第12話 これが敵だ!

「第五中隊、当直を除いて全員集合ッ」

 雨中での陣地構築の途中、唐突に号令が掛かって四人は顔を見合わせた。

 新しい命令だろうか?

 何だか解らないがとにかく「集まれ」と言われたからには集まらなければならない。一同は作業を中断して命ぜられた集合場所に向かう。

 小雨の中で集まった雨衣の兵士たちは何故集められたのか解らず、不思議そうな顔をしながらガヤガヤと会話していた。

「新しい命令かしら」

「輸送船が来たって話しなら嬉しいんだけどね」

「そう簡単には来ねぇよ」

「夢くらい見させてほしいッス」

 集まった兵隊たちはみんな思い思いの予想を口にする。

 だが憲兵が三名の兵士を連れてくると静まり返った。

 いずれも青い軍服を着た、角の生えていない兵隊である。

「注目」

 中隊本部附の見習士官が号令を出したが、そんな事を言われないでも皆すでに注目をしていた。

「先の戦いで捕虜になったマーガレット公国の将兵だ。捕虜からの情報によれば、現状で上陸をしているのは公国軍だけらしい」

 つまり今のところ宗主国であるエルフィンシア王国は陸上戦闘においては出てきていないらしい。

「敵と戦うには先ず敵を知る必要がある。よって座学のおさらいとなるが改めて講義する」

 前置きをしてから見習士官は三名の兵士を中隊の前に立たせた。

「見える位置に寄れ」

 言われた瞬間、中隊全員が興味津々で詰め寄った。

「この犬のような耳が生えたのが犬耳族コボルトだ」

 見習士官は兵隊の頭部に生えた犬のような耳を指示棒代わりの枝で差す。コボルトの兵隊は反抗的な目をしたが、見習士官はお構いなしという様子であった。

「次に真ん中の奴。こいつは凡人族ヒュマだ。別名は丸耳。我が国でも一割強の人口がいるから見た事がある者も多いと思う」

 何名かの兵士は無意識のうちに頷いた。

 実際、ミキの村にも何人か住んでいたし、連隊の下士官兵にも何名か凡人族ヒュマはいた筈である。

 それから、と見習士官は左の兵士を差す。

 酷く小柄で手足も短い、顔の丸い子供のような兵士だった。

「こいつが小人族ホビットだ。公国の人口の半分を占める。つまり当面の敵はこいつらだ」

「このちっこいのがですか?」

 何処となく揶揄した口調の質問が飛び、周囲でもクスクスと笑う事がする。ミキも拍子抜けたというか、少しばかり肩の力が抜けた。

「敵を侮るな」

 見習士官の叱責が飛ぶ。

小人族ホビットは確かに小柄で非力な民族だと言われている。だが自活能力が極めて優れ、食えない物まで食えるようにする技術を持っている。これがどういう事か解るか?」

 みんな顔を見合わせる。見習士官が何を言いたいのかよく解っていなかった。

「無補給でも何週間、何ヶ月も生存出来るという事だ。これは今回のような持久が必要になる戦場では大きな脅威だ」

 解ったような、解らないような解説だったが、要するにミキたちのような空腹の兵隊が喉から手が出るほど欲しい技術を持っているという事らしかった。

「いま紹介した種族は王国およびその属国では基本的に下層階級に位置している。従って兵士の大半は彼らであると考えて間違いない」

「質問」

 ミキが手を上げる。

「許可する」

森人族エルフは捕まらなかったのでしょうか」

「捕まえていたら見せてる」

 それもそうだ。

「奴らは王国系国家の上流階級だ。基本的には将校、それも中隊長以上の階級にいると考えた方が良い」

 つまり「レア物」という事らしかった。

「他に質問は」

「ありません」

「よろしい。とりあえず捕虜に出来た人種だけを紹介したが、王国系列の国家は基本的に多民族だ。従って他にも異なる人種がいるという事は忘れるな」

 見習士官が締め括った時、突如として警報が鳴り響いた。

「空襲警報ーッ!」

 今まで聞いた事のなかった警報にミキは一瞬戸惑ったが「退避!」という声を聞き、大慌てで陣地に戻った。

 壕の中で鉄帽ヘルメットを被っていると上空から聞き慣れないエンジン音が聞こえてくる。

 轟々と勇ましくプロペラを回しながら現れたのは大きなエンジンを二つ積んだ双発の大型爆撃機であった。

 十機近くで編成された爆撃機隊はミキたちの陣地には目もくれず、飛行場に次々と爆弾を落としていく。

 整備途中だった滑走路で繰り返し爆炎が上がり、爆撃隊が引き揚げた頃には飛行場に大きな穴が幾つも空いていた。

「こりゃあ整備も一からやり直しッスね……」

 愕然とした表情でアカツキが呟く。

 どうやら孤立無援はまだまだ続きそうだ。

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