第41話 戦いの終わり

 逃げる敵を追って、ミキは走っていた。

 幾度目かの襲撃を退けた後に第五中隊は襲ってくる敵ではなく、逃げていく敵に遭遇した。いずれも装備はボロボロで明らかに戦意がない。遂に撤退する敵の最後尾に食い付いたのだ。

 逃げる敵に対して第五中隊は情け容赦なく襲い掛かる。

 背を向けている敵も、応戦してくる敵も容赦なく撃ち倒し、刺し殺し、殴り殺す。降伏して来るような敵は後回しにされた。戦意を失った者を相手にしている余裕はない。後続の部隊に任せて、先鋒はとにかく逃げる敵と追撃する。

 ミキも走った。

 既に銃弾は不足し、手榴弾などはとっくに無くなっている。だがいま重要なのは敵を逃がさない事だ。

 くわえて今のミキには恐怖心がなかった。

 死にたくないといえば嘘になる。だがそれ以上に「生き残っている」という罪悪感がミキを駆り立てていた。とにかく今は「死ぬかもしれない」という感情は後回しなのである。

 ミキほどではないが、他の兵隊も同様であった。

 いま重要なのは生死ではない。敵を逃がさない事であり、そのために走り、撃ち、殺す。

「行くぞォー!」

 敵側より蛮声。

 銃剣や木の槍を持った青い兵隊たちがミキたちに向かって突撃する。今まで戦ってきたのと同様、逃げる者の背中を守ろうとする者たちだ。

 お互い体当たりをするような形での戦闘となった。

 ミキも向かってきた敵の銃剣を払うと、そのままの勢いで身体をぶつける。一度でも休暇を受けた者とずっと森の中で困窮していた者では力に明確な差が出るのは必然だ。勢いよく体当たりしただけで敵は転倒し、そこを銃剣で刺し貫いた。

 超近距離戦になれば銃の使用はむしろ危険だ。ぶつかり合う者同士、銃剣と肉体を頼りに戦う。しかしやはり数と体力の差が明確に戦果に現れ、突撃してきた敵はほとんど第五中隊に損害を与える事が出来ずに全滅した。

 敵の屍を乗り越え、ミキは逃げる敵を追い掛ける。

「ベニキリ、突出し過ぎだ!」

 シラセに首根っこを掴まれ、ミキは初めて自分が第五中隊の中で一番前を走っていた事に気が付いた。

「まだやります! 突っ込みます!」

「お前ひとり突っ込んでどうする! まずは弾薬の支給を受けろ!」

 怒鳴られてミキはようやく武器を下ろした。流石に弾薬の支給がなければ戦えない。

 ミキは腰を落とし、水筒の栓を抜いた。しかし既に水筒の中はほとんど空で、逆さまにしても数滴が落ちてくるだけである。

「やっぱり無理してないッスか?」

「……してないよ」

 否定しながらミキは水筒の栓を閉める。

「みんなだって負傷しながら頑張ってた。だから私だけノホホンとしているわけにはいかないよ」

「ノホホンとしているようには見えないッスけれどね」

 何にしても、とアカツキは続ける。

「わざわざ生き急ぐ必要はないッスよ。死ぬ時は死ぬ場所ッスしね」

「生き急いではいないよ」

 ムッとしてミキは言ったが、自分でもはっきり解るほど下手な嘘だった。

「どっちにしても今は進まないといけない」

 第五中隊は前進を再開する。

 ただ敵を撃つためだけに。この戦いを終わらせるために。

 再びミキたちは走った。

 敵は荷物や兵器、負傷者まで置き去りにして逃げており、もはや彼らを守ろうという者もいない。遮る者のいなくなった第五中隊を止めるモノは何もなく、ただひたすらに逃げる敵を追いかけては撃った。

 それはもはや「戦い」とは呼べなかった。

 抵抗とすら呼べるか怪しい。

 それは虐殺だった。

 情けも容赦もない。ただ「逃がしてはいけない」という感情のみに任せ、第五中隊は次々に逃走する敵を撃ち殺していく。ミキも飛行場の戦いで敵から奪った拳銃を片手に、逃げる敵を追い掛ける。

  通常、突撃の際には無為な発砲をしないように安全装置を掛けるのであるが、そんな事をしている余裕はないとばかりにミキたちは奔りながら発砲した。

 もう何人殺したのか記憶にない。銃剣はとっくに曲がり、銃床ストックは歪んでしまっている。

 途中で両手を上げる敵もいたが、そういった者は即座に殺されるか、あるいはそのまま無視された。戦闘意欲を喪った者にいちいち構っている余裕などない。

 ミキは奔った。

 撃ちながら、殺しながら。

 何処に味方がいるのか、何処まで追えばいいのかなど解らない。ただ獲物を追う肉食獣のように逃げる敵を追い掛けた。

 そして――第五中隊は森を抜けた。

 急に視界が明るくなったので、ミキは思わず目を瞑って足を止める。だがそれが悪かった。

 僅か一瞬。

 その隙を突くようにして、ミキに手榴弾が投擲されていた。


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