最後の戦い
第40話 追撃戦
木々の間で号笛と蛮声が響き渡る。
「敵襲!」
先鋒の分隊が叫び、第二小隊は即座に防御態勢が取る。
「各個に撃てッ!」
小隊長の命令が出るまでもなく、第二小隊の面々は一斉に銃撃する。
木々の間を抜けるようにして突撃してくる青い軍服の集団。もはや銃弾はないのか武器は小銃に着いた銃剣のみであり、中には小銃すら持たずに銃剣のみの者までいた。
小隊の軽機関銃が軽快な銃声を発し、機関銃の射撃から逃れた者は小銃が狙い撃つ。銃剣の切っ先どころか接近すら出来ず、青い軍服の集団はバタバタと倒れて行く。
しかし彼らは戦うのを止めようとはしなかった、まるでそれしか知らないとばかりに突撃を繰り返し、時に木の陰などから奇襲する。
それら敵兵をミキたちは次々と撃ち倒す。情けも容赦もなかった。ただ無感動に、まるで機械のように引き金を引く。後に残るのは屍ばかりだ。
「各分隊損害を報告」
第二小隊の命令で被害の確認がされたが、幸いな事に一人の脱落者もなかった。続いて残弾の確認も行われたが、こちらの方が存外に消費量が多かったので直ちに指揮班に補充の要請を出す。その補充が成されるまでの間、第二小隊は進行を停止して防御態勢のまま待機した。
ミキたち第二大隊がマムシ高地で戦っている間に敵は波状的に増援を送っていたらしい。だがいずれも飛行場を攻撃する前に撃退され、いま戦況は終盤に差し掛かっているわけである。
しかし予想外の事が起きていた。
「撤退したんじゃなかったんッスか?」
愛銃の点検をしながらアカツキはボヤく。
数日前、第五中隊は予定通り撤退している敵を追撃するために飛行場を出発した。そして今の攻撃は早くも三回目の襲撃である。
いずれも銃撃らしい銃撃はなかったので第五中隊の損害は微々たるものであったが「敵は撤退している」と聞かされていただけに戸惑いは大きかった。
「……こいつらは殿だろうな。逃げる奴らの時間稼ぎだろう」
「貧乏くじを引いた連中ッスか」
シラセとアカツキの会話であったが、しかしミキはそうとは思えなかった。確信はない。ただなんとなく「取り残されて戦っている」ようには感じなかった。彼らはもっと積極的だ。少なくとも貧乏くじを引かされて嫌々戦っているようには見えない。
「それよりもベニキリ、アンタちょっとおかしくないッスか?」
「おかしい?」
「今の戦闘でもそうだけれど、ちょっと積極的過ぎる気がするッスよ」
「そんな事は……」
ない、とは言い切れなかった。
飛行場でキクリとアサキが脱落して以降、ミキの中に何か黒い蟠りが出来ていた。
もっともアカツキのような「復讐心」ではない。むしろ敵に対しては憎悪よりも憐憫に似た感情を抱いている。
しかし自身に対しては後ろめたさというべきものがあった。
キクリとアサキを失い、かつての第二分隊は残り三名になってしまい、今では他の分隊から人員を派遣して貰って何とか形を保っている。それだけの大損害を出しているのにミキは未だに無傷であった。
有難い事なのかもしれない。
だが戦友が大勢死に、傷ついているのに自分だけ五体満足で良いのか? という疑問がどうしても脳裏から拭い去る事が出来なかった。
「アンタの事だから復讐なんて考えないと思うッスけれど」
「そういうアイカヤはどうなのよ」
何しろ幼馴染を失った後に一度復讐に奔っている。そして再び戦友を失ったのだ。また復讐心を新たにしないとは言い切れない。
「アタシはもう割り切ったッスよ。誰かさんのお蔭でね」
ミキは黙り込んだ。
続いて何かを言おうとした時、弾薬の再配分が行われたので会話は中断された。
「出発」
第二小隊は前進を再開する。
この時、ミキたちは知らなかったが追撃戦を行っている部隊のうち、第五中隊が最も前を進んでいた。必然的に敵襲や残されていった罠は第五中隊に集中する。それでも果敢な戦闘と的確な指揮によって損害は軽微に抑え込まれていた。
しかし全くの無傷というわけにもいかない。特に今は敵を追っているのだから、損害を抑えるよりも逃げる敵に追い付く事の方が重要なのだ。それ故に前進速度は恐ろしく速く、時折り「駆け足」の号令が出るほどである。
「敵襲ッ!」
再びの襲撃。
号笛と蛮声が響き渡り、木々の間を抜けて青い軍服の集団が殺到した。
先ほどと違って今度は戦闘開始時点での距離が近過ぎる。小銃で狙い撃っている余裕はない。一斉射の後は互いに己の肉体をぶつけ合う白兵戦となった。
ミキは突っ込んでくる敵兵の銃剣を払い、隙が出来た腹を銃床で殴打する。一切の容赦がない殴打に敵は転倒、その無防備になった後頭部を銃床で殴った。
これで死んだかは解らないが、ともかく戦闘力を奪った事に変わりはない。今は確実に殺すよりも戦闘力を削ぐ事の方が重要だ。
一人殺して隙が出来たミキ目掛けて敵兵が銃剣の切っ先を向ける。だが彼はミキに気を取られ過ぎた。直ぐ脇からアカツキが銃剣を突き出し、切っ先が敵の喉元を貫通する。
一瞬の隙で生死が別れるような戦いであった。
こうなってしまうと下手に銃を使えば味方を撃ちかねない。とにかく殴り、刺し、絞め殺す。
文字通り死力を尽くして敵兵は戦ったが所詮は多勢に無勢だった。
何しろ数でいえば第五中隊の方が倍近い。殴り合い、斬り合いになればとにかく数が多い方が有利になるのが道理だ。
それでも敵兵たちは戦うのを止めなかった。
例え最後の一人になろうとも、銃剣と己の肉体のみを武器にして戦い続ける。
「なんでよ!」
思わずミキは叫ぶ。
「なんでそんなになってまで戦うの!」
答える者はいない。ただ「答えるまでもない」とばかりに敵兵は攻撃を繰り返す。
彼らは逃げ遅れたり、取り残されたりした者ではなかった。
島から撤退する仲間に未来を託し、その背中を守ろうと戦い続ける事を選んだ者たちだった。
例え弾がなくとも、例え自分の命を捨ててでも彼らは戦い続ける。それが「未来」を守る事に繋がる事を信じて。
そんな戦いを続ける相手に対し、ミキたちが出来る事は一つしかない。
銃剣を弾き、銃床で殴打し、互いの命と命をぶつけ合う。
繰り返される攻撃に、いつしか第五中隊は走りながら戦闘するような形になって進んでいた。
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