第17話 弔い
真っ直ぐ陣地に戻る気にもなれず、気付けばミキは小銃を背負って森の中を歩いていた。
無意識だったが、足が向かう先だけはしっかりしている。
「何処に行くの」
唐突に背後から声を掛けられて跳び上がりそうになった。
「ななななななな」
「ナ?」
いつの間にか付いてきていたらしいキクリが首を傾げる。
「いや、なんでいるのって言おうと思って……」
自分でも気づかぬうちに歩いていたわけだから、当然ながら誰かに何処かに行くと言った記憶はない。
「アナタがフラフラと森に入って行くのを目撃した人がいてね。心配でついてきたのよ」
「ごめん」
謝ってから、ミキは「ありがと」と礼を言う。
「で、何処に行くの」
「それは……」
ミキは言い淀んだ。
あまり言わない方が良いような気がしたからだ。
察してくれたのかキクリは何も言わなかった。言わなかったが、普通に後ろをついてくる。
「なんでついてくるの」
「敵が出るかもしれないじゃない。もしもの時に一人で対処できるの?」
ぐうの音も出ない正論である。
撤退したとはいえ、まだ敵が残っている可能性は十分にあるのだ。独り歩きするには危険に過ぎる。
本音をいえば帰って欲しいのだが、身の安全を考えるとそうも言っていられない。ミキは黙ってキクリの好意に甘える事にした。
黙々と一時間ほど森の中を歩く。
迂回を重ねて逃げて来た時と違い、真っ直ぐに進んできたわけだから目的地はここら辺の筈だ。
記憶を頼りに周囲を確認すると、斃れている青い軍服の兵隊を発見した。生きていたら嫌なので銃剣着きの小銃を構えてソッと近付く。
やはり、死んでいる。
あれだけの暴力の末の死である。そこら辺に血が飛び散っていてもおかしくない筈だが、雨で洗い流されたのか周囲に血痕は見当たらなかった。
「埋葬でもするの?」
「ううん」
周囲を見渡し、ミキは目当ての死体を見付けて歩み寄った。
金色の髪をした青い軍服の女性将校。当時は気付かなかったが、ミキが突き出した銃剣は貫通していたらしい。背中から出血して軍服を赤く染めている。
「将校ね」
「うん」
ミキは頷いたが、自分が殺したとは言わなかった。というよりも言えなかったといった方が正しい。
顔を見ようと触った瞬間、ピクリっと死体の耳が動いた。
「うわぁッ!」
慌ててミキは小銃を構える。
「う…………ぅ……ッ」
まるで蘇ったかのように、将校が呻き声を上げる。
「往生際が悪いわね」
キクリが小銃の照準を将校の頭に定める。
「待って」
ミキは手で制し、うつ伏せだった将校をゴロリと転がした。
「ぅ……う」
唸る声のような、呻き声のような、今にも掻き消えそうな「音」を咽喉から発しながら、将校は虚ろな目でミキの顔を見る。
どうやら死んだわけではなく、意識を失っていただけらしい。
しかしどう見ても死ぬのが時間の問題なのは明白であった。
将校は震える手をようやく動かしながら、自分の身体を探っている。
「…………シャ……」
「え?」
「シャ……レ…………」
掻き消えそうな声で呟きながら将校はもう動かなくなりそうな手で何かを探す。
ふと思い立ち、ミキは胸の物入の写真を取り出した。
もともとこの写真を彼女に返そうと戻って来たのである。
「これ?」
写真を見せると将校は小さく「シャー、レー……」と呟き、ガクンと事切れた。
「……人の名前かしら」
「たぶん」
返事をしながらミキは写真を将校に持たせた。
「帰ろう」
「用事は済んだの」
「うん」
死体に草を被せて埋葬をした事にして、二人はその場を後にした。
暗くなってくると森の中にポツポツと明かりが灯る。最初は二人とも、すわ敵か、と身構えたが直ぐに蟲の類であると気付いた。
「蛍……かな?」
「解らないけど、似たような蟲みたいね」
ドウメキ島には固有の生物が幾つもいると聞く。
もしかしたらこの蛍のような光を発する蟲もそのような固有種なのかもしれない。
光る蟲たちはフヨフヨと漂い、やがて火の粉のように空に向かってゆっくりと飛んで行く。
その光景はまるで、死んだ兵士たちの魂が天に昇っていくのを暗示しているかのようだった。
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