第34話 翻る飛龍旗

 昼過ぎ、高地麓に待機している砲兵と前進してきた迫撃砲による一斉砲撃が始まった。

 布陣しているミキたちの頭上を越えて砲弾が幾つも落着し、高地頂上に沢山の砂柱を立たせる。何度も繰り返し聞いた轟音。しかし今回の砲撃はその後に総突撃が待っているので自然と気も引き締まった。

 いつもそうだが、砲撃はその開始と同様、ほとんど唐突に終わりを告げる。ただし轟音による耳鳴りはしばらく残っていた。

「突撃にぃ前へ!」

 突撃の号令。全員が銃剣を取り付けた小銃を持ち、塹壕から飛び出していく。

 ミキも他の三人と再会の約束を交わしつつ、総攻撃する部隊に混ざって突撃を行った。

 頂上付近は抉られるほどの砲弾によって穴だらけになっていたが、多数の機関銃陣地は健在で突撃して来る鬼軍兵士たちを次々と薙ぎ倒す。

 ミキの近くにも大量の銃弾が飛んできて、何度も顔の近くを掠めて行った。

 それでも鬼軍兵士たちは止まらない。この戦いで高地掃討を終わりにするために一歩一歩確実に頂上に奔っていく。

「つっこめぇー!」

 マイハマの号令で中隊全員が吶喊の声を上げる。第五中隊の人員は既に定数の半分近くを切っている。それでも百に近い蛮声は確かに敵の耳に届いていた。

 さらに他の中隊も蛮声を張り上げ、頂上の敵を追い詰める。

 敵も必死だが既に死に体同然の兵隊に銃弾の不足した機関銃だけではとても食い止める事は出来ない。

 敵側でも「突撃!」の号令と号笛ホイッスルが鳴り響き、塹壕から飛び出してきた敵兵と鬼軍部隊との間で熾烈な白兵戦が展開された。

 銃剣付きの小銃を構えて斜面を降りてくる敵に対し、ミキも同じように小銃付きの小銃を構えて迎え撃つ。

 敵の物よりも先にミキの銃剣が敵の腹部を貫いたが、敵は斜面を降りて来た時の勢いでそのまま体当たりをして来た。ミキは潜り込むようにして回避して放り投げる。受け身を取る事も出来ず、敵は腹部から血を撒き散らしながら斜面を転がり落ちて行った。

 これで一人やったが息を吐く暇もない。敵は次々と斜面を降りてくる。

 ミキは銃剣で敵の腹部を突き、あるいは銃床ストックで殴打して敵の頭蓋骨を砕いた。他の者も同様に銃剣で刺突し、撲殺し、銃を失った者は素手で首を絞めたり、眼球を抉り取ったりまでする。

 それはもはや戦争とは言えなかった。

 それは生存競争だった。

 少しでも隙を見せた者から死ぬ。そういう戦いである。

 しかし鬼軍兵士たちは敵を排除し、死体の山を踏みつけて乗り越え、次々と頂上へと向かっていく。

 敵は機関銃に加えて手榴弾でも応戦し、ミキの目の前で仲間が何人も吹き飛んだ。

 顔に血飛沫が掛かり、肉片が身体に付いたがミキは構わずに攻撃用の柄付き手榴弾の安全栓を抜いて敵の機関銃陣地に向かって放り投げる。

 爆音。

 間髪置かずにミキは陣地内に踊り込み、仲間たちが次々と続いて陣地内に突入する。

 ここでも白兵戦が展開されたが、先ほどのような熾烈なものではなかった。むしろ逃げる敵を捕まえて殺すような「虐殺」に近い。

 立ち止まらずミキたちは頂上に向かって走り続ける。

 もう頂上は目の前だ。

 機関銃も手榴弾も鬼軍を食い止める事は出来ない。兵隊の津波によって敵の陣地は次々と潰されていく。

「ベニキリ!」

 アサキに呼ばれ、ミキは彼女のいる位置にまで奔った。

 そこにあったのは多数の死体と、高地の下に向けられている敵の機関銃である。三脚に載せられており、今しがた撃ち続けていたので未だ熱を持っていた。

「そっち持て」

 小銃を置き、ミキは機関銃の三脚の一端を持った。

 そしてミキ、アサキ、アカツキの三人で掲げるようにして機関銃を持ち上げる。否、それは実際に掲げていたのだ。

 三人で言葉にならない叫びを上げる。

 それは勝鬨だった。最後の機関銃陣地を奪ったという勝利の雄叫びだった。

 掲げながらミキは高地を下ろし見る。

 至る所に敵味方問わずの死体が転がっており、青々としていた山は今や焦げたように灰色になっていた。

 それでも鬼軍兵士たちは昇り続け、ミキたちの掲げた機関銃を見て歓声を上げる。その声は徐々に大きくなっていき、やがて高地の頂上全域を包み込んでいた。

 そしてふと見上げると高地頂上に軍旗が翻っている。

 鬼軍の国旗である飛龍旗だ。それも一つだけではない。次々と旗が翻り、中には兵隊個人の小銃に着けられた旗まで翻る。

「万歳ッ!」

 何処からともかく歓声が上がる。

 その声は徐々に広がっていき、やがては高地頂上、否、高地全体を包んでいった。

 ミキも他の兵士たちと同様に万歳の声を上げる。

 最初は嬉しそうに笑いながら、しかし徐々に万歳に鼻声が混じった。

 勝った、という喜びだけではない。生きていられた、という喜びと戸惑いが一斉に溢れ、涙という形で零れ落ちていった。

 万歳。

 万歳。

 万歳。

 いつの間にかミキは手を振り上げるのではなく、祈るように両手を組んで拝んでいた。

 アカツキは「生きているのが信じられない」という表情で立ち尽くし、キクリとアサキは抱き合って喜びを分かち合っている。

 ありがとう。

 神様ありがとう。

 生かしてくれてありがとう。

 感謝と感激に耐え切れず、ミキは涙をボロボロと流しながら膝を着いて泣いた。大きな声で万歳とも泣き声ともつかぬ声を上げる。

 鬼軍によって占領された高地の頂上ではいつまでも万歳の声が繰り返され、そして垂れる事無く飛龍旗が翻り続けていた。


 この日、歩兵第四六三連隊の第二大隊および第三大隊はマムシ高地を占領する事に成功。高地に残っていたマーガレット公国軍主力部隊を壊滅させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る