第38話 さらば戦友

 空襲警報の音で飛び起きた。

 もう少しで日を跨ごうとしている時間帯で「アカツキの寝言が煩いな」などとボンヤリ考えていた時である。

 兵舎にいた全員が飛び起き、とにかく軍服を片手に持って防空壕まで走っていく。高地から戻ってきて初めての空襲警報だった。

 もっともあまり不安はない。何しろ飛行場には多数の戦闘機が並んでいるし、至る所に大量の高射砲もある。ちょっとやそっとの飛行機が飛び込んできたところであっという間に撃墜される事だろう。

 実際、既に探照灯サーチライトが空を明るく照らし出し、高射砲や対空機銃が空に向けられている。

 とりあえずミキたちの出番はないだろう。

 そう思っていた矢先、不意に頭上を巨大な何かが通り過ぎて行った。

 超低空だ。木のてっぺんが触れるのではないかという程の低さである。

「爆撃機?」

 何かは解らない。とにかく大型機だ。

 そして通り過ぎて行ったと思った瞬間、大型機はそのまま足も出さずに滑走路に突っ込んで行った。

 続いて、二機、三機と現れて同じように飛行場に突っ込もうとしていたが、高射砲が何とか寸前で撃墜する。ここに至って、ミキはようやく今しがた胴体着陸した大型機が敵であるという事を知った。

 何が起きているのか解らないが、とにかく敵襲であれば防空壕に入らねばならない。走ろうとした時、ふと頭上で翼から火を噴き出している大型機が見えた。

 明らかにこっちに向かってきている。

「わわわっ」

 巻き込まれては堪らない。

 ミキは全力疾走でその場から離れたが、まるで追って来るかのように大型機は突っ込んでくる。

 直ぐ近くに穴があったので転がり込むと、次の瞬間には頭上を大型機が通り抜けていった。済んでのことで、あと僅かでも遅かったら潰されているところだ。

 とりあえず何が起きたのか確認しようと恐る恐る頭を出すと胴体着陸した大型機の天蓋や搭乗口から何人かの兵隊が飛び出しているのが見えた。いずれも青い軍服を着ている。間違いなく敵だ。

「敵襲ーッ!」

 あちこちで怒号が飛び交い、滑走路の方では派手な爆発音が響き渡る。

 大型機から跳び出した兵隊たちも手にする拳銃や軽機関銃を乱射し、あちこちに手榴弾を投げつけながら滑走路に向かって走っていく。どうやら滑走路に並んでいる飛行機や燃料の破壊が目的であるらしい。

 何とかせねばならないが、相手は軽機関銃まで持っている完全武装の兵隊である。対してミキは手ぶらだ。どうしようもない。

 今できる事は事の行く末を見守り、避難するなり戦うなりする隙を見つける事だけである。

 物陰に隠れながら隙を窺っていると、直ぐ近くで「衛生兵!」という叫び声が聞こえてきた。間違いなくアサキである。

 戦友の危機だ。ミキは迷う事なく飛び出すと、アサキの声がする方角に奔っていく。元より近くから聞こえて来たとは思っていたが、実際の距離は十メートル程度の所であった。

 声の主はアサキだったが、救けが必要なのは彼女ではない。先ほど落ちて来た飛行機の部品によって足を切断されたキクリであった。

 膝から下が切断されて無くなっており、大量の血が流れている。キクリも意識だけははっきりしているのか、自分の無くなった脚を見て泣きじゃくっていた。

「しっかりしろ、しっかりしろよ」

 何度も繰り返しながらアサキがキクリの手を握り、アカツキが出血を止めようと必死に太ももを抑えいている。ミキも軍衣ジャケットから包帯を取り出して必死に止血作業を手伝う。

「足……足無くなっちゃった……」

 キクリは譫言のように何度も繰り返す。

「これじゃあ、お嫁に行けなくなっちゃうよ……」

「嫁の貰い手なんて幾らでもいる。良いから今はしっかりしろ」

 三人で手当てをするが、幾ら待っても衛生兵は来ない。その間にも大量の血が流れて池のようになっていく。

「しっかりしろよ。大丈夫だからな」

 アサキが励まし、ミキとアカツキはひらすら止血作業を続けた。

 しかし衛生兵が来る気配はない。元より戦闘中だ。他の所でも負傷者が出ているのかもしれない。

 このままでは衛生兵が来る前にキクリが死んでしまうという事で、三人は彼女を治療できる場所に連れて行く事にした。

 三人で兵舎から担架を持ってきて、痛がるキクリを載せて医務室まで運んで行く。

 まだ周囲では戦闘音が鳴り響き、時折り火の間を奔る青い兵隊の姿が見えたが構わずにミキたちはキクリを運ぶ。いずれにせよ今のミキたちに出来る事は他にない。

 滑走路ではガソリンの入ったドラム缶が爆発し、飛行場全域を真っ赤に照らし出している。まるで昼間のように明るい。熱気がミキたちのいる所にまでくる。

 それでもミキたちは汗だくになりながらキクリを運んだ。一瞬一瞬が惜しい。早く彼女を連れて行かねばならない。

 実際、当初は泣いていたキクリも今ではグッタリしている。一刻を争うのは誰の目から見ても明白である。

 戦闘を避けてなんとか医務室に転がり込むと、既に負傷者がたくさんいたが、軍医はキクリの容態を見るといの一番で治療すると彼女を引き取った。軍医の話しでは命だけは何とかなるかもしれないという。直ぐに医務室まで連れて来られたのが幸いした。これが前線だったならばまず間違いなく戦死していただろう。

 そしてその一連の救助作業が終わった時、既に飛行場での戦いも終わりを告げていた。

 だが、敵兵の点けた火はまだ燃えていた。

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