第21話 鉄牛現る

 原野に重厚なエンジン音が響き渡った。

 巨大な鉄の塊が大地を踏み締めて周囲を揺れ動かす。鉄と鉄がぶつかり合うような、独特で不気味な音が戦場に轟いた。

 そして倒木で舗装された森の道を抜け、巨大な鋼鉄の猛獣が姿を現す。

 巨大な鉄製の肉体を持ち、心臓の代わりにエンジンを備え、四肢の代わりに履帯を付けた怪物――戦車である。

「どっから湧いて来やがった!」

 アサキが悪態を怒鳴るのに被せるように、戦車の火砲が咆哮を上げる。

 砲弾は原野を易々と越え、第五中隊に対して襲い掛かった。

 派手な爆発音。土砂が舞い、爆炎と爆風が兵士たちに襲い掛かる。

 戦車は一輛だけではない。片手を超える数は軽くいる。それらが一斉に戦車砲を撃つのだから堪らない。さらに戦車に装備されている二丁の機関銃が目に見える物を片っ端から撃つ。まさに圧倒的な火力である。

 しかし今のミキには仲間たちを気遣うだけの余裕はなく、ただ地面にしがみ付くように伏せているしかなかった。

 大地を踏みしめる戦車の前進に合わせ、敵兵たちも前進を開始する。士気を鼓舞するための民族楽器の演奏が響き、号笛ホイッスルと怒号が繰り返された。

 世界的な基準でいえば今現れた戦車は「軽戦車」に分類され、胴体も大砲も比較的小さな部類に入る。

 しかし歩兵にとっては「巨獣」以外の何物でもない。そのうえ第五中隊にはまともな対戦車兵器がほとんどなかった。

 歩兵の直協火力である歩兵砲や擲弾筒の砲弾は対歩兵用の榴弾であり、装甲目標を攻撃する事は想定されていないのである。

 それでも何とか食い止めようと砲弾が飛来するが、効果の有無以前になかなか命中しない。当然だ。どちらも戦車のような動く目標を狙う事など想定していないのだ。

 機関銃が引っ切り無しに銃弾を撃ち出すが、そもそも銃弾で穴が空くような軟な装甲ではない。あらゆる火器が戦車を撃ちまくったが今のところ致命打といえるような損傷は与えられていなかった。

 中隊による必死の防戦と前進する敵。堪らないのは双方の合間にいるミキたちで、敵味方問わず銃弾、砲弾が飛んで来るものだから身動き一つとれなかった。

 さりとて動かないでいるわけにもいかない。

 何しろ敵は前進してきているのだ。逃げずに留まれば間違いなく死ぬのである。

 しかし頭を上げると撃たれる可能性があるので中々動けない。

 ミキは近くで伏せているアカツキと目配せをして、雑嚢かばんから手榴弾を取り出した。

 せーのっ、で二人同時に適当な場所に手榴弾を投擲。爆発したのを確認してから揃って走り出す。

 しかし僅かに数歩で二人は逃亡を断念せざるを得なかった。既に敵が間近まで迫っており、銃弾と砲火でとても逃げられるような状況ではなかったのだ。

 二人とも、落ちるようにして近くにあった窪みの中に逃げ込む。

 そして息を吐く間もなく、目前に戦車の履帯が現れた。

 戦車は二人のことなど眼中になかったが、運悪く窪みが進路の真ん前にあったのだ。

 ミキとアカツキは抱き合って悲鳴を上げたが、無慈悲な戦車が止まる事はない。悲鳴ごと押し潰すかのように履帯が二人に襲い掛かった。

 二人とも咽喉が張り裂けんばかりに悲鳴を上げる。泣き喚いていると言った方が正しいかもしれない。

 しかし重厚なエンジン音と履帯の鳴る音がその悲鳴すらを踏み潰すように掻き消した。

 騒ぐ二人の上に無慈悲に履帯が降りてくる。

 僅かに数十センチ。

 まさに二人の目前を戦車は通り過ぎていった。くぼちの底にへばり付いていたので何とか踏み潰されずに済んだのである。

 半身が土に埋まったような状態になったまま、ミキとアカツキは抱き合いながら大声で泣く。

 逃げないといけないとか、戦闘中だとか、そういう考えは何処かに全部飛んでいた。とても、まともな状況判断を出来るような状態ではない。

 二人とも軍袴ズボンの股にシミが出てきていたが、今はそんな事はどうでも良かった。

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