」
「……宝石?」
「
「ありがとう…ございます。」
不思議な輝きを放つ勾玉。
健人を一体どこに導くと言うのだろうか。
「聞きたいことはあるか?」
「はい。……俺は、何をすればいいのでしょうか。」
「ふむ。まだあまり腑に落ちてない様子だな。」
「……。」
「無理もないな。」
ウカが手をかざす。すると『あの日』が浮かび上がった。
祭りの賑わい、境内、雑踏。そして
突然の事件に騒然となる会場。健人は目を背けた。
「しかと見届けよ。」
「はい。」
この現実を受け入れなければならない。
光が奪われた、現実を。
「…ッ!」
犯人に詰め寄る『あの日』の健人。だが、この時既に光はぐったりとしていた。
「何を思う。」
「出来ることなら、あの日に戻って光を……救いたいです。」
「それはできぬ。」
「はい。」
「我々は後ろに進むことはできぬ。時はこの瞬間も進み続ける。」
神の力をもってしても、無かったことには出来ない。
「だから、前を向けば良いのだ。」
「前を、向く。」
「振り返るな。悔やむな。お主の全身全霊をもって、大切な人を救い出すのだ。」
「光は、生きているんですよね?この前一度目を覚ましたきりなので。それが、不安でしょうがないんです。」
「魂を、奪われかけておる。」
「魂を……?」
「危険な状態だ。生かすも殺すも、お主にかかっておる。」
前を向け。
力強い物言いに、身震いがする健人。
覚悟は決まった。あとは、旅立つだけ。
「魂を奪う明確な意図がある。それを暴き、連れ戻すのだ。」
「はい!」
「スッ」
ウカが何かを言いかけた。その瞬間、健人の目の前が真っ暗になった。
寝ているのか、起きているのかさえも分からない漆黒が包み込む。全身は強張り、成す術はない。
「生きるために、生きろ。青年よ。」
そう聞こえた気がした。
――
―
「条件?」
「はい。具体的にどのような仕組みかはお教えできないのですが…まずは、本人が『生きていたい』と強く願うことがとても重要です。それから、素行や犯罪歴など。諸々が加味されるんです。」
生き還るための条件。それはあまりにも理不尽で、無理やり連れてこられた光を絶望の淵に立たせる。
「それは、厳しいんですか?」
「今現在の
「身辺調査?」
「えぇ。我々審査課から1人が『地上』へ出向いて、ご友人やご家族にお話を直接伺います。」
「そんなことができるんですか!?」
「えぇ。まぁ。詳しくは言えないんですが。」
詳しくは言えないと何度も念押しする
「そういえば電車でここに来た時、周りに沢山人がいたんです。あの人たちは、どこへ行ったんですか?」
「その方達は皆さん、ここにいます。シ役所で仮登録を済ませて49日の結審を待っているんですよ。」
「私以外に生き返る人がいるんですか?」
「いえ。今の所は貴女以外にはいません。他の方々は簡単に言うと『天国』か『地獄』か。それぞれの行先を待っているんです。」
「天国か、地獄。」
また会える。そう信じて。
「さよなら」を言えなかった僕は、君を天国まで追いかけていく。 森零七 @Mori07
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