第16話 戦い済んで

 迂回に迂回を重ね、数時間掛けてミキたちが友軍陣地に何とか戻ると既に戦闘は終了していた。

 陣地の前には敵兵の死体がゴロゴロと転がり、戦闘後特有の血の臭いと硝煙が漂っている。

 攻撃を受けた第五中隊の損害は一名が戦死、五名が負傷で後送という形であり、対して敵兵は二十か三十が倒れていた。

 しかし河川での時のような全滅するまでの戦闘ではなく、ある程度の戦闘をしたら即座に撤退していってしまったという。

「間違いなく威力偵察だな」

 戦場清掃を見ながらアサキが言う。

「威力偵察ってなんスか?」

「お前……初年兵の頃に座学で少し習っただろ」

「そんな昔の事はもう忘れたッス」

 アサキは溜息を吐く。

「実際に攻撃を行って相手の戦力がどれくらいか調べる事だよ。うちの損害は少なかったみたいだけれど、敵さんに兵力不足って事がバレただろうな」

 説明をするアサキの横でミキは死体の山を眺める。

「でも偵察だけでこれだけ死なせたら攻撃する際の兵力も足りなくなるんじゃないかな?」

「偵察にこれだけ使えるだけの兵力が上陸してきているって事だろ」

 アカツキは露骨に嫌な顔をした。

「防げるんッスかね?」

「莫迦言わないで」

 真っ茶色になった軍服を脱いだミキは自分に言い聞かせるように呟く。そして続けるようにキクリが頷いた。

「防ぐのよ。私たちで」

 四人とも少しの間、無言になった。

「ところでベニキリ、その鞄はいつまで持っているんだ?」

 アサキに言われ、ミキは敵将校から奪った図嚢マップケースを持ったままだという事を思い出した。

「持って帰るんスか?」

「いや、なんか大事な書類とか入っていないかと思って」

「じゃあ指揮班に持ってかないと駄目だろ」

 言われてみればそうである。下っ端のミキが持っていても仕方がない物だ。

 中隊本部指揮班に提出するためにミキは中隊指揮所に向かう。

 新しい指揮所は河川の陣地と同様に半埋蔵式であったが、前の所に比べると遥かに素晴らしい造りをしていた。

 指揮所内では指揮班が戦闘の後始末のために慌ただしく書類作業などをしている。軍隊は基本的に「お役所」だ。何かしたり、何か起きたりしたら報告のための書類を作成せねばならない。

 ふと机の上を見ると大量の手帳が積み重なっているのに気付いた。

 何の手帳なのかは解らないが、デカデカとマーガレット公国の国章が書かれている事から敵兵の物であると察せられる。

 ただその手帳が指揮班に山積みになっているという事は持ち主はもう生きてはいないのだろう。

「軍隊手帳だ」

 ミキの視線に気づいたのか、事務の兵士が言う。

「我が軍じゃあ指揮班が管理しているが、公国の連中は個人携行が基本だ。兵隊の出身地から軍歴、配属先まで書いてあるから情報が取り放題だ」

 そう言えば死体片付けの際に手帳を集めるように言われた記憶がある。その時は忙しくて気にも留めていなかったが、重要な情報収集であったらしい。

 平時では忌むべき死体漁りだが、戦争になると推奨される行為になるのだろうか。死体には慣れたつもりだったが、何となく気味が悪かった。

「ところで何の用だ」

「森の中を退避中に敵の将校と遭遇しまして。その際にこれを拾ったのでマイハマ中尉に渡そうかと」

 言いながらミキは図嚢マップケースを差し出す。

 それまで迷惑そうな顔をしていた事務の兵士だが、途端に顔色を変えてマイハマを呼び出した。

「どうした」

「敵の将校から図嚢を手に入れたそうです」

 言われてミキは改めて図嚢を差し出す。

「中は見たのか」

「罠の有無だけ確認しました。書類が入っているみたいですが、中身自体は読んでいません」

 マイハマはミキから図嚢を受け取ると、中から何枚かの紙を取り出した。

「地図や行動表……命令書まで入ってるぞ」

 まるでお宝を見付けた子どものようにマイハマは目を輝かせる。

「ベニキリ、でかした」

 褒められて、ミキは嬉しいような曖昧な気分になった。

 やった事は死体から物を奪ってきただけである。褒められるような事なのか、ミキには判断がつかなかった。

「おっと……」

 図嚢から一枚の紙がペラリと落ちる。

 慌ててミキが拾うと、それは私物の写真であった。

 写っているのは数人の森人族エルフだったが、気味が悪いほどに全員そっくりである。髪の長短が無ければ同一人物が数人写っていると錯覚していただろう。

 真ん中に少女と一緒に写っている女性が、どうやらこの図嚢マップケースの持ち主――つまりミキが殺した敵将校のようであった。

 傍らの少女は小学生くらいだろうか。寄り添っている姿から仲が良かったのだろう事が察せられる。

 何気なくミキが写真の裏を見ると、少し崩れた文字が書いてあった。

『がんばって おねえちゃん』

 ミキはこの写真をどうしたら良いのか解らなかった。

 困惑するミキの様子をマイハマが睨むように見る。

「ベニキリ」

「はぁ」

「お前は何も見ていない」

「は?」

「お前は何も見ていない。何も知らない。そんな写真なんぞ存在しない。解ったな?」

 ミキはただ「はぁ」と答えるしかなかった。

「破棄して来い」

「はぁ」

 写真を胸の物入ポケットに突っ込み、敬礼をしてからミキは中隊指揮所から出る。

 だがその前に「ベニキリ」とマイハマに呼び止められた。

「この書類は連隊本部に送る。その時にお前の功績も伝えておく」

 喜んで良いのか解らず、ミキは曖昧に「はぁ」とだけ言って指揮所を出る。

 そして外を少し歩いてから、アレがマイハマなりに慰めていたのだという事に気が付いた。

 不器用な人だ。

 つくづくそう思う。

 しかし命令された「破棄」の方法はしばらく考えても思いつかなかった。

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