第39話 死への問答

 マーガレット公国軍の航空機を用いた強襲は鬼軍の飛行場に多大な損害を与えていた。

 特に痛かったのが大量に積まれていたドラム缶のガソリンで、一度に大爆発を起こした物だから複数の戦闘機、爆撃機までも巻き込んだ。あっという間に周囲は火の海と化して飛行場は一時に機能を停止、ミキたちのような「休憩中」の兵隊まで駆り出しての消火活動が行われ、鎮火には丸一日の時間が費やされていた。

 その隙を突くようにしてマーガレット公国軍は航空総力戦を開始。ドウメキ島周辺の船舶に対して総攻撃を行っていた。

「一連の行動から敵は飛行場に対して総攻撃を行うものと予想されていたが」

 指揮所の前に集められた第五中隊の兵隊を見渡しながら、マイハマは現状の説明を行う。

「前線からの報告によれば敵は明らかに撤退を行っているらしい」

 つまりは、とマイハマは続ける。

「敵がこちらに航空総攻撃を掛けたのは、我が軍の海空戦力を拘束し、その間に撤退用の輸送船などを派遣するためだ」

 その場にいた全員が困惑した。

 何となく、漠然と、この島での戦いは双方どちらかが力尽きるまで続くと思っていたのだ。どちらかが死に尽くすまで殺し合いは終わらない。そう信じていたのだ。

 しかしマイハマの説明が正しければ敵は島から逃げ出そうとしているのだという。

 それはつまり。

「この戦いは、もうすぐ終わる」

 誰も何も言わなかった。

 あまりにも実感がなかったからだ。否、現実味と言った方が正しいかもしれない。まるで夢物語を聞かされているかのような気分だった。

「だがいま終わるわけではない」

 釘を刺すかのような口調でマイハマは続ける。

「本来ならば戦闘は他に任せ、我が隊はあくまで飛行場警備をする予定であったのだが、事情が変わった。先ほど連隊本部より各中隊に対して撤退する敵部隊を追撃する旨の命令が下された。我が第五中隊も準備が出来次第、再び戦場に戻る」

 落胆はなかった。

 元より遅かれ早かれ戦場には戻されると考えていたからだ。

「みんな」

 改めてマイハマは部下である中隊全員を見渡す。

「あともう少しだ」

 それで状況説明と訓示は終わった。

「いや、最後に」

 兵舎に戻ろうとすると兵隊たちを、不意にマイハマは呼び止める。

「負傷していたマイカゼだが、なんとか命は取り留めたそうだ」

 ずっと気がかりだった事を教えて貰い、ミキはホッと安堵の溜息を吐いた。

 医務室にキクリを収容してから何の音沙汰もなかったので心配していたのだ。しかし足を失ったのだから、もう戦線に戻って来る事は出来ないだろう。

 寂しいが、しかしどう考えても戻ってこない方が良いに決まっている。

「それと……ゼンザイだが」

 残念そうにマイハマは続ける。

「復帰は難しそうだ。今度の行動には連れて行かず、ここに残す」

 キクリの負傷を見て以降、アサキの様子は明らかにおかしかった。

 あらゆる苦難と恐怖を乗り越えてきたアサキだが、戦友の惨憺たる姿に彼女の精神は耐える事が出来なかったのだ。

 かすり傷ひとつ負わずに戦場を離れるアサキを、誰も批判したり、羨ましがったりするような者はいなかった。

 誰も非難は出来ない。アサキは間違いなく最高の兵隊だった。

 誰もが何も言わず、ただ解散して兵舎に戻る。

「もしかしたら」

 一人残ったミキはポツリと呟いた。

「私がああなっていたかもしれない」

「だがお前はならなかった」

 独り言が聞こえたのか、マイハマがミキの傍らまでやって来る。

「中隊長殿、月並みな質問をしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ」

「私たちは、なぜ戦っているのでしょうか?」

 兵舎に届いた手紙を読んだ時に湧いた疑問だ。

 内地では多くの国民が戦場の事など考えもせずに惰眠を貪っているというのに、ミキたちはこんな価値があるのか無いのか解らないような島で生死を賭けている。

 そんな必要が本当にあるのだろうか? もっと何か別の方法があるのではないだろうか?

「それを考えるのは私たち将校の仕事だ。兵隊が将校の仕事をしようとするな」

 即答だった。

 あるいはミキの質問を予想していたのかもしれない。

「……まぁ、といっても納得は出来ないだろうな」

「はぁ」

「我々軍人が戦う理由はただ一つ。国のためだ。それ以上でも以下でもない」

 それは、確かにそうではある。

 兵隊は国のために集められ、国のために戦い、国のために死ぬのである。そこに異論を挟む余地はない。

「では私たち兵隊が死ぬ事に何か意味があるのでしょうか?」

「ある」

 やはり即答だった。

「ある筈だ。無いわけがない」

 言いながらマイハマは空を見上げる。憎々しいほどの晴天だった。

「部下が一人死ぬ度に十人の兵隊が救われたと考えるようにしている。いや、もっと多く助かったかもしれない」

 自分に言い聞かせるかのように、マイハマはしっかりした口調で言う。

「それで良いんだ。一人よりも十人の命の方が重要だ」

 ただ、とマイハマは付け加える。

「その死んだ一人は、十人の命以上に価値がある事をやれたかもしれない……」

 しばらく間があった。

 何か考えているのか、マイハマはただ青い空をジッと眺めている。

「中隊長殿……?」

「いや、なんでもない。お前に話す事ではなかったな」

 マイハマは深い溜息を吐く。

「私も疲れているのかもしれない。最近忙しかったからな。少し休もう」

 言いながらマイハマは微笑む。ミキから見ても下手くそな作り笑いだった。

「兵隊に死ぬ意味があるのかと言ったな」

「はぁ」

「さっきも言ったとおりだ。国のために死ぬ。それで良いじゃないか。それ以上に何が必要なんだ」

 それで問答は終わりだ、とばかりにマイハマは背を向けて歩き出した。ミキはそれに敬礼をして見送る。

「…………それだけじゃいやだ」

 小さくミキは溢した。

 死ぬのを受け入れるには、もっと何か、もっともっと重要な、貴重な「何か」が必要なのだ。

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