人殺し
第11話 降雨の戦場清掃
小雨が降っていた。
河川での戦闘から三日。各中隊は再攻撃に備えていたが、幸いにして今のところ敵襲撃の気配はない。
あの夜の戦いは第二大隊および第三大隊の主陣地と、敵およそ一個大隊による正面対決だった。
第五中隊は十二名を失い、さらに数名の負傷者を出している。損耗率で言えば一割だから決して少ない数字ではない。そのうえ中隊長が流れ弾で戦死しており、実質的な損害は数値を遥かに超えている。
しかし敵もほとんど全滅に近い状態の損失を受けており、少なく見積もっても五百名が戦死したという。防御陣地に対して真正面から攻撃を繰り返したのだから当然といえば当然だ。
「案外、敵は我々の情報を持っていないのかもしれない」
将校たちはそんな事を話し合っていた。
実際、河川での無謀な戦い方はそうとしか考えようがない。こちらの数を見誤り、過小評価していたから突撃が成功すると考えたのだ。
将校たちの口にする「大戦果」は敵が情報不足であったが故の産物だったのだろう。
しかしその「大戦果」のせいで戦場掃除つまり死体の回収が大変であり、この三日間は敵の弾がいつ飛んでくるのかビクビクしながらの死体集めであった。
早くしないと腐り始めるので気持ち悪がっているような暇はない。この作業でミキは死体の埋葬というのは恐ろしい重労働なのだという事を知った。
「重いね」
「そりゃあ六十キロくらいある肉の塊だからな」
当初はみんな嫌々という感じであったが、概ね三体目の死体を片付けるくらいから慣れてしまっていた。荷物でも扱うかのような乱雑さでドサドサと死体を投げて集める。人間というのは思っていたよりも順応力が高いらしい。
そして死体片付けの合間に第五中隊は戦死した中隊長に代わり、第一小隊長であったマイハマ・キナ中尉が中隊指揮官となった。
中隊「長」ではなく中隊「指揮官」なのは戦闘に関する指揮権しか有していないからだ。細かな運用等に関しては権限を持っておらず、要するに戦闘時の隊長代理である。
一連の流れで「戦争というのは戦闘が終わったらそれで終わりというわけではない」という事をミキは学んだ。
「これで敵さんも諦めてくれないッスかねェ」
昼飯時。飯盒の底に付いた米と格闘しながらアカツキが言う。
地上での戦闘は終わったが輸送船は退避したままなので補給は相変わらず途絶している。そのうえ川の魚も捕れなくなったので食事は貧相になる一方だ。
もっともその貧相な食事すら咽喉に通らず、ミキはそのほとんどを残していた。慣れたとはいえ、やはり死体を片付けた後であるから食欲など湧く筈もない。
食欲があるのはアカツキくらいで、キクリもアサキも無理やり喉に流し込むような食べ方をしていた。
「この程度じゃ諦めないだろ。むしろ一個大隊って面子を潰されたから躍起になると思うぜ」
言いながらアサキは放り投げるように飯盒を置いた。
「残念だがそれが現実だ」
しばらく無言。
アカツキの箸が飯盒の底を掻く喧しい音だけが聞こえる。
「
「借りるッス」
使っていた
そういえばコレも敵から奪った物だ。逃げた敵が置いていった物であるが、あるいはあの死体の中に持ち主もいたのだろうか。
「余計な事は考えない方が良いわよ」
「え?」
「顔に出てる」
ミキは思わず自分の顔を触った。無論、何かが変わっているわけではない。
余計な事……だったのだろうか?
また沈黙が流れた。
「……補給船はいつになったら来るんだろうね」
長い沈黙に耐え兼ねてミキは口を開いた。
この海の彼方に輸送船団がおり、そこにはミキたちが咽喉から手が出るほど欲しい食糧や生活必需品を積んでいる。
しかしソレがいつ来るのかは全く見当も付かなかった。
「敵の大内海艦隊が沈んだらだろうな」
「でもうちの水雷戦隊は敗けたんでしょ?」
「おう」
「じゃあ来ないじゃないッスか」
絶望的な表情をアカツキが浮かべる。」
「そうなると空軍に頼るしかねぇな」
釣られてミキは空を見る。
「飛行場の準備が出来れば飛行機が来る」
「そうなれば艦隊を倒せる?」
「たぶんな」
「なんで曖昧なの」
睨むようなミキの視線を受けてアサキは溜息を吐く。
「現状、航空機が戦艦を撃沈したって記録はない」
「じゃあ駄目じゃないッスか」
「別に沈めなくたって良いんだよ。損傷与えれば輸送船が荷揚げするくらいの時間は稼げる」
空を見上げながらアサキは言う。
「どっちにしろ飛行機が来ないといけない」
ミキとアカツキ、キクリも空を見上げる。
小さな雨粒が目に入り、ミキは思わず「ッ」と小さく悲鳴のような声を出した。
残念ながら今のところ飛行機が飛んでくるような気配はない。
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