第4話 覚醒

「ジョウシャケンを拝見します。」

「えっ。」

突然、無表情の男性に声をかけられる。身形みなりからしておそらくは『車掌しゃしょう』だろう。

だが、『ジョウシャケン』なんて持っていない。戸惑う光。

すると、隣の女性が


「あぁ、はいはいー私はあります。」

「ありがとうございます。」

何を見せるでも無く、『あります』とだけ言う。次に光を見る。


「切符…?えと、定期券がバッグに。あれ…バッグどこだろ。あれ。」

「ジョウシャケンを拝見します。」

周囲にバッグらしきものは見当たらない。

ロボットのような感情のない顔。怒るでも笑うでもない無表情で、淡々と『ジョウシャケン』を求めてくる。


「えっと…ない、です。」

「ふむ。しゃしょーさん。この子ね…。」

「はい、ええ、はい。わかりました。では。」

何かを察した女性が、耳打ちしてくれた。それを聞いてすぐにきびすを返す。全ての所作がロボット並みの機敏さだった。


「あ、なんか…ありがとうございます。さっきも、今も…。」

「いいのいいの。困ってる子見ると、ほっとけなくてね。私さ、彩音あやね。一応社会人ー!」

『彩音』と名乗る女性。明るく振る舞う姿は光を安心させた。

だが、どこか生気が感じられない。いい香りがして、優しい声をかけてくれるのだが。


風祭かざまつりひかりです。よろしくお願いします。」

「風祭?珍しい苗字だねぇ。」

「…よく言われます。」

「よろしくね、まつりっち。」

「あ、はい!よろしくお願いします!彩音さん。」


『タッタッタッ』

1人の女の子が駆け寄って来た。手には一掴み、飴を持っていた。


「あ。」

「んお?」

「…。」

「どしたの?」

「おねぇちゃん。アメ、あげる。」

そう言って、持っている飴を差し出す。


「あぁ。ありがとうねぇ。」

「ちがう!!!!!!!!」

突然金切声を上げる女の子。だが、誰もこちらを見たりはしない。それどころか、周囲の人達からも一切の生気を感じない。

おかしい。この空間は、異常だ。


「あ…。」

「コレはこっちのおねぇちゃんに?あぁーごめんねぇ。」

「あ、あ…あ。」

「ね、『お姉ちゃん』。食べて。」

不意に目を逸らす。光を言いしれぬ恐怖が襲う。


「うぅん、今は気分が…。」

「今食べて!!!!」

明らかな怒気が声にこもる。


「ちょっとお腹の具合が悪いみたいなの。ごめんね。もらっておくから、あとで食べるね。」

「ちっ…。」

そう言って飴を受け取ると、女の子は舌打ちをしながら走り去った。

彩音は至って冷静だった。


『今のは…気のせいだよね。急に動悸どうきと冷や汗が止まらない。何かがおかしい。いや全部がおかしい。夢を超えて、これが現実なんじゃないかと思えてきた。もしかして…本当に?』

下を向いて動悸が止まるのを待つ。


しばらくすると少し落ち着けた。光は彩音に再び感謝を告げる。


「あ、ありがとうございます。」

「なんのなんの。じゃ、コレもらっちゃうねー。んーあまくておいひー。」

「ふふ。」

「あ、ちょっと笑った!」

そういえば、さっき目を開けてからはずっと緊張しっぱなしだった。

強張りが解け、肩の力も抜ける。


「すいません。なんか、彩音さんって元気で明るいなぁっと思って。」

「元気しか取り柄ないからねぇ。どう?気分は。」

「だいぶ落ち着きました。」

「そかそか。」

面倒見の良い彩音にすっかり心を許す光。もし彼女がいなかったら…心細さに押しつぶされていたかもしれない。

そして、彩音が言う。


「多分、もうすぐ着くと思うんだけど。」

「着く…?」

「これからまつりっちが直面することは多分…夢…みたいなことだと思う。けど、それはある意味現実なの。」

「ある意味、現実?」

「そう。」

それは、現実なのか現実ではないのか。混乱を極める。そしてこの電車は、光たちをどこへ運んでいるのか。


「あと、もし誰かに何か質問をされても全て『いいえ』で答えるの。」

『誰』かに『何か』を『質問』される。このような状況が訪れるのだろうか。彩音以外に話しかけて来た人といえば、車掌と謎の女の子くらいだ。


『これ以上、変なことは起きないでほしい……。』

そう祈るばかりだ。


「いいね?」

「はい。」

「いいえ、でしょ。」

「あっ…!」


それからほどなくして、電車はアナウンスもなく停車した。


「駅…?」

「そ。駅だよ。この電車の終点。」

生気の無い人々が一斉に立ち上がる。それは『人間』というより、『誰かに操られている』ようだった。ゾゾゾ…とにわかに鳥肌が立つ光。

彩音も例に漏れず直立の姿勢をとっている。そして、どんどんと顔色が青白く変わっていく。


「この人たち、どこいk…彩音さん?彩音…。」

呼びかけるが、応答がない。


「彩音さん!」


『はやく…。出口に…彩n。むか…。力が…入ら…。』

その場から必死に動こうとするが、また手足に力が入らない。


『り…かり…光!』


遠くでまた、誰かが呼んでいる。

私はここにいる。助けて…。助けて!!


―――

――


「彩音さん!!!…はぁ…あ。」

「光!!」


「はぁ…はぁ…。健人。」

「光…。」

張りつめていない空気を胸いっぱいに吸い込む。

そして、安堵感が光を包み込む。

これはハッキリと分かる。現実だ。自分の暮らしている元の世界だ。


健人けんと…!」

「よかった。光。ホントに…よかった。」

「健人…。ありがと。」

健人が光を抱きしめる。人目を憚らず、涙を流す。


「ん、あ、ちょっと痛い…健人。」

「あぁ、ごめん!」

お腹の辺りが少し痛む。

あまりの嬉しさに力が入りすぎてしまった。健人は本当に嬉しかった。光が、目を覚ましたのだ。


「はぁっ!光さん!!よく頑張ったね。」

そう言って看護師が駆け寄る。


「頑張った…?」

「光、もう3日も寝てたんだ。」

「私…寝てたの?ここは、どこ…?」

「中央病院ですよ。」

「病院…。」

「何も、覚えてないのか?」

「うん。」

空白の3日。

何も思い出せない。何故ここに寝ているのか、全く記憶にない。


「ショックで、何も思い出せないことは良くあります。名前は分かりますか?」

「風祭光です。」

「誕生日と年齢は?」

「2007年6月18日です。今は、17歳です。」

「お父さんとお母さんの名前は?」

「パパは『武伸』、ママは『美紗都』です。」

「通ってる学校は?」

「神原高校です。」

「よかった。ちゃんと他の記憶はあるみたいね。」

空白の3日間以外の記憶は鮮明だった。

だが、気になることがひとつあった。目を覚ます間際に発した『彩音』という名前。

何処の誰なのか。そんな名前の知り合いはいない。


「主治医の先生を呼んできます。親御さんも呼んでもいいですか?」

「わかりました。お願いします。」


――


「健人、私に何があったの?」

「マジで、覚えてないのか?」

「うん。」

「そうか。じゃ、驚かないで聞いてくれ。」


『あの日。例大祭の日。光は、刺されたんだ。』

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