第5話 回葬
現場は凄惨な状態だった。
「ひかりん!!しっかりして!!!」
「あ、う…あ。」
倒れ込み、意識が
「人が刺された!救急車呼んで!!」
「こっちもです!!誰か!応急処置を!」
『被害に遭ったのは光と、もう1人の女性。逃げる犯人を捕まえようとして刺された。』
「光…!光ィ!」
「健人!危ない!近づくんじゃない!!」
「父さん離してくれ。友達が…!光が。光が!」
「光ちゃんが?!」
『俺が駆け寄った時には、光の意識は無かった。』
「…
「光…光ィ…!!!しっかりしろ。光…!」
莉奈の元から光を抱き寄せる。呼ぶ声が虚しく響く。
そして次第に、白い衣装が真っ赤に染め上がる。悲しみに狂うウカノミタマのように。
「光!!」
「ひかりん!」
「……ありがとう。
「やだよ。そんな。やだ!!!」
「離せェ!!!」
「静かにしろ!!!」
警備員5人に取り押さえられる犯人が、喚き散らす。
「あいつだ。あいつが、ひかりんを。あ……!健人君!」
無意識だった。本当に、自分の意思とは関係なく犯人の元へ駆け出した。莉奈の声も健人には届かない。
「あああああああ!!!離せェ!!!」
「いって!噛みやがったコイツ!!」
「おい君!下がれ!!」
「おい!なんで光を狙った!なんで!!」
「あぁ?」
健人は制止されながらも犯人へ問いただす。
「はは。誰でも良かったんだよ。」
無力感と脱力感。光を守れなかった自責の念が、健人を襲う。
足の力が抜け、その場に座り込む。
「君!大丈夫か!?」
何も耳には届かなかった。
野次馬のどよめき。
犯人の声。
悲鳴。
『それからすぐに、光は搬送されたんだ。』
「俺は、なんもできなかった。ごめん…。」
「そんなことない。こうやって今もそばにいてくれてる。ありがとね。健人。」
助かったのは奇跡に等しい。あと刃物が数センチ、ズレていたら…。
――
―
それから面会時間いっぱいまで、光と健人は寄り添い続けた。他愛もない会話が愛おしい。2人はその幸せを噛み締めた。
「じゃ、そろそろ帰る。」
「ん。ありがと。」
『速報です。』
見るでもなく点けていたテレビで、ニュース速報が流れた。
「昨日、
「……これって。」
「あぁ。ニュースになってる。」
「東京都在住の会社員、
背筋が凍った。微かな記憶に残る名前。
『彩音』とはこの事件で死亡した『滝沢彩音』だった。
「え。え…。え…。」
「どうした…光?」
「は…はぁ…はぁ…彩音…さん。」
「おい、大丈夫か!光!!ヒカ…」
急に呼吸が早くなり、世界がぐるぐると回りだす。
『目の前が真っ暗になった。彩音、さん……。』
―
――
―――
「はっ。」
『まただ。また、さっきのあの電車の中…。』
戻ってきてしまった。健人との再会を喜び合ったのも束の間。
不気味な世界へ引き戻されてしまった。
「彩音…さん。あっ。」
「お降りください。カイソウ電車です。」
「あの、ここは。」
「お降りください。カイソウ電車です。」
「あ……はい!」
『プシュー』
光が降りると、すぐにドアを閉めて発車する電車。
『ガタンゴトン…』
走る音がどんどんと遠ざかる。しばらく見送ると、再び静寂が訪れた。
全く何の音もしない空間。駅というより、神殿のような厳かさがある。
「どこ…ここ…。」
人の気配は全く無い。
「はいはーい。改札締め切りますよぉー!」
急に誰かの声がした。遠くで手を振る人影。
自分以外に、人がいる。いや、人じゃ無いかもしれない。でも今は何かに
「早く来ないと、手遅れになりますよー!!」
「ま、待ってください!!」
促されるままに、声のする方へ走り出す。
「遅いですよぉ。営業時間もう終わりなんで守ってねぇ?」
「すいません……。あの!」
「んー?」
「駅員さん?ですか?ここは、どこなんでしょうか?」
先ほどの『車掌』と同じマークの入った制帽を被る駅員。だがこちらの方が幾分ラフな格好をしている。そして、コミュニケーションがとれる。
「え?」
「気づいたら知らない電車に乗っていて、そしたらこの駅に着いて…。」
「あーはいはい。そうでしたね。ごく稀にいるんですよ。そーいう人。」
駅員は話しながらノートのようなものを広げる。そしてスラスラと何かを書き込んでいく。
「詳しい説明は『お役所』の方でしますけど、端的に言いますよ?」
真っ直ぐに光を見る。
息を吐かせぬ物言いに、少し後退りをする。
「あなた、死にました。」
突然、死を宣告される。
背筋が凍る。
血の気が引く。
力が抜ける。
