第19話 殺人論

 その日の作業は早くに終わった。

「飯あげー」

 やや早い夕食の時間がやってきて、全員が給食を受ける。

 今日の献立は飯盒の蓋に半分くらいの米と、雑草が浮かんだ薄い味噌汁であった。量も質も悪く、ここ数日はずっと同じ内容なので楽しみようもない。

「寿司食いてぇな」

 唐突にアサキが呟く。

「すしっていうと、あの握り飯に刺身が乗ってる奴ッスか」

「あれは握り飯じゃなくてシャリだ」

「ふーん」

 アカツキとミキは顔を見合わせた。何しろ二人とも山の寒村出身である。故郷では寿司どころか海の魚自体滅多に食べない。食べるようになったのは軍隊に入ってからだ。

「なんだか解らんけれど、アタシはお茶漬けが食べたいッス」

「私はごった煮かなぁ。兵営で食べていたような奴で良いから」

「私はスキ焼かしら」

 全員で思い思いの食べたい物を思い浮かべる。

「うーん、それなら酒も飲みたいな」

 アサキの言葉に三人は首を傾げる。飲みたい以前に、三人とも酒を飲んだ事すらなかった。

「あんた未成年ッスよね?」

 ヨモツ国では未成年でも喫煙は許されているが飲酒は禁止である。当然ながら軍でも容認されていない。黙認はされてるが。

「この際、固い事は言いっこなしにしようぜ」

「飲めない酒よりあんぱん食べたいなぁー」

「それなら羊羹っスよ」

「お汁粉も捨て難いわ」

 全員同時にグゥーッと腹が鳴る。

「しかし食べたいと言ったところで天から餡子が降って来るわけでもなし……」

「腹ぁ減ったなァ」

 味噌汁もどきを一気に飲み干し、ミキは天を仰ぎ見た。

「…………ねぇ、変な事を聞いて良い?」

「恋人ならいた事ねーゾ」とアサキ。

「婚約者もいないッスよ」とアカツキ。

三位寸法スリーサイズも無し」とキクリ。

「いや、そういう話しじゃなくて」

 ミキは空になった飯盒を地面に置く。

「三人はどうやって消化してる?」

「胃袋ッスね」

「いや、そうじゃなくて」

 何て言ったら良いのか、ミキは少し迷った。

「敵兵を殺害した時の心の整理とかそういう話しかしら」

「……なんで解ったの?」

「最近ずっとそういう顔しているからな」

 どうやら無意識に陰気な顔でもしてしまっていたらしい。

「アイカヤはどうだ」

「私ッスか?」

 唐突に話しを振られてアカツキが変な声を出す。

「うちの中隊で最初に敵兵を撃ったのはお前だろ」

「そりゃあそうッスけど」

 アカツキは少し考えているようだった。

「ベニキリって熊に襲われた事とかあるッスか?」

「私はないけれど、隣村で一人だか二人食われたって聞いた事はあるよ」

「うん。だから山から下りてきた熊は撃たないといけないッス。憎いから撃つんじゃない。撃たないと誰かが食われるから撃つ。そういうもんじゃないッスかね?」

 随分と割り切った話だ、とミキは思った。

「人間も熊と同じって事?」

「熊が駄目なら鹿でも猿でも」

 ミキにはとても同じには思えなかった。理屈は解る。だがアカツキのように割り切りは出来ない。

「ゼンザイは?」

「似たようなもんさ」

 下らない冗談でも聞いたかのような態度でアサキは答える。

「お前だってさっき敵の爆撃機が墜ちているのを見て喜んでたじゃないか。あれにだって人間が乗ってるんだぜ」

「それはそうだけれどさ……」

 それとこれとは違うのだ。

 しかし何が違うのか、ミキには上手く説明が出来なかった。

「マイカゼは?」

「命令だからかしらね」

 キクリはあっさりとした様子で言う。

「私たちは兵隊で、上官が撃てと命令したから撃つ。それ以上でも以下でもないンじゃないかしら」

「そういうものかな」

「そういうものよ」

 解ったような、解らないような。

「……三人とも割り切ってるね」

「私だって割り切れてるわけじゃないわよ。でもある程度は割り切らないと」

「それに生きてりゃ悩む事も出来るが死んだらそれも出来ないからな」

 これで話しはお終い、とばかりにアサキは立ち上がる。

「さっさと食器片づけよーぜ」

 頷いてミキも近くの小川に飯盒を洗いに行く。

 少なくとも三人は割り切っていた。

 ミキもいずれは割り切れるのだろうか。そしてそれは良い事なのだろうか。

 今のミキにはサッパリ見当もつかなかった。

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