第7話 傀儡

『ガチャ……ギギギギ……。』

重たい音を立て、扉が開く。奥からは冷たいような、暖かいような風が吹いてくる。

中は薄暗く、何も無い。


『ギギギ……ガチャン。』


扉を閉めると、徐々に目が慣れて周囲を見渡せるようになる。

すると、人影が5人分あることに気づく。


「……パパ。ママ。」

1人目と2人目。ひかりの両親だった。


「光。元気そうじゃないか。」

「ご飯は食べてる?少し疲れた顔してるんじゃない?」

「ううん。平気。ありが……ありがとね。」

涙を堪えて、気丈に振る舞う。


3人目は、健人けんと。今にも触れたいという気持ちを抑え、短い会話をする。

「心配したぞ。光。」

「うん。私は大丈夫。健人の顔見れて良かった。」

いつもの健人の声。しかし、感情が籠っておらず無機質さを感じる。

やはり目の前の人は『偽物』だと分かった。


4人目。見たことの無い顔だった。

「あなた、私を刺した人ですね。」

「……殺し、損ねちまったよ。」

「……。」

「そんな顔すんなよ。何で私が?って思ってんだろ。教えてやろうか。」

「それは、尋問で答えてください。」

「ハハ!ハハハハ!!」

下卑た笑い声が耳に残る。現場では顔を見ていないので確証は持てない。

しかし、彼が纏う負のオーラが光に確信を与える。


5人目。

「……。」

「なんか言いなよ。」

光が、光と対峙たいじする。


「あんたはあたし。あたしはあんた。『また』会えて嬉しいよ。」

声も容姿もまるで同じ。自分自身がそこに立っているようだった。


「へぇ?案外クールなんだね。そんな一面もあるんだ。」

心を動かされないように自らを律する。この時光は、殊の外冷静だった。

そして、


なんじ、証人として召喚す。如何いかなる質疑にも嘘偽りなく答え、我の魂を元世もとのよへ導きたまえ。」

「我誓う。如何なる質疑に嘘偽りなく答え、汝の利益たらんとする。」

光の問いかけに呼応する『もう1人の光』。5人の証人が決まった。


『ガチャ…ギギギギ…』

「はっ…!」

再び重い扉が開く。そして草野くさのが入ってきた。


「お疲れ様でした。」

「この人たちは、何者なんでしょうか。」

「この5名は貴女の中にある幻影のようなものです。見知った顔でも普段のように接する事はできません。」

「例えば私を刺した彼。顔も見たことない人です。」

「そういう事も、あります。」

少し厳しい目つきになる草野。


「知り合いかどうかに関わらず、人生に影響を及ぼした方だけが召喚されます。彼は、貴女がここへ来るきっかけを作った。」

「じゃあ『彼女』も?」

「そうです。ただ尋問では、もしかしたら何も得られない場合もあります。」

元の世界へ戻るための証人。なのに、全く無駄である可能性もある。

見ず知らずの彼は誰なのか。

そして不敵な笑みを浮かべるもう1人の自分は……。


「詳しい内容は申し上げられませんが、審査の結果不合格となる可能性もゼロではありません。」

「分かり……ました。」

拳を握りしめ答える。

言葉ではそう言っても、やはり納得はできない。できるはずがない。

『何で、私が』

悔しさが、光を支配する。


――


「何で彼女らを狙ったんだ。そろそろ話してくれてもいいだろ。」

「…。」

薄暗い取調室。自らを『傀儡かいらい』と名乗って以降、男は一言も喋らない。


「『傀儡』って、操り人形のことだろ?誰に操られてんだよ。」

「……。」

「はぁ。そうかい。じゃあな。ザキ、後は頼んだぞ。」

そう言って1人が出ていく。ザキと呼ばれた男と、『傀儡』だけが部屋に残る。


「僕らだけになっちゃいましたね。」

「……。」

「何にせよ、今日はもうあと30分程であなたを留置場へ戻します。お疲れ様でした。」


「……誰でも良かった。」

「へ?」

突然、男が口を開く。


