第20話 接敵
吉報があってから数日後、第五中隊の所属する第二大隊は陣地変換を命ぜられた。
もっとも「陣地」と名打っているが実際は敵に向かっての前進である。改めて飛行場周辺の安全を確保するためだ。
そのためせっかく入念に構築された陣地を出て、第五中隊は森の中を進んでいた。
「目的地は何処なのさ」
薄暗い、まだ霧の出ている森の中を進む。
「この先に原っぱがあるらしい。とりあえずそこら辺までだとさ」
相変わらず何処から情報を手に入れているのか、アサキがミキの疑問に答える。
ミキは、否、歩いている兵士たちはみんな不満だった。
あれだけ入念に陣地構築をさせておいて、いざ敵襲の可能性ありとなったら前進命令が出たのだから当然である。
守備ならば陣地内で充分ではないか。司令部の連中が何を考えて前進命令を出したのか、さっぱり見当も付かなかった。
「応援って事で第六中隊も来ているらしいぜ」
「第六っスか」
露骨に嫌な顔をするアカツキ。
アカツキだけでなくミキも、というよりも第五中隊の全員が第六中隊の連中を嫌っていた。
第五中隊に女性兵が多いのは「女性部隊」を創るための実験的措置であり、従って連隊中の女性兵が集められている。必然的に他の中隊からすると女性兵は珍しく、第五中隊自体も度々「女性兵の集まり」である事を揶揄されていた。
そんな中で特に酷い揶揄、否、中傷をしてくるのが第六中隊である。彼らは公然と第五中隊の事を「玉無し」中隊と呼んでいたし、中には平然と「第五中隊が振るべきは剣ではなく腰」などと言って来る者もあり、実際に暴行未遂事件も起きていた。
そんなわけなので第五中隊の中には敵以上に第六中隊の事を嫌っている者も多く、連隊司令部でも問題視している程である。事実、第五中隊と第六中隊をわざわざ違う大隊に配置するという措置まで取られていた。
「あいつらの応援なんか要らないんスけどね」
「命令だから仕方ないよ」
文句を言いながら半日ほど移動すると目標の原野に出た。実際の名称は知らないが、鬼軍が「
第五中隊は左右に展開して防衛線を構築し、とりあえず携帯式の
ある程度の構築が出来たら昼食となる。
輸送が進んでいるのだろう。劇的な変化はなかったが、数人に一つの割合で魚の水煮缶が支給された。これまで僅かな米と具無し味噌汁ばかりだった兵たちからすればご馳走である。みんな喜んで食べた。
そしてそのまま壕の中で一夜明かす。敵前の筈なのだが静かなものである。他の中隊から斥候が出されたようであるが、無関係なミキたちは歩哨を立てながらゆっくり寝た。
日が昇ると米と味噌汁だけの朝食である。内容としては同じだが、味噌汁に具が入っていたので皆喜んだ。
そして朝食が終わると今度はミキたち第二分隊には前哨が命ぜられた。他の者はタコツボの補強や前進のための準備である。
「もし来るとしたら北部からって話しだけれど、
「そいつは敵に聞いてみないと解らん」
原野の繁みの中を散策する。
草の背がそこまで高くないので視界は良好だ。しかし遠く離れた森の中は霧が掛かっていて良く見えなかった。
「軍曹、これってもしかして森まで見に行くんですか?」
「そうした方が良いだろうな。何しろ……」
そこまで言った時、ヒューンという空気を摩擦する音が耳に届いた。
「伏せろッ!」
言われるまでもなく全員その場に伏せる。
続けて爆音。それなりに離れた場所での爆発の筈だが、衝撃波がミキたちのいる場所まで揺らす。
敵の迫撃砲による攻撃である。
しかも砲撃はその一発だけに留まらなかった。次から次へと、引っ切り無しに爆発音が響き渡る。砲弾が散らす小さな無数の破片はそれ自体が殺傷力を持つ凶器だ。
砲撃の下では誰もが無神論者でなくなる、と言ったのは何処の誰だったか。
少なくともミキは嘘偽りないと思う。
砲撃の目標は中隊が布陣している場所であり、ミキたちではない。
しかしミキは砲撃が続いている間はずっと「自分に落ちないように」と神に祈っていた。例えどのような人間でも、一度砲撃が始まれば祈って耐える事しか出来ないのだ。
身動きが取れないという現実と今すぐ泣き叫びながら逃げたいという衝動が心中で戦い、ともすれば気が狂いそうになる。
砲撃は物理的な破壊だけでなく、同時に兵士たちの精神も直接殺しに来るのだ。
砲撃下で伏せるミキには、炸裂音が死神の笑い声にすら聞こえる。
何時間にも感じた砲撃は、しかし実際には物の数分で突然終わった。
「下がるぞ!」
そう言って軍曹が立ち上がった瞬間、銃弾が彼の身体を撃ち抜いた。血飛沫がミキの顔に降り掛かって赤く染める。
「軍曹殿!」
思わずミキは大声を出したが、即死だったのか軍曹は何の反応も示さずに倒れた。
ミキは匍匐で軍曹の傍まで行って身体を揺すったが、やはり反応はない。飛行場を占領した時、古兵が狙撃された時と同じ死に様であった。
「頭を上げるな!」
アサキに言われるまでもなく、分隊全員で地べたに抱き着くような形で伏せる。
頭上を銃弾が飛んで行くので身動きが取れない。これでは進む事も戻る事も出来ず、とにかく早く銃撃が終わるのを待つしかなかった。
伏せているミキたちは現状を全く把握できなかったが、中隊の方では既に反撃を開始していた。
大隊から派遣された重機関銃が引っ切り無しに鳴き、歩兵砲や擲弾筒が砲声を上げる。
しかし何しろ双方に距離があったので思うように敵の姿を捉える事が出来ない。機関銃や火砲は引っ切り無しに撃っていたが小銃の発砲はまばらだった。
構図としては河川での戦いの時に近い。
ひたすら双方で向かい合って撃ち、どちらかが動かなければ状況は変わらないという一種の膠着状態である。
そして河川の戦いの時と同様、膠着状態を破ったのは敵側による前進であった。号笛と怒号が轟き、敵兵たちが前進を開始する。
しかし今回の前進は河川の時とは大きく異なっていた。
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