第2章 はるか遠い場所

第6話 役所

『わぁ…思ったより役所っぽい…かも?』


駅の非現実的な雰囲気とは違い、にいかにもありそうなお役所の建物。内部では無数の職員が黙々と何かの作業をしている。


ひかりは中に入り、受付に声をかける。

「あの。」

「はい。シ役所へようこそ。」

「駅で、ここへ行くように言われたんですが。」

「ご用件は。」

「えっと…用件…。」

「ご用件は。仮登録なら、ここで行えます。」

「仮...登録…?」

『役所に行け』と言われただけの光。何をすればいいのか分からず戸惑う。

無表情で無機質な人が、じっとこちらを見つめる。声にも生気を感じない。


「ではこちらに手をかざして。」

大きな朱肉のような謎の布を差し出される。とにかく『手をかざすだけ』で良いらしい。

手を出しかけた、その瞬間。


「待ってください!待ってー!風祭かざまつり様ですか!」

物凄い勢いで呼び止められた。今度は、感情がこもった『生身の人間』の声だ。


「え、あ、はい!」

「はぁー!駅から連絡がありました!風祭様のこと。ささ、こちらへ。」

「はい!あ、ありがとうございました。」

「ご用件は。」

同じ言葉を淡々と繰り返す受付に別れを告げ、光を呼んだ人物の元へと向かう。


「いや、良かった。あそこで手形を登録しちゃうとここで永住することになっちゃいますからね。」

「え…永住!?」

そんなことは聞いてないし望んでない。間一髪、危ないところだった。

スッと背の高い、スーツ姿の男性が曇ったメガネを拭きながら話しかける。


「駅員から聞いてなかったですか?草野くさのを訪ねろって。」

「すいません、何も…。」

「そうですか。こちらこそすいませんねぇ。連携がとれてなくて……。改めまして私、審査課しんさかの草野と申します。」

審査課、草野。そう名乗ると名刺を差し出す。かっちりしたフォントで、堅苦しい文字が並ぶ。

どうやら、ここは本当に『お役所』らしい。


「よろしく、お願いします!」

「どうぞよろしく。我々審査課は、貴女が元の世へ戻れるよう力を尽くします。」

ここは『異常な世界』だ。とはいえ、全く荒唐無稽こうとうむけいといわけでもなく、現実世界の延長線上にあるらしいことは分かる。

電車での送迎に、人間味のある駅員、そしてこのお役所ぶり。

だが光には、言い知れぬ不安が押し寄せていた。


「えっと…私は何をすればいいんでしょうか?」

「良い質問です。あ、最初に確認ですが…ここが死後の世界だってのはご存知ですよね?」

「はい。」

「じゃあ、話はカンタンです。この世界で、49日間暮らして下さい。」

49日間。1ヶ月半以上を、この異常な世界で生活しなければならないと告げられる。


「49日?」

「まぁ、そういう反応をされるのも無理はありません。49日は仏教で最後の裁判が行われるまでの日数。少し長い気はしますが、その間に色々と『審査』が行われます。」

「はい。」

「まぁ多宗教国家である日本が、わざわざ仏教由来の行事にこだわる必要はないんですけどね。なんせお役所仕事なもんで、ハハハ。」

正直、草野の説明は左から右だった。重要なのは、49日という日数。


「不安ですか。」

「不安……です。」

「そうでしょう。心中お察しします。」

同情はいらない。一刻も早く、元の世界へ戻してほしいと願う。

そして、淡々と続ける草野。


「ここは、死後の世界ですから。あなたみたいにまだ『生きる希望』を持ってる人はほぼいないんですよ。」

「『生きる希望』ですか...。私は持っていても良いのでしょうか。」

「もちろんです!我々が、あなたを全力でサポートします。だから最後の最後まで、決して諦めないでください。」

にわかには信じられない。元の世界で生きるために『審査』が行なわれるなんて。何で、こんなことになってしまったのか。


「では早速ですが、少し準備をしていきたいと思います。まずは、あちらの扉に入っていただいてもよろしいでしょうか?」

「扉…?」

草野が指し示す先にある1枚の扉。この建物の中でも一番重苦しい雰囲気を放つ。何処へ繋がる扉なのか。


「これは、貴女が思う『重要な人物』を召喚する扉です。」

「…。」

何がどうなっているのか。

重要な人物とは。


「両親、兄弟、友人から貴女あなたが憎いと思う人まで。とにかく人生に影響を与えた5名が召喚されます。そして我々は、まずその方々から事情を聴取します。中にはもう顔も見たくない人もいるかもしれません。何か、酷いことを言われるかもしれません。でも、勇気を出して向き合って下さい。いいですか?」

「……はい。あっ。」

油断していたが、さっきから無意識に『はい』と複数返答していることを思い出す。


「はは。ここまで来ればもう、無理に『いいえ』と答える必要はないですよ。あくまでも『ジョウシャケン』を確認する際の決まり事なので。」

彩音がいなければ、そんな条件も聞き出せなかったかもしれない。


「そうなんですね。」

「ええ。あと、召喚した人物を証人として選ぶ権利は貴女にあります。その際、相手にこちらの文言を問いかけてください。手順が多く、まことに申し訳ありません。お役所仕事なもので。」

そう言って1枚の紙を渡される。

とにかくここまで来たら言われるままに扉を開けるしかない。腹をくくる光。


「やります。」

「頑張ってください。生きることをイメージしてノブを握って。硬くても絶対に離さないで、強く押してください。」

「ん…。強く…?んん…!」

とにかく『生きたい』と強くイメージする。ノブは氷のように冷たく、石のように硬い。


「冷たい…重い…。」

「強く強く願って!」


自ら扉をこじ開ける。

またいつもの日常が取り戻せると信じて。

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