あらゆる感覚が光に襲いかかる。
言葉が発せず、その場にへたり込む。
「え…。ぇ…え…。」
「あぁあぁ……。よしよし。たんまーにいるんですよ。全く何も知らないでここへ来ちゃう人がね。」
死後の世界なんて、知りようがなかった。
思えば、周囲の人々からは生気を感じなかった。だが電車の音や振動、隣で楽しそうに話す彩音。その感覚は妙にリアルに残っている。
「じゃやあここは、死後の世界っていうことなんですか?」
「そ!そういうことー。」
ただあっけらかんと、駅員は答えた。
「だけど。あなたの場合ちょっと違うんですよねぇ。」
「ちょっと…違う?」
「ごく稀に、ほんとめちゃめちゃラッキーな人がいてね。生き返るんですよ。あなたは、まだ『半分』生きてるんです。でも、魂がこちらへ運ばれて来てしまった。わかりますぅ?」
この状況を少しでも理解しようとするが、追いつくわけがない。
だが、思い出す。
『一度、現実世界で目を覚ました。』
抱き合った時の健人の温もり。それが、光に僅かな希望を与える。
「どういう、ことなんでしょうか...?」
「あの世とこの世の両方に意識が存在するんですよぉ!」
ノートに書き込む手を止め、ニヤッと笑う。
「僕とこうやって喋れるから。死んでる人は、喋れないんで。来る途中、だーれも喋ってなかったでしょ?」
「え…あ...。」
『いいのいいの。困ってる子見ると、ほっとけなくてね。私さ、彩音』
『ちょっとお腹の具合が悪いみたいなの。ごめんね。もらっておくから、あとで食べるね。』
『多分さ、これからまつりっちが直面することは多分…夢…みたいなことだと思う。』
「いや、もう1人いました。ここに来る途中、ずっとその人と話してました。」
彩音は、弱る光を温かく包み込んだ。
心細い車内で、それだけが支えだった。
「んん。でも、電車が駅に着いたら喋らなくなったでしょう?」
「あ…はい。」
「あの電車はいわば、三途の川を渡るためのもの。川を越えたら死後の世界なんですぅ。最後まで気丈に振る舞っていた魂も、ここに着いたら鎮まるんですよぉ。」
「もう、その人とは会えないんですか?」
「いや、会おうと思えばまた会えると思いますよぉ。」
「そうなんですか?!」
「えぇ。」
『ガンガンッ』
鈍い金属音が響き渡る。何かを知らせる鐘だろうか。にわかに駅員は慌て出す。
「おっととと!ちょっと話しすぎた!さぁ、ジョウシャケンを見せて。」
「私、切符を持ってないんです。お金も、ICカードも何も。」
「あなたは、死んだのですね?」
刹那、今まで
「はっ。」
『何を質問されても『いいえ』で答えるの。いいね?』
「あなたは、死んだのですね?」
『いいえ』、でしょ?
「あなたは、」
「いいえ。」
「ここで、
「いいえ。」
「転生、蘇生、その他一切を望みませんね?」
「いいえ。」
「生前の世に未練はありませんね?」
「いいえ。」
「あなたの魂は願ってここへ来たのですね?」
「いいえ。」
「人に生を受けたことを後悔したことがありますね?」
「いいえ。」
「自ら死にたいと思ったことがありますね?」
「いいえ。」
何を聞かれているのか。『私はどうしたいのだろう……。』自分自身に問う。
本当に、生きたいのだろうか?生きるのが当たり前で『生きていたい』なんて考えたことが無かった。
『このまま…死んじゃったら…どうなるんだろう。』
溢れ出す涙を堪え、矢継ぎ早の問答に否定を放ち続ける。
「最後に、もう一度聞きます。」
『そんなの嫌。私は。』
「あなたは、自らの死を受け入れますね?」
『生きていたい。』
「いいえ!」
『ガンガンッ』
「ご乗車、ありがとうございました。」
「改札が…開いた…。」
「あなたとは、また会える気がしますぅ。」
鈍い金属音とともに再び目に輝きを宿す駅員。そして、改札の扉が開いた。
「質問だけ、なんですか。切符も何も、持って無かったのに。」
「ん?ジョウシャケンですよ。乗車する権利。何故あなたがここに来たのか。今しっかりと見させてもらいましたぁ。さぁ、早く行ってください。
「あ、ありがとうございます!」
「ささ。シ役所に行ってください!そこで説明を受けるんですよぉ。あ、あと!!シ役所までの道のりは、絶対に振り返らないで!!」
振り返ってはいけない。
ここは、死後の世界。
真っ直ぐ前を向いて、希望へと走り出すだけ。
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