「あぁ、ちょっと待って。」

「あんたにだけ話す。メモは取るな。」

「そういう訳にはいかないんです。決まりなので。」

「……。」

「分かりました。」

そう言ってザキこと『西崎にしざき英志えいじ』はペンを置く。一切の記録をしない姿勢をとると、彼は淡々と語り始める。


「俺は、操られていた。」


その声は冷たく、人間の感情がまるで無い。


「操られて?誰に?」

「知らない。俺の頭ん中に、直接指示してきやがった。『風祭かざまつりひかりを殺せ』ってな。」

『精神疾患か?その場合、刑事責任が問えない可能性もあるな。』

嫌な予感が過ぎる。


「だから、やったんだ。」

「面と向かって、指示されたんですか?」

「何度も言わせるな。指示して来たのはしらねぇって言ってるだろ!!」

声に怒気が込もる。彼は、極めて短気だ。常日頃つねひごろから周囲に対して何かしらの怒りをぶつけるタイプだと、ザキは感じ取る。


滝沢たきざわ彩音あやねとの面識は?」

「ない。」

「そうですか。」

『面識は無い』『誰でも良かった』という理不尽極まりない理由で、人殺しをした。所謂通り魔だ。だが、彼が言う『何者かの指示』が気にかかる。まだまだ分からないことが多すぎる。


『とりあえずは、精神鑑定送りか。』

そう考えた瞬間、


「精神鑑定とかする気じゃないよな?」

「え?」

「俺のこと頭オカシイ奴だって思ってるだろ。」

「そんなことは……。」

見透かされていた。意味不明な言動をしている場合、精神鑑定をするのはセオリーだが。そこまで勘繰っているとは思わなかった。

うつろな目で真っ直ぐと西崎を睨む。

明日も、堂々巡りの取り調べが続く。


――


「ひっ。冷た。」

「これが、死者の体温です。大体、20℃くらいですか。」

「そう、なんですね。」

「冷たく感じるという事は、貴女が正常な体温を持っているという証拠です。」

「あ、そっか。」

ニコニコと話す草野も『死者』なのだ。今まで会ってきた全ての人は何かしらの理由で死後の世界へ来た。

再び光を恐怖が襲う。


『私は、元の世界へ戻れるのだろうか。』


滲み出る不安を感じ取り草野は『そうだ!』と切り出す。


「あちらの扉を開けてください。」

そう言って薄暗い部屋の先を指差す。出口なのだろうか、1枚の扉があった。


「風祭様にお住まいいただくお部屋をご用意いたします。というか……ご用意いただきます。」

「ご用意いただく……?」

「そう。なるべく自宅のように過ごして頂きたいので、あなたのお部屋をここへ呼び寄せます。」

近づいてみるとドアは先ほどとは違い、少しチープな作りだった。それこそ自分の部屋に入る扉のような。


「さぁ、今度は『いつも自分の過ごしている部屋』をイメージして、ドアノブを握って。」

「はい。」

促されるまま、目を瞑って精一杯思い出す。握ったドアノブはほんのり暖かく、少しだけ心が安らぐ。


「集中して下さい。イメージが固まったら、開いて。」

ほのかに感じるいつもの家の香り。今までは何とも思わなかったが、この瞬間は懐かしさが溢れ出す。

震える手を抑えつけ、両手で扉を開く。


『ガチャ』


「わ。」

「ご自分の部屋ですか?」

「はい。多分。いや間違いなく私の、部屋です。」

目の前に広がる見覚えのある光景。置いてある物も配置も寸分違わずそこにあった。

安堵が光を包み込む。

一気に足の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。


「だ、大丈夫?」

「はい。ここへ来て、初めて安心したので。」

「そうですか。ですよね。お疲れ様でした。」


草野は、光が落ち着くまで寄り添い続けた。